第155話 妹プロデュース
昼休み、こんなふうに誰かと食事をするなんて想像だにしていなかった。
基本的に全部自分でやってしまうタチなので、コンビニでパンを買うことも、そのお金を持て余すこともなかった。
けど妹の考える世界では、これが普通で、高校生らしい生活なのだとか。
高校生がダンジョンに赴いていいのか、そこは甚だ疑問であるが。
ダンジョンがあり、モンスターを倒すだけで商売が成り立つのだからそれでいいらしい。
明海曰く「細けぇこたぁいいんだよ」とのこと。
俺は細かく考えて動きたいので、そういうところだけが無理だった。
まぁ、俺にそうやって思考の迷宮に陥らせないための配慮なんだと思えば、楽でいいのかもしれないが。
「海斗さん、どうされました?」
「いや、平和だなって」
「平和なことはいいことじゃない」
「まぁ、悪くはないし、これを求めて俺たちは頑張ってきたんだし」
「だったらムックンも平和を満喫するといいよー」
久遠が、油淋鶏を摘んだ箸を俺の方に向けてきた。
食えということだろうか? 無造作に頬張り、咀嚼する。
「うまい。腕を上げたか?」
「ムックンに褒めてもらえた。やった」
「「!!」」
俺と久遠のやりとりに目を血走らせて凛華と寧々が強張っていた。
そして徐に、自分の弁当箱から肉料理をピックアップし、俺に食えと迫ってくる。
凛華は肉団子を、寧々はトンカツを一切れだ。
なんか顔が怖いんだけど、これは順番を間違えたら大変そうだ。
まずは凛華からいただくとする。
市販のものなのか、甘酸っぱい味付けだがこれもまた良い。
買い付けた惣菜パンと程よい食べ合わせでつい笑顔になってしまう。
もし俺が作る側だったら、手は抜かないが。
今回は食べるだけの採点者。
「どこのメーカー?」
「自作です」
「ごめん」
「いえ、メーカーと間違われるくらいには上達したってことですし。もう一ついかがですか?」
「じゃあもう一つ」
今度は箸にかぶりつく感じでいただいた。
血を吸いあった中なのに、今更こんなことで恥ずかしがってるのもなんか違うと思いつつ。凛華が喜んでるなら良しとした。
「海斗、ラブラブ空間を展開してるところ悪いんだけど、腕が攣りそうよ」
「おっとごめん」
痺れを切らした寧々のとんかつにかぶりつく。
衣が分厚さが目立つが、逆にそのおかげで肉に余計な火が入らなくて済んでいるな。衣にしっかりとソースの味が染み付いていて、これはクセになる味だ。
「やばいな。これ一本で店開けるんじゃないか?」
「ほんと?」
「なんか寧々にだけ対応違うよー」
「本当です」
油淋鶏と肉団子の二人が不貞腐れ始めた。
二人のも十分にうまいが、店と家庭レベルの差があるので実際は大差だ。
というよりかは俺の好きな味をこれほど再現してくれるかっていう評価の方だな。
「いや、マジでうまいんだって。これは俺も感心しちゃう味だよ。いつの間にこんなに上達したんだ?」
「学園で、人数分のご飯をなんとか調達しなきゃいけなかったときにね、創意工夫を凝らしていたのよ。足りない肉に、それでも満足してもらえるように衣を分厚くしてソースを絡めたら、まぁ食べてくれたわ」
経験則からくるものか。そりゃ腕も上がるわな。
二人がじっと見ながら寧々のお弁当からとんかつの一部をもらい、そして悔しがっている。
「これが、ムックンの求める味!」
「久遠さん、これは修行が必要ですわね?」
「あんたらバカやってないで、週末のことも話し合いましょうよ」
「バカとはなんですか」
「そうよー、寧々ばかりムックンから褒めてもらえてずるいよー」
「久遠だって褒めてもらえたじゃないの」
「お店は出せないって言われた」
言ってないんだよなぁ。
そんなやりとりを通じて、俺たちは週末の予定を決める。
週末。
俺たちは外の世界に出向いて未だどこかに囚われたままの探索者と周王学園生の改修をすることを決意していた。
ずっと、幸せな生活を送っていればいいではないか。
そう思う気持ちもあるが、気が緩んでいて勝てる相手でもないので、今まで通りの修行は続けようと言うことになった。
それが六王塾であり、DEであり、そしてハードモード六王塾だ。
あの当時より大きすぎる力を手に入れた俺は、彼女たちの自主性と俺の能力をフルに生かした戦闘スタイルの確立をするのを目標に頑張ってもらう。
そんな感じだ。
「正直、わたくしたちの不甲斐なさで海斗さんに無理をさせてしまっているのは非常に不本意ではありますが」
「正直に言ってキモいのよね。自分が防具になるって発想が」
「それ、妹にも言われた」
「ムックンなりに考えてくれてるのをそう言うふうに言ったら悪いよ!」
「いや、あなたはそう思うんでしょうけど。もう少し信頼を寄せてくれてもいいんじゃない?」
「悪いな、寧々。俺は自分で思ってる以上に不器用な男なんだ。もし敵地にテ単独行動を強いられた時、俺がそばにいなかったが故に命を散らしてしまう時があったら、我を忘れてしまうかもしれない。そう思ったら気が気じゃなくてさ」
「そこまで思ってくれているのは正直嬉しいけど、あなたが生きてたら何回でも復活できるのよね? 少し心配しすぎよ?」
寧々はそういうが、そう思っていた俺はもういない。
実際にブラッドの枯渇をなん度も味わっている俺にとって、肝心な時に蘇生できないんじゃ意味はないと思っている。
