第156話 妹たちとの外食デート

「お前、自分がプロデューサーだからって無茶しすぎだろ。なんだ、幼馴染設定って!」

「いだっ! 何よー、そんなに強く打たなくたっていいじゃないのよー」

「そもそも、この家どこから仕入れた?」


 今住んでる家に、なんら心当たりがない。

 日当たり良好、子供二人で住むには馬鹿でかい。

 家族五人ぐらいを想定した間取り。

 それぞれの自室があって、キッチン、リビング、バス、トイレ。

 理想の一軒家がそこにあった。

 ここに両親がいてくれたら完璧なのに。


「え? 記憶の中にある家を、妄想?」

「お前記憶力いいな」

「そういうことしかすることなかったんだよね」

「そうだったな」

「なんで頭撫でるのさー」

「なんとなくだよ、義理の妹よ」

「その設定、家の中でまで守らなくていいからね?」

「で、美影はどうしてる?」

「拙者ならここに」

「うわぁ、いきなり出てくるな!」


 無音で、にゅっと壁から生えてくる美影。

 たとえ血のつながりのある兄弟でも、ホラー演出でこられたらびっくりするだろうが!


「お兄ってば注文多いー」

「で、ござるな」

「お前らが色物すぎるからいけないんだ」


 ていっ ていっ

 ちょうどいい位置にある頭に一発づつ躾を入れた。

 愛のあるチョップである。


「お兄がぶった!」

「打たれてしまったでござるな」


 怒りの姿勢を見せる明海に対し、美影はどこか嬉しそうだ。

 こうやって叱りつけてくれる人間は周りにいなかったのだろうか?

 それとも、生きるか死ぬかの極限サバイバルをしていたとか?

 どちらにせよ、これからは妹として接していく所存である。


「今日はラーメンを食べたいなー。太麺で、ぶっといチャーシューの乗ったやつ! それが食べられない限り、この怒りが潰えることはありませーん」


 妹は、転んでもただでは起き上がらない。

 こうやってチョップを喰らわすたびに、全く反省してない態度で反撃に出てくるのだ。しかしここにきてラーメンか。

 食材次第では作ってやれなくもないが、少しばかり手間だな。


「みんなでラーメンを食べにいくというのはどうだ?」

「それでもいいよ! ラーメンデートだね!」

「心弾まなそうなデートだな。美影はどうする? 兄ちゃん金持ってるから多少なら奢れるぞ?」

「ついていっていいでござるか?」

「むしろ連れてかない選択肢がないんだが」

「お兄の奢りだって! やっぱりラーメンじゃなくて回らないお寿司でもいい?」

「お前はダメ」

「なんでさー」

「ふふふ」


 普段通りというよりは、過剰なスキンシップをまじ和す俺たちに美影は笑いを堪えられないとばかりに口元をおさえている。


「およ? シャドウ、どうしたー?」

「いや、なんでもない。ライトニング殿は兄上殿と仲がよろしいと思ってな」

「シャドウもバンバン突っ込んでいいからね? 妹にとって、兄貴はサンドバッグみたいなもんだし」

「そこ、誤解を招くような発言をするんじゃない」

「ふふふ。では拙者もチャレンジしてみるでござるかな」

「どうぞ」


 ずっと、山の中で妖怪に育てられてきた御影のスキンシップは、随分と腰の入った重いストレートから始まった。

 無論、それをクリティカルで受けてやるわけにはいかない。

 兄貴のメンツというものがあるからな。


 ヒュンッ

 空気を切り裂かんばかりに放たれた右拳。

 俺は腕全体でそれを絡めるように巻きつけて自由を奪う。


「どうしたーこんなものかー?」

「降参でござる。やはり兄上は別格でござるな」


 ぶるるっ

 身を震わせては悦に浸る美影。

 前々から思っていたが、この子ってひょっとしてマゾ?

 ダメージを負うことに快感とか感じちゃってないか?

