第145話 勇気の体現者(明海サイド)
「なるほどな。まずはそこのミョウチクリンなやつがうちのチンチクリンと知り合いだってのは分かった」
「その上で上位権限者。こっちには都合のいいことばかりね」
初理に続き紗江が現状を打破する存在に出会って興奮気味だ。
それに気をよくしたチンチクリン代表のシャスラが胸を張る。
「よくはわからんが、ここで主人殿の妹気味とで会えたのは僥倖! して、主人殿は何処に?」
「それが、現在進行形でわからないんだよねー」
「わからぬとは?」
「かくかくしかじかで」
「かくかくしかじかとはなんじゃ?」
明海はノリの悪いシャスラに肩をすくめた。
もとより説明上手ではないので即座に説明を初理に渡す。
「要するに、妖精のアホに拉致されたんだよ。オレら。元の世界? つーの? そこの世界の探索者と呼ばれるやつはほとんどこっちに拉致られた。地上はボロボロだ。妖精の上司が、あとは美味しいところを横取りする腹づもりだったんだろう」
「ふむ。ジャヴィドらしいやり方だ。自身の手は汚さず、部下に勝負をさせる。それすら遊びの意範疇だ。支配した地域に興味もなく、ただなんとなくで支配域を広げる。そんな悪魔みたいなやつだよ、いや悪魔なんだ。魔神ジャヴィド。我らが相手どる親玉の総称じゃ」
「魔神!?」
「それって強いの?」
皆が驚く中、明海だけがキョトン顔。
何も知らないあかりだけが実力差を理解してない。
「お兄よりも?」
そこで提示される自分たちの総大将。
六王海斗の存在。
「あー、あいつと比べたらかー」
初理は苦い思い出を抱えながら後頭部に手を回す。
「まぁ、いい勝負するんじゃない?」
紗江はあの理不尽の権化が魔神とどう渡り合うかを夢想する。
「そこにあたしたちが加わったら?」
そこに絶望はないかもしれないよ!
明海は快活に笑う。
「かもな。あんなに出鱈目なのに、本職はサポートとか言うとんでもないやつだ」
「だから、分断したわけか」
「目的は別にあったようだけどな」
シャリオの指摘に、初理が自らの陣営を明かした。
「妖精の眷属か」
「そ、オレらは意図せず奴にエネルギーを渡す役割を持っていた。この地は嫉妬が蔓延している。渡り歩くのに嫉妬エネルギーの獲得は必須……」
「分断とエネルギー獲得を同時にか。あの羽虫らしい姑息なやり方じゃ」
「が、その目的はここのバカのおかげで大幅減だ」
初理が悪戯が成功したような子供のような笑みを見せた。
「ほう、妹君が?」
「ふふん、あたしのディメンジョントレーダーは、なんと妖精の人間感知を遠ざけてしまうのだ!」
ブイッと決めポーズをとる明海。
そのキメ顔が、なんとも頼り甲斐があった。
主人と認めた海斗と血のつながりがある故か、またはその底抜けの明るさによるものか。
難しく考えるのがバカらしくなる。そんな表情だった。
敵の強大さなど、どうでも良くなる。
アニメから得た知識での勇気ではない。
これが本当の勇気なのか、と思い知る。
「くっくっく。これは相手側も予想外じゃろうて。まぁ、主人殿に喧嘩を売って、タダで済むと思ってる時点で詰みよ」
シャスラが笑って見せる。
そしてシャリオが遠くを見据える。
「問題点はどこだ? 次元は我らが繋げよう。行先は当てずっぽうになるが、ここで足踏みしているよりはマシだろう」
「そういえば、羽虫共はどこにおる?」
断言するシャリオに、シャスラが周囲を見回した。
荒廃した大地に、妖精の姿は見当たらない。
敵対したとて相手にならぬが、数が多いのが厄介ではあった。
「それならあたしの部屋に封じたよ。世界ごとね」
「ほう」
そのでたらめさ具合に目を丸くする。
シャスラですら明海がそこまでするとは思ってなかった。
否、できるわけがないだろうという認識。
ソウルグレード1のまま、ソウルグレード2以上の存在を世界ごと内包しうることができるのか? と言う疑問。
普通であるなら無理だ。しかしそれが海斗の契約者であるならば?
