第151話 もう一人の妹
「えー、助けていただいた恩義を返したいなと思い、今回はは自分が料理を作ってみました。ところどころ好みの幅がわからないのもあり、至らない点もありますが、そこはどうかご容赦いただきたく……」
長々と挨拶をし、俺はテーブルにところぜましと並ぶ料理の前で自己紹介と助けてもらった経緯を述べた。
この施設の代表である妹からは、日刺しぶりのご馳走だから味わって食べてね! とねぎらいの声がかかる。
「今までって、飯どうしてたの?」
隣の席に座る初理に尋ねると、可もなく不可もなくみたいな感想が流れてきた。
「なんじゃそりゃ」
「間違いなくお前の飯よりは劣る、ありふれた家庭料理だよ」
「俺のだって十分家庭料理の範疇だが?」
佐咲蓮司率いる疾風団に教わった料理レシピがほとんどだ。
そこに【アーケイド】の能力と【暴食】の権能で料理に複雑な旨みのほかに状態異常回復、疲労回復、欠損回復が追加されたに過ぎない。
「あまりに謙遜すると嫌味だぞ?」
「そんなつもりはなかった」
「お前、そういうところだぞ?」
「自分では自覚がないまま来てるんだよ。うまいって言ってもらえたなら良かった」
初理がジト目で俺のことを睨んでくる。
しかしそれ以上は何を言っても無駄かと思ったのか、あっさりと引き下がって食事を堪能するようにしている。
「あんた、どこかのレストランでシェフでもしてた?」
その背格好で、それは無理があるでしょうけどと前置きを置いて左近寺さんが訪ねてくる。
「見ての通り高校生ですが?」
「見えないのよ。その胆力から眼力、修羅場を抜けてきた数もただの高校生ではないでしょ?」
「まぁそれなりには」
「多くは聞かないわ。うちのリーダーが気に入った。それだけで仲間よ。これからよろしくね?」
「こちらこそ」
左近寺さんも俺が推しても引いてもぶれないことを察して引いてくれた。
しかし、一人だけ疑念の眼差しを向けてくる少女が一人。
「もしかして、長官殿でござるか?」
「なんの話?」
「ああ、いや。気配が只者ではなかったので、もしかしてと思っていたのでござるよ」
「まぁ、たまによく言われるね。お前は何者だって」
「やはり!」
何かに勘付いているが、それ以上はツッコミを入れてこなかった。この子になら行ってもいいかもしれないと感じるが、口が硬い保証がないからなぁ。
妹にはもっと言っちゃいけなかったが、久しぶりの再会を隠すのもどうかしてる。
俺にとってはその存在の確認が何よりも大切だったからだ。
彼女である凛華も大事だが、血のつながりのある妹はその次に大事だった。
うっかり姿を明かしてしまったが、それは契約者であるが故に。
妹には主に念話で受け答えするようにしていた。
『お兄、お兄、お兄!』
ほらきた。
妹は念話の方がうるさいまである。
『シャドウなら口が硬いから行っても大丈夫だよ?』
やっぱり情報を明かすかどうかの思考をジャックされるみたいだった。
『それは俺が決めることなんだが?』
『じゃなくて、シャドウも引き込んだ方が動きやすいって話』
『理由を聞こうか』
妹の本題から大きく外れた、大雑把で当てずっぽうな例えをかいつまんで話せば、影の中で姿を隠しておしゃべりができるそうだ。
妖怪版の念話らしい。
その際は本体がオートモードで適当に周囲に話を合わせられるようだ。
今現在明海はそのオートモードで、美影とお話中らしい。
そこで俺の正体を明かすかどうか迷って、念話で飛ばしてきたみたいである。
嘘だろ、これがオートモードなのかよ。
妹がボロを出さないのはオートモードだから?
