暴食の章−Ⅱ【勇気】

第141話 封印解除

「……死んだか」


「旦那様、お目覚めですか?」


「刹那か。ああ、今目が覚めた」


 御堂明は、コネクトをつなげていた異なる世界の情報を遮断させた直後の、気だるさを感じていた。


「凛華ちゃんはどうしてました?」


「よくやっているよ。あの子のあんな姿は初めて見た」


「あんな姿とは?」


「僕の前で見せるのとは、また違う彼女の姿さ。年頃の少女のような、あどけない感じだね」


「まぁ、人形のように可愛がっていただきましたのに、あの子、そんな態度を?」


 獅童刹那は、昔からそうだった。

 自分の所持品を物のように扱いたがる。

 それは自分の娘にも同様だ。


 明がそうさせたというのもあるが、誰よりも先にそれに乗った。

 自分を持たないというか、他者に縋るほかないというか。


 御堂にとって、獅童はそういう扱いやすいところがあった。


「お出かけですか?」


「少し、散歩にな。君も来るか?」


「是非、お供させてください」


 きゃるん、という表現がとてもよく似合う少女がそこにいる。


 明と同年代なので、40を超えて久しいが、当時と変わらぬ容姿を保っているので妖怪の類かもしれない。

 それは明の契約者全員に言えるが……


「それで、どこに向かわれるのです?」


「うん? 異世界。久しぶりの親子面談と行こうか」



 ◇◆◇



 海斗がユーフェミアを討伐するより少し前。

 ベルガス率いる悪魔軍団が学園へ向かう学園では……


「海斗さんはうまく連れ帰って来れるでしょうか?」


 心配する凛華とは対照的に、寧々は心配するのも無駄だと言わんばかりに肩をすくめた。


「心配するだけ無駄よ。海斗ができないなら、私たちは何もできない。それはこの学園の生徒や教員にも言えること」


「それはそうなんですけど……久遠さんが無茶していなければいいのですが……」


「きっとしてるわよ。だった私たちが防衛に回されて、あの子だけがついていった。あなたの偽物もいるけど、本物はここに置き去り。精神的イニチアシブを感じてるでしょうね」


「ぐっ! でも、偽物とはいえ私もいるんですし、大丈夫だと思いたいですね」


「あの子、そこはきちんと分けるから。後で思い出話でマウント取ってきても反応しちゃダメよ? あんたは彼女なんだから」


「お付き合い相手を差し置いてデートなんて、海斗さんはするわけないとはわかってますが!」


「そこは受け取り方次第よね。あの人、結構抜けてるもの。見ている場所がここではないどこかのような気がするのよ。目を離してる間にどこかにいっちゃいそうで怖いのよね」


「わたくしたちが手を離さないようにしっかり捕まえていませんとね!」


「その意気よ、まずは自分の仕事をこなして、あの人から褒めてもらう。それを積み重ねていきましょ」


「ええ、ちょうど敵の先兵も見えてきました。寧々さんも抜かりないように」


「誰にものをいってんのよ、一匹も党さずに対処し切るわ」


 二人はお互いに牽制しながら視線を交わし、各々の持ち場へと帰っていく。


 そして、魔族の先兵と触発。

 しかし前回からの襲撃と打って変わり、随分と士気が高いことに驚く二人。


 手を抜いていたわけではない。

 最大限に力を込めた結界が、紙屑のように壊された時は寧々も目を疑ったほどだ。


 壊された結界から、雪崩れ込む悪魔たち。

 生徒が一人づつ命を奪われ、防戦一方を余儀なくされた。


 よく観察すると、悪魔の目が血走っている。

 盛り上がった筋肉に、みなぎる魔力はカイトが討伐した悪魔将軍の本気モードに見られたものだ。


 つまりこの悪魔たちは全員が本気。

 それが数百といる。

 一匹を仕留めたところで終わらない。

 

「諦めるな! まだ俺がここにいる! 手に負えない奴は俺に回せ! ここを防衛し切るぞ!」


 絶望の最中、声を上げたのは偽物の海斗だ。

 そうだ、まだ終わったわけではない。

 本物が戻ってくるまで、この拠点を維持すると決めたではないか!


