第140話 総力戦 4

 襲いくる悪魔たちを切った張ったしながらの逃走撃。

 もちろん、倒し切らないのもあって追撃の手は激しくなる一方だった。


「海斗さん!」


「悪い」


 よそ見をしていたわけではない。

 壁を歪めて現れたのに反応が遅れたのだ。

 ジェネティックスライムの模倣とはいえ、察知系のスキルを多く持つ凛華に助けられ、頭を下げながら退路を確保する。


『逃がさん! 貴様らだけは!』


 壁を壊しながら牛のような角を持つ大男が現れた。

 学園で仕留めた悪魔の仲間だろうか?

 紳士とは程遠い体躯。しかし纏ったスーツに騎士鎧という特徴は似通っていた。


「凛華は前へ! こいつは俺が引き受ける」


「いいえ、これくらいの脅威、払って見せます」


 重量を乗せた棍棒を、速度を乗せた蓮撃で跳ね除ける。

 少し面倒を見ない間にまた強くなったか?

 俺の前では普段通りすぎて見落としていた。

 彼女もまた努力の人なのだと。


『見つけたぞ、ヒューム!』


「げ、あの時のダークエルフもか!」


 ダンジョン攻略前に、倒しきれずに逃した女ダークエルフまで現れる。

 平次の時ならそこまで脅威じゃないが、撤退線の時に現れるのは面倒だった。

 せめて学園に逃げ帰ってからの対処に回ってからなら、いくらか気が楽なのだが。


「どちら様ですの?」


「以前御堂さんと追い詰めつつも逃した敵の従者」


「随分と恨まれているようですが?」


 凛華は涼しい顔をしながら大男の一撃をいなし、俺へ質問を重ねた。


「お前のお父さんが、いきなり傀儡化しようとしたんだ。それで怒り心頭の相手の武器を俺が捕食した」


「それは……」


 一転同情の視線。

 そうなんだよな、俺の暴食で喰われると武器が再復活しない。

 エネルギーごと俺の所有物になるからだ。


 しかし相手は敵軍。

 向かってくるなら撃ち倒す他なく……


『ウオーーーホーーーーー』


 迷ってる横合いから新たな敵勢力!