可能、むしろそれくらいで済めば安いものだろうと考える。
そして同時に湧き上がる、自身の故郷、安息の地を任せられるのではないかという理想。故に。
「兄上」
「ああ。分かっている」
「明海と言ったか」
「うん」
「私と契約をむすばぬか?」
「えっ」
それは意外すぎる問いかけ。
つい先ほど、天狗との契約を結んだばかり。
その上で権限を持ってないヒューマンに契約など、普通は行わない。
しかし、シャリオの理想を実現するために、なくてはならない土壌。
それが眷属が害されず過ごせる世界だった。
「えっと、わざわざあたしを名指しする理由って?」
困惑する明海。
無理もないことだろう。何せシャスラはともかく、シャリオと顔を突き合わせたのは初めてである。
「その懐の大きさに惚れたのだ」
「え、そう言う系?」
「無理にとは言わん」
「んー、じゃあいいよ!」
「なぜ?」
突然の申し出。断られても仕方ない一方的な契約だった。
すアリオにとってもダメ元での契約である。
「だってそれがあなたたちのためになるんでしょ? なら、あたしはオッケー。お兄にもね、今まで散々世話になってきたきたんだから、自分のできる範囲でいいから、そう言うのをしなさいって言ってたんだよねー」
だからって世界を背負えと言われてそれを快諾するのかと今度はシャリオが大丈夫か? と言う顔になる。
「悪いな、うちのバカはこの通り後先考えてないんだ」
「ちょ、初理ちゃん流石にそれは言い過ぎじゃない?」
「うっさいぞ、バカ。何度でも言ってやる。バーカ」
「ムッキーーー」
煽られて怒り狂う明海。からかうのが得意な初理を今後に見て、シャリオはポカンと口を開けていた。
今まで生きてきた中で、こんなにも魔の抜けた顔を晒したことはない。
初めてのことだ。
赤ちゃんプレイをされたことも、アニメなるもので認識を変えられたことも同様に。この兄妹から多大なる恩を貰い受けた気になった。
「では、改めて名乗ろう。我が名はシャリオ。ソウルグレード3にして【怠惰】の権能を持つアーケイドの長にして、序列八位。六王明海よ、今一度我と契約を結んでくれないか?」
「いいよ」
「では失礼を」
シャリオは魅了の魔眼を使わずとも、身を委ねてきた明海に最大の感謝をしながらその血を一滴余さず吸い尽くした。
すでに海斗の契約者だったこともあり、即座に復活を遂げる。
「今のは?」
「我とのパスを繋げるものだ。そして【怠惰】の権能を扱うために、我の血を吸うがよい」
シャリオがシャツのバタンを緩め、首をあらわにする。
「あれ、女の人?」
「外見上はな。だが、魂は揺るがぬ」
「えーと、うんじゃあいただきます?」
自分でも何を言ってるかわからぬが、その首筋に歯を突き立てて血を吸い込む。
初めての体験。だと言うのにスムーズに相手の血を飲み干し、自らに新しい力が備わったのを自覚した。
「シャリオさん?」
「ふ、ははは。これは新たな扉が開いたやもしれぬ。まさか我の血を捧げる相手が現れようとは!」
明海と同様、即座に復活してみせるシャリオ。
それよりもおかしいと感じたのだ、権限の1割どころか9割近くを明海に持って行かれてしまったことだ。
ソウルグレードが1だからと舐めてかかり過ぎていたのが仇になった。
「いや、さん付けは不要だ、主人よ。今日より我らアーケイドは明海殿を主君として動く」
「ふぇえええええ!?」
「主君、良い響きであるな? ライトニング殿」
どこかで羨ましそうな声をあげる美影。
ずっと黙していたのに、突き動かされた厨二心が限界を迎えたようであった。
「兄上ですら決定権を持って行かれるとはのう」
「つくづく、運命というものは恐ろしいものだ」
「権能って言われても、どういうものがあるの?」
「ふむ、まずはそこら辺から説明しようか」
明海は血を使った攻撃と、それを想像したものに置き換える能力を得た。
つまりは、包丁などの調理器具やガス管などのものを全部血で賄えるのである。
なお、序列の高さからブラッドの上限は50万以上。
ブラッドを増やすにはソウルグレードを底上げするか、または序列を駆け上がる二つの方法があることを聞かされた。
「こいつに絶対与えちゃいけない能力が与えた瞬間を垣間見たぜ」
「同意」
「良いではござらんか」
「ぶー、なんでみんなしてそんなこと言うかなー? 美味しいご飯だってできるんだよ?」
明海は調理器具さえ揃えば、家庭的な秋乃の腕前で料理はなんとかなると本気で思ってる。