お前、どれだけ信用されてないんだよ。
喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで、御影に接する。
流石にこんなに大勢の前で話す内容ではないので、場所は変えた。
ちょっとばかし道案内をしてもらうと理由をつけて、二人だけの時間を作った。
何人かは、料理の感想を言いたげだったが。それはまた後で受け取るとしよう。
「実は、そうなんだ。とある事情でこの姿に変えられている。流石にこの姿で、本体と合流するのは憚れるので、ここにいる間になんとかしたいと思っていた。協力願えるか?」
「ならば影人形の出番でござろうな」
「詳しく説明願っても?」
「もちろんでござる」
影人形というのは、要は自分の理想を陰に投影し、自分の本体は影の中に引っ込めるという寸法らしい。
妹のよくわからない説明の根本がここに隠されているようだった。
「なるほど、そんな方法があったのか」
「無論、理屈を知ったとして素質がなければできぬこと」
「妹はできているようだが?」
「すなわち素質があったからでござろうな。時に長官、母君の本家の名はご存知か?」
「母さんの実家? そういえば直接聞いたことがなかったが」
「ふむ、では我の母君と教官の母君が姉妹であることも知らなんだか?」
「へ?」
待ってくれ。その話はあまりにも爆弾すぎる。
「我は天狗の血を引いておる。我の大祖母様が天狗であることは祖母様から聞いたことである。天狗は代々女子のみを育てる。男は生まれたら捨てられ、女のみを育てるとされた」
「俺は捨てられたということか?」
「いいや、そうされそうだったのを目前で止められたと聞く。他ならぬ父君の手によって」
「そうか」
「しかし母君への強制力が働いてな。ライトニングは連れ去られたそうだ」
「そんな話、知らないぞ?」
「知らぬであろうな。名目上、里帰りで強行したそうだ。その時に、天狗の
「なら、妹はどうしてダンジョンチルドレンとして入院する羽目に?」
理解できないことばかりだ。
そんなに強大な力を有していたのなら、どうして長い間苦しんだというのか。
もっと早くに元気な姿を見せてくれてもいいはずだ!
「力が拮抗したのであろうな。ダンジョンの異能と天狗の異能。それらが未熟な器の中でどちらが主人に相応しいかを決めるべく衝突したのであろう。そのせいでライトニングはみるみる弱っていった。もし、ダンジョンの力を植えられてなければ、割れ以上の才を放っていたであろう。しかしその場合は教官殿と引き離され、袂をわかっていたであろう」
じゃあ、ダンジョンチルドレンになって苦しんだことが明海にとって結果的に良かったっていうのか?
ふざけるな!
お前らの道理で、俺たちの平穏を壊していい理由にはならない!
俺の手元にいてくれるだけでいいなんて思ったことはない。
代われるものなら俺が代わってやりたかった。
でもそれはできないからこそ、俺はあんなにも苦労した。
けど、ぽっと出の妖怪がまだその血を諦めきれないと接触をしてきた。
到底許せるものではない。
「それで、妹に妖怪の血が覚醒した。それで俺にお別れを告げにきたのか?」
「いいえ」
「ではどうして妹に天狗の血が入ったことをこれみよがしに報告する必要がある」
「我ら妖怪の主人になられたからです」
「ん?」
理解が追いつかない。
天狗の血だかなんだか知らないが、妹にその素質が眠っていたのは認めよう。
だが主人になった? つまりどういうことだよ。
「えっと?」
「ライトニングが妖怪の代表になられた。そして大妖怪の地位を欲しいままにするライトニングが付き従う存在こそが教官殿であった。我ら妖怪は教官殿に従いますぞ。ライトニングをお救いくださり、妖怪の住まう秘境へと案内してくださったことに感謝を示しております」
話が見えない。つまりはこうか?
妹が妖怪を従える存在になった。
兄貴の俺がさらに命令を下す権利を持つ。
俺の傘下に新たに妖怪が加わった。
「ごめん、それで喜べって言われても困る」
「ははは。突然言われても困惑されることでしょう。だからこそ、その血に宿る妖怪の血は、教官殿の命令のままに操れると説明したかったのです。ライトニングが扱えたように、教官にも扱える素質はあると」
「最初からそう言ってくれ。聞いたこともない歴史の授業を聞かされた気分だ。それと、突然すぎていきなり妖怪の力が使えると言ってもピンとこない。説明を頼む」
説明を聞き、能力を習う。
「あー、これはまた便利だな」
「で、ありましょう?」
長ったらしい説明を受けた後、新しい技能『妖術』が新たに加わるのを感じる。
「ダンジョン内でもジェネティックスライムを召喚できるみたいな感じか」
「左様でござるな」
【多重影分身】
影を媒介にしてリーチを伸ばす。実際に分身とは程遠いが。
位置の取り替えが容易で、瞬間移動のような効果を持つ。
【影移動】
影の中に潜り、地上をお歩くよりも倍の速度で進軍できる。
問題はどこをどう歩いているか全く見えない点か。
御堂さんが扱ってたが、まさかこれが妖術の類だとは思わなかった。
【影人形】
これがさっき妹の言ってたオートモードが実装された人形らしい。
本物そっくりの分身を陰で作り、多少の願望を生やすこともできるようだ。
気のせいか、妹の胸部はどれも多少盛られている。
胸が大きい人形は偽物なのだろうな。
それを指摘したらまた兄妹喧嘩になりそうなのであえて指摘はしないでおく。
【飛翔の翼】
影で作った翼を介して飛翔が可能。
目立ちすぎるので扱いに注意かな?
