第150話 再会と合流②
「あれ、誰そいつ?」
殴り込みに行ってたんじゃないのか?
不思議そうな顔で俺に探り込みを入れてきたのは、従兄弟でTSした挙句、魔女っ子をやらされる羽目になった五味総司もとい五味初理だ。
「うん、出先で拾ったんだ。単独で敵地に突撃したまでは良かったんだけど諸事情があって戻れなくなったんだって。一応敵の敵は味方の法則で釣れてきちゃったんだけど、ダメだった?」
説明的に嘘は言ってない。
しかし元々他人をいたぶるのが大好きな狂犬みたいな人だからな。
明海がいじめられてないか心配だ。
「そうでござったか、それはさぞかしお疲れであるな。先に風呂でも浴びてたらいかがかな?」
「風呂があるのか?」
確か美影だったか?
勝也さんの従兄弟で、明海のクラスメイト一号だと紹介してもらったことがある。
「あるんだよ、そこのバカの出鱈目な力のおかげでな。あんたも浴びてきちゃえよ。それとも男の目が気になるか?」
男なんてこの中にいないだろ?
そんな目で見返せば。意図を察した初理がニヤけながら発表する。
本当にこいつが意地が悪い。
明海はいじめられてないだろうか?
「こいつの拠点はあらゆる空間を無作為に繋げてできてる歪な空間なんだよ。その上で権限を与えた奴は任意でその空間に繋ぎにくる。その中には当然男もいる。お前みたいに色気の全くないガキでも、男は女と見たら飛びついてくるだろうな。そこで、オレ様の出番よ」
「何をしてくれるんだ?」
「オレが権限を使って追い払ってやる」
「初めて会ってまだ何も信用できない相手にか?」
「嫌ならそう言えよ。オレじゃなくたって他の連中でもいい。ここは共存しないと生きられない奴がごまんといる。お前もそのうちの一人になるんだ。仲間と連絡を取りたいとか言っても、お前はここを離れられねーよ。全ぶあいつが救っちまう。オレらはそれを見てるしかねぇ。あんなちっこい体のどこにそんなパワーがあるのかわかんねーけどさ。不思議な奴なんだよ。気づけばあいつの力を認めてる。今はわからなくてもいいぞ。すぐに理解しろって方が無理だからな」
顎で、明海を指し示す。
それは信頼を形成してなければできない仕草であり。
口ではなんだかんだ言いつつも、この人はここを守りたいと本気で思っているんだ。
なんだ、狂犬がすっかり牙を抜かれてら。
「なら、頼もうかな」
「おうよ、任せとけ」
初理は、威勢よく叫んだ。
頼りになるんだか、ならないんだかわからないが。
今は頼る他ないのは事実である。
◆
風呂場は本当にあった。
しかも大浴場である。
出鱈目な空間処理能力を、無意識で整形できてしまうのが、妹の力なのだろうか?
「着替えはあるか?」
「一張羅は血で作ってる」
「アーケイドって言ったか? 便利な奴らだよな」
「そうだな」
脱衣所で服を脱ぐ。
というか、血を回収すれば服は解ける。
「体、すげー傷が多いな。綺麗な顔してるのに、守ってくれる男はいなかったのか?」
「なんだ、急に人の体をジロジロ見て。男はいない。俺はずっと一人だった。ただ、仲間に女の子がいる。それを俺が身を挺して守ってた」
嘘は言ってない。
俺はカウンタータイプだし、実際に殴り込みに行っても防戦一方だ。背中の傷は名誉の傷。
でも、女で傷だらけは少し恥ずかしいのかもな。
俺の体は男の頃の傷を再現してるのもあり、身体中ボロボロだった。
消せなかったのではない。
消さないことで過去を忘れないようにしたと言うのが正しいか。
「お前も女だ。あまり気を張りすぎるな」
優しい目だった。あれがあの狂犬?
女になって丸くなったのか?
「肝に銘じておこう」
「おう、精一杯感謝しろよ。海斗」
「ああ……ん?」
今こいつ、なんて言った?
なんで俺の名前を的確に当てた?
いや、どうやって気づいた。
俺の肉体が女のものであると理解した上で、どうしてそこに紐づけられる?
「俺はお前に名乗ったか?」
「いいや」
「ならどうして、俺が海斗だとわかった?」
「ああ、そのことか。単純にあの人見知りするバカがお前のことを無条件で信じ込んでたこと。そしてアーケイドの権能が扱えること。極め付けにその傷だ。中にはいくつか俺がつけた覚えのものがあった」
「なるほどな。理解した」
「まぁTSに関しては先輩だからなんでも聞けよ。生理の辛さとか教えてやる」
ひひひ、お前も生理の苦労を知るといい!