「それはブラッドが潤沢な時に限るんだ。今回、俺は天界に赴き、劣勢に立たされた。ブラッドを枯渇寸前にまで追い込まれ、そしていつでも仲間を召喚できると言う強みは枯渇したブラッドに制限がかかって弱体化した。そのことから俺が全力を出すと、周囲に迷惑がかかってしまう可能性が高いことが露呈した。なので苦肉の策だが、俺本体の再生能力を俺が防具や武器になることでお前達を守るるために使いたいと思った」
「そう……思った以上に使い勝手が悪かったのね、ブラッドは」
「ムックン! ムックンの気持ちはうち理解できるよ! いつでも一緒にいたいってことだよね!」
そうは言ってないが、心配してるのは確かだ。
俺は久遠のなげかけた言葉に無言で頷いておく。
「だからって肌に食い込むように密着させる必要なんてある?」
「寧々の裸を他人に見られたくない、と言うのじゃダメか?」
「あなた、私のなんなのよ?」
「彼氏のつもりでいるが?」
血を飲みあった仲じゃないか。
寧々はどこかで凛華に引け目を感じているのか、自分から彼女ヅラしてこない。
久遠は誰が相手でも一歩も引かずに前に出てくるんだが、そこが少し可愛くもある。
「あ、あなた! 彼女がいる前でそんな発言するのはどうかと思うわよ!」
「実際に、俺はお前がいないとダメなんだ」
「〜〜〜〜!」
耳まで真っ赤になってら。
揶揄い甲斐があるなぁと思いつつも、根年だけ仲間外れにするわけにもいかないからな。
心配性の凛華、仲間思いの久遠。そして面倒見のいい寧々。
俺にとってはみんな大事で可愛い彼女だ。
当初は「誰か一人に決めなければ!」と言う考えがあったが、王になり、人類を滅ぼす存在と敵対してからは考え方が変わった。
ここで誰かを見放すことはしたくない。
もっと貪欲に生きようと、そう決めたのだ。
「寧々さん。正直あなたの第一印象は気難しい人、というものでした」
「何よ急に」
「ですが海斗さんが信頼を置くのもわかるのです。本来ならお似合いだったのはあなたのような仕事に誠実な人だった。今回海斗さんから彼女の立場を奪えたのは、ひとえに私にコネがあったからです。父親のコネ、お兄様のコネ。そして明海さんを匿えるという権限をフル活動してのものでした」
「そうね、うちは貧乏だから子供一人雇うのも大変。その上病み上がりの子は難しかったと思うわ。うちの家訓は働かざる者食うべからずだし?」
小学生の妹まで働いていたもんな、佐咲家。
「ですが、あの時あなたがわたくしの近くにいなかったら、そもそも明海さんの救出も成し得ていないのです」
「そうかしら? 探索者融資なんて少し考えればわかることよ?」
「ええ、ですがそんなことを考えることも、ましてや自分で検索しようと言う頭を持ち合わせていなかったのも事実です」
「あなた、箱入りだものね」
もし知っていたとしても、お兄さんである勝也さんが引き留めていただろう。
何処の馬の骨ともわからない妹の救出に、多額の負債を負うなんて、家族としては引き止める案件だからな。
「ですから寧々さん、わたくしが海斗さんの彼女になれたのは、他でもないあなたがいてくれたからなのですわ」
「そ、そうかしら? 私的に言えば、私をFクラスから解放してくれた海斗へ恩返しがしたかっただけよ。あなたに恩をうった覚えはないわ」
「それが結果的に私に利があった。そう考えることもできませんか?」
「まぁ、考えることぐらいはできるわね」
「そう言うことで、寧々さんも海斗さんの彼女になる権利を持ってます。何せ明海さんを救出する機会を得たのはあなたの発想があったからですし」
「海斗なら一年も立たずに成し遂げてたと思うわよ?」
けど、それがあったから俺はお金にそこまで執着しなくても済んだ。
勝也さんのギルドで下働きすることもできたのだ。
あれは本当に助かった。妹の世話を凛華に任せきりにしてしまった代償に身分を隠して仕事がもらえる。それは俺に都合が良すぎたから。
「ウチは〜?」
「久遠さんは、お兄様つながりですので。しかし蓋を開けてみればお父様の被験体。明海さんも含めてですが、その節は本当にご迷惑をおかけしました」
「凛華のパパだって本当はやりたくなかったって知ってるから平気だよ」
「ですので、私の不甲斐なさをカバーするのに久遠さんも海斗さんの彼女になる資格があります」
「やった!」
その理論でいくと、貝塚さんや明海まで俺の彼女になるんだが?
流石に暴論もここまで行くと清々しいな。
『そう言いつつ、お兄も満更ではないでしょ?』
『まぁな』
これが求めていた青春なのかと思えば満更でもない。
妹プロデュースというのが少々気に食わないが。
『で、お前はどこのポジションに落ち着くつもりなんだ?』
『血の繋がってない妹ポジとかどうよ?』
『血のつながりはあるって美影に言われたんだが?』
『シャドウの裏切り者ーって、どうしてどこでシャドウが出てくんの?』
『実はお前と美影、双子の妹らしいぞ?』
『なんと!?』
衝撃の事実!
そして数日後、俺のクラスに妹と美影が双子として編入してきた。
おい、ここ二学年なんだが?
どうやら血の繋がっていない、幼馴染の役割でいくらしい。
無理があるだろ。
どうせ読み耽っていた小説の設定か何かを流用したな?
だから気がおけないのだ。
こいつがプロデュースした世界に身を置くのは。
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