まず使わないだろうが相手が空を飛んでる際には使えそう。保留。
【影の目】
基本的に影移動時に外の様子を確認するための擬似的な視界だそうだ。
慣れるまで扱いに困るが、身動きが取れない時に有用な手段だ。
俺は結構な頻度でブラッド喪失で動けなくなるからな。
妖術は王の権能とは一切関係のない血の成せる技なので、ブラッド関係なく使えるのが嬉しい。
そして俺が今一番求めてる能力がこれだろう。
自分のボディ【暴食】の権能で影に食わせ、再生能力を使わずに【妖術:影人形】で再構築してみせた。
「んー、こんな感じかな?」
早速肉体を乗っ取って、動かしてみせる。
服は血で作ったので実際全裸みたいなもんだが【アーケイド】の能力だからな。
最近はほとんど全裸で過ごしてるような気がする。
考えたら負けだ。
「まだまだ胸部が盛られておりますぞ。ライトニング殿が荒ぶるので、もう少し慎ましくできぬか?」
「あいつはここではいったいどれほどの暴君なのか」
「見たままでござるよ。教官殿の知ってるライトニング殿のまま、我々のリーダーになっただけでござる」
それはなんというか。
「御愁傷様?」
「いえ。教官殿は近すぎるが故にライトニング殿の資質がわからぬのでござるよ。絶望の淵において、明るく振る舞い、その上で相手が気を使わないように立ち回る。それはやろうと思ってできるものではござらん」
「随分と買ってくれているじゃないか」
「半身でござるからな」
元気いっぱいな少女の顔に翳りがさした。
「半身?」
「我に父親はおらぬ。ある日、突然この姿で生まれたのだ」
「そんなことがあるのか?」
「普通はないであろうな」
「ではなぜ?」
「母上は話してくれないでござるが、おそらく……」
美影は言った。
おそらく明海の内側に眠る天狗の血を引き継いだ人形こそが自分ではないのかと。
母親の姉、つまりは叔母にあたる鮮華さんが里親になり、育ててくれたと。
生まれつき、身体能力が高かった。
そして、天狗の生まれ変わりと思うほどに影の扱いがうまかった。
そして幼い頃の写真がなく、最近の写真ばかりが残されたことを不思議に思った。
「じゃあ、君は」
「ライトニング殿が制御しきれなかった天狗の血。それが形を持ったものが我であろうな。つまりは教官殿の妹でござる」
「そこからその話につながるのか?」
「その文脈を入れなければ信じてもらえぬと思ったからだ」
「俺の妹にしては賢すぎる」
「ははは、ライトニング殿をあまりいじめてくれるな。我のことは妹のうちなる一面であると考えて貰えばいいでござるよ」
「そういえば妹が君との出会いを初めて会った気がしないと言っていたな」
「それはそうでござろう」
本人だから。
だから懐かしく感じたのだと。
「そういうことで、これから頼むでござるな、兄上?」
「明海が妙に推してたのはそういう理由か。あいつはこのことを?」
「もちろん内緒でござる。我は決して阪神を困らせたいわけではござらぬからな。それに、他人だと思っててくれた方が仲良くやっていけるでござろうし」
その横顔はどこか安堵に満ちていて。
本人がそれでいいならそれでいいかと俺もそれだけに止めることにした。
それはさておき。
「そもそも天狗の血の下り、わざわざ俺に話す必要あったか?」
「妖術を理解するのに必要でござった。それに、血のつながりである兄妹である事実を教えたかったのでござるよ。可愛い妹の告白を受け取れるのは兄上の甲斐性でござろう?」
それで情緒をぐっちゃぐちゃにされていい理由にはならないだろ。
俺が何でもかんでも耐える男だと思われたら困るぞ?
「まぁ、俺もあいつに話してない秘密を多く抱えてるからな」
だからって、知らないところで妹が二人に分裂していたなんて、すぐに信じろという方が無理だろ。
「で、わざわざこんなことを言いに来たってことは?」
「我も、兄上の庇護下において欲しいのでござるよ」
そういうことかよ。
俺は記憶にない妹の首筋に牙を立て、その血を丁寧に飲み干した。
天狗の血、天狗の力の使い方が流れてくる。
そして、その記憶の終着点で幼い頃の妹の横顔が映り込んだ。
妹だった。
妹の半身。そう言われても納得できないことが多かった。
けど、記憶を追体験して理解した。
ずっと隠していた?
