第139話 総力戦 3

「なぜだか知らないけど、敵の中央が混乱しているようね」


 寧々が望遠鏡で敵の位置を捕捉しつつ戦況を分析する。


「締まりませんね。わたくしでしたらこうはいきませんのに」


 凛華は自分ならもっとうまくやれると思ってるだろうが、それは全員がいうことを聞いてくれる前提の話だろう。

 何かトラブルがあったのかも知れないことは抜きにして話している。


「なんかさー、戦いに慣れてない感じしない? 気のせいかもしれないけどさ」


 久遠の指摘にみんなが同じような反応をする。


「そう見えるわね」


 当人はそれぐらい見えて当たり前と言った感じでまるで取り合わない。

 久遠は褒めて伸びるタイプだが、褒めすぎて調子に乗るやつでもあるから扱いとしてはそれが正解か。


「やはり、今までソウルグレードでゴリ押ししてきたのでしょうか? それともお父様がうまく使命を果たしてくれた?」


 だろうなとは思う。戦い方に力自慢具合が見えていたし、小手先を労するタイプではなかったしな。


「まだ詳しい情報はわからないが、追い風だ。うまく使うとしよう」


 ここは流れに乗っておこう。

 お義父さんの表立った行動が、果たして暗躍と言えるのかどうかはわからないが、あえてツッコミはしまい。


「ええ。ではこちらの行動ですが、どういたしましょうか?」


「守ってばかりじゃこの好機を逃すことになる。しかし、攻め入るには実力不足。ここは誘い出すべきだろう。なるべく生徒に怪我人は出さずに行きたい。そうなると学園側にご招待する他ない」


「危険じゃない?」


「その危険は考慮して動くんだ。もちろんユグドラシルだけで守り切れる相手ではないことは把握済みだ。多少の犠牲はやむなしだ。こちらも総力を尽くす。モンスターを手懐けたって方向で行きたい」


「海斗のテイマーとしての側面を披露するのね」


「ずっと学校にこもってばかりじゃ、守護者って感じもしないし、打って出るさ。むろん、学校から出て行くんじゃなくおびき寄せる感じだが」


「はいはーい! じゃあうち行くよー」


「あなたは引き際を忘れて戦いに夢中になりそうで心配だわ」


「寧々はもうちょっとうちのこと信頼してくれていいんだよー?」


「はいはい。そういうことは私に勝ち越してから言ってちょうだい」


「むー! ムックン、寧々がいじめるよー」


「痴話喧嘩はそこらへんにしておけ。さて、ここからの作戦だが……」


 情報を詰めていく。

 俺たちだけで動くわけではないので、もちろん生徒や教師も交えての作戦会議だ。


「敵を、学園に誘き寄せるだって? そんなの反対だ!」


 声を荒げたのは教師陣である。

 ここが唯一の安住の地。そこを戦場にしようという提案に、我慢がならない様子である。


「だとしても先生、敵地に乗り込んで討ち死にするおつもりですか? 学校内の方がまだ生徒たちにも地の利があります」


「むぅそれはそうだが……」


「それに、怪我人を出した時も即座に対応しやすい。これが敵地でどれだけ同じことができるでしょうか? 右も左もわからぬ場所での治療。ミスが命取りになると思いませんか?」


「確かにそうだが……だが、危険ではないのか?」


「危険は当然伴います。だからこそ、皆さんの協力の元こうして会議の場に就いてもらいました。もしこれを俺たちが独断で行えば、それこそ陰口からの離反を招きかねません。それに相手側に捕虜として向かっても、人として扱ってもらえるかどうか。なんなら自ら死にに行くようなものです」


「裏切り者には死を?」


「裏切ったところで双方に利点はありません。相手の狙いがわからない限り、こちらは下手に出るべきではありませんので。双方の狙いをはっきりさせた先に、交渉手段が生まれます。なので、くれぐれも先走った行動は起こしませんように」


 ここに教師や生徒の代表を招いたのは、釘を刺すためでもあった。

 裏切ったところで命の保証はない。

 何せ相手は人類を下等生物だと思っているからな。


 人の生き死にすら、遊びの範疇。

 そんな奴らの下に好き好んで行く奴の気が知れないが……自分の持つ情報に価値があると思い込んでる奴は多いからな。

 例えば学園の地理とか、戦力図とか。


「相手は俺たちをおもちゃ程度にしか思ってませんからね。俺たちの張ってるバリアだって綿菓子を引きちぎるよみたいに破ります。そんな相手がですよ? 俺たちの情報を持ってって喜ぶと思います? 地図や誰がどんな能力を持ってるかなんて、相手にはどうだっていいんです。いつでもピクニック気分で人類を滅ぼせる存在。それが悪魔です」


