第157話 恋愛シミュレーションゲーム
「はい、今日お姉ちゃんたちに集まってもらったのはですね、お兄についてのことです」
まるで裁判所で被告に宣告するように、壇上に立つ明海が罪状を読み上げた。
被告の席には三人の少女。
凛華、寧々、久遠の三人だ。
「明海、急に呼び出してどうしたの? 念話で済ませる話は念話で済ませて欲しいのだけど」
寧々が苦言を呈する。
メガネの位置を直し、お下げを右手でいじった。
「寧々お姉ちゃん! それでは済まないことが起きているの! まずはこれを見て!」
明海がスイッチを押すと、スクリーンが降りてくる。
そこに光が投影されて、海斗の今の状況が映し出された。
そこは周王学園で、なぜか自分たちの姿がそこにあり、何気ない日常を過ごす海斗の姿があった。
自分たちはここにいるのに、そこにいる自分はなんだ?
違和感を覚えたのは寧々に限った話ではない。
「明海、これは一体どういうこと!? ムックンと一緒にいるのは誰?」
「久遠ちゃん、良い質問ですね。今のお兄は抜け殻状態です! 戦いに明け暮れて、精神が磨耗している。自らをボディスーツになって、身を守るなんてイカれた発想をするほどに、ある意味あたし達をまるで信用してないの。お姉ちゃん達はそれでいいの?」
ドンッ
強くテーブルが叩かれた。
音を発したのは凛華である。
正式な彼女でありながら、本音ひとつこぼしてもらえない。
「良いわけないよ!」
「だよね。寧々お姉ちゃんも、久遠ちゃんも、納得できないよね!?」
「それは、そうね……もう少し頼って欲しいわ」
「そうだねー。ムックンは何でもかんでも一人で背負い込みすぎよー」
「明海、そうやって聞いてくるってことは何か見返すチャンスを用意してるってことよね?」
全員が自分の立場と海斗の距離を自覚しながら、彼氏批判をし始める。
そして、全意見が集中したところで寧々が一つの提案をした。
「うん、今はお兄に幸せな夢を見せているの。その本当の理由はね、お兄が疲れてるわけでも自己完結型ってわけでもないの」
「それはまぁ、あの人は昔っからそんな感じだったわね。他者を寄せ付けないっていうの? 自己完結型って言って仕舞えばそれだけだけど」
「他に理由があるのね?」
「どういう理由でムックンがダメなの?」
ダメ。
明海が凛華やその彼女達にダメ出しをした理由。
「お兄、弱体化してるんだよね。王の権能を使った契約、知ってるよね? お兄と契約を結んだんだけど」
「あら? 契約をしたのは随分と前で……」
明海が海斗と契約したのは随分と前。
北海道で貝塚真琴と出会った寧々が、過去を明るみにしてその流れで契約した。
しかし今回の契約はまた違う。
それを示すように明海が自分の口を人差し指を引っ掛けて犬歯を覗かせた。
「あたし、アーケイドのシャリオさんと契約したんだよね。それで【怠惰】の王になったの」
「シャリオというと、シャスラのお兄さんね」
「じゃあ、明海はそのお兄さんと契約して、王になったんだ?」
「そういうこと」
久遠の言葉に、指を口から離す。
その上で、自分の契約者リストに海斗の名前が載ったことを示した。
王の序列が上でも、ソウルグレードが上でも、上位者に対しては支配下に置けない契約。それがなんの因果か自分の方が上になってしまったと明海は述べた。
「それは、海斗さんが全面的に明海さんを信用しているからという話ではなくてですか?」
「違うんだなー。こればかりはあたしも検証が甘いけど、自分が勝てる相手でもないと確実に契約は結べない。お兄はね、そういう自信の塊だった。けど、今ここでそれが揺らいだ。揺らいでしまうほどの明確な出来事があったとあたしは考えてる」
「私たちと出会ってものの数時間でそれが揺らぐなんてことあるの?」
「なかったとは言い切れないってだけだよ。今回の事件だって、本来はお兄一人で解決できる規模の災害じゃなかった。でもお兄は……」
「それでも自分の責任だと抱え込んでしまった?」
全員が深くため息を吐く。
誰が悪いわけでもない。
強いていうならばそんな戦を仕掛けた相手が悪い。
それでも抱えた。
彼氏だから、彼女くらいは。妹くらいは救おうと足掻いた。
足掻いた先に見たくない現実を知った。