 壁が音の衝撃で崩壊しながら逃走ルートを巻き込んでいく。


「って、貝塚さん!?」


「あ、六王君! よかった、探してたんだよ!」


「と、御堂さんは随分無理をなさったようですね」


「若気の至りを思い出してしまってな。らしくないとは思うが」


 両手両足を失って、息も絶え絶え。

 しかしここで合流できてよかったと思っておこう。


「御堂さんはこちらで引き受けます。学園を目指しましょう!」


「寧々は?」


「学園前で待機してもらってます。俺たちは敵の誘導役で」


「本丸に本命が乗り込んできたのに誘導役なんだ?」


「こっちにも事情があるんですよ」


『新たな反応! 大きいのが来ます!』


 どこか攻めるような視線の貝塚さんに、新たな勢力の合流があったことを凛華が念話で伝えてくる。


「ちぃ、次から次へと厄介な!」


『にがさなぁい!』


「く、こうも狭い空間では!」


 壁を壊すほどの膂力の持ち主の悪魔の前に、回避速度のみで動き回りつつも、退路を狭められつつある凛華は徐々に追い詰められていった。


「貝塚さん、もう一発でかいの頼めます?」


「悪いけどさっきので打ち止め。ボクもうヘロヘロー」


「うちのチャージいけるよ!」


 もう限界が来ていた貝塚さんを陰でキャッチし、入れ替わるように久遠が復帰する。


「ではやれ!」


「うん、ルナブレイ……えっ!?」


 崩れた土砂を吹き飛ばそうと久遠が全力の一撃を放とうとしたところで、固定化された空間が歪み出す。


『捕まえました。どれが王です?』


『そこの黒髪の男が王です、ユーフェミア様』


 巨大な、世界を丸呑みにしそうなほどの影が俺たちを見下ろした。

 視界に収められただけで、蛇に睨まれたように身動きが取れなくなってしまう。


『そうですか、よくやりました。あとはその力さえ奪って仕舞えば、お兄様の元へ参れますのね?』


『約束は違えないでくださいね? その男を仕留めるのは私です』


『はい、それまでこの空間はどこにもつながらないように維持しております。ですがわたくしも木が長い方ではありません。手短にお願いいたしますね?』


 俺の知らないところで、勝手に話が進んでいく。

 超越者が、それに劣る人物への決定を行うが如く。

 俺たちの命の行方を勝手に決められているのだ。


 頼りになるのは凛華と久遠くらい。

 しかし久遠は全力チャージのスキルを不発させ、再度貯めるまでの時間が必要だ。


 凛華に至っては空間が固定化されたことによってこれ以上広げることは叶わず、牛の悪魔に追い詰められている。


 貝塚さんはダウン、お義父さんは虫の息。

 まさに絶体絶命のピンチなのだが……不思議と焦燥感は訪れなかった。

 なんなら笑みすら浮かべてしまう。


「くくく……」


『何がおかしい! 絶対的ピンチにおかしくなったか?』


 女ダークエルフが形成が逆転したことを告げる。


「いや、何。今まで、放置だったのにいきなり力技できたからおかしくなってな。いいね、非常にシンプルでいい。凛華、交代だ。ここから先は俺がやる」


「海斗さん……わかりました。何かお考えがあるのですね? この命、託しましょう」


 ジェネティックスライムの凛華の肩口から血を吸い、気分を高揚させる。


「ああ、いいね。偽物だとしても従者の力は最高だ。こんな状況だというのに、全く負ける気がしない」


『仲間を食らった? 圧倒的不利に正気を失ったか!』


「騒がしいぞ、ダークエルフ。自分の力が叶わないから強力な援軍を持ち出したようだが、それがどうした? 俺一人倒せない俗物が、援軍を呼んできて随分と調子に乗っているじゃないか」


『貴様!』


 ダークエルフの女の投げた火炎の弾。魔法の類だろう。だが俺の魔法耐性は高い。


「本当に学習しないな。俺に魔法は効かん」


 軽く払うだけでもよかったが、興に乗ったので食べてみた。味はしない。ただ、薄い香りが鼻腔を突き抜ける。


『く、バケモノめ!』


「誰が化け物だって? 言ってみろ。こんなにか弱いヒュームを捕まえて。序列じゃ下っ端もいいところだ。ソウルグレードが高い? それがどうした。俺の才能の前に、ソウルグレードの壁はあってないようなもんだ。今、それを証明してやる。顕現せよ! カマエル!」


「主人様の願いに応じ、惨状仕りました。いかがなさいましょう」


 足元の影から、血のような塊が浮き上がり、五芒星を描く。召喚陣から現れたのは、この場に似つかわしくない純白の天使だった。


「天使種族!? ソウルグレード3上位だぞ! どうしてそんな存在を使役できる!?」


「やれ、あの目障りなダークエルフを蹴散らして見せろ」


「直ちに排除して見せましょう」


 カマエルが手元に呼び出した光の槍を構え、その場から逃げ出した女ダークエルフを追った。

 これで相手にするのはあと二体。


 大男の方はなんとでもなるが、大女の方の能力は未知数だ。ソウルグレード上位なのは確定してるが、一睨みでこちらの身動きを固定化させるのは非常に厄介。


 なのでここで、初お披露目と行くか。


「ニョロゾウ、こい」


「キシャー」


 小さくてか弱い蛇のモンスターが俺の手元から首、腰にまとわりつく。

 このモンスターの能力の把握こそしてないが、石化をもたらす瞳を持つことはわかっていた。


 大男の牽制に使えれば御の字だ。


『ふん、そんな小さな蛇を呼び出して、何をするかと思えば。我らを相手にそんな微力な勢力で相手になるでも?」


「初めから、戦力差は大きく開いてる。さして問題はあるまい」


『覚悟を決めたか? 結構、死ねぇ!!』


 大男がハンマーを握りなおす。

 直線的で大ぶりな攻撃。

 その瞳がどこを狙ってるか丸わかりなんだよな。


 ただ、一つ問題があるとすれば。


『わたくしを無視しないでくださる?』


 大女の行動停止魔法。

 体が硬直した直後に振り下ろされる全体重を乗せた一撃が直撃した。


「味はイマイチってところだな。もっといい素材使え」


『こいつ、ワシのハンマーを食いおった!?』


『わー、面白い能力ですね!』


「腹が減って仕方ないので、おすすめしないぞ、マジで」


 何やら俺の権能に興味を示すが、特にいいことはないとお断りを入れさせていただく。


『ですが、目障りな結界さえも悔い破れるのでしょう? ますます手に入れたくなりました』


 何か事情があるのか?

