第126話 分け隔てる壁

 アロンダイトの団員たちにその場を任せて、俺たちは決戦のバトルフィールドへと赴く。


 もちろん、今後運営していく上で監視もつけている。そこらへんの抜かりはない。

 いつ何時、相手側の介入があるか分からないからな。

 ラミアに手も足も出ない団員たちだけでなんとイカできるとは最初から思ってない。


 ただ、待ちぼうけだけされててもアレなので、仕事を与えた形だ。

 やる気になってるのもあって、話はスムーズに進んだ。

 それを理解できないって顔で見てたお義父さんが面白かったな。


 いったい今までどれだけ裏切られてきたのやら。

 やってきたことを思い返せば、裏切られて当然なんだけどさ。


「しかし影の中に入って進むとは、こんなこともできるのだな」


「その体格では、自ら見つかりにいくようなものだ。我々は極力戦力を温存して、秘密裏に処理したいと思っているからな」


「存外、消極的なのだな?」


「面倒は少ないに越したことはないってだけですよ。むしろ表立って動いて、置いてきたメンバーを人質に取られる方が厄介です」


「そういうことだ」


「なるほどの」


 貝塚さんは特に隠れもせずに堂々と歩いていく予定だったところを、今回お義父さんに『目立ちすぎる』という理由で影の中に姿を隠したことを不服に思い、不満が口をついて出てきたのだろう。


 最初こそ不服の限りだったが、意見を聞いて先を見通しての面倒ごと回避の術に納得するばかりだった。


「さて、無駄口を叩くのはここまでだ。それそろ奴らの領域にたどり着くぞ?」


 息を潜める準備はいいか?

 声によって促され、俺と貝塚さんは黙り込む。


 お義父さんの戦略はえげつない。

 影の中から精神支配を使って兵士を操り、それを使って中央に進軍しようとする腹積りだ。


 多くの兵士を相手取るのは愚の骨頂だと言わんばかりである。

 長年暗躍してきた首魁だけあって、ここら辺の見極め、判断力は的確だ。


 早速兵士を操って、交代の時間を利用して中へ潜入する。

 影から影にわたり、同じ兵士の中に止まらない。

 それがお義父さんのやり方だった。


 そしてコアルーム。

 貝塚さんと戦っていたあの三人が、誰かと喋っている場所へと潜入できた。ここから先は特に感情を発露するのも危ないだろう。


 相手はただでさえソウルグレードが上位。

 ソウルグレード2までなら耐性があるのでいいが、3以上だと丸裸にされるからな。

 そういう意味でもソウルグレードの格差は少ないに限る。


 声を顰め、耳を傾ける。

 ちょうど相手は上司に連絡を入れてるみたいだった。

 いや、上司であるかどうかの判別は俺にはつかない。

 同僚かもしれないし、同じ命令を受けた別種族の仲間である可能性も高い。

 どちらにせよ、俺たちが見つかっていないのだけは確かだった。




『話が違うぞ! これでは妾たちがいい笑い物ではないか!』


 息を荒げる蛇女に、画面向こうの鳥女は嘲笑するような顔を寄せる。


『あら、普段から野蛮な考えで行動なさっているからではないの? これではワタクシが次のご寵愛権をいただくのはそう遠くない未来かと』


『それは気が早すぎるんではなくて? 君のような3歩歩けば命令も忘れるような能無しは私共の子が生まれるのを指を咥えて眺めているのがお似合いでしてよ』


 歪み合う二匹のモンスター女に割って入ってきたのは、これまた頭の上から伸びた白い耳を持つウサギ女である。

 なんというか、話の内容は男をめぐっての争いにしか見えない。


 こいつらやる気あんのか?

 いや、その程度のミッションなのだろう。

 俺たちの相手など、相手にとってはお遊戯の延長線。

 逆にそこを突けないか?


 お義父さんも同じ考えなのだろう。

 何かを思いついたようだ。


 さん種族の女たちの議論は白熱する。


『しかし、あれほど息巻いていたのに首一つ持ち帰れないなんて無様でいんしんすね。どれ、私共が一つ手本を見せてあげやんしょう』


『手を貸してくれるのか?』


『万が一にもないとは思いますが、次の寵愛権の贈呈。それで手を打ちんす』


『は? 譲るわけないだろう、そんなもん』


『ならば勝手に滅ぶがよろしんす。ジャヴィド様よりのご寵愛を受け取れないなんて、メスとしての品格を疑いんすわ』


『何を!?』


 喧嘩はゆうに十数分も続き。

 そして協力体制を取る。

 蛇女の助っ人として、ウサギ女が群れで現れた。


 そのゲートを、俺の『暴食』で喰らう。

 相手は逃げ場を失い、そして狩りが始まった。


『なんだ!?』


『突然私共のゲートが消えたでありんす!?』


「残念だが、お前らにはここで消えてもらう」


 影の中からのびる操り糸。

 最初に捉えたのは蛇女のうちの一人。

 長身の、高飛車そうな個体だった。


『姉さん!』


『エウリーレ!』


「まずは一殺」


 完全に動きを止めたところで食い殺す。

 契約者には必要ない。

 そして、ただ殺すだけならジェネティックスライムにも可能。


 俺の能力はカウンターに特化してるが、相手の動きさえ留まっていれば問答無用で食い殺すことが可能なのだ。

 ジェネティックスライムを通じての味覚は微妙だが、悪くない味わいだ。

 武器を口にしたよりも味覚がある分、存外マシだ。

 アーケードの血に順応したからか?