 大丈夫かな。


「シャドウがえっちな声出してる。お兄のえっち!」

「俺は何もしてない」

「じゃあどうしてシャドウがこんなになっちゃってるのさー」

「それは俺が聞きたいところだな。それより飯食いに行くんだろ?」

「おっとそうだった! では二時間後に!」


 どざー、と動けなくなった美影を引きずって自室に籠る妹。

 着替えるのに二時間は長くないか?

 いや、普通におしゃれする時間を考えたら妥当か。

 肌にもコンディションがあるというし。


 というか、妹たちがメイクしてる姿が想像できない。

 それからきっかり二時間後。

 妹たちはおしゃれして出てきた。

 あどけなさが抜けない明海はともかく、美影は大人っぽさが全面に出されたクールビューティさを醸し出す。


 俺の私服が浮くぐらい決めてきている。

 おい、これから行くのラーメン屋だけど大丈夫か?

 しかもコッテリラーメン系だ。

 それ考えてきたとは思えない格好だったが、よく考えたら妹は突如回らない寿司屋にシフトしたことを思い出す。


「この格好でまさかラーメン屋に連れてくなんてことはないよね、お兄?」

「ぐっ、策士め」

「拙者はどこでもいいでござるよ?」

「美影はなんというか、その口調をどうにかするところから考えような?」

「拙者のアイデンティティが!」


 どうやら普通に喋れるが、キャラ付けのための一人称であると自白した。

 天狗って奴らはどうしてこうも個性を大切にしたがるのだろうか。


 回らないお寿司屋さんで、予約なしで入れるお店を検索。

 探索者ライセンスの提示で支払いを済ませ、普段より豪華な昼食を済ませた。


「なんかラーメンのお腹になってきたかも」

「お前、さっきから卵しか食べてないじゃないか」


 それと茶碗蒸し。

 子供舌に回らない寿司屋は早かったらしい。


「生ってどうしてもダメなんだよねー。唐揚げとかそういうの食べたかったー」


 こいつ、なんで寿司屋来たし。

 そもそも、そういう奴は回る寿司屋の特権だろうが。


「拙者は色々体験できて楽しかったでござるよ」

「美影は奢り甲斐があるなー。今度明海抜きで出かけよう」

「ぶー、妹虐待だー!」

「はいはい。飯食ったし帰ろうぜ」

「お兄はなんもわかってないよねー、せっかく着飾ってきたんだから、そこらへんぶらぶらしようよ。そしてめっちゃ可愛い子侍らせて注目の的になっちゃおうぜー」

「お前は自分が可愛い自覚あるんだな?」


 引け目なく、兄貴の俺が可愛いと思う分にはいいが、自分で言うのはどうなんだ?

