第144話 汝、無垢なる刃
海斗達が新たな力を手に入れてる一方で、逃走中のシャスラと兄シャリオは着実に自分たちが強くなっていると実感していた。
「見よ、兄上! あの耳長共が撤退していくぞ!」
「逃すのは得策とは思えぬが。今はヨシとしようか」
「そうじゃろう? 小休止は必要じゃ」
シャスラはない胸を張り、シャリオはやれやれとばかりに妹の案を飲み込む。
「しかし、この力はいささか強すぎはしないか?」
シャリオは今でも感覚で手の中に残っている。
そして、今しがた発揮した想いの力。
自分の肌で感じた『勇気』の象徴。
たみに想いを力に乗せた、感情の発露を。
海斗や寧々におぶられて過ごした数日。
そこで目にした日本のアニメで培った想像力。
それが今、アーケイドの真なる力を解放していた。
過去の血族達にも教えてやりたかった。
怠惰と敗退を繰り返し、自分達こそ全ての種族の頂点であると信じて疑わなかった慢心。
それゆえに発した内部摩擦。
外敵からの侵入に掌握、王朝の破壊。
逃げ惑う生活。
どうして我らがこんな目に?
ひどいではないかと嘆くだけの生活。
それを強いてきた王族。
たみの気持ちを背負うなんて烏滸がましいと内心でずっと思ってきたシャリオである。
「クフフフ」
「兄上?」
「いや、何。我にもこんな感情が残っていたのだなと思ったら笑えてきたのよ」
「そうじゃのう、妾にもこんな力が眠っておったとはびっくりじゃった」
お互いに顔を見てほくそ笑む。
この兄と妹は精神性までそっくりだったようだ。
「と、もう援軍が来たか」
「小休止もさせてもらえんとは。せっかちなやつらじゃのう」
「だが、いい運動にはなる」
「じゃの」
「さて、もうひと暴れと行こうか」
シャリオは腰に巻いたベルトから輝かしい光を放ち、シャスラは天に願って祝詞を唱えた。
『──変、身!』
『憎悪の空より來りて、正しき怒りを胸に、我らは魔を断つ剣を取る! 汝、無垢なる刃!
瞬間二人の体が輝き出す。
異形へと形態変化を遂げていく。
シャスラは体操着を魔改造したようなパイロットスーツに身を包み、コックピットに転送される。
シャリオは見た目通りの異形。
アーケイドの強みを全て打ち消してしまったかのような丸みを帯びたシルエット。
しかし漆黒の中で煌めく派手なベルトが目を奪う。
真っ赤な複眼を思わせるマスク。
そしてモンスターの特色を匂わせるスーツは異形というほかなかった。
アクシアルの子飼いの懲罰部隊は次元の隙間を縫って攻撃してくる。
ダークエルフらしからぬその生態。
それもそのはず彼女達は混血種。
妖精と邪悪の成れ果て。
血族の一部に支配者の力を持つゆえに落ちた妖精と相なった。
ダークの部分は浅黒い肌からなるものではない。
次元の壁を乗り越えるために受け入れた邪神の眷属の血であるが故に。
『ハァアアアア! せい!』
そんな接近の上手いファイターの間合いを関係なく、打ち砕く拳があった。
シャリオのその破壊力は全身を覆うその禍々しいスーツからもよくわかる通り邪神由来のものである。
同じ種類の力で押し合えば反発し合うのも道理。
そして時空を超える能力と拮抗しては切り結び、ついには打ち勝った。
たったそれだけのことであった
『わかってきたぞ、このスーツの使い方!』
意気揚々と、ベルトに腕を翳す。
腕輪に反応して、ベルトにセットした三つの触媒が響き合った。
キィン、キィン、キィン!
ギュオン、ギュオン! キュィイイン!
