第127話 プッツン

「さて、こちらの事情はあらかた話した。あとはこれの処分なんだけど」


 お義父さんの影に拘束されてるラミアの女王をチラ見する。

 この場で一番立場の弱い存在だ。

 だが、この中で誰よりも敵の情報を握っている。

 殺す前に情報を吐き出させる必要があった。


『待て! 情報が欲しいのならくれてやる! だが妾の命までは助けてくれぬか?』


 と、情けないことを言ってくるラミア。

 これが女王なのか……いや、シャスラも似たようなもんだったが。


 この手の類は大体時間稼ぎ目的が多い。

 情報のほとんどが出鱈目で、生き延びるのが狙い。

 そのためなら多少遜るくらいの知恵すら働かせるか。


 こっちは情報が欲しくて、相手は持っているという状況。

 いくらでも騙す手段はあるのだ。

 が、俺はそれをそのまま聞いてやるほど素直な性格をしていない。


「そんなものは無用だ。お前には俺の契約者になってもらう」


『それは、ジャヴィド様を裏切れということか?』


「結果的にはそういうことになる。ダメか?」


『ダメだ! 相手はソウルグレード5の化け物だぞ? 刃向かえば玩具が如く弄ばれ! あっ……』


 どうやらマヌケは見つかったようだ。

 そうか、ソウルグレードでの暴力での束縛か。

 敵対したら滅ぼされる。それがわかっているから逆らえない。

 そんなところか?


「なるほどな。そいつに故郷を滅ぼされて、現状に至るわけか。シャスラと同様か。付き従うほとんどは故郷を滅ぼされたという認識で間違いないか?」


『それをわかっていながらそちらの陣営に与するなど下策。なぜ自ら滅ぼされる道に手を貸すというのか。貴様は彼の方の恐ろしさをまるでわかっておらぬから、そんな下策が取れるんじゃ!』


 とは言ってもなぁ。


「だ、そうですよ。だからと言って諦めますか?」


 お義父さんに話を振ると、分かりきった答えを導く。


「無理な相談だ。一方的に喧嘩を売ってきた相手を野放しにする? 笑えない冗談だ。その結果、行き着く先は目に見えている。我々は理不尽に対し抗う道をとった。ただ、それだけだ」


「そういうことです。俺たちに見つかったが最後。俺の契約者になってちゃっちゃと情報を吐くか、仲間と同様に俺たちの糧になるか。選べ。それぐらいの選択肢は用意してやるよ。俺はそのジャヴィドと違って優しいからな」


『その話を飲むと言ったら、妹たちは蘇生してくれるのか?』


「その提案を聞いたとして、こちら側になんのメリットが?」


『戦力になるぞ! もちろん、蘇生してくれた場合は忠誠を誓おう! どうじゃ、悪い話ではないだろう?』


 その忠誠に、いったいどれほどの価値があるのやら。

 この手の御涙頂戴は時間稼ぎと同情を引くに種類の側面を持つ。

 実際に蘇生をするのは手間じゃないが、向こうはその後確実に忠誠を誓うわけでもない。

 単に手駒をふやすだけ。

 別に手数が増えたところでこちらはなんら負担にならないが、いつまでもこっちが下手に出たままだとこの手の類は勘違いしたままだからな。

 どこかで線引きをしておく必要があるのだ。


「さて、こんなこと言ってますけどどうしましょうか?」


「それが軍門に降る条件というのなら、蘇生ぐらいしてやってもいいんじゃないか? 大した手間でもあるまい」


 まぁ、そうだよな。

 正直数匹増えたところで劣勢になる未来が見えない。

 相手のプライドを逆撫でするだけだ。


 しかし俺たちのそんな対応に堪忍袋の緒が切れたのか、ラミアは憤慨するようにキレ始めた。


『先ほどから下手に出てたら舐め腐りおって、ヒューム風情がぁ!』


 おぉ、怖い。

 鬼のような形相とはこのことか。

 