 釘を刺すなら徹底的に。裏切ったところでなんら旨みはないと言い含める。そもそも相手の狙いがわからない。

 こっちはダンジョンの外に出たい。

 向こうはこっちの要望を叶える術を持ってるかわからないと来た。


 俺は上位者でも食らって自分の力にできるが、学園生にはそれが通じない。変な気を起こさないで欲しいものだ。


「わかった。ここでは全員で一致団結して事にあたるしかないのか」


「いつ何時でも、ですよ。結局人類のことを一番よく理解してるのは同じ人類だけです。漫画やアニメでその存在のことを知った気にならず、自分の目で見たものを信じましょうよ」


「その方が良さそうだね。俺たちもそのように行動する。何をすればいい? 指示をくれ」


「詳しい指示は御堂さんから直接下る。今は実力よりも信頼の方が何よりも勝るからな。一度自主退学した俺よりも、常に学園でトップをとり続けてきた御堂凛華。同じ学園生への指示なら彼女が最適だろう。何より花がある」


「そうだな。悔しいがお前に怒りをぶつけるものは少なくない。もしお前が指揮をとっていたら、ここまで足並みを揃えるのは大変だっただろう」


 それは俺が凛華の彼氏だからか?

 どちらにせよ、いい感情を持たれてないのは知ってるさ。

 寧々や久遠も顔はいいからな。

 


 そんなこんなで学園内での活動指針をまとめる。

 指示だしは今まで通り凛華。

 学園の防衛隊長は寧々。

 そして突撃隊長兼囮役は久遠と俺の分体であるジェネティックスライが果たすことにした。


 全校生徒の前で種明かしと行こうか。

 俺のそっくりさんがいても、それは俺じゃない。

 モンスターに擬態させることで、いつでも即時復活可能。

 ただし作るのに少し手間がかかるのと、そのモンスターを大量生産できる下地がないのでコピー希望者が出ても少数しかできないと決める。


「ここは一つわたくしが参りましょうか」


「やっぱりそうなるよなぁ。久遠はどうする?」


「いらない」


 まぁそうだよな。学園のみんなは知らないが、俺の契約者である久遠は俺と同じ耐性を持っている。俺に通用しない攻撃は久遠にも通用しないのだ。

 なので、今回は指揮役に回ってて暴れたりない凛華が抜擢された。

 死んでも本体は無事なので、ここで一つパフォーマンスと行こうじゃないか。


「じゃあね、ムックン行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 笑顔で見送り、俺は炊き出しの準備に取り掛かる。

 凛華や寧々は各自配置につき、学園の進退を賭けた防衛戦が始まった。

 はてさて、久遠はうまくあの二人を操ってくれるかね?

 一応俺の意識を乗っけてるとはいえ、そこはかとなく不安だった。




 ◇◆◇




『サイファー卿が死んだ? それは一体なんの冗談だ?』


 ユーフェミア直属の親衛隊であるレギオンの隊長であるベルガスは、部下の持ってきた報告に眉を顰めた。


『おそらく、王の可能性があります』


『王が相手なら我らはヒュームにも劣るというのか? 話にならん。つまらない冗談はよせ』


『王とて、特質がございます。もしかしたら、ヒュームの王は【暴食】の権能を持っているのでは?』


『【暴食】……聞いたことがある。しかしそれらを受け継ぐにはそれなりの素質、素養が必要だ。それに暴食の権能はアーケードの小娘が所持していたのではないか? アレなら恐るるに足らん性能であったが』