『まさか、アーケード!? そんな奴らが根を張ってるなんて知らないわよ!』


『それはダークエルフたちの獲物じゃなかったの!?』


『聞いていんしんす、しかしこうも易々捕食されるなんて、貧弱でありんすねぇ?』


『今はそんなこと言ってられる場合じゃないでしょ? 捕獲対象は妾たちだけではないのよ?』


『ボケッと突っ立ってるだけのノロマとは違うでありんす』


 ウサギゆえに速度を過信するか。

 確かに早く動かれると、こちらは困る。

 だが、今回の助っ人にとっては相性最悪とも言えた。


「ウオーーーホーーー!!」


 貝塚さんの音波攻撃だ。

 影の中から、フィールド全体に向けての反響攻撃。

 足を止めたやつから捕食する!


 ここにきて最強の布陣が揃ってしまったな。

 が、隠密性には欠けるので兵士の多くを惹きつけてしまう難点は残るが。指を咥えてじっとしてるよりはマシだ。


 ただでさえ、ここまで見つからずに潜入できた影移動がある。

 臆せず、お義父さんにお任せすればいいだろう。


「六濃君、撤退するぞ」


 言ってる間に、一匹捉えたようだ。

 繰り糸で雁字搦めにし、恨みがマシそうな顔を向ける蛇女。

 あいにくと、どれだけ睨んでも石化はしないんだよな。

 相性最悪だったとして諦めてもらうほかないな、これは。


「足止めは任せておけ」


 貝塚さんがもうひと吠え。

 お義父さんの影はその隙に兵士たちの隙間を縫って見事脱出に成功した。


「これで当分は向こうからこちら側の陣営に連絡は取ってこない限りはバレないでしょう」


『それは甘い考えであるぞ?』


 影の中から這いずり出し、一息つくと、束縛した蛇女がこちらの意気を挫くような言葉をかけてくる。


「個人同士でお互いの場所がバレている以上、動ける限りいつでも逃亡が可能というわけか?」


『わかっているじゃない。だからさっさとこの縄を外して。妾はなんとしてでも生きてジャヴィド様に報告しなきゃいけないのよ』


「そのジャヴィドってやつが俺たちを狙ってる主犯か」


「どうやらそのようだ。却って尋問する手間が省けたな」


「アホなのか? こやつは。組織の首謀者の名前を漏らすとは、兵士の風上にも置けんやつだ」


 身勝手な蛇女に、それぞれの見解をぶつける。

 俺は敵からの情報に対して。

 お義父さんは情報収集が容易いことに。

 貝塚さんに至っては組織としての規律の緩さを嘆いていたほどだ。


 こんな上から目線で、なぜ拘束を解くと思っているのやら。

 脳がお花畑でいっぱいなのだろうな。


 そう言えば出会ったばかりのシャスラも似たような感じだった。

 もしかしてソウルグレードの高いやつってこんなんばっかなのか?


「なら尚更生かしておけないな。一度地上に持ち帰りましょう」


「地上への帰還方法があるのか?」


「安全ではないことに目を瞑れば、あるにはあります」


 貝塚さんがどうして早く言ってくれないんだ! と声を荒げる中。

 俺はどの程度危険なのか、人体にどれほど影響があるのかを確認を兼ねて実験することにした。


「と、いうことで今まで接していたこいつは俺のクローン。というよりは俺の操るモンスターでした。騙すような形ですいません」


 ゲートから五体満足で現れた俺を見て、貝塚さんは瞠目する。

 そりゃ、瓜二つの存在が目の前に二人いれば驚くだろう。


「六濃君が二人!?」


「で、検証結果なんですが」


 俺は持ってきた荷物を下ろすなり、床に一つづつ置いていった。

 どれもこれも壊れかけたものばかり。

 俺が無事だからと、荷物までが無事ではないのが一番の証拠だろう。


 このゲート。家庭を無視して入ればンママミの人間を意図も容易く破壊してしまうのだ。

 生成機能を持つジェネティックスライムや、状態異常がそもそも効かない俺。そしてその眷属なら出入りは可能だろう。

 

 だが、そうすれば残された人たちはどうなる?

 裏切られたと口汚く罵るだろう。

 だから安全な出口が見つかるまで、この事実は秘匿しておくつもりでいた。


「ワシが無事に戻れても……」


「荒牧さんや他の団員さんはわからない。最悪死の淵を彷徨う覚悟をしてもらう可能性があります」


「それは試せんなぁ」


「けど、相手のワープゲートを解読できさえすれば……」


「安全に通れる可能性も出てくる?」


「そのための解析をしに、地上から出てきました」


「そうか。しかしそちらの御仁は未だ地上に?」


「地上から離れると、地上の市民が暴動を起こすので離れるには慣れられないんですよ。なので別動体を欲した」


「それがダンジョンチルドレンと?」


「話が早くて助かるな。全ては人類存続のためだ。一人でも多くの人類を救い、他世界の侵略者の話などただの与太話だ、と皆に説得させる。そのためにも僕はこの地より動けなかった。だが、彼と出会い、その制限が一部緩和された。実際に見てもらった通りの動きができるようになった。これは非常に大きい」


 ジェネティックスライムの実践投与。

 これが序列戦を大きく塗り替える作戦になると力強く語った。

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