第149話 再会と合流①

「君、ここはどこだかわかる?」


 伸ばされた手。俺はそれを受け取りながら率直に尋ねる。


「わからないで介入してきたのか?」


 どう見ても異なる世界線。

 足元には雲が並び立ち、有翼種の独壇場。

 影と血という特性がなければ蜘蛛の上に立つこともままならなかった。


 しかしそんな一切合切を殴りつけて、吹き飛ばした存在はここがどこかもわからないという。

 真面目にやってる俺がバカみたいに思えてくる。


 相変わらず、後先考えないやつだなと思いつつ。


「実は俺もよくわかってない。ジャヴィドの契約者と遭遇、撃退したまではよかったんだが、このていたらくでね。最後の一撃は助かった。ここからあともう一踏ん張りするのは勘弁願いたかったからな」


「そっか。なんか助けたつもりが余計なお世話を焼いちゃってたんじゃないかって思ってたから安心した」


 一応横殴りの可能性を気にかけてくれてるのな。


「終わりましたぞ、マスター」


 遠くから、絶世の美女が魔改造された体操服を見に纏い登場する。

 しかしその服装が地に塗れ、すぐに見覚えのある格好に変化した。

 あの格好は、シャリオ?


 なぜアーケイドのシャリオが妹をマスターと呼ぶんだ?

 いや、そもそもの話シャリオはシャスラと一緒に行動していたのではないのか?

 何が何だかわからない。


「あ、お疲れ様ー」


「生存者であるか?」


「うん、どうやらここで敵と戦ってたみたい。でもあと一手足りなくて。あたし達の参戦で一命を取り留めたみたいだよ」


「それは行幸でございますな……おや?」


 シャリオは俺の魂の形に見覚えがあったらしい。


「兄上、先ほどの必殺技はすごく素晴らしかったぞ!」


 遠くから、地を回収したシャスラが駆けてくる。

 先ほどのシャリオと同様の改造体操服を身に纏っている。

 妙に着こなしているのか、お気に入りなようで特に問題なく着替えることはしなかった。


「ちょうど良いところに来た、妹よ。この生存者、どう見る?」


「生存者?」


 シャリオの問いかけに、俺へ視線を配るシャスラ。

 妹がどういうことー? と二人の動向を窺っている。


「お主、もしかしてマスターか?」


「よくわかったな、シャスラ」


 俺は特に否定するわけでもなく、シャスラの問いに答える。


「待て、妹よ。お前のマスターといえば」


「俺がその六王海斗だよ、シャリオ。明海も元気なようで何よりだ」


「うぇえ! お兄がお姉になった!?」


「【色欲】の特殊効果だな?」


 驚く妹とは対照的に、シャリオはひどく冷静に俺の現状に思い当たる。


「ああ、もしかしてあんたのその体も?」


「左様。奴は同性の肉体を無理やり異性に置き換え、その上で粉をなすことを強制する。我はそれに抗えず、第一子を産み契約者の仲間となったのだ」


「うん? 出産しただけで契約が完了するのか?」


「愛を試すという触れ込みでな。種を付けられたぐらいでは契約は不履行。産み落としてようやく成立するのだそうだ。我も詳しいことは知らぬが、産んだ子を介して魂を束縛される。それがジャヴィドの【色欲】と【強欲】の合わせ技なのよ」


 まじで? じゃあ俺も実質契約を結んだことになるってのか?

 いや、待て。子供を介してならまだ契約は結んでないよな?

 子供は全部糧にしたし。それでソウルグレードも上がったから、ノーカンで。


「さっきから何のお話してるの? あたしにもわかるように言って!」


 すぐ横で、子供の明海が話についていけないと駄々を捏ねる。


「敵の情報のすり合わせだよ。もし敵が明海や凛華と敵対した時、にいちゃんの脳みそが破壊されることになるからな、その対抗策を考えてるんだ」


「どういうこと?」


 さっきの話を聞いてなかったのか?

 俺は改めて敵の性別転換と強制妊娠による契約の履行効果について説明した。


「うぇ! 女の敵じゃん、そいつ」


 全くもって同感だ。

 妹の率直な意見が俺に向かって来なくて安堵する。

 「それ、お兄も人のこと言えなくない?」なんて返ってきたら寝込む自信があるぞ?


