第124話 アロンダイト救出

「こっちだ」


 お義父さん先導のもと、俺たちは意識を特定の場所へと向けた。

 右も左も分からない、真っ暗闇のダンジョンを、スズメの鳴き声に応じて進む様はシュールを通り越してなんと言うべきか。


 そんな思考のまま、まっすぐに進むと前方から激しい戦闘音が聞こえてきた。


「聞こえたか?」


「ええ。何やら争ってる音が聞こえます。


「敵対者でもいたのか?」


「わかりません。俺たちに対してはやたらと上位者ぶってましたが、もしかしたら同じくらいの存在と揉めてるのかもしれませんし」


「同格の存在、つまりは敵か?」


「表立って動かない方が良さそうですね」


 ただでさえ、相手にこちらが一筋縄ではいかない情報を握られている。

 今は敵対してても、条件達成の為に手を組まれても厄介だ。


「その相手と敵対するにせよ、我々に有用な情報を落としてくれたらいいが……」


 お義父さんの懸念案件は、あれと敵対してるのも下っ端で、なんの情報も持ってないことだろう。


「まずは様子見といきましょうか。気配遮断の術はお持ちで?」


「僕を誰だと思っているのかね?」


 言うなり、お義父さんは足元から伸ばした影に潜った。

 ああ、これ恭弥さんが扱ってたものだ。

 当たり前のように使えたかー。そっかー。


「ご一緒させてもらっても?」


「構わん」


「ではご相伴に預からせてもらいます」


 影の中へご一緒に。

 そして案内役のスズメに導かれるままに進むと。


「あれは……アロンダイトの貝塚さん? なんでまたこんな場所に」


「アロンダイトというと、北海道の二大ギルドの?」


「ええ」


「しかし相手はソウルグレード上の強敵。打ち合えるほどの力量があるようには思えぬが?」


「あー……それなんですが」


 これについてはなんと言っていいか言葉を言いあぐねていると。


「訳ありかね?」


 何かを察したのかお義父さんから質問される。

 ここはあれこれ言い訳するより率直に話してしまった方が変な誤解をさせずに済むか。


「実は俺の契約者です」


「うちの娘がいながら他に契約者を作っていると?」


 お義父さんの口調が強まる。


「彼女はダンジョンチルドレンですよ。あなたの研究材料です」


「いや、もしそうだとしても……僕にはあれが検体には見えないんだが?」


 ダンジョンチルドレン。魔石病患者にはいくつかの特徴がある。

 それが探索者の身内であること。そして20に満たない女性であること。魔石を埋め込まれてから長い年月をかけたほど、強力な能力を得ること。


 だから、目の前で大太刀回りしている貝塚さんがその該当者であるとは認められないと言っている。


「俺も詳しくは知らないんですが、彼女曰く、魔力を練り上げて筋肉の鎧を纏うことで追手を巻いていたらしいです。本当の姿は幼さの残る顔立ちの少女ですよ。年齢の割にちょっと幼すぎる気もしますが」


「いまだに信じられんが、君の契約者の時点で女性であることは疑っておらんよ」


 何か棘のある言葉だな。

 俺の契約者が女しかいないことを責めているんだろうか?

 お義父さんも人のこと言えないくせに。


「この話もう辞めません?」


「そうだな。続ければどちらもダメージを受けそうだ」


 以前に、そんなトークしている余裕もない。

 俺たちは暗躍中だ。

 影の中にいるとはいえ、察しのいい奴には見つかる恐れだってあるのだ。


「それはそれとして」


「ええ」


「言うほど劣勢に見えないが」


 蛇髪の女三人と貝塚さんのバトルを見ているお義父さんが率直な感想を漏らす。


「腐っても俺の契約者ですからねぇ」


 目の前で戦う貝塚さんは、蛇髪の女達と互角どころか一方的にやり合ったいた。

 むしろ押しているようにも見える。


「君の契約者だから状態異常の類を受けないと?」


「アーケイドとの盟約で、耐性だけならソウルグレード3相当まで耐えますから」


「だからって攻撃が通じるトリックの検討もつかんぞ? 僕たちがやった時より一方的じゃないか?」


「ジェネティックスライムの模倣は本物の領域には遠く及びませんからね」


 全く同じスキルを扱うだけで、熟練度までは引き継がない。

 それでも十分厄介だが、それ以外を本領とする俺たちなら大きく能力が低下する。


「とは言え、だ。仲間に引き入れたら戦力増強は見込めるのではないかね?」


「まずは彼女の隊員の救助を優先しましょう。彼女が一人だけと言うのもおかしいです。彼女のギルドはメンバーを大切にします。それが一人も見当たらないと言うのもおかしな話ですから」


