第125話 ツンデレ

 ユグドラシルでの怪我の治療、持ち込んだ温かい食事。

 トイレやユニットバスの提供によって、全滅一歩手前のアロンダイトは一命を取り留めた。


 その原因の一端である貝塚さんは後でとっちめるとして、主原因である【嫉妬】の王エンヴィのことを話す。


「つまり、六濃君はその異世界からの侵略者がワシらをこの場所に飛ばした張本人だと言うのか? 一概には信じられん」


「それも仕方ないでしょう。俺だって眉唾です。しかし協力者からの説明によって俺たちはその存在を認識した。それも息の長い侵略で、50年も前から計画が動いていたらしいです」


 俺と貝塚さんにとっては周知の事実。

 しかし、団員……ギルドメンバーには敵がなんなのか知らされていない。そこで俺たちは一芝居を打った。


「その協力者が、あのグリードポッドか。良くない噂が絶えないギルドだと聞いちょる」


「全ては、その支配者からの侵略を食い止めるための手段だったと話してくれました」


「だとしても、なぜそれをワシらに言わんのじゃ?」


 貝塚さんの回答に、団員たちも「そうだそうだ」と同調する。

 うまいこと意識を誘導することに成功したな。


「言えない事情もあったのでしょう。ここから先は俺の憶測になりますが……」


 敢えてお義父さんの言葉ではないと釘を刺しながら語る。


「あの人はきっと、自分の罪を墓場まで持っていくつもりです。全ての罪を自分で被って、罰してくれる相手をずっと探してた」


「その相手をようやく見つけた。その相手が君と言うわけか?」


 頷きはしない。ただ、まっすぐ貝塚さんを見返した。


「そうか、そのための悪事。世論を掌握していたのは、全ての罪を被るつもりでいたと? そこまでしてでも守りたいものは……」


「人類存続の道。あの人は、それが潰えてしまうのを嫌っていました。悪人と罵られようとも、全ての罪を背負って生きている。そんな瞳をしていました。俺がそう、思ってるだけで本当に極悪人の可能性も拭ませんが、娘さんとお付き合いしたとご報告した際には、ただの父親の素顔を見せてくれましたよ。本当はこんなことしなくて済むならしないに越したことはなかったと」


「なんと不器用な。そして大馬鹿者である。が、そんな生き様、ワシは嫌いじゃあない」


「ではギルド長、我々はこのまま?」


 太鼓判の荒牧さんが音頭をとる。


「うむ、我々アロンダイトはその大馬鹿者を支援すべく立ち回る。そもそも命を救ってくれた恩人に対し、礼の一つも言わん薄情者はうちのギルドに一人もいないとは思うが、規模が規模だ。無理についてくる必要はない。ついて来れないと云う者は即刻申し出るように!」


 そうは言うが、現状帰還の手段も確認できない状況。

 それ以前に、恩義を受けた直後に、意を唱えるものもいないわけで。


「「うぉおおおおお!! 異世界からの侵略者を許すな! 地球は我々が救うんだ!!」」


 と言う感じで話は進んだ。

 いやー、よかったよかった。

 正直、貝塚さんはお義父さんに助けてもらったところで「それはそれ。はい解散」ぐらいはされても仕方ないくらいの仕打ちを受けてるからな。


 ダンジョンチルドレン計画。

 幼児を誘拐して、死んだ方がマシな痛みを与え、それを乗り越えた先は改造人間としての人生を背負わされる。

 端的に言ってクソだ。

 その実験体だったのが貝塚さんなのである。


 それを言ったら俺だって同じ。

 家族の仇で、妹を実験道具にされている。

 その俺が横にいて、協力しているのだ。


 今でこそ見逃されて、ギルド長を全うできている貝塚さん。

 思うところはたくさんあるだろう。

 しかし事情を知った。

 知ったところで納得はできないだろうが、今はそれで構わない。


 だからと言って侵略者にいっぱいくわされたのも事実で。

 だから恨みの矛先を一時的に侵略者に向けることで溜飲を下げた形だ。


 アロンダイトのメンバーは今回巻き込んでしまった形だが、真相を話すとそれはそれで貝塚さんが実は女の子であることを明かすことになるので、それは彼女の今後の生活に影響するので、そこはぼかした。