いや、本人にも知らされていなかったのだろう。
そして、しばらくして‘契約を迎えた美影が生まれ直す。
「おはよう、兄上」
「ああ、おはよう美影。生まれ直した気分はどうだ?」
「ずっと、欲しかったものがようやく手に入った気持ちでござった。我の肉体は血肉は、人のものとは異なっていたから」
「そうか、だったら残念なお知らせがある。俺の肉体は人間を超越してしまった」
「知っておる。だからこそ、この記憶を上書きして欲しかった」
これでようやく、明海と対等になれたと喜ぶ美影。
よくよく考えれば、光と影。
表と裏。それが妹たちの関係性だった。
「さて、お前の知識を得て、俺はようやく本来の姿を正しく認識した。お前の思い出補正が、今の俺に必要だったのかもしれない」
ただ能力を手にしただけじゃ、微妙に異なる肉体が生成された。
自分でも自分の姿がどんなものだったか忘れるほどの戦いだった。
どこで消滅してもおかしくないほどの激戦で。
肉体の9割を失って自分を見失いかけていたからこそ。
美影の記憶は俺の9割を補ってくれた。
「兄上、完全復活おめでとうございます」
「ありがとう。しかし、当分はこちらで過ごさせていただく」
「なぜです?」
「そんなもん」
急に現れたら驚かせてしまうからだろうが!
美影にそう言うと、キョトンとした顔を浮かべた。
「そんな理由だけで姿を隠し続けると言うのでござるか!?」
どうやらこの妹は妖怪との暮らしが長すぎて、人間社会での常識が全くないみたいだった。明海の方がまだ常識があるのもどうかと思う。
非常時だからこそ、天狗の地とか、妖術とかをもてはやされるが、平時ではもっと驚かれてるし迫害されるに決まってる。
そんな説明をすると「解せぬ」と言う顔をされた。
「まぁともかく、お前のおかげで助かった。そしてこれからも頼ることも多くあると思う。敵の陣営は絶大だ。俺も可能な限り守るが、全てに目を配れるほど万能じゃない。そのことを、今回の件で嫌と言うほど思い知った」
今回、相手側の策で俺たちは総崩れになった。
大事な仲間を奪われ、違う世界に飛ばされ、守ろうと心に決めた大切な人を手の内に収めることもできずまま、辛酸を舐めた。
それから合流するまで大躍進を遂げたかと問われたら否だろう。
自分だけが強くったって、数で責められたら太刀打ちできない。
世界を相手取るような手合いをどこかで低く見積りすぎていた。
だからこそ、今度からは……もっと仲間を頼ろうと思った。
『明海』
『はいはーい。あれ、お兄ちょっと声色低くなった?』
そう言うところはすぐ気がつくのな。
『今後の方針を立てる。こっち来れるか?』
『待ってて、オートモードに切り替えるから』
しばらくして、個室に明海が浮かび上がった。
独特な移動方だな、と思ったがそういえばアーケイドの一員になったのならそれくらいしてもおかしくはないと考え直す。
そして俺の姿を見た第一声は案の定で。
「あれ? お姉がお兄に戻ってる!」
「ライトニング殿……他に言うことはないのでござるか?」
「えー」
どこで行き方を間違えてしまったんだろうな。
ちょっと過保護に育てすぎた俺が行けないのか?
「お前が俺に何を求めてるのか何となくわかったよ。それよりもだ、明海。俺と本契約を交わすつもりはないか?」
「それってえっちなの?」
べし!
俺のチョップが妹の後頭部に直撃した。
「痛いよお兄ー!」
「お前の頭にはそれしかないのか! アーケイド的なのだよ。俺の血を吸っていいぞ。お前の権能で、使役下に置け。文体を手元に置いておけるのはでかい」
「あー……いつまでもあたしの元にいてくれてもいいんだよ?」
「平和になったらな。その時はいくらでもかまってやるよ」
「ウェヘヘへへ」
どこかそんな馴れ合いを、遠目で羨ましげに眺める美影。
「お前もこっちに来い。俺と本契約を結ぶぞ」
「我も、よろしいのでござるか?」
「あれ、お兄、いつの間にシャドウとそんな仲良しさんになったの?」
「お前がいないうちにちょっとな」
説明はせず、ただそれでも明海は受け入れ。
「じゃあ、どっちがお兄の血を沢山吸えるか勝負だよ!」
なんて言い出し始める。
契約ってそう言うもんじゃないんだが。
まぁ、二人の妹が楽しそうならいいか。
そう言う意味では、明海の底抜けな明るさは周囲を気楽にさせるのか。
その後俺はめちゃくちゃ血を吸われた。
何なら二回戦まで始まる始末である。
それでも再復活した時は、ちゃんと男の体だったのでそこはホッとした。
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