みたいな顔で、初理は笑みを浮かべていた。
生理どころか妊娠まで済ませたことを聞いたらこいつはどんな顔をするんだろうか?
いや、言ったら言ったで余計に面倒なことになりそうだ。
「そうか、しばらく世話になるぜ、先輩」
「おうよ、任せときな。それで後輩」
「なんだ?」
「御堂の旦那は今どこにいる?」
そこからは近況報告のすり合わせの時間となった。
初理はこんな改革なのもあって、荒事から情報戦までありとあらゆる場面で暗躍するのに向いてるようだ。
その上で才能が『マナブレイカー』人の心を徹底的に壊す、最低最悪の存在。
一見して言動がチンピラそのものだが、頭は切れるらしい。
「そうか、お嬢含めて全員無事か。アロンダイトや学園まで無傷で守り切れるなんて大した奴だぜ」
「無傷とは言い難いけどな。俺の場合は回復させる能力がずば抜けてるから、それで死んでも生き返して悲劇を先送りにしてるだけだ」
「うちなんかは逆に悲劇ばっかだぜ? 喧嘩もいっぱいする。飯がまずいってのが一番真っ先に上がる懸念案件だな。あのアホはお前の飯のうまさにすっかり胃袋を掴まれちまってる。責任は自分で取れよ? ここに居候させてやってる間、美味い飯を期待してもいいんだよな?」
「まぁそれぐらいはな。俺もブラッドを回復させないことには凛華達の元に帰れないし」
「あの嬢ちゃんたちか。お前が女になったことを知ってるのか?」
「知ってるわけないだろ? 敵の幹部は相手の性別を自在に変更できるのを改めて痛感したよ。その上で、倒すと敵の総大将との赤子を置き土産として産み落とすんだ。倒したと思った矢先にあれで、生きた心地がしなかったぞ」
「うわ、ゴキブリみたいな奴だな、そいつ」
ゴキブリか。確か雌が死んだ田原を食い破って出てくるんだっけか?
そう言う意味ではあってるな。
「本当にな。シャスラとシャリオさんのブラッド攻撃が間に合わなかったら、俺はあの場で死んでたかも知れなかった」
「そんなにやばい代物だったのかよ」
「ああ、なんせ」
──世界そのものから生まれるからな。
母体が世界なんだ。
支配者にタネを植え付ける。
それは一見して男の生殖本能のように思えるが、まるで違う。
相手が欲してるのはいつだって自分の子供。
他の世界を媒体にして生まれてくる子供なんだ。
「マジかよ」
「マジだ。一人一人に対してはそこまで興味を抱いていない理由はそこにある。あいつは、ジャヴィドは。世界を支配した王を孕ませることで自軍の強化を図ってる」
「なんて途方もねぇ計画だよ。何千年とかじゃ利かねぇぞ?」
「長命種の連中はどいつもこいつも人類のような短命種を哀れに思ってくるだろう? 中でもそのジャヴィドはより慎重派らしい。多分まだまだ序列戦で上を狙うつもりだ。王を根こそぎ女に変え、自分の子供を産む道具にしてでもな」
「御堂の旦那よりエグい能力をしてやがる」
「それはそうだろう。何せ【色欲】と【強欲】、二つの権能の持ち主らしい。血族すら道具にして見せる上に、相手を選ばず孕ませ放題なんだぞ? その際に行為は一切知る必要はない。まさに一緒にいられるだけで幸せみたいなハーレムの最終系とでもいうか」
「そうか」
「ああ」
「ちなみに行為をしなくとも妊娠させられるなんてなんでお前が知ってるんだ?」
「そりゃ実際に俺が体験し……」
「体験し?」
「この話やめないか?」
意図を察し、即座に回答を取りやめる。
「いや、重要な話だろ。うちのボスが妊娠させられたらオレたちは一巻の終わりだ。全く無意識のうちに妊娠させられるってお前言ったろ?」
「相手は王にしか興味がないから平気だ。妹はオレが守る!」
「うちのボスは王なんだよ! なんだったらお前より序列の高い!」
「あ……」
そうだった。本人の口からそう聞いていたのにも関わらず、どうして俺はそのことをすっぽり忘れて、守ってやるだなんて。
「お前の悪い癖だぜ、それ。男は女を守ってやる! だったか? その心意気は素晴らしいが、女は男のお人形じゃねーんだ。女にも女の意地ってもんがあるのさ。妹だからって無条件で兄貴に守られてるだけの存在じゃねーのよ。だからよ、観念して洗いざらい吐いてもらおうじゃねぇか、その対処法とやらをな!」
