第143話 暴食の蛇−ウロボロス−
「違う! こんな筈じゃなかった!」
境界と境界を渡りながらアクシアルが喚く。
そしてユーフェミアによって固定されていたはずの結界が砕け散った事によってますます混乱した。
逃げねば。
すぐに追っ手がやってくる。
『どこにいくの』
声に振り返れば、足元に一匹の蛇。
それが足を這うように巻き付いてアクシアルの体を登ろうとした。
「離せ! この下等種族が!」
ソウルグレードが下なだけ。たったそれだけでこの扱い。
生まれた時はそうだったかもしれない。
けど、新しく生まれ変わった蛇は、それを嘲笑った。
『もう、僕は下等じゃない。生まれ変わったんだ! お父さんに出会って! それで!』
ガブ! ズブ! グチュ!
「あが!? おごぉ……お前、どうやって私の魔術結界を抜いて」
蛇が、六王海斗の血から新しく誕生した蛇が。
海斗の暴食の力を引き継いでアクシアルを食べ進める。
アクシアルが絶対の自信を持つ魔術結界。
それは肌と空間のほんのわずかな隙間に、別次元への空間転移を施す仕掛け。
これによって直接攻撃させずに、自身は一方的に攻撃を取ることでイニチアシブを取り続けていたのだが、今やそれは見る影もない。
「あぁ───、め──ん、──い──ま」
『ごくん、ご馳走様!』
髪の毛の一片も残さず、その小さなボディは人一人を腹に収めた。
『ああ、力が……漲る。お父さん、喜んでくれるかな?』
血溜まりの中で佇む一匹の蛇が、足場に魔法陣を描いてその場から消え去る。
◆
「あ、君六王君の蛇だったよね? 良かった! 無事だったんだね?」
所変わりここは魔族の拠点にしていた陣の中。
血溜まりの中で倒れ伏す契約主を抱き抱えているのは、貝塚真琴その人であった。
海斗と同じ匂いがする真琴に
『お父さんは?』
「お父さん? ああ、六王君の事か。無事だよ。心音はあるもん。でもちょっぴり無理をしすぎちゃったみたい。疲れ果てて寝ちゃった」
『そっか』
ニョロゾウは真琴から降りて、前を進む。
「あ、危ないよ。まだ建物が崩壊してて。ボクも腰が抜けて動けなくて……御堂さんも消えちゃうし、久遠ちゃんは六王君の影の中だし」
しょうがないなぁ、大きなため息をつくような態度で、ニョロゾウは自身と真琴の足元に魔法陣を出し、そのまま学園前までジャンプした。
「海斗さん! ちょっと貝塚さん、あなたがいながらどうして海斗さんがこんなひどい状態に!」
「うぇええ、ボクだっていっぱいいっぱいだったんだよ」
そもそも合流した時は手負の御堂明を背負ってた真琴。
そのことで責められる筋合いはない。
「落ち着きなさい、凛華」
「でも、だって! 海斗さんがこんな出血!」
「どうやら相当激しい戦いがあったようね。そこんところのお話、お聞かせ願えるのよね? 姉さん」
静かな怒りを讃えながら、寧々もどこかで真琴を攻めてるような口調だった。
凛華を諌めているなどとんでもない。
順番に真琴を殴ってるにすぎない。
「──と、いうことでさ」
「そんなことが……でも、戦いは終わったのね?」
「それはバッチリ。でもそっちは……?」
真琴の指を差した方向には、同じようにベッドで寝かされた明が居た。本体はこちらに来ていない筈なのに、どう見てもそれは眠っているように思える。
「悪魔の襲撃の際、私たちを心配してお父様が助けに来てくれたんです」
「無茶したねぇ。人にはゲートを通るのはそれなりのソウルグレードが必要って言っておいてさ」
「そうなの?」
「このボクの一張羅がその証明みたいなもんさ。御堂さんは六王君ほどソウルグレードが高くないからさ、本体をこっちの世界に連れてくるのは厳しいって思ってたんじゃないかな?」
「そうだったの?」
「六王君が成長しすぎなんだって、年長者として立つ瀬ないって言ってたよ」
確かにそういう立場を機にする節はあったか。
凛華は実の父親を思いながら、そんなリスクをも払いのけて助けに来てくれたのだと改めて感謝した。
◇◆◇
「そっか、俺が寝てる間にそんなことがね」
体感で数時間くらいの熟睡かと思いきや、普通に3日も経ってたらしい。肉体の方は分体が勝手に起きて動いていたらしく、動き出すのになんら問題はなかった。
そんなことよりも、だ。
「そこにいる女の子、誰?」
『ひどいよお父さん。ボクのこと忘れちゃった?』
お父さんと呼ばれる覚えが全くないんだが……
そんな風に考えあぐねていると、貝塚さんから助け舟が入った。
「六王君、その子君が生み出した蛇の子共だよ」
「ニョロゾウ?」
『うん!』
「お前、女の子だったのか!」
『え、うん。そう見たい』
気のせいか、周囲の視線が冷たい気がする。
「海斗、今は病み上がりだから深く追求しないであげる。でも、説明はしなさい?」
「そうですよ! 私と言うものがありながら、他で子供を作ってくるなんてあんまりです!」
「やー! うちもムックンと子供作るー!」
大惨事である。
久遠に至ってはいつからジェネティックスライムと置き換わった? と思うほどの性欲の発露っぷり。
それに倣って凛華や寧々までその気になっている。
これは非常に不味い状態だ。
「もう、貝塚さんの説明の仕方が悪いからこうなるんですよ?」
「実際、君の暴走が原因なんだからね? それに君の血を分けて生まれた子供なんだから、血の繋がりはあるでしょ?」
「ほんと、ああ言えばこう言う……」
だめだ、味方が居ない!
