第142話 鏡堂流伏魔術

「さて、僕がなぜ契約者を増やし、君たちのような存在を作り上げてきたのか、答え合わせと行こうか──封印解除アルファ」


 明の宣言と共に足元に沸騰するほどの血液が集まり、弾けた。


「血晶纏」


 血が結晶化死、それが鎧のように輝に纏われる。

 それが本領。そして蛹から蝶が羽化するように、その肉体をも変化させた。


「行くぞ、デーモン。これが僕たちの絆の力だ! 呪血傀儡──転生!」


 内側に居た明が血液に置き換わり、そして全くの別人へとなり変わる。


「六花おばさま!?」


 その姿の声を上げるのは、凛華だけだ。

 唯一、その存在を知る母親から知らされる存在が、そこに肉体を持って現れたのなら誰だって驚く。


「デーモンスレイヤー紫月六花。悪魔退治の専門家である彼女だけど、欠点は寿命の尽きる速さだった。けどそれを他人の運命を背負うことでもはや無限の命を得たといっても過言ではない、旦那様が負担することで無敵のパワーを得られる」


 刹那の口頭により、周囲の生徒たちが伝説の一幕を垣間見ていることに気がついた。

 契約者とは、このように扱うのだ。

 その肉体が滅びても、魂をも縛り、束縛することでいつでも力を手繰り寄せる。


 もちろんこんな力、明が望んだものではない。

 このまま潰えるのなら、いつまでも取っておくことなど不要と感じ、今使う決心をつけただけにすぎない。


「ナイス解説、刹那ちゃん! 明くんが任せてくれたこのボディ、今はバッチリあたしが活用しちゃうよ!」


「お久しぶりです六花さん」


「ん。細かいお話は後。今は目の前の対象の殲滅を考えなきゃだよ」


「そうでした、みなさんお下がりください。拠点結界──ディメンジョン!」


 刹那が学校を覆うほどの空間を広げる。


「無理ですよ、防衛結界は!」


 それに対して寧々が声を上げた。

 寧々は獅童刹那がどのような才能を持っているかを知らないからである。

 理解している凛華のみがそれを皆に伝えた。


「これは防衛バリアではありません! みなさん落ち着いてください! わたくしのお母様はゲートキーパー! 相手の攻撃を異次元のかなたに消し去る、そんな才能の使い手です!」


「それじゃあ、これ以上攻撃されることはないのか?」


「援軍はもう来ないと断言できますが、口内に入れた分は自分たちで処分しなければなりません。これは決意表明と同時に、監獄なのです。みなさん、覚悟をお決めください」


「そうか、そうだな。助かったと思うのはまだ早いか」


「いえ、みなさまはそこでじっとしていてくださいね? 旦那様の勇姿にご声援を送ることしか期待しておりません。子供は子どもらしく、大人を頼ってください。この結界の中で、たとえデーモンであろうとも好き勝手させません」


 刹那が、校内放送を乗っ取ったのかと錯覚するほどの音量での通達に、全校生徒と教員はざわめきを顰めた。


『グワハハハハ! 見た目を変えようと力量差は覆らん! さっきのは偶然の産物。そんなまぐれが二度と通用すると思うな! 者ども! 総攻撃だ、ヒュームなど蹂躙してやれ!』


『『うぉおおおおおおおお!!!』』


 悪魔たちが血眼になって校内を徘徊する。

 血の宴の始まりだ。

 海斗は、こうならない為の策を弄してきた。

 救えるのは手のひらが届く限りの範囲内。

 それがわかっているからこそ、後方待機に回していた。こうなってしまったら、もう諦めるしかない。


 対人戦にめっぽう強い力を持つ海斗だが、人海戦術をやられたら弱い能力だった。


 むろん、モンスターを操れば話は別だが。

 それを生徒たちの前で見せるつもりはさらさらない。

 余計な齟齬を生むのをわかっていて封印しているのである。


「させるとでも?」


「ええ、旦那様。敵は己が囚われの鳥だと気づきもしていないようです」


 結界内に血の雨が降る。

 そこから血の人形が現れ、それが人の形をとった。

 