「防げないのなら、一点突破しかないわね。木下君! サポートお願い」


「もちろん、なんでも頼って」


「こんな状況でついてこいなんて、一緒に死ねっていってるようなものよ?」


「でも、何もしなくたって殺される。それぐらいの戦力差でしょ? なら、何かをしながら前向きに死にたい。そう思った」


「人命第一のあなたらしくないわね?」


「平時と災害時では覚悟も変わるさ。それに、僕と同じように考えてる生徒もちらほらいるよ?」


「そうそう、死なば諸共だ。それに、ダンジョンなんていつ死ぬかわからない場所だぜ?」


「秋庭君まで……わかったわ。旧Fクラスチームの再結成ね!」


「普通にAクラスチームでも良くないか?」


「あたしたちがBクラスだしねー?」


 紅林なおが自重気味に笑う。

 それに対して秋庭幸人が「そんなこと気にしねーのに」頭を掻いた。


 なんにせよ、このような非常時に士気を維持できるのはありがたいことだった。


「ごめんなさい、遅れたわ!」


「問題ありません! もう少し後ろで防衛して下さってもよろしいんですよ?」


「言ってなさい!」


 校門前まで駆けつけた寧々たちに、凛華は問題ないと虚勢を張った。

 ユグドラシルの効果で死人こそ出ていないが、復帰する場所を壊されたら仕方がない。

 何がなんでもここで防衛するほかない。

 正直、寧々が来てくれて助かったと内心思っている。


 しかし、指揮する生徒の手前、そんな弱音を見せるわけにはいかなかった。

 そして偽物とはいえ、海斗が一人で悪魔を対処している。手に負えなきゃ回せというが、全部が全部回していては自分たちは何もしていないということになる。


 それは同じ防衛部隊としては情けない。

 だから適材適所で役割分担をした。


 しかし、そんな防衛も長くは続かなかった。


『ワシの名はライガス、悪魔将軍ライガスよ。ここに部下のサイファーを打ち倒した武人がいると聞いてやってきた、そのものを出せぃ!』


 本体がいないのに、ここに当時攻め込んできた将と同等かそれ以上が来た。

 事実を知ってる凛華と寧々の身が震え上がる。


 そしてそれが悪いことに偽物の海斗の耳に入った。

 今ここにいる海斗はオート操作。

 ここでカイトが負ける自体はなんとしても避けたいところである。


 海斗こそが安全神話。

 もしここでカイトが破れることがあるなら、生徒の団結は砂上の楼閣が如く脆くも崩れ去るだろう。

 それを予期したが為に、その横に凛華と寧々がつく。


「その勝負、請け負った。だがしかし、俺以外の仲間を傷つけないと約束してくれるなら、の話だ」


『まるでワシに勝つ自信があるように聞こえるが?』


「そう言ってるんだよ、うすのろ。ほら、かかってこい」


『その意気やよし! では皆のもの、手を出すなよ。こやつはワシがやる!』


 ライガスと名乗る将軍は、海斗と向き合い。

 しかしその部下たちはカイトとの約束を守る気はしなかった。

 勝負を始めると同時に、部下たちが生徒に襲いかかる。


「おい! 約束が違うぞ!」


『バカが! 真剣試合などと言ったつもりはない! これは蹂躙よ! お前たちに望むのはその地をサイファー殿に捧げ、少しでも我らが溜飲を下げる以外の術はない!』


「所詮は獣か! みんな、俺の後ろに集まって!」


「無駄なことよ! ワシらの力をその身に受けると良いわ!」


 ライガスが棍棒を振り上げる。

 海斗に向かって叩きつけられたそれは、片手で受け切るにはあまりにも勢いが乗りすぎていた。


「ほう、これを受けるか! ならばさらにこうよ!」


 先ほど受けたものよりも強力な一撃が放たれる。


「海斗!」


 寧々が練り上げた結界が海斗を覆うが、


『無駄なことよ! たかがヒュームの結界など、飴細工も同じこと!』


「くぅ!」


 寧々の結界は将軍クラスの悪魔には手も足も出ないようだ。ライガスの言葉通り、練り上げた結界は最も容易く砕け、勢いを殺したとは言い切れない。


 その衝撃を真正面から受けた海斗は、たった一撃で重体になってしまう。

 ダメージを逃しきれなかったのだ。


 かろうじてユグドラシルによる状態回復で海斗のダメージはないが、劣勢であることには変わらなかった。


『フン、どうやって先ほどのダメージを回復したかは知らんが、他に打つてはないようだな。所詮ヒュームなどこんなものか。今度は回復の余地なく滅ぼしてくれるわ!』


 ライガスの大ぶりの一撃。

 しかしそれは海斗に届く前に弾き飛ばされた。

 土煙が上がる。

 そしてそれが晴れた後に出てきたのは……


「御堂さん、どうして?」


「お父様?」


「私もいますよ、凛華ちゃん」


「お母様まで? どうして」


「なぁに、ちょっとした散歩だよ」


「地上はどうされたのです!?」


「留守番は用意した。問題があるとすれば、帰還方法だが……それは彼が持ってきてくれるだろう。今はそうだな、そこのデカブツを倒す方が優先だ。そうだろう?」


 御堂明は不適な笑みでライガスへと向き直る。


『フン、ヒュームが一匹増えた程度で……』


 ライガスはなんの問題もないと再び武器を構える。

 だがその態度に、御堂明は笑いが堪えられなかった。


「くくく、ふはははは! たかがヒュームとい来たか。確かにそうだ。僕たちは君たちと比べたら取るに足らない存在なのだろうな。だからこそ、知恵を絞る。本来ならばここで使うのは惜しいが、使うべきところで使わずして何が切り札か。凛華、とそこの君。今から最後の封印を解く。僕の血こそが、最後の封印だ。受け取りたまえ」


「……何を、言って?」


「お父様の前ですよ、凛華ちゃん」


「今はそんな場合ではないでしょう、お母様」


「なんのお話ですか? そういうのはもっと前もって!」


 話についていけない凛華と寧々。

 だが、封印が解かれたことによってそれぞれの体調に明確な変化が起こった。


「これは……力がみなぎる!」


「封印……もしかしてこれが本来のダンジョンチルドレンの?」


「遅くなってすまなかったね。さて、参ろうか。ヒュームの力、その目にとくと見せてやろう、デーモン」

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