『その特性を最大限利用できる適合者が現れたならば、あるいは』


『我らとて、その捕食対象者になりうるか』


『でなければサイファー卿が名乗る前に負けるなどあり得ません』


『ああ、ワシが一番に信頼をおく我が親衛隊でも一番できる男だったからな。真名を語らずとも、ヒュームに遅れをとることなどない』


『どうされますか?』


『弔い合戦だ。蘇生したところで、奴も気が済むまい。一生就いて回るのだぞ? ヒュームに一度殺されたと。うぬならそれが我慢できるか?』


『なりませぬ』


『全軍を率いよ! ワシが陣頭指揮を取る! 討ち入りじゃあ!!』


 そんな風にベルガスが感情を高ぶらせているところで、新たな報告が入る。


『大変です! 賊が陣地に侵入し、ライナード様とオルファン様が討ち死になさっております!』


『なんと!』


『そんな、あのお二人が!? 【暴食】意外にも王が紛れ込んでいたというのか?』


『わかりません。ですが、再復活までの間、多くの兵士の命が散らされております』


『なんたる失態だ! 親衛隊の恥晒しどもめ! ユーフェミア様のお顔に泥を塗りおって』


『何事ですか、ベルガス』


『ユーフェミア様!』


 ベルガスは内心焦っていた。

 簡単な仕事だった。

 しかし蓋を開ければ劣勢なのはこちらの方。

 たかがヒュームと侮って、戦力のいくつかを失ってしまっている。

 これをそのまま報告していいものか。

 迷いに迷っていた。

 しかし、この緊急時に嘘を言える性格ではなかったため、ありのままを語った。


『なんてことでしょう。ベルガス、そのお話は本当でしょうか?』


『残念ながら、魔力波動を辿っても途絶えてしまってます。そして同時に残念なお知らせが入っております』


『まだこれ以上にありまして?』


『ジャヴィド様の彫像を破壊されてしまいました』


『何をやっていますの!』


 ジャヴィド像。それはユーフェミア側からのフィルターをかけにかけまくっただいぶ美化された兄の姿がミスリル銀で再現されたものだった。

 『こんな場所にいられるか、俺は出て行くぞ』と出てから、ユーフェミアは想いを募らせて、ついにはこんな銅像までも作り上げていた。


 ジャヴィドは実の妹がここまで病んでいることを知らないだろう。

 いや、正直血のつながった兄妹なのに愛が重すぎてサレに辟易して出ていったと言った方が正解なのかもしれない。


 ジャヴィドとて妹のことは嫌いではないが、添い遂げるのはまた違うと感じていた故の結末だった。


『アクシアル様、お話が違いましてよ。わたくしが王になり、お兄様のもとへ参れるというお話ではありませんでしたの?』


 そんな話は一度も出ていないし、勝手に妄想を募らせたお前の思い込みだろう、と喉元まで出かけたが、アクシアルは必死に飲み込むことに成功した。


『話を飛躍させすぎです。私からの提案は、殺したい奴がいる。それが王の可能性がある。それを倒すためのお力添えをいただきたい。そうおっしゃったのです。そのためなら、夜伽権をお出ししてもいい。そういうお話です』


『あら、そうだったかしら?』


『なんにせよ、このままヒュームどもに好き勝手やらせていたら我らデーモンの名折れですぞ、女王様』


『そうね。ベルガス、何か策はある?』


『は、一匹残らず血祭りに上げ。その血で再復活を彩る宴を施しましょう』


 何言ってんだ、こいつという目でアクシアルはデーモンたちを見つめる。死生観のまるで違う種族ゆえに起こる弊害。

 どちらにせよ、自身の目的は達成されるのだから話に割って入るほど無粋ではない。

 だが、そこに条件を付け加えるのだけは引けなかった。


『潰すのは結構。ただし、特定の対象だけは私に任せていただきたい。それ以外はどうとでもしていただいて結構』


『ふふふふふふふふふふふ……お兄様、あと少しです。あと少しでお兄様のもとへ会いに行きますわよ』


『サイファー卿、ライナード卿、オルファン卿の敵討である。皆、気を引き締めてかかれよ? 相手はヒュームであろうとも手練れ。遅れをとるようなことがあってはならぬ。本気で、全力で入念に潰して回れ!』


『『『『応ッ!!!』』』』


 盛り上がる襲撃者たち。

 しかしその足並み揃ってない場所へ強襲をかける者の姿があった。


「久遠、やれ」


「ルーン、ブレイカー!!!」


 開幕の一撃。

 移動を海斗の模したジェネティックスライムが引き受け、今の今まで力をためていた北谷久遠の全力の一撃。

 貯めれば貯めるほどに威力を増す代わり、売ったチョ屋後に動けなくなる諸刃の剣。今回はそれを祝砲とした。


 祝砲にして開戦。

 戦闘一発めの威力に申し分ない一撃である。


『敵襲ーーー! 敵襲……ぐわーー』


「今、増兵されるのは得策ではありません。少しお待ちいただけますか?」


 声を荒げる兵士の首を一刀両断。

 凛華の剣技は衰えることなく、むしろ鋭さを増している。待て、と言っておきながら声ロスのは少しやりすぎな気もするが、悪魔だし、復活するだろうとの見込みだ。


「あら、消えてしまいました」


「凛華は少し手加減を覚えることだな。久遠は無事か?」


「かろうじて生きてるよ」


「なら、ヨシ」


『海斗さん、そちら側に敵が一極集中しております』


 学園に残してきた凛華側からの念話が入る。

 いつの間にか敵陣の戦力を把握してた。

 何それ、怖い。


「学園側から連絡が入った。敵はうまくこちらに誘導されてくれたらしい。あとは御堂さんと貝塚さんを拾って帰るだけだ。久遠はそれまで待機。凛華は俺の背後を守ってくれ」


「任されました。これが終わったら、また頭をなでなでしてくださいね!」


 普段ならこんな願望いやでも口にしないのに。

 完全に掌握してないジェネティックスライムは欲望が丸出しになってダメだな。

 だが、ある意味ではそれが本音だ。


「帰ったらいくらでもしてやる。だから、死ぬな」


「その気はありません。さて、敵兵が参りました」


「今回は倒すのが目的じゃない。逃走ルートを確保した上での避けきれない戦闘のみ対応する。作戦を間違えるな?」


「把握してます」


「ならヨシ」


 海斗達は念話をかけながら貝塚真琴、御堂明の消息を追った。

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