 そこにあるのはかつてダンジョンチルドレン計画で肉体が持たずに命を落としたもの。その成れの果て。

 血液を採取し、いざという時のために貯蔵していたものを今ここで使う。


『お待たせしちゃったかしら、凛華ちゃん』


「うぅ、花音お姉様」


 懐かしい再会に凛華は涙を売るわせた。

 しかし非常時にそんな茶番をしている場合ではないと寧々の怒号が凛華を襲う。


「凛華、説明!」


「あ、はい。花音お姉様は勝也お兄様のお姉様で、私にとっては姉におあたる方なのです。小さい頃はよく遊んでいただきました。ですがDC計画の途中で……」


「亡くなったのね?」


「はい……特に寿命を削る能力だったとかで」


「一歩間違えば私たちもあちら側にまわっていた可能性が高いと」


「ですが、このような隠し球を持っていられるとは……言ってくださればよろしかったのに」


 久しぶりの姉との再会に浮かれる凛華だったが、こんな現象がなんの対価も無しに扱えるとも思えない。


 寧々はそれなりの代償があるとして、ずっと使えないでいたことを理解し、勧められた避難を優先した。


「ここの指揮系統はあなたでしょ、凛花。さっさと全校生徒へ通達なさい。花音さんでしたっけ、今は妹の語らいをしてる場合ではないかと思いますが?」


『あららー、凛華ちゃんたらお友達は選ばなきゃだめよー?』


「まだ戦闘中です、そんな雑談をしてる暇なんて!」


『大丈夫、もう仕込みは終わってるから。父様が降らした雨、あれの一粒一粒が私なのよねー。そろそろ染み込んだ頃かしら?』


「なんの話を……」


 花音は小さく握り込んだ拳を、爆発させるように花開かせた。『ボン』という言葉を音に乗せて。


 すると校内の至る所で爆発する悪魔たちの姿があった。花音の仕込みなのだろう、その表情から自信が読み取れた。


『流石に表じゃこんなに派手に動けなかったけど、ここなら、私は暴れられる! 集血、凝固! 吸収!』


 花音の掲げた右手に、校内で爆発したデーモンの血が集まり、それが宝石のように凝固するなり、彼女の手の甲へと埋め込まれた。


『にしし、一丁完了!』


 ぶいっと決めポーズをする花音にライガスは理解ができないとばかりに睨みつける。


『なんだ、そのふざけた能力は!』


「おや、いいのかい? あたしを前にしてその余裕」


 すぐそばで肉薄する六花。

 取るに足らない存在だと認識していても、その肉体をいまだに捉えきれないライガス。


 渾身の一撃は全て空振りし、その隙をついて繰り出される一撃は全てクリーンヒット。

 魂に響く一撃を多く受けていた。


 最初こそ軽い擦り傷程度に思っていた。

 しかしそれが数度繰り返されたら嫌でも理解する。

 これは長引けば劣勢なのではないかと。


 体勢を立て直そうにも、仲間たちは先ほどの一撃でほとんどやられた。肝心の血は回収され、奪うことすらできやしない。


 よもや相手が血を扱う類の術者だとは予想もついていなかったのだ。


 血は魔族の専売特許。

 ゾンビやドラキュラ、デーモンなどはこれを持って己の力を増幅させる。

 将軍クラスにもなれば、己の力を増大させることなど容易い。

 が、肝心の血がなければそれもできないのだ。


 どうせ扱うなら、同等過剰命であれば本望。

 自身より劣るヒュームの血など、扱う気にもなれない。


 その判断が、勝敗を決する。


「どうした? 動きが鈍ってきてるぞ? 少し備えすぎたか?」


 その声は先ほどの六花のものではない。

 明の声が漏れ出てきている。


「最序盤から仮想敵の一番きてほしくないタイプが出てきて冷や汗ものだったが、なんだ、こんなものか」


「明君、それは言い過ぎ。相手、図星すぎて固まっちゃってるじゃん」


『舐めるなぁ! ヒュームがぁあああ!』


「その言葉、辞世の句でよろしいか?」


 激昂するライガス。

 しかし明、もとい紫月六花は不適な笑みで拳を構えた。


 振り上げられる棍棒。

 そしてオーラを纏った一撃が明を襲う。


「鏡堂流伏魔術──口伝秘奥義、暴竜殺ボルテクス


 神速の剣が、ライガスを武器ごと粉微塵にする。

 血で作り上げた剣だ。

 どんな鋼よりも硬い、高硬度の剣。

 しかし維持力は低く、一撃放てば役目を終える。

 そんな諸刃の剣だが、ライガスを葬るには十分な威力を誇っていた。


「やった!」


「いえ、まだよ!」


 デーモンは精神生命体。肉体が滅びようとも、エレメンタルボディが健在なら何度でも蘇る。

 役目を終えた剣を構えるよりもはやく、ライガスの追撃が明を襲った。


「いや、終わってる。心配無用だ」


 音が、遅れてくるように。

 肉体が再構成するよりも早く、音の衝撃がライガスを吹き飛ばす。


「我が一撃は、無敵也──てな。ととと、少し年甲斐もなくはしゃぎすぎてしまったな」


 明は血の装束を溶かしながら、よろけて地面に尻餅をつく。


「お見事でした。いまだ底の見えぬ強さ、感嘆しました」


 寧々が賛辞を送る。

 正直、圧倒的だった。

 海斗が目の前にいるかと思うほど、圧倒的に敵を粉砕した。

 同時にこれが【王の力】なのかと。

 ただの傀儡師だけの力ではないことは明白。

 だからこそ、末恐ろしい。


 この人が敵ではなくて本当に良かったと胸を撫で下ろす。


「お世辞はいいよ。少し戦闘しただけでこの体たらく。あとは君たちにお任せしても?」


「ええ、あとはわたくしたちにお任せを」


 明の手を取り、凛華は覚悟を決めた顔で後を請け負う。

 その日、悪魔軍の襲撃は終息を迎えた。

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