 お互いに事情を隠してる身なので、そこは受け入れてもらう形だ。


「しかし、そんな事情があったとはのう。六濃君も大変だったんじゃないか?」


「好きになった相手のお父さんが、そんな面倒ごとに巻き込まれてたことですか?」


「そうか、君にとってはその程度の認識なのか」


 どこか呆れた様子の荒牧さん。

 もちろん、言わんとすることはわかるが。ここはわかっていてぼかしていると彼も理解してくれたことだろう。

 俺がちょっとやそっとのことで挫ける男ではないことは、わかっていると思っている。


「どんな相手がこようとも、守って見せると言ってるそばからのこれですからね。不甲斐ないと言うか、相手の規模を見誤ってましたよ」


「救出作戦というわけか。なら、面倒ごとに関わらない、勝手にやってくれとも言えんな」


「俺の事情からしてみればそうですね。でも、侵略者を放っておけば、今後生まれてくる子供に影響します」


「幸せに暮らすためにも、世界には平和でいてもらわんと困るか?」


「それを害する存在がいるならば、俺は容赦しないつもりですよ。日本に巣食っていた侵略者は御堂さんと協力して駆逐しました」


「それで終わりではないと?」


 侵略者の規模が不透明な荒牧さんは尋ねる。

 敵の規模がどれほどか。それを推し図ろうと話を促す。


「先行部隊だったんでしょうね。ですがそれでも、人類は滅びかけた」


「異世界に飛ばすほどの実力者ですら尖兵と? 本気で言っておるのか?」


「とある協力者曰く。敵の規模は強大で、人類は勝てる見込みのない戦いを強いられている。相手からしたら、俺たちは盤上の駒でしかないと」


「相手は神か何かか?」


「どうでしょうね? それを見定めるためにも俺たちはこうして足掻いているんです」


「はは、今からでも逃げ出したくなってきたわい」


 柄にもなく、声を震わせる荒牧さん。


「逃がしてくれそうもないみたいだぞ? 敵さんのお出ましだ」


 貝塚さんがやってきて、敵襲を知らせる。

 この前撃ち漏らした残党が再度仕掛けてきたのかと思ったら、影から現れたのは誰であろう、お義父さんだった。


「ギルド長、あれはどう見ても人間です」


「おかしいのう? ワシの察知スキルでは上位のモンスターと認識されたが」


 荒牧さんに咎められて頭にクエスチョンマークを並べる貝塚さんだったが、その勘、当たってますよ。

 今ここにいる俺たちはモンスターに擬態させてここにいる。

 そのことを話してないので、そう思われても仕方ないのだ。


 じゃあ、なんで俺は疑われてないのかと言えば、普通に念話が通じたからだろう。

 これは契約者同士のものだから、それまで疑われたら打つ手無しだったが。


「お疲れ様です、御堂さん。調査の方はどうでしたか?」


「ああ、そちらの方はうまく行ったみたいだな。さすが晶正の息子だ。人心掌握が上手いと見える」


「そういう世辞は必要ないですよ。それに俺は親父がどんな人間だったか詳しく知りません。そこに類似性を求められても困ります」


「そうだったか。いや、すまない。年甲斐もなく郷愁にかられてしまった」


「こうして挨拶をするのは初めてだったか。改めて。北海道でギルドを預かっとる貝塚じゃ。先代は世話になったみたいだのう」


「こんな状況なのに協力を申しつけて悪いな。その代わり、見返りはいくらでも要求してくれていい」


「お互いに生きて帰ったら、その時は覚悟してもらう」


 だから死ぬなよ、とその目は物語っている。


「さて、相手の根城が判明した。今回はその根城に乗り込むためのメンバーの検討をするべく、こうして協力をすべく願いに来たわけだが……」


 お義父さんが見定めたのは貝塚さんのみ。

 それ以外は足手纏いだと見極めたのだろう。

 まぁ、食中毒でくたばりそうになってる時点で相手をさせるのに無理があるわな。


「ワシが行こう」


「ワシらもついていきますよ」


 その宣言に、荒牧さんも乗っかる。

 他の団員も同様だ。

 義理都度長だけに活かせる真似はできないと続くが、


「いや、お前らはワシの帰りを待っててくれんか?」


「ワシらは足手纏いだっていうんですか?」


「そうは言っとらん。お前らがどんな仕事に向くか、ワシが一番わかっとる。その仕事を任せたいんじゃ。ワシが一人で行うと、途端に支障が出る、そんな細かい仕事が山のようにあるだろう?」