「そうやって生まれで見下す癖、やめたほうがいいですよ? それで今回俺たちにボロ負けしちゃったこと。もう忘れたんですか?」


『フンガーーー』


 あーあ。可愛い顔が怒りで台無しになっちゃった。

 こんなに癇癪を起こすんじゃ、仲間に入れても足を引っ張る未来しか見えないな。

 どーせ、さっきの蘇生の件も言ったもんガチでこっちの要件を呑むつもりもなかったんだろう。

 あれだけコテンパンにやられておいて、まだ自分たちの方が強いと開き直れるのは見習いたいくらいの面の皮の厚さだが……


「これは情報持ってないですね。始末しましょう、こうも話が通じないのでは相手するだけ時間の無駄です」


「それしかないか。まさかここまでノータリンを将に据えてるとは思わなんだ」


「二人して散々だのう。どれ、ワシも助力するか?」


「ああ、いえ。相手が俺に対して舐めた態度を取ったので、ここは俺一人で相手すべきかと。どうせ一対一の勝負もできないやつとか、後で文句言ってくるに決まってますし」


「本当に君は、そういうトラブルの星に生まれて対処してきたのだのう。手慣れておる」


 別に好きでこんな生き方してるわけじゃないけどな。


「というわけで勝負だ。こちらは俺一人。その上で武器は使わないでおいてやる。後で抜きを使ったと文句を言われても敵わないからな」


『舐めるな!』


 ラミアが吠える。単調な攻撃だ。

 右側からの引っ掻き攻撃。はフェイントで、死角からの尻尾攻撃が本命か。


「甘い!」


 引っ掻き攻撃を片手で受け止め。尻尾攻撃は開いた右手で掴んで手繰り寄せる。


『ぬぅ!』


「ほれほれどうした? ただのヒュームにここまで手こずって。ソウルグレード上位の名が廃るぞ?」


『黙れ!』


 錫杖を振り回すが、それに当たってやるほどお人よしじゃない。

 そんな見え見えの攻撃、受けるまでもない。

 受けても余裕というのもあるが、それを相手に悟らせないのも守りの硬いアピールにもなるのだ。


 攻撃を交わしながら、相手の攻撃を見極め、分析し、威力の計算をする。楽しい楽しい考察の時間だ。


 やはりジェネティックスライム越しに見るのと実際に肌で感じるのは大きく異なる。

 思考のフィードバックが雲泥の差だ。

 

 ラミアは最初に出会ったジェネティックスライム越しの俺に対して脅威ではないと格付けを済ませていた。

 だが、本体の俺と打ち合って、その認識を改め始める。


『そんな、どうして!?』


「どうした? ソウルグレード上位の打ち込みはそんなものか? 今度はこちらから行かせてもらうぞ!」


 影の中から宝刀エンデュアを取り出す。

 周王学園のダンジョン内で入手した、耐久に補正のつくアイテムだ。


 契約したことにより、いつでも影から出し放題。

 本当は契約したっ時点で効能を肉体に付与したことで役目を終えているが、いつでも取り出せる武器として重宝していた。


「まずはその鬱陶しい髪から切り落としてやろう」


 気分は散髪屋の如く。

 腕を振るうたびにラミアの髪が切断されていく。

 髪にも痛覚が通っているのか、断末魔をあげていく。


 かわいそうだ、とは思わない。

 さっさと情報を吐けば楽になる。さっきからそう言ってるのに、思いの外口が硬い。


 これは時間がかかるか?

 こっちは時間がないというのに。

 なかなか情報を吐かないことに苛立たしさが募っていく。


「早く情報を吐いた方がいいぞ?」


『誰が言うものか!』


 本当に、口だけは一丁前なんだから。

 やっぱりさっきの情報云々という駆け引きは嘘だったか。嘘がつけない性格なのか、はたまた違う要因で言葉を封じられてるのか。


 結局情報を吐かないままラミアは命を落とした。


「強情なやつでしたね」


「いや、アレは呪いの類がかけられているのかもしれんぞ?」


「と、言いますと?」


「僕と同じ傀儡の類だ。余計な情報をしゃべると術が発動して、命を落とすというものだ」


「うわぁ、それは思いの外厄介ですね」


「何を言っている。もしうちの娘が敵に捕まっても、同じように口を割らないと思うぞ?」


「俺がそんな命令をするとでも?」


「しなくても、自分が愛した人間を窮地に落とす真似はせんということだ。僕達は少し敵の状況を甘くミすぎていたのかもしれんぞ?」


「ふーむ。ならばもう一戦行きますか」


「相手の呪術との根比べでもするつもりかね?」


「一回死んだらその効力が切れないかなって」


「不死の可能性もあるかもしれんぞ?」


「だからこそですよ。どうせ蘇生を頼まれてるんです。自分の体で体験してもらえんばいいんじゃないですか?」


「君は、自分が何を言ってるか理解した上で言葉を発しているのかね?」


「俺、何か変なこと言ってますかね?」


 自分でもわからないくらい、いつも通り。

 冷静だ。


「死ぬことはない、一蓮托生の身になったわしがいうのもなんだが、命は尊ぶべきだと思うぞ?」


「じゃあ、このまま情報を獲得できなくてもいいっていうんですか?」


「いや……そうは言っとらん」


 何か言いたかった貝塚さんが、俺の言葉に黙り込む。

 どうしたんだろう、みんな今日はおかしいぞ?