 美影に関してはクセの強い美人って感じだ。

 やたら物騒って意味合いで。


「お兄に見合うように努力してるんですー! お兄はもうちょっとあたしを認めてくれてもいいんだよ?」

「はいはい、認めてる認めてる」

「褒め方が雑!」


 そんなこんなで妹の要望通り街をぶらっと回る。

 そして案の定注目を集めた。

 美影が。


「なんだか人の視線をこのように感じるのは恥ずかしいでござるな」

「シャドウは普段から影の中に引きこもりっぱなしだからねー」

「別に引きこもってるわけではござらんが」

「俺は可愛い妹たちを持てて果報者だよ」

「お兄、あたしの目を見て言ってもらえる?」


 すっと視線を外す。

 こいつのことは可愛いとは思っているが、褒めたら褒めたであからさまに天狗になるからな。

 もしかしたら天狗の血を引いてるのはこういうところに現れていたのかもしれない。

 こじつけにしては妙に説得力があるんだよな、明海の場合。


 そんなこんなで、腹ごしらえにゲームセンターに立ち寄る。

 学校で噂になっていた謎の周王学園生がどこの誰かづっと気になってはいたのだ。


 気にはなっているが、妹たちはとって欲しいぬいぐるみがあるらしい。

 どこでそんな情報を取ってくるのか。

 そしてもし取れたとしても持ち帰るのは誰で、部屋に飾れる空間は確保してあるのか心配することはたくさんあった。


「これ、買った方が早かったんじゃないのか?」

「お兄はわかってないね。こういうのは取るまでにかかったドラマがあるからこそ価値が生まれるんだよ。お金じゃないんだよ、お金じゃ」

「よくわからんが、お前のセンスが悪いということだけは理解した」

「なんでさー、可愛いじゃんブサ丸!」


 微妙に反応に困るブサかわいいブルドックのゆるキャラを模したでかいぬいぐるみを取らされた俺。

 お金だけはあるので数時間奮闘して、無駄に投資した。

 絶対買った方が安いとは思うんだが、こんなもので妹が喜んでくれるんなら安いものか。


 そこで、筐体のあるゲームコーナーから歓声が上がった。

 どうやらDEのコーナーが盛り上がってるようだ。


「プロでも来てるのかな?」

「見てみる?」

「将来有望な学生だったらライバル登場だな」

「お兄のライバルになれる存在なんているわけないじゃん」

「わからないだろ?」


 そんな会話をしながら人が気を割って入っていくと、その先には見知った顔がいた。


「凛華?」

「あ、海斗さん。明海ちゃんや美影ちゃんもお久しぶりです。恥ずかしいところを見られちゃいましたね」


 そこにいたのは学園で主席を取り続ける氷の姫君、御堂凛華の姿がそこにあった。

 スコアはぶっちぎりの一位。

 プロを押さえての一位だった。


「何やってんだ、こんな場所で」

「少しウォーミングアップをしております」

「凛華お姉ちゃん、おひさー」

「お久しぶりです。海斗さんはよくしてくれますか?」

「いつものお兄だね」

「それは良かったです」


 微妙に会話が成り立ってるような成り立ってないような。

 しかし凛華がこういうゲームに興味を示すなんて思ってもいなかったな。


「海斗さんのやっていたゲームですから、興味が湧いていたんです。そして興味を向けたのはわたくしだけではありませんよ?」


 新しいデータベースからランキング更新の知らせが入る。

 暫定一位のRNKを塗り替えたのは、QON。

 時点にN.Nだ。


「久遠に寧々までか」

「はい。そして海斗さん、あなたが今の私たちからどれほど離れているかを知りたくて、密かにここに誘導するように明海さんにご協力願っていたんです」


 思えば、このダンジョンエクスプローラーから全てが始まった。

 俺は再び没入する。

 あの時はやるせ無い自分に対しての葛藤、蟠りがあった。


 しかし今、再び赴く際に抱いた感情は。

 信じてくれてる仲間に対しての感謝。

 そして再びMNOのスコアネームは再び業界に激震を震わせる。

 

 一時的に姿を現して、そのまま消息を経ってしまった伝説上の人物。

 今度は姿を明かして、六王海斗として世界に傷跡を残す。


「お見事です」

「すべての能力を封印されてるなら、これが限界だ」

「ここでの謙遜は全て嫌味に受け取られますよ?」

「そうだったな。どうだ、すごいだろ?」

「惚れ直しました」

「お兄、すごーい」

「兄上殿は流石でござるな」


 この流れで、妹たちからも持ち上げられる。

 気恥ずかしくもあるが、ここまでやって、ようやく俺は日常に帰ってきたんだと強く実感した。


 どこか仮初の日常に馴染みすぎないようにと強く念じていたのを見透かされていたようだ。


 その日から、学園での噂は俺の周囲で巻き起こった。

 凛華とは、ランキングを競い合うライバルだと語れば、男女の関係について深く探りを入れられることはなかった。


 そこ含めて妹プロデュースだったようだ。

 今回ばかりは完全に手のひらの上だったように思う。

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