 それを任せられるのは、ずっとその仕事に従事してきたお前たちしかいない。そう話をまとめた。


「先輩、ここはおとなしく引き下がりましょう」


「だが荒牧、ギルド長だけ残しておめおめと引き下がるなんて真似は!」


「ギルド長たっての頼み、全う出来ずして何が団員か! 先輩だったらギルド長が何を言わんとしてるかくらいわかるでしょう? ここはワシらがわがまま言える場所じゃないんだ」


「ぐっ……確かにそうだな。気持ちの上ではわかってるんだ。だが、ここでギルド長まで失ったら……」


「そんなことは俺がさせませんよ。ギルド長は、貝塚さんは必ずここに生きて帰ってきます。でもその時に、あなたたちの誰か一人でも欠けていた場合、ギルド長は悲しむでしょう。それを貴方たちが率先して、自ら行うのですか?」


「そんな真似はできん。分かった、俺たちはここでギルド長の帰りを待つ。誰一人かけずに生き残ることを約束しよう」


「それ以外にも、やってもらいたいことがあります」


「説明を聞こう」


 俺は、相手が世界を渡る手段を持っていること。

 そしてそのダンジョン同士に繋がりがあることを説明する。


「つまり、相手がここに別の世界に飛ばした同胞を送り込んでくる場合もあると?」


「可能性は少なくないでしょう。それは果たして人質か、はたまた囮か。相手はただでさえ人類を物としてしか見ていない節もあるので、最悪の展開を予想した場合、一つの場所に集めて運用する可能性は捨てきれません」


「その場合の保護を、俺たちがすればいいんだな?」


「はい。もちろん傷の手当てや状態異常の回復、食料の調達などは今後とも俺が担当します。しかし調達しても、管理運営する団体がいなければ機能しませんよね?」


「それを我々で受け持てというのか。理屈はわかった」


「おい、勝手な真似は……」


 俺がアロンダイトを大々的に巻き込む形で話を進めると、お義父さんから待ったがかかる。


「何か問題でもあります?」


「大問題だ。この件は我々だけで解決すると、少数精鋭が肝心だとそう言ったじゃないか」


「それは人質に取られた全員の気持ちを踏み躙っていますよ。彼らにも、ただ助けられるだけじゃなく、何か手を動かす役割を与えるべきです。一人一人が、乗り越えようとする力が、搾取されるだけの環境を乗り超えるための力となる」


「それはそうだが……ううむ」


 お義父さんは納得いかないというように悩みこむ。

 今まで一人で全てを抱え込んできたツケだろう。

 人に頼むことに忌避感を感じてしまっている。


 いや、他人が信用できないくらいに視野狭窄に陥ってしまってるのかな?

 過去を聞けば分からなくもないが、これもいい機会だろう。

 この機に認識を改めさせるべきだ。


「いいですか、救助者はただ助けを待つだけの存在ではないですよ? 確かによく分からない場所に囚われた存在ではありますが、戦う力、組織を運営する力だってあります。こういう時こそ助け合いでしょう?」


「だが、それで納得できないと騒ぎ立てるものは出てくるぞ?」


「非難やクレームなんかは、世界が平和になってから受け取ればいいのです。今は一人でも多く救うことを考えて動くべきです。そのためには、俺たち二人じゃ圧倒的に手が足りないのは明らかでは?」


「だが、僕は何度も愚かな行いをする人間を見てきた。自分の命がかかっていようと、平気で裏切る。そんな人間をだ」


「そうですか。でもそんな人なら勝手に自滅するでしょう? 御堂さんが胸を痛めるまでもないと思いますが?」


「そうだ、だから僕はそういう輩を切り捨てて……」


「心の安寧を守るために非情に徹した?」


「どこまで僕の心の内を見透かすつもりだ。この話はここで終わりだ! 作戦は翌朝追って伝える。今日はもう休め!」


 図星を突かれて焦った様子のお義父さんは、足早にアロンンダイトの拠点から立ち去った。

 ログアウトしたのだろう、そこにはジェネティックスライムの残骸だけが止まっていた。


 少し過去に立ち入りすぎたか?

 だが、そのおかげで少しだけあの人の本性が知れた。


 きっと、そんな愚か者まで救おうとしたんだろうなぁ。

 その結果、ここまでこじれてしまった。

 理解者に恵まれず、自分一人だけがことの重大さに押しつぶされた結果が、今のあの人を作り上げてるんだ。


 そう思うと、俺も気をつけなきゃ行けないなと兜の緒を締め直す思いだった。

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