第154話 取り戻した日常
「ただいま戻りました」
「おかえり、と言っていいのかな? 君が殴り込みに行くと言って一時間と経ってない。僕の身の心配をしてくれるのは嬉しいが……いや、君の顔を見たらわかった。何か進展があったね?」
久遠、寧々との合流。そして妹や隣家との再会。
休息中の御堂さんとの顔合わせ。
ここの世界ではまだ数時間の出来事。
しかし御堂さんは俺の顔色で察してくれた。
「ええ、俺の妹が俺の欲しい全てを引っ提げて帰ってきてくれました」
「ぶいっ」
この場の空気をぶった斬る、明海の空気の読めない発言。
しかし御堂さんは明海の存在が計画のどこからどこまでをカバーするものだ? と話を促してくる。
「まず、明海が帰ってきてくれたことで、俺たちは地上に安全に帰還することができます」
「それは本当か?」
「本当なの、海斗?」
「海斗さん、詳しくお聞かせください」
まだなんの説明も受けてないのか、凛華が食いついてくる。
「それについては妹の才能、ディメンジョントレーダーの説明からしたほうがいいでしょう。明海」
「何?」
「何? じゃなく、お前の才能説明を皆さんに」
「空間を出したり入れたりできる?」
ダメだ。こいつに説明を任せた俺がバカだった。
こいつと共同生活してた連中は、よくこいつをリーダーに置こうと思ったものだ。
「あー、すいません説明を変わります」
「何よー、お兄があたしに説明しろって言ったんだからね?」
「はいはいすいませんね、兄ちゃんが悪かったよ。ともかく、妹はこの通り身に余る才能を手に入れてしまった可哀想なやつなんです」
「誰が可哀想かー!」
「凛華、明海を頼む」
「はい」
「な、凛華お姉ちゃん? 協定を裏切る気?」
協定ってなんだ?
まぁいいや。
凛華が妹を羽交締めしてる間に説明を続ける。
「彼女の才能は内容を考えるなら、保存と解放です。俺たちは当初、妹の能力をそう捉えていました」
「その言い方だと、それとは異なる捉え方があったようだね」
「ええ。それが空間そのものを任意で作り出し、それをその世界に取り込むという拡大解釈です。つまり、妹は才能の中に自分だけの世界をつくり、引きこもることが可能だった。そこにですね、世界を構築できるほどのリソースを得た。すると何が起こると思います?」
「もしかして……!」
他のみんなはちんぷんかんおぷんだったようだが、御堂さんは気がついたようだ。
「ええ、俺たちの世界を、地上を。妹の才能の中で固定して運用することが可能です。元通りとまではいきませんが、偽りの平穏として緊張状態から抜け出すことができる」
「そんなことが可能なのか?」
「ただの人間の時だったら夢物語でしたでしょうね」
「確か君の眷属になっていたか」
「いえ、それでも難しかったでしょう。こいつ、実は俺に内緒で序列戦に参加して嫌がりましてね」
「何?」
「序列八位の【怠惰】とは、あたしのことだー」
「あ、いつの間に抜け出して!?」
また空間ワープで抜け出したな、こいつ。
凛華がどうやって抜け出したのか慌てふためいている。
「まさか我々よりも上位の存在になっていたとはな」
「全くです」
俺と御堂さんがうんうん頷いている。
この場に集まっていただいた猪は関係者のみ、とはいえ序列戦までの知識がある人はそう多くない。
王として世界を牛耳る力を持つ。その組織同士の集まりぐらいの認識がほとんどだろう。
御堂グループに楯突く、俺とその仲間という関係性は。
いつしか地球人類を巻き込んだ生存戦略に置き換わっていたら誰だって驚く。
それに巻き込まれたからこそ起こった別次元への転移事件という時事はまだ世間に公表してない為だ。
「巻き込んだ側が言うのもアレだが」
「なんでしょう」
「アレは相当に苦労するぞ?」
「2人で妹を支えていきましょう」
新たな王に『後先考えてない奴』が君臨する。
一人震えている俺からそっと距離を取ろうとしたので巻き込み返す俺に御堂さんがギョッとする。
「それは決定事項かい?」
「俺と妹はアーケイド、吸血鬼から継承してるので半分以上不死ですよ」
「それに付き合わされる僕はすごい苦労しそうだ」
あなただって大抵人間辞めてるでしょうに。
何今更一般人ヅラしてるんだ、この人?
