第148話 天を穿つ雷脚

 キリがないな。

 お互いに決め手がないまま数時間が経過した。


 相手の戦略は【色欲】に頼り切ったものだ。

 それが必勝パターンだったんだろう。


 男だったら無理やり女にして、妊娠させる。

 普通は抗えない。それに屈して褒め称えることで籠絡してきたのだろう


 しかし俺は敢えて受けることによって攻略法を見つけた。

 必勝パターン敗れたりと言ったところだな。


 相手が女の場合はそのまま妊娠させるだけ。

 一手加えなくて済む分、手間が省けると言った感じだ。


「どうした、ジャヴィド様の親衛隊はこんなものか? ソウルグレードの上に胡座をかいてきた姿が目に浮かぶなぁ!」

「えぇい、ちょこまかと! あれほどジャヴィド様からの寵愛を頂いたにも関わらず、未だその心はジャヴィド様に靡かぬとは!」


 まるで理解が及ばないといいたげに、俺を批判してくる堕天使。


「あいにくと、心に決めた相手がいるもんでね。ポッと出の奴にホイホイとついていくほど尻軽じゃないんだわ」

「ほざけ!」


 音速の槍が顔のすぐ横を通り抜ける。

 早い。

 完全に頭がその攻撃点を捉えきれなかった。


「おいおい、獲物を捨てて大丈夫か? こちらから仕掛けさせてもらうぞ?」

「問題ない。いくらでも生み出せるからな」


 ルシフェルの手にはまたもや黄金に光る槍が生み出されるところだった。

 連射可能かよ!

 振るうまでもなく、槍が意思を持つかのように俺の心臓を目掛けて飛んでくる。

 今度はクリーンヒットだ。

 

 野郎、さっきはわざと外したな?

 完璧に遊んでやがる。

 俺が靡かないと知って、殺すつもりでかかってきた。

 もう油断はしない。

 そう宣告された気分だ。


「どうした? 威勢が良かったのは先ほどまでか?」


 意識が、体が全く反応できない攻撃。

 貫かれた心臓。

 体の半分がもっていかれる。

 再生が間に合わない。


 完全に裏目に出た。

 相手が本気を出す前に仕留めるつもりが、ここまで長引くことを考慮してなかった。


 何がお前の能力を調べる、だ。

 こんなのが凛華達の前に現れるだけで俺たちは全滅だ。

 いや、相手が全員この手の能力の使い手だったとしたら?

 考えるだけで怖気が走った。


「は、勝手にこっちのコンディションを決めてんじゃねぇよ!」


 槍ならこちらにもある。

 己のブラッドを燃えたぎらせて構築。

 それは召喚できる眷属を繋ぎ合わせたものだった。


「そんなもので我とやり合うか」


 一瞥。

 作りは確かにひどいものだ。

 向こうが豪華さを意識して作ったものなら、こちらは小学生の図工の品物ぐらいにゴテゴテ貼り合わせたかのようなハンドメイド。


「格好いいだろう? こいつでお前を撃ち抜いてやるよ」


 虚勢。

 だが、それも張れなくなったらおしまいだ。


「笑止」


 感情を一切感じられない顔が、こちらの命を簡単に屠る一撃を放つ。

 ああ、くそ。

 こんなことになるってわかってたら。もう少しブラッドを蓄えておくんだった。

 俺はここで死ぬのか?


 いや、死なないとはいえ再復活までにどれほどの時間がかかる?

 それまでに凛華たちが襲われたら?

 ジャヴィドの従順なる僕として洗脳されたら?

 脳破壊どころでは済まない。


 俺は、着ていく希望を失ってしまう。

 まだ、何も始まってない。

 これから育むのを


 妹だって助けてないんだ。

 俺が。兄ちゃんが……


「そんな姿になりながらも、まだ動くか」


 ぐしゃり。

 血の塊の中でズタボロになった俺の頭を踏みつける堕天使。

 グリグリと転がし、胴体と分離させた後につまらなそうに踏み抜く。


 絶対的な力量差がそこにあった。


「慈悲をくれてやったのに。それを弁えずに抗うことが正義だと思っていたか?」

「一方的に奪うだけ奪ったくせに、お前らがそれを語るか」

「口を失ったというのに、器用に喋るじゃないか。今一度問う。ジャヴィド様に傅け、これは最終宣告だ。お前が我々の軍門に降るのなら、仲間には手を出さないことを約束しよう」


 嘘だ。絶対に嘘だとわかり切っている。

 ならどうしてシャスラは国を追われた?

 どうしてシャリオは配下として従わされている。


 お前たちはどうしてよその世界にいたずらに手を出す?


 強いのなら、絶対強者なら。

 その世界で満足していればいいじゃないか!


「愚問だな。それが勝者の権限であるからだ。当たり前だろう? 弱者の戯言など聞くに値せぬ。この世界で弱者は踏み躙られ、強者こそが尊重されるのだ」

「ああ、そうかよ」

「何? まだ起き上がれるだけの力があったか」


 そんなものはない。

 だが、カッとなっていた頭が冷えた。

 自分が何のためにこの場所に来たか思い出した。


 もう力はいって着たりとも絞り出せない。

 だというのに、おかしいなぁ。

 

「アハハハハ、ハハハハハハハハハハ!」

「何がおかしい!」


 血はもうないのに、肉体を構成できる部位は少ないのに。

 どうしてこんなにもおかしいのか?