「ぐぬぬ……あまり言いふらすものではないんだが」
俺は意を決して、初理に赤裸々な思い出を語った。
【暴食】と【アーケイド】の能力の組み合わせで、産み落とした子供を捕食してソウルグレードを底上げした事実を。
なんだったら敢えて何回も妊娠を繰り返したことまで言った。
それを言い終わった後、初理から「お前、引くわ」みたいな顔をされたのはいつまでも俺の心にちくりとした痛みを作った。
「と、まぁ全ての女子にあまりお勧めできない方法で乗り越えたわけだよ。正直、俺の彼女がそんな目にあったら脳破壊する自信がある」
なので極力敵幹部に近づけたくない。
「それでも勝ち取り、強制発情効果を無効化する能力を獲得した。それは生半可な覚悟でできることじゃねーぜ? オレだったらなすすべもなく屈してただろう。そう言う意味でもお前は大したやつだ」
男から女になることも屈し、女から母親になることにも屈していたかも知れないと告げる初理に、らしくないと思う。
「だが、彼女からしてみりゃそれは面白くないもんさ」
「え?」
「お前。彼氏が彼女の分まで何でもかんでも背負いこむべきだ、とかなんとか考えてるだろ」
「あ、いや」
違うと言えば嘘になる。
幼い頃に両親から妹を守ってやれと言われた言葉が今も胸の奥が燻っていた。
「逆だよ。オレも今だからこそわかるが、女も彼氏を寝取られたらそりゃもう気分も最悪になるし、それこそ脳破壊する。飯も満足に喉を通らなくなるし、やる気もなんもかも消えちまう。もしオレの信頼した男がそうなったら、怖気が走るな」
「えっ」
「意外か? 元男のオレが女心を理解してるだなんて? みたいに思っただろ」
「そりゃ、まぁな」
「女ってのは連帯感が強いんだよ。どうしてかわかるか? 常に状態異常デバフにかかってるみたいなもんだ。生理ってのは男の時なら気にも留めなかったが女になってようやく牙を剥いてくる。常に情緒不安定! 肌もボロボロ、なのに女ってだけで可愛くないと価値がないなんて男は評価する。つれーよな? これぞまさに理不尽てやつだ。もちろん、世の中にはメンタルが鋼みたいな奴もいる。でもそんな女も生理中は情緒がぐっちゃぐちゃになる。それがお前、彼氏が女体化させられて妊娠もさせられたなんて聞いたらどう思うよ?」
「病むな」
「だろう? だからお前が妊娠した経緯は墓まで持っていけ。オレもそこに関しては追求しとかないでやるよ」
「なんか先輩、すっかり丸くなって別人に思える」
「女の気持ちが今更わかって、今じゃ当時の自分をぶん殴ってやりたいよ」
笑う初理。
女になっても性格は一緒、とか思ってたが内面ですごい葛藤を経て今まで来ているのだろうことが手に取るように分かった。
「俺も、女になることで女子の気持ちがわかるでしょうか?」
俺の自死への理解のなさは、心の余裕のなさに直結している。
無論、隣家や寧々、久遠のことは信じているが、どこかで全ての責任を任せきれないと考える自分もいたのだ。
「さぁな。お前は色々背負いすぎなんだよ。少しは誰かに思い荷物の一つくらい持ってやれ。あんまり重すぎるのはダメだぞ? 少し重い位のを持たせるんだ。そうして重さを慣らすんだ。何でもかんでもいきなりはダメだぞ? お前、そう言う手加減は下手くそなんだからよ」
いつぞやの訓練のことだろう。
お互いには納得していた。
しかし側から見られたことへn御配慮は足りてなかったように思う。
チャプ。
久しぶりにゆっくりと湯に浸かった。
見上げる天井には青空が広がっている。
不思議だ、ここは妹の才能の中だと言うのに、天候があり、気候もある。まるで世界を丸々一つ内包してるようなとんでもなさがあった。
その世界を統べる王が、自分の妹だなんて。
「なぁ、先輩」
「どうした後輩」
「妹は、ここでうまくやれてますか?」
初理はそうだなぁ、と平泳ぎで俺の近くに寄ってくるなり、ここでの妹の様子を教えてくれた。
その後すっかり長湯してしまったのは言うまでもない。
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