あんたが子供の将来投げ打ってまで滅亡の運命に立ち向かおうとした結果、生まれたのが俺の妹ですよ。最後まで責任とって。
「と、まぁ妹の説明はこのくらいにして。できることは大幅にできました」
「聞こう」
居住まいを正して、話に戻る。
「まずは地上を妹の空間内に接収する」
「地上に戻る、ではなく?」
「地上をあのままにしていたら、セキュリティの問題で向こうから攻められ放題です。しかし妹の能力を扱えば……」
「万全のセキュリティを持ったまま、暮らしを取り戻せるか……」
「地上を取り戻した、そう思わせて安堵させるのも王の務めですよ。俺はまだ抱えてるものが少ないので、御堂さんほどではないですが」
「しかし私は地上を放棄した王だぞ? 私の支配から脱却した地上は……」
とても王として再び君臨し直す気にはなれないと述べる。
「まぁ、そういうでしょうことは知ってました。ですが、あなたは探索者側のトップだ。一般人からどう思われようともね。偽りの地上の、世界で君臨していただかねばこちらもこまる」
「もう暴動を止める労力は割けぬぞ?」
「その点も明海の能力ならば問題ないですよ」
「そうなのか?」
「明海、お前の内包している世界の説明を」
ここまで細かく説明を促せば流石にわかるか?
「まかして! まずはあたしと敵対関係にあった妖精族。そこにはあたしたちの食糧を得るための世界を担っていただいてまーす! 次に妖怪! こっちはあたしたちの協力者! シャドウ、ううん鏡堂美影ちゃんには実は天狗の血が流れてるんだ! そこの伝手で助力を得て、その世界を別個に搭載! あとは継承されたシャリオさんのアーケイドの世界も内包。あとはー、ここ?」
妹は水を得た魚のように捲し立てるように一息で言った。
本当にこいつは。
「こんな調子ですが。明海はこんなでも複数の世界を同時に保存し、管轄できる存在です。そして、同じ世界を構築しながら、探索者とそれ以外の人間を分けて生活させることも可能!」
「!」
「これはまだ未確証ではありますが、なんなら同じ内包世界内を行き来することも可能だと思います」
「管理者権限を持ってる人に限る!」
できるのはできるようだ。
まぁこいつ一人で管轄させるのなんてそれこそ無理ゲーだしな。
それぞれの世界を管轄させるのを兼任させてるのだ。
「その権利の一つを僕にくれると?」
「枠が余ってるのなら、任せたいと俺は思います」
「あるよー! あたらしい世界の統括はおじさんに任せた!」
おじさん言うなし。凛華のお父さんだぞ?
お前からしてみたら義理のお父さんになるんだぞ?
まぁ急に父親と言われてもピンとこないのはわかる。
俺はまだ凛華とお付き合いしてるから覚悟はしてたが、妹はまだ16歳だ。
しかも病み上がり。そう考えたら妹にとっては目まぐるしい環境だった。
「と、いう感じですがどうでしょう? 今一度俺たちの世界を統治してみませんか? お義父さん」
「ここまでお膳立てしてもらって、嫌だなんていえないな。帰ろうか、我々の世界へ」
「ええ」
皆が皆、ここで終わりだとは思っていない顔で、偽りの平穏へ足を向けた。
正直、心身ともに疲労の限界がきていた。
拠点としていた場所は度重なる襲撃で疲弊していた。
学園を回収し、アロンダイトの拠点を回収し、地上をも回収した。
そして……偽りの平穏が始まる。
ピピピピ、ピピピピ。目覚まし時計の音。
スズメの鳴き声、窓から差し込む太陽。
ベッドから身を起こし、大きな欠伸をする。
こんなにたくさん寝たのはいつぶりか?