 俺はアーケイドの本性を理解してなかった。

 【暴食】の衝動を悪いものだと思い込んだ。

 なるべく発動させないようにしよう。

 そう思って蓋をしていた。


 だから、今こんな体たらくになっているのだと理解する…

 そんなのはただの手抜き。

 勝手に縛りプレイをしていただけにすぎない。


「お前、うまそうだなぁ……」


 ダラダラとよだれが滴る。

 腹が減った。ああ、目の前にうまそうな肉があるじゃないか。

 口がないから噛み砕けない? だったら残った部位を口に置き換えればいい。


 どうせこの体は血でできている。

 人の体を、もしているだけにすぎない。


「シャドウテレポート」


 体がブレる。

 今この空間に影がさす場所に、俺の体はいつでも移動が可能。

 これは凛華のお母さんである獅童刹那さんの能力をコピーした魔道具を眷属に加えた俺のン暴力だ。

 

 影の中は俺のテリトリー。

 そしてその場に直接口を生み出し、噛みついた。


「ぎゃあああ!」


 ルシフェルは足場に俺を踏みつけて捕食行為をやめさせようと必死だ。

 残念だな。俺の空腹がそれぐらいで終わるかよ。


 ただでさえ神々しい後光をバッグに背負ってるんだ。

 影ができる場所は服の中だけじゃあない。


 女性特有のふくよかな肉付きが、俺の眼前で血だまりにうずくまっている。

 ああ、いいな。

 非常に食欲が湧く。


 お前、そんなにうまそうなポーズをするなんて。

 俺を誘ってるんじゃないか?


 湧き上がるのは情欲というより食欲。

 俺は別にえっちなのが嫌いというわけじゃない。


 ただ、それを上回る食欲が邪魔をするんだ。


「やめろ!」


 必死な声。しかし俺はそれを笑顔で却下した。

 

 なぜ? 自らチャンスを潰さなければならないのか。

 そして相手を自由にさせてやればどうなるかなんてわかり切っているのに。

 どうして助けてもらえると思ってるのか。


「悪いな、お前の命は俺が上手く使ってやるから。だから、安心して死んでくれ」

「あっ──」


 上がる悲鳴ごと、俺はルシフェルを飲み込んだ。


「ふぅ、ご馳走様。食った食った」


 ブラッド上限は特に上がらなかったが状態異常耐性に【色欲】が追加されたのが嬉しい。

 これで凛華達が変な気を起こしても、乗り越えてくれると信じて……


 まぁ、多少の発散には付き合うつもりではいるけどさ。

 と、まぁ帰るにもイリアを再召喚しないといけないんだよな。


 ブラッドの充填はヨシ。

 先に自分の肉体を蘇生して──ん?

 あれ?

 なんでだ?


 俺の体、女の体がベースになってるみたいなんだけど。

 あれ?


「すぅ──」


 まさか、戦闘中相手の【色欲】を防ぐためにずっと女の体を使ってたから、脳がバグってこっちを本体と思い込んでいる?


 いや、そんなまさか。

 

 さっきの死因は、肉体の完全破壊だった。

 そして【暴食】による衝動に【アーケイド】のちの力を使って結構な綱渡りというか無理をした覚えがある。


 時間が経てば元に戻ると信じて、今はこれでいいとして。

 問題はイリアが俺を認識してくれるかなんだよな。

 今まではずっと父親として接してきたし、女の姿を見せた時には洗脳されてたし。


 どうやって説明しようか。

 そんな考えをしていた時。


 ルシフェルを食い尽くした空間が裂けて、何かが侵入してくる異常事態が起こった。


「なんだ!?」


 それは手。大きな赤子の手が血まみれで、空間をこじ開けて出てくる姿だった。


「まさかあいつ、この空間そのものが母体だっていうんじゃないだろうな!」


 ルシフェルが愛を押し付けてきたその主人ジャヴィド。

 この世界を丸ごと産道として、新たな命が誕生する。


 これはとんでもない置き土産だ。

 相手の親衛隊を倒すたびにこいつが生まれてくるのかよ。


 実際に自分で産んでみてわかったが、こいつは相当なソウルグレードおばけ。

 多少母体の影響を受けるとはいえ、確実に母親より高いグレードで生まれてくる特性を持つ。


 やばい、這々の体でなんとか倒したやつより強いやつとか正直割に合わないぞ。


 赤ん坊の顔が、この世界に唯一存在する俺を新しい母親にするために見定めた。

 体が疼く。

 【暴食】でも抗えない【色欲】の衝動。


 こちらの攻撃は一切通用しない。

 本当の意味で万事休すだったその時、そいつは現れた。


「ワーハハハハハハハハハ! 天上天下、唯我独尊!」


 赤ん坊の首をへし折るが如く、それはキックの姿勢のまま天を突き破ぶって登場した。


 もう頭がパニックである。

 血まみれの女の格好のままその場で腰を抜かし、状況を見守っている。

 だってその声は、行方不明中だった妹の声だったのだから。


「君、大丈夫だった? 私が助けに来たからもう安心していいよ!」


 強大な鉄の巨人から降りてきた存在は、まごうことなき妹であった。

 そしてこの格好から察するに、妹は俺を兄のカイトであると認識してない。


 これは非常にまずいことになった。


 なんて言って説明しよう。

 カマエルもイリアも、明海と接点がないんだよなぁ。

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