『グリフォン、ケルベロス、ジャンピングホッパー!』
異形と異形の力が混じり合い、融合する。
ベルトからのメッセージは、まるで相手への死刑宣告。
この技にてお前を葬る、そう通達しているかのようだ。
上半身、ボディ、脚部。
それぞれにそれぞれのモンスターの特色が反映された。
ジャンピングホッパーによる跳躍力。
そしてグリフォンによる浮遊、羽ばたき、勢いを増しての急降下。
ケルベロスの如き三つ首の噛みつき攻撃がその場に這い出てきたばかりのダークエルフを噛み砕いた。
「ぎゃああああああ!」
『成敗!』
スライディングしながらの急停止。
着弾点ではエネルギーの収縮による大爆発が起こっていた。
ヒーローの決着はいつでも派手である。
それがシャリオがテレビから学んだ真実だった。
『あっけないなぁ、ダークエルフ。お前達はこんなものだったか?』
いつになく血が渇く。
故郷に襲撃をかけ、内部抗争を促し、故郷から追われたたった二人の王族は怨敵を前に慟哭にも似た感情を曝け出す。
握りしめた拳からは血が滾った。
『スーパァアアアア! 稲妻!』
ちょうど背後では、妹のシャスラが必殺の一撃を放つところだった。
しかし血が足りないのか、思いが今ひとつ足りないのか、技の不発が続いていた。
圧倒的な暴力を見せる機械人形を選択したシャスラだったが、詰めの甘さがそんな場所にまで出ているのは致命的であった。
いつもならもっと上手くいってるのに、どうしてここではうまく行かないのか、まったくもって理解していないのだ。
『もう、どうして出ないのじゃ!』
『複座式にて、単独での戦闘はパワーゲインが足りないのは常識であろう?』
『兄上!』
『助太刀する。さぁ、お前の望みの力を引き出せ』
『うわぁああああああああ!』
感情を、沸騰しそうな血液を、すべての力の発生源へと流し込む。
期待の維持はシャリオが受け持つ。
ゆえにその爆発的な力の根源は、天をも突く跳躍力に繋がった。
『兄上、あれをやるのじゃ』
『ええ、よくってよ』
『兄上?』
『ええい、役にのめり込む方がパワーゲインが増す法則を知らんのか!』
『うむぅ、難しいことはよくわからないのじゃ』
『いいから前を向け。敵はお前の隙を見逃さないぞ』
『わかったのじゃ!』
もう一度、同じ様式美をやった。
『キィーーーーーック!!』
そして放たれる一撃はアクシアル部隊の通用路である次元の壁をも打ち砕いた。
『やったか!?』
『おいバカやめろ』
シャスラの感想を、すっかりその業界に沼ったシャリオが止める。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ
渦巻く時流。
流れる時間の波。
次元の渦に飲み込まれる単眼の巨体。
そして──
「どぇええええ!!」
陰陽の魔法少女と邂逅した。
「シャスラちゃん?」
「お主は確か? おお、そうじゃ王の妹君だったか!」
明海とシャスラがたった一度だけとはいえ面識があったのが幸いした。
突然現れた巨体。
崩れ落ちる血の雨の中、姿を現したのは血濡れの少女達。
明らかに怪しいし、どう考えても敵の一派に見えなくもない。
「お前の知り合いか?」
「あたしというよりお兄の知り合い? 要は契約者だよね。お揃い!」
明海はシャスラに近寄って、手を組んではそう言った。
何がお揃いだよ、けったクソ悪いとばかりに初理は突如現れた血濡れの姉妹を一瞥する。
「この血が気になるのか?」
「なんか助けを求めてるとかなら、あいにくとこっちにそんな余裕はないと言い返してやるつもりだった」
シャスラの問いに初理が答える。
この取りつく島もない感じが初理の人間性をよく現していた。
「ふむ、つれないのう。しかし心配は無用じゃぞ。ほれ」
シャスラが手を振り上げる。
すると瞬く間に巨人を作り上げていた血液がシャスラの影に吸い込まれた。
その能力たるや、人間のものではない。
故に魔法少女達は警戒を強めた。
「お前、何もんだ!」
「ふぅむ。特に争うつもりはないんじゃがの。今は自己紹介とさせていただこうか。我が名はシャスラ! アーケイドの姫君にして血の支配者! そして、ゆくゆくは故郷再建を目指す者! 王である海斗とは契約者の関係性じゃ。よろしく頼む」
切ったはったのポーズで格好をつけるシャスラに、魔法少女達は自分の姿を棚上げして「変な奴が来たな」と言う感想を喉元まで出しかけていた。
「妹と知古の縁があるとのこと。兄のシャリオだ妹ともどもよろしく頼む」
「男?」
シャリオの挨拶に? 明海は眉を顰めた。
どう考えても男にしては苦しそうな胸部に目が入ったからである。
成長中の明海にとっては殺意すら湧くサイズである。
「生まれはな。しかし存在を書き換えられてしまったのよ、しかし魂の存在である我らに性別は関係ない! そうであろう、シャスラ?」
「うむ、兄上は女子の身になっても兄上である。こう見えて序列は八位なので不敬な態度を取るのは推奨せん。そんな真似をしていいのは我が王だけと決まっておる」
「はい」
左近寺紗江が小さく挙手する。
「聞こう」
「その序列って何? うちの王、エンヴィとどのくらい離れてるの?」
「エンヴィとはあの羽虫のことか? あんなのは序列にすら組み込まれておらぬ雑兵ぞ? ちと厄介な立ち位置にいる王の雑兵じゃな。雑兵でも権能持ちは厄介なのじゃ。話せば長くなるがの」
シャスラは鼻で笑った。
紗江はその様子から自分たちとは比べ物にならない化け物であると窺い知ることができた。
それを飼い慣らす六王海斗の存在にますます震え上がる。
ただの最年少探索者じゃなかった。
何者なんだという疑惑が核心へと迫りつつあった。
「妖精を羽虫扱いできるって……」
「生まれ持ったソウルグレードが違うからのう」
「また聞きなれない言葉が出てきたぞ」
「詳しく!」
王の序列戦について詳しくない巻き込まれ組は、シャスラとの邂逅で己の立ち位置を知ることになる。
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