そう頭を抱えているところで、すぐ隣から失笑する声がかかった。
「くく、モテモテだな、二代目?」
「ちょっ、御堂さんまでー」
「みなまで言うな。女が求めている時に、面倒を見るのが男の役割でもある。僕だって片手では足りないほどの女性と関係を持った。男が一人で背負おうとするのを女は嫌がるものだよ。少しずつでいいので背中の荷を預けてあげなさい。なに、娘以外との関係は目を瞑ってあげようじゃないか。そもそも僕が君を咎められないことをしているからな」
これは親御さんからの許可が出たと思って良いのだろうか?
「じゃ、じゃあ。俺なりのけじめの付け方で行かせてもらう」
かつてシャスラは言っていた。
アーケイドにとっての吸血とは性行為と同義であると。
血を啜ること、啜られることはお互いを認めた証拠である。
どちらか片一方だけのは搾取だが、相手に身を任せて吸わせるのが真の契約でもあると。
「まずは寧々から」
一番は私からじゃないのか!? と言う目で凛華が見てくるがこの中で正式な契約者じゃないのは寧々と久遠だ。
俺と正式な契約を結んだのはシャスラ、凛華、明海、貝塚さん。あとはカマエルといつの間にか眷属になってたニョロゾウか。
俺はこちらに100%の感情を向ける寧々の首筋にそっと犬歯を突き立てた。
「あっ! これ! ん、んぅ!」
「そのまま俺に身を任せて」
いつしか寧々は声を発さなくなった。発せないの間違いか。
すっかり干物みたいに乾き切って、しかし俺の足元から溢れる血の海に沈んでいく。
再び意識を覚ました寧々は血の海から起き上がってぼうっとした瞳で俺を覗き込んでいた。
「これで、私もあなたと一つになれたのね」
「俺が死んだらお前も死ぬ。仮契約とは異なる本契約だ。それでも良かったのか?」
「私が望んだことよ。そして、新たな命をここに感じるわ」
「えっ」
なに言ってんだこの子! 自分のお腹の少ししたあたりを抑えてそれっぽい言動を放つ寧々。
「冗談よ。でも、力が漲ってるのは本当。もしかしたら海斗との子供だって想像力で生み出せちゃうかも?」
口では冗談と言いつつも、その目が冗談を言ってるように聞こえなかった。
なんと言うか、待たせすぎた俺が悪いんだろうけど女子たちの結束力の賜物か、何故か凛華までお腹の辺りをさすり出した。
「あ、本当です。ここに何か新しい力を感じます」
「でしょう?」
御堂さんを前にやめてくれと思いつつ、次を待ってる久遠の無言の圧力に負けて吸血を行う。
「あっ、んぅ! ムックン、ゴーイン♡」
元々そっちの気が強かったのもあり、艶っぽい声が辺りを包んだ。
そして寧々同様血の海から起き上がったら、お腹の辺りをさするポーズを取る。
それ、流行ってるのか?
「さて、あとは若いもの同士に任せるとして、年寄りはお暇しようか」
「病み上がりなのにすいません」
「はっは、英雄は色を好むと言う。その子達以外からも好意を抱かれると思うが、仲間に引き入れるかどうかはよく考えてから選びなさい。仲間に入れると言うことは、その子に業を背負わせると言うことだからな」
「忠告、肝に銘じておきます」
そこから先は、犬歯を生やした吸血鬼の求愛行動が開かれる。
主に干からびるほどに吸われたとだけ明記しておく。
ブラッドの貯蔵は十分なので、それで死んだりはしないが、これはことあるごとに吸血されそうだと今から予定を変更する必要が大いに合った。
そしてもう一つ。
ニョロゾウの再契約だ。
女の子になってしまったのは仕方ないので、うちのメンバーと仲良くしてもらおうと眷属から契約者に格上げしてあげた。
名前をニョロゾウからイリアに変更。
女の子にニョロゾウはあんまりにもセンスが無さすぎると女子一同からブーイングが起きたのでな。
仕方ないことだった。
「えへへ、これでお父さんといつでも一緒だね!」
「改めてよろしくな、イリア」
「うん!」
「それじゃあ、お姉ちゃんの場所までゲート繋げちゃうね?」
「うん?」
ニョロゾウ改めイリアが唐突なことを言い出した。
姉と呼び合っているのは凛華、寧々、久遠、貝塚さんくらいで、それ以外の存在との出会いはなかった筈だ。
「誰のことを言ってるんだ? それとゲートって?」
「あ、そうか! 僕ね、お父さんの暴食の力を一部継承してるんだ。それで耳の長い女からその力を奪ったの。ゲートはね、空間を渡る力があるんだよ。知識もその時引き継いだんだー」
理解の外のことを口早に言われ、困惑する俺たち。
「つまり?」
久遠の一人だけわかってないで教えてよー攻撃を受け切る俺は、その言葉の続きを答えた。
「この空間から出られるってことだ」
凛華や寧々たちの表情に明るさが戻った。
ただし、ここから先の厳しい戦いに連れて行けるメンバーは厳選しないといけないんだ。
せめて学園生を元の空間に戻せればいいんだが。
イリアはシャスラか明海の場所しかわからないと言うし。
まずはその能力を使いこなしてからか、と考えることとした。
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