「奴の契約者は皆ジャヴィドとかいう存在に対して愛を紡いでいたぞ? やってることはソウルグレードのゴリ押しなのに、愛で前後不覚にしてるのだろう。正直俺はあんなやつを自分の上に置いておきたくないな」


「それはそうだね」


「実際は、その高いソウルグレードによって我々では手も足も出ないという事実がある」


 ソウルグレードの壁。生まれの壁。

 最終的に行き着く問題点。


「シャスラが逃げ延び、シャリオの捕まった理由。それこそがソウルグレードの壁だ。生まれついて1である俺たちは、序列戦に参加して、さらに勝ち越すことでソウルグレードを上げていくことができる資質を得た状態だ」


「そう言えば、マスター。少し見ぬ間に随分とソウルグレードを上げたようじゃのう? 見違えたぞ」


「色々とあったんだよ。こっちも。敵の襲撃、そして仲間の誘拐。向かってくる敵は格上。そこでのしあがるために覚醒した力があった」


 それが【暴食】

 ソウルグレードの格上の相手でも構わず捕食、飲み込んで血肉に変える。そこにアーケイドの能力は非常に有利に働いた。


「なるほどのう、マスターであっても手強いと感じる相手か。後学のために教えてもらいたいんじゃが、どのような相手と戦ったのじゃ?」


 別に隠す必要もないので、全てを明かす。

 ダークエルフのアクシアル、アークデーモンのユーフェミア、そして最近では堕天使のルシフェルだ。

 どれも【暴食】とアーケイドの能力がないと危なかった、厳しい相手だと語る。

 特にダークエルフが厄介で、一切姿を見せずに籠城戦に誘い込まれて全滅必死だったことを語った。

 そのついでで助けた人たちを戦力として杏果していたと語る。


「はえー、そこまでできちゃうのはお兄ならではだね」


「俺だけじゃ無理さ。凛華や寧々、久遠がいてくれたからこそ。そして貝塚さんや御堂さんがいて、ようやくできたことだよ。退学組の俺のいうことを、現役学園生が聞いてくれるわけないからな。やはり現役の主席はそういうところで頼りになる」


 俺はこれでもかと凛華の株を上げる。

 妹に恋人を自慢するようなもんだ。


「でも今は凛華お姉ちゃんと一緒じゃないんだね?」


「流石にこんな色気もへったくれもないところには連れて来れないからな。半分偵察で、攻略は次の機会くらいに思ってたんだが、仲間が急に狂い始めて、ようやく攻撃を仕掛けられてることに気が付いたんだ」


 強制的にエッチなことを考え始める【発情】状態にされたと述べる。

 

「それで、偵察を諦めて帰ることを諦めたのはどうして?」


 攻略が二の次というなら、すぐに撤退もできたはずだ。

 それをしなかった理由を尋ねられた。

 妹ながらに鋭いなと感心する。


「単純に、次元を渡るのが俺の能力じゃないからだな」


「誰の能力なの?」


「新しく眷属にしたイリアのものだ。ナーガから進化してウロボロスになっている。時間を乗り越える能力を持っているんだ。それが急に発情して、いうことを聞かなくなってな」


「ああ、そういうとき困るよね。でもお兄ちゃん、エッチなのはダメだよ?」


「凛華という相手がいながら、他にそんなの求めるわけないだろう」


「ならヨシ!」


 何がヨシなのかもわからないが、少しは信用させてもらえたのだろうか?


「そう言えばマスター?」


「なんだ?」


「今のグレードはいかほどで?」


 あー。

 確か4になったところかな?

 あんまり見てる暇もなかったので、チェックしてないので改めて確認した。


「今は4かな? 相変わらず序列は十位のまんまだけどな」


「あたしは八位だけどね?」


 突然の妹の申し出。

 俺は無言で妹のおでこを弾く。


「いたっ、何すんのお兄」

 

 痛くもないおでこを抑え、抗議するような妹に言ってやる。

 俺が何のために体を張って前に出ているのかがわからなくなるだろうが。


「お前、俺に黙って何序列戦に参加してんだ。兄ちゃんが困るだろ!」


 凛華のこと、寧々や久遠。契約者との関係性が一気に崩れ去る。

 いや、妹が勝手に強くなったことに対しての嫉妬も少しはあるぞ?