「あほ! 料理ってのはな、食材が良くても、調理器具が良くっても、調理人の腕がよくなきゃ味もそれに倣うもんなんだよ。確かに今よりはいいものが食えるかもしれない。だが、お前の兄貴の飯は、お前の兄貴しか作れないんだ!」
「そうなの?」
秋乃が直接この場に呼び出され、質疑応答。
「私はあなたのお兄さんを直接知らないからなんともいえないけど、一体どんな料理を食べてたのよ?」
「あれ? あいつ有名人じゃなかったっけ。北海道でもアロンダイトやバルザイの偃月刀とも提携してたような?」
「そんな人いたかしら? お名前は?」
「あたしは六濃だけど、お兄は仕事の名義で六王って名乗ってたよ。一応Aランク探索者で、六王塾とか開いてるけど」
「六王海斗!? え、あなたのお兄さんそんな有名人だったの?」
突如豹変する聖秋乃。
「私ファンなの、サインちょうだい」くらいミーハーな感想を持ち上げる。
「ほら、普通はこうなるんだよ。兄貴に対して妹が無名すぎる」
「別にーそれくらい、いいけどさ。で、どう? 食材と調味料、調理器具を用意したら今よりマシなお料理作れそう?」
「物によるわね。そこは求められてる物によるかなー」
と、ひとまず食料問題は解決の見込み。
妖精側からは作物の徴収。
相変わらず霞を食って生活してる存在なので隔離しながら暮らしてもらった。
河童などの妖怪には修行の場を提供してもらった。
鏡堂美影と共に魔法少女としての修行の場は、実際に妖怪を相手取った方がいい修行になると言う感じ。
そして回収した探索者や学園生は共同団地に入ってもらった。
戦うことが大好きな人のために、お金こそ用意はしないが、バトルフィールドも設置。たまに修行がてらに鏡堂美影が参戦することで大盛り上がりをあげている。
そして次元を物理的に叩き割っての移動だが。
これは空振りを続けている。
「すまないな、マイロード。兄君殿の行方はしれずじまいだ」
「うん、まー気楽に行こう。シャリオさんも食べる?」
この気楽すぎる君主に、シャリオは首を垂れて差し出されたサンドイッチを頂戴した。
「味変であたしの血が入ってるから、アーケイドにも美味だったらいいなーって」
「もったいないお言葉にございます」
「そんな、かしこまった態度しなくたっていいんだよー? シャスラちゃんやそのお兄さんにはお兄を探してもらう協力関係なんだから。また詳しいお話がわかったら、教えてねー?」
「了解しました」
「もー、いちいち返答が硬いってば。わかった、やオッケーでいいよ?」
明海は屈託無く笑う。
それに対してシャリオは頭が下がる思いだ。
真の【怠惰】はこうであるべきなのだ。
本人は指示出しに翻弄され、けど、それは命令ではない。
全員のことを考えて、頭を悩ませながら一緒に解決していく。
自分がそうであったか?
考えるまでもない。
周囲は明海を少し下に見ていて、各々が自発的に動いているように見える。
だがそれは君主である明海の魅力がそうさせているのではないか?
そう考えたら全ての辻褄が合う。
これが命令ではなくお願いにとどまれるのは本人の人柄が故。
そして全員が明海を大切に思っているからこそ、前に出てくれるのだ。
自分がそうできれば良かったのだがな。
内心で過去を思い返しながら、新しい主人のもとで手腕を振るうのも悪くないと思うシャリオだった。
「うひー、思った以上に血を使っちゃってる。これ、どうやれば増えるの?」
「ソウルグレードの上昇、または序列の更新ですね」
「ふーむ」
何やら悪い企みをする明海。
シャリオにこそっと耳打ちし、それは面白そうだと同意する。
普通だったら相談されても即座に取りやめるほどのやばい案だった。
けど、この空間が維持されて、いつでも脱出できるのなら?
実際悪くない賭けだ。
「やりましょう」
「じゃ、諸々の計画頼むねー」
「必ずや邪智暴虐なる魔神に鉄槌を!」
「そこまで勝利に固執しなくていいよ? 無理のない程度にねー」
この態度である。
なお、やろうとしてることは上位種族へのカチコミだ。
遺恨が残るが故に、部下なら絶対に引き止める案件だった。
なのにトップがこれなのでいまいち本気度が伺えない。
故に遊びではないかと思わせる策がシャリオの中で確立されつつあった。
(恐ろしい人だ。肩の力を抜きながらの襲撃なんて……普通は計画立案すら通らぬ企画だろうな)
しかし、今のまとまりのないこの世界には、それぐらいのぬるい刺激も必要だった。
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