 ともあれ脅威に変わりはない。


『フン、武器なぞなくともワシにはこの鍛え上げた拳がある! 行くぞ、小童ぁ!』

 

 大男は軽いフットワークからの連打で、それなりの習熟度を思わせる。歴戦の剣闘士のような動きで、俺を簡単に壁側に追い込んだ。


『死ねぇ!!』


 必殺の一撃。

 俺の顔面に振るわれた拳は、しかして俺のアングリと開けた口に捕食される。

 結果はわかってたんだよなぁ。


 守りは完璧。

 その上で俺の武器は無機物すら捕食する牙と顎だ。


『グァアア!!!』


「なぁ、おっさん。もう勝負決まってるだろ? いい加減引け。それとも俺の糧となりたいか?」


『抜かせぇ!! 右腕が亡くなろうともう一本の腕で!』


 その根性は認めるけどさ、一回通じなかった時点で諦めろよなと思わなくもない。

 いや、それが物理的にできないのだろう。


 あの大女の空間固定は、俺たちを逃さないのと同時に、敵の身動きも取れなくなる。


 いいな、便利だ。

 ずっと頭に来てたんだ。

 向こうは移動し放題。こっちは制限される環境に。


「いいな、お前の能力。くれよ」


『嬉しいご提案ですけど、いただくのはわたくしの方ですわよ?』


 強めた眼力が俺を貫く。

 体が一切動かない。

 大女の手が、俺の体を掴み上げた。


『ヒュームと侮ったおかげでこちらは大損害を受けました。ですが、それも今日まで。あなたの力を奪い、わたくしはお兄様の元へ羽ばたけるのです』


 大女の口が開く。

 綺麗に並んだ歯が、俺を両断しようと合致した。

 

「ぐぁああ!!」


 体内から急速に力が抜けていく。

 血が流れすぎてるんだ。

 だが、俺の体はちぎれる側から回復していく。

 肉体に取り込んだユグドラシルの樹液のおかげで死ぬに死ねないのだ。


『ふふふ、随分と歯応えの良いヒュームですね。これはかみごたえがあります』


 まるで捕食者は自分であるかのような態度に苛立ちが隠せない。

 たかが悪魔のくせに。

 だが、咀嚼されて血肉が口内から喉元に落ちた先。

 俺はその女と一つになった。


『ああ。これで私は新たな王に、序列戦に挑めますのね……』


 まるで遠足を翌日に控えた園児の如く夢見心地の大女に、俺は悲しい現実を教えてやらなければならない。


「悪いが、俺はいまだに健在だ。よく噛まずに飲み込んだのが敗因だ。いかに強力な能力を持ち合わせていようとも、体内を攻撃することはできないだろう? 逆にこちらからは攻撃し放題だ! ザマァみろ』


『あぁ!?』


 大女の体がよろけるのを体内にいながら知覚する。

 胃を内側から食い破ったのだ。

 消化液に溶かされながらも回復し、消化を上回る速度の【暴食】で食べ比べ合戦。


 動きさえ止められなければこちらのもんだ。

 こういう時、再生能力は便利だよな。


 あまりにも人外化しすぎて自分が人間なのかわからなくなるが、俺の契約者となったニョロゾウも俺と一緒に大女を捕食した。

 溶かされながらも俺の力で回復して、一緒に食べた。


「ぶへぇ、酷い目にあった」


『そんな……そんな……わたくしが消える? ありえない! わたくしが! お兄様の妹であるわたくしの力が……消えていくというの?』


「安心しろ、お前の力は俺が上手く使ってやる。恥肉の一滴も残らず搾り取ってお兄様に会いに行かせてやる」


『ああ、ああ! もしそれが本当であるならば、それも本望』


 やたら自己主張の激しい女の声は、やがて聞こえなくなった。

 これで終わったのか?

 

『お父さん』


「ニョロゾウ、俺はお父さんじゃないぞ?」


 ニョロゾウが、女の子の声で俺をお父さんと呼ぶハプニングを消化しつつ、その場で倒れ込む。


 しかし、念のため本体でやってきてよかったな。

 固定化された空間も少しづつ戻りつつある。

 そういえば俺のステータスはどうなってるんだ?


 自分が何かに変貌したのはわかりきった事実。

 だが、急激な眠気に抗えず、そのまま意識を手放してしまう。


 近くでニョロゾウが俺を呼ぶ声が、いつまでも続いていた。

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