 けど少しだ。

 今は無事で出会えたことを嬉しく思っていた。


「何よー、実際に契約しなかったらここまで来れなかったんだからねー?」


 抱き寄せる俺の中から逃げ出そうとする妹をさらに強い力で拘束する。


「そうなのか?」


「うん。シャリオさんがあのでっかい巨人で蹴りを入れることで次元を越えることができたんだよね。でも、人を運んでの移動は難しくて」


「契約者になればその制限が明海たちに向かうか。そういえば、他のみんなはどこいった?」


「あたしの才能の中?」


「ごめん、意味がわからない」


「あたしの才能、ディメンジョントレーダーってあるじゃん?」


「あるな」


「実はそこに、自分専用の部屋を作ってたんだよねー。隠れ家的な?」


「聞いてないぞ?」


「言ったら隠れ家にならないじゃん」


「まぁな」


 妹は昔からこういうところがある。俺が何かと秘密主義なのもあり、機密を何かと抱えたがるのだ。それがかっこいいとすら思ってる。

 ずっとそういうことができない生活を送っていたから。


「まぁそれはそれとして」


「そこ重要なんだけど?」


「うん、まぁそうだけど。よくぞ生きていてくれたな。兄ちゃん、むっちゃ心配したぞ?」


 久しぶりの兄妹のスキンシップ。

 しかしされてる側の妹は少しムッとして。


「お兄なのにあたしよりおっぱい大きいのが解せない」


「そこ、気にするところか?」


 やたらその場所に焦点を合わせ、確かめるように揉んでくる。

 いつかぽろっと外れるんじゃないかと念入りにだ。

 妹におっぱいを揉まれるってなんか不思議な気分になるな。

 俺は男なのにさ。


「重要案件だよ!」


 どうやら妹にとって、これから起こりうる絶望的な未来より、自分の胸の成長が乏しいことの方が重要なようだ。

 妹のこういうセリフに俺は何度も助けられて来たのだと気がつく。

 ここのところ少し気が張り詰めすぎていたからな。


 妹の存在を失って、ようやくその利点に気がついたのだ。

 

「これはお前にとって朗報になるかはわからないが」


「なになに?」


「おっぱいは血流操作で自由に盛れる」


「本当!?」


「それをやって虚しくならない寛容な心が必須だが」


「萎えること言わないでよねー」


 ツンツンと俺のおっぱいを突いてくる妹。

 俺はそれをガードするように血を操って男物の服に着替えた。

 いつまでも裸は俺の健康衛生上よろしくないからな。


「あー、それずるい!」


「お前も王になったんなら権能が使えるはずだ。それを鍛えることから始めるんだな」


「ぶー」


 少しくらい教えてくれたっていいじゃない! と叫ぶ妹に、俺はそれまで簡単に乗り越えられたら兄のたつ瀬が無いと意地悪をした。

 その時になったら絶対に必要だが、明海の能力を鑑みるに、表で同行する能力ではないことが理解できる。


【怠惰】の能力は、どこか遠くから指示を出すために特化した能力だろう。妹に相応しいかはともかく、安全地帯の守護者としては欲しかった能力だ。


「まぁ、みんなと合流できたら考えてやる」


「絶対だよ?」


「兄ちゃん、お前に嘘をついたことないだろ?」


「本当のことも言わなかったじゃん!」


 バレてたか。べっと舌を出して追いかけっこする。

 束の間のこんなやりとりも、この先どれくらいできるかもわからない。


「随分と浮かれているようだな、マスター」


「似合わないか?」


「いいや。それが本来の姿なのだろうなと、妾も昔を思い出してとおった」


「シャスラだってしたらいいじゃないか」


「もう、とっくにしておるよ。お主のおかげじゃ。ジャパニメーションとやらで妾たちの能力は大きく向上した」


 なんか知らんうちにパワーアップしてたと思ったら、どうも寧々の家で預かってるうちに妹たちと一緒に見た夕方アニメの影響だったらしい。

 そんな単純なことでパワーアップできるのもすごいよななんて思うなどした。

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