「お兄、おきてー! 遅刻遅刻!」
焼いたトーストを加え、早く学校に行こう! と急かす妹に詰め寄られ俺は制服に袖を通した。
とっくに退学した周王学園に、俺は再び通うことになった。
ダンジョンのある世界。
そこで俺はテイマーとしての才能を発現させたという設定になっている。
「海斗さん、おはようございます」
「おはよう、凛華」
ふぁーと大きなあくびを一つ。
凛華は俺がそんな大欠伸をしてるのが珍しいとばかりに微笑んだ。
「あまりよく眠れなかったですか?」
「また学園に通えると、今更知識を詰め込んでたんだよ」
「だらしないわね、海斗」
「ムックン、おはようよー」
下駄箱で寧々や久遠と出会う。
凛華含めてAクラスの面々と知り合いな俺だが、俺の才能ではCクラスからスタートという設定になっている。
美少女たちと知り合いなんて裏山けしからんと、周囲からはそう思われている設定だ。設定が多すぎるんだよ。誰だ、こんな設定まみれにした世界を考えたやつは。
「それじゃあ、俺、こっちだから」
「それではまたお昼休みに」
「おう」
凛華や寧々、久遠はこの学園を代表する美少女として君臨しているらしい。
見目も麗しく、そして凛とした態度で男女ともに人気を博す。
そのせいかよく告白をされるが、全部お断りをしている高嶺の花だ。
『妹よ、この学園ドラマ風な設定はもっとこう、どうにかならなかったのか?』
『チッチッチ、わかってないねお兄は。これは凛華お姉ちゃんたちの総意なんだよ? 普段は冴えない男の子のお兄を、学園トップの美少女たちが認めている。そんなシチュエーションで舞台の再構築をしたんだよね』
『あいつらが望んでその地位に甘んじてるんならそれでいいが』
『ならお兄は設定に文句を言わないこと』
一方的に念話を切られ、俺はクラスの自分の席に座って懐かしむ。
クラスは違えど、そこはかつてクラスメイトと励み、学んだ場所だからだ。
二年生になった今はまた違った感想を抱くが、これからもここで生活するというのだという感情はすぐ二位受け入れられそうもなかった。
「おい、聞いたか? あの噂」
「噂って?」
「なんでも近くのゲーセンでDEの最高得点を上書きした周王学園生がいるって噂だよ」
多分俺のことを言ってるんだと思うが、情報が随分と古い。
俺が一年の頃の情報だぞ、それ?
妹は入院中だったから知らないはずだ。
「噂では御堂さんがそうじゃないかって言われてる」
「凛華お嬢様が? ないない。探索者の申し子が、ゲームセンターに出没したらそれこそ目を引くでしょ」
それなー。
凛華は人の多いところに好んでいくタイプではないし。
もし行ったとしても久遠との付き添いくらいだろう。
「でも獲得スコアがどう考えてもAクラスレベルなんだよ」
「学園生に見せかけたプロの犯行なんじゃねぇの?」
「または、噂そのものがガセであるかだな」
「そりゃそうだ」
クラスメイトは予鈴と共に会話を打ち切り、授業に打ち込んだ。
一限は学科だ。
随分と懐かし苦感じる授業内容に眠くなってくるほどだった。
しかし真剣に打ち込むクラスメイトに倣い、俺も集中する。
二限は実技。
クラスごとのやつは無くなったらしい。
どう考えてもいじめ以外の何者でもないし、妹の考える世界において、俺が悪目立ちするのを控えたのだろう。
恙なく授業を終えて、お昼休み。
俺は決められた場所に買い置きのパンを持って参上する。
するとそこには待ってましたよ、とばかりに凛華と寧々、久遠が待ち伏せしていた。俺は居心地悪そうにしながらその輪の中に入り込んだ。
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