それから目を逸らすように、支離滅裂な行動を続けている。
それが今の弱体化と繋がっているのならば……
全員が頷いて一つの答えを導いた。
ここは明海のプライベートな空間。全員の脳内にイメージを送りことも容易だった。
「辻褄はあいますね」
「ムックンは全部一人で解決しちゃうんだよね」
「それをどこかでかっこいいと思ってるところがあるわね」
「そういうこと! そしてお兄がこれから立ち直るために、お姉ちゃん達にやってもらうことがあります!」
明海が空中から下がっている紐を引っ張ると、薬玉が割れて垂れ幕が降りてくる。
幕には『恋愛趣味レーションゲーム、六濃海斗』なるものが描かれている。
「何かのゲームを私たちにやらせようというの?」
「流石にそんな暇はないよー」
「明海さん、今はそんなおふざけをしている場合では……」
「チッチッチ。時間がないのはわかってる。すぐにでもまだ発見できていない周王学園生や上位クランの改修も急いでる。でも、今すぐすべき要項じゃない」
「それは……」
「今、お兄を助けないと、助け損なった人たちだけじゃなく、人類は滅亡するところまで来ているの。お兄が最後の希望の光なの。それはお姉ちゃん達もわかっているよね?」
強い感情を持って訴えかける。
本当なら、自分がその場所に入れたらよかった。
でもどう足掻いたって自分は妹の役割から出ることができなかった。
そんな感情が全員の心に流れ込んだ。
「うち達が、ううん、うち達じゃないとムックンを救えない?」
「そうだよ。今はあたしとシャドウが妹として心を繋げとめている。けど、それだけじゃお兄の自己崩壊は止められなかった!」
「美影さんが、なんて?」
「妹だよ。どうもあたしの双子だったことが判明して。って、今はそんなこと関係なくて! お兄のピンチなの! お兄が自信を持ってくれるためにはお姉ちゃん達には、それぞれ家庭を持ってもらいます! もちろん、そのあと子供も授かって、それでゴールとします!」
全員が顔を見合わせる。
恋愛シミュレーションについての知識はそこまでない三人だが、お付き合いして、結婚がゴールなのは薄々気がついていた。
しかし子供まで持って、それぞれの家庭を築くとなるとやけにハードルが高く感じる三人だった。
「ちなみに、最初からお付き合いした状態でスタートします! ライバルはいません! お互いにクラスメイトとして登場するけど、そこは良き相談相手として活用してください! それではどうぞ!」
場が暗転する。
いまだ心の準備ができてない三人は、動揺しながら明海に文句を言っている。
「ちょ、いきなり?」
「ちょっとワクワクしてるうちがいるよ」
「負けませんよ、みなさん。正当な彼女として、一番にゴールしてみせますから!」
「順位は関係ないそうよ? 今はどちらが海斗に寄り添えるかの勝負だから。それと、ゲーム内ではライバルはいないという話だから競い合う必要はないのよ?」
「そ、そうでしたね」
ワクワクする久遠。
ライバルに差をつけようと正妻アピールする凛華。
それに対して自分は自分のやり方をするとマイペースを貫く寧々。
「それでは、お兄を救出するゲーム、スタートだよ!」
そう言って、明海が全員に頭に直接イメージをインストールした。
ふわふわとした空間の中で『あなた』の目が覚める。
そこは周王学園の教室の一角。
バイトを掛け持ちした影響で授業中に眠る海斗の姿があった。
この世界の明海は原因不明の奇病でもなんでもなく、病気がちでよく通院しているという設定だ。
両親を早くに亡くした海斗とその兄弟は、弱音を見せた『あなた』とお付き合いをすることにした。
「──で、あるからして。それじゃあここの問題を誰かに解いてもらおうか」
座学の授業中、教科書の問題を生徒に答えてもらおうとして、それが居眠り中のカイトに狙いを定めた。
『あなた』はそれにいち早く気がついて──
<選択1>
ゆっくり背中を摩って教科書を開いて答えを教える
<選択2>
因果応報! ここは鬼の心で彼のミスを見過ごす
<選択3>
逆に自分が答える
『あなた』は──を選んだ。
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