「一人で戦わなくてはいけぬ事情ができたパターンか」


「どちらにせよ、接触する必要はありますね」


「だが、敵の行方をみすみす逃すのも得策とはいえぬぞ?」


 そこはお義父さんのスズメ頼りで。


「ならば御堂さんは敵の情報を。俺は貝塚さんへの事情説明と状況確認を請け負います。連絡は現実で」


「わかった」


 そう言うことになった。

 しかしあれだな、いくら打たれ強くなったからと貝塚さんてソロだとあんなに強いのか。

 いつもはギルドを足元から支えるボスって感じだったけど、単独での勇ましさは、荒牧さんが惚れ込むのもわかる実力だ。


 普段があんなだからギャップもすごい。


「敵が撤退したみたいだな。それなりの使い手が二名も負傷したんじゃ仕方ないが、相当切羽詰まってるみたいだ。このままダンジョンから逃走されても敵わん。僕は後を追う。君はあちらを頼んだぞ?」


「任せてください」







 こそこそと影に潜み、戦闘終了後で気を抜いた貝塚さんへと念話を送る。すぐに声をかけてもいいが、相手の警戒心を解く方が先だ。


『誰か、聞こえるか! 助けに来たぞ! 誰でもいい、応答してくれ!』


 まずは不自然じゃないように、ダンジョンに単独侵入してきて、なりふり構わずに年和を送ってるように演じる。

 すぐに答えなくてもいい。


 貝塚さんだってこれがトラップの可能性もあるはずだと身構えるからだ。


 その少し後に、俺が姿を現す。

 心配そうな顔を貼り付けて、心身ともに疲れ果てた演技もオマケする。

 流石に味方が消えて創作しにきたのに、余裕綽々だと違和感がすごいからな。


 依代にしているジェネティックスライムはモンスターだからそう言う演技ができない。俺が意識をさし向けて、ようやく俺本来の焦りが相手に伝わるのだ。


「くそ、ここにもいないか。凛華たちは一体どこに攫われてしまったんだ。俺が不甲斐ないばかりに、くそ!」


 苛立ちを隠せぬように、壁に拳を打ちつけ、そして他の場所を探そうと踵を返したところで隠れていた貝塚さんから声がかかった。


 いや、かかったのは念話の方だ。


『六王君か? 今どう言う状況になってるかわからぬが、ボクらは突然このダンジョンに閉じ込められた。至急、こちらへきてもらいたい』


『貝塚さん!? よかった、無事だったんですね! みんな、地球上から突如として消えたから心配してたんです!』


 その後、周囲を警戒して無事合流する。

 久しぶりに見た彼女の顔は、先ほどの先頭の時とは打って変わってどこか憔悴しているように思えた。

 ギルドメンバーの姿が周りにないので、今は縮んで本来の貝塚d=さんに戻っている。


「六王君、突然で悪いが負傷者の手当てを頼みたいんだ」


「怪我人ですか? やはりモンスターと?」


 さっきの蛇髪のモンスターとの戦闘を見ている限りではなんら危なげもなかったが、それはやはり俺の契約者という意味での安心感。

 それ以外の探索者には荷が重すぎたようだ。


「いや、その……」


 貝塚さんは目を泳がせてボソッとこぼす。


「食中毒を起こしててさ」


「貝塚さん……まさかあなたが料理を?」


「ち、違うんだよ! ボクが食べる分にはなんの問題もなかった食材をさ、みんなに分けたらみんなお腹を抑えて悶え苦しんで……」


 どこか言い訳するように説明してくれた。

 つまりはだ、ここ数週間呑まず食わずで少ない食料で食い繋いできた。


 一人づつ倒れていき、不安も最高潮に達したところで、本人は起点を効かせたつもりなのだろう。

 茹でれば食べれなくもない植物を煮込んで食べてみせた。


 この時点で貝塚さんはピンピンしてた。

 しかしその後に悲劇は起こったのだという。


「状況は理解しました。荒牧さんも?」


「あいつも最後までボクを支えてくれてたんだよ。でもつい数時間前に……」


 貝塚さんの毒牙にかかったと。

 俺の確認に、貝塚さんは項垂れるように頷いた。


 全く、しょうがないやつだな。

 だが、こんな場所では本来のパフォーマンスを出せなくても仕方あるまい。ただでさえ拐われた身。


 誘拐された人質が、犯人を倒して自力で家に戻ってこれるわけもなく、極限サバイバルまでさせられたら全滅しててもおかしくないしな。


「わかりました。人数分の食事、食中毒の緩和、全て俺が世話しましょう。その代わり、ここでの情報をいくつかください。俺はここで足踏みしてる時間もないんです」


「寧々達がボク達と同様に攫われたんだよね? 気持ちはわかるよ」


「悪いのはこんなことをしでかした奴です。貝塚さん達の責任じゃありませんよ」


「それでも、団員を巻き込んだ自覚はあるからさ」


 ギルドリーダーとしての責任を、貝塚さんは団員の全てが回復するまで向き合っていた。


「助かったぞ、六濃君! 君はワシらの命の恩人じゃ!」


「それよりもですね、ここからの脱出手段を考えないといけません。荒牧さんは何か手がかりの一つでも持ってますか?」


「悪いがその情報についてはワシらは貢献できそうもない。ただでさえ視界が悪い場所だ。食料もなく、生き延びるだけでも精一杯だった」


「そうですか。ではここを拠点として、俺たちに協力してもらえますか?」


「そういうことなら喜んで!」


 俺たちは心強い仲間を手に入れた。

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