 凛華の居場所を探し求めているんだ。

 何を躊躇う必要があるというのだろうか?


「じゃあ、続けますね。ほら、起きろ!」


 ユグドラシルを植えて、蘇生を行った後に頭から水をぶっかけた。

 目を覚ましたラミアは、自身がどのような状態かわからぬままに飛び起き、俺を一瞥した。


『妾は、貴様に敗れて死んだはずじゃ……』


「生き返した。あんたさっき言ったろう? 妹たちを生き返してくれと。自分で言ったことも忘れたかぁ?」


『ヒッ』


 何をそんなに恐れる必要がある。

 さっきまでとは随分と態度がしおらしいが無視して決闘の続きを促す。


「俺はお前たちを蘇生する術を持っている。知ってて頼んできたんじゃないのかよ」


『知らん! 知らん! 知らんかった! だからもうそんな目で妾を見るのはやめておくれ。妾たちをこれ以上苦しめないでおくれ』


 そう言って伏せて泣き出した。


「今、そういうのはいいんで。情報を吐くか、死ぬかの二択ですよ。情報を吐かなきゃ、殺してもう一回だ。何回でも続けるぞ。俺たちはお前なんかに構ってる暇はないんだよっ!」


 自分でも驚くくらいに語気が強まる。

 先ほどからお義父さんや貝塚さんも俺に何も言わない。自分らしくない。

 感情が暴走しているのがわかる。


 わかっているのに、抑えが効かない。

 

「だったら奪うな! 失うのが怖いなら、他者から報復されるのが怖いなら、おとなしくその場でじっとしとけ! 俺たちから奪っておいて、今更泣き言か!? 反吐が出る! 略奪者め!」


 じわり、じわりと溜め込んでいた怒りが、声に乗って吐き出された。

 感情に流されるのは二流のやることだ。

 わかっているのに、無駄な力が込められる。


「返せよ! 凛華を返せ! 寧々を、久遠を! 明海を! みんなを返せ! お前らが俺から奪ったんだろ!? 今更泣き言なんて聞きたくもない! だから、俺は復讐の鬼となった。もう遅いぞ、謝り倒したってもう遅い。攫った奴を探し出して一匹ずつなぶり殺しにしてやる! 死んでも生き返して、もう二度と俺たちに逆らえないくらいに格の差を見せつけてやる! 俺にそんな覚悟をさせた奴らが、今更みっともなく泣き喚くなよ!」


『ヒィッ』


「やめるんじゃ、六王君!」


 遠くで、貝塚さんの声が聞こえる。

 頭はどこかぼんやりしていて。

 ただ、体の調子はこれ以上ないくらいよかった。

 力が溢れる。

 今ならなんでもできる。

 目の前の通貨違反をくびり殺すのだって容易い。


 この力さえあれば……ふはははは!


「ダメだ、衝動に飲み込まれている!」


 目の前の敵を切り刻みたい。

 その命を喰らい尽くしたい。

 そんな衝動が、モンスターを屠るたびに湧き上がってきていた。


 そんなのは俺らしくない。

 もっとクレバーにならないと。

 そう思ってずっと押さえていた。

 極力表に出さないようにしていた。


 でも、なんでだろうなぁ。

 それが急に億劫になった。


 そしてそれがスッキリすると、周囲は血と肉片が壁や床に染み付いてる凄惨な場所と成り果てた。

 俺はそこで喉を枯らし、目を腫らしながら立ち尽くしていた。

 あの後何をしていたのかはわからない。


 だが、この惨状を巻き起こしたのは間違いなく自分で、どこか恐れるように距離を置くお義父さんと貝塚さんの姿を見て、察する。


 これはやっちまったな、と。


「気は済んだかね? 六濃君」


「俺は……」


「相当に鬱憤がたまってたんじゃろうなぁ、暴走しておったぞ? 覚えておらんか」


「ラミアの言葉にキレ散らかしてたまでは覚えてるんですが……そこから先は」


「普段から一体何枚の仮面をかぶっているんだ? あんな姿の君を、なるべくなら娘に見せないようにしてくれよ? 親として心配だ。君のあんな一面、初めて見たよ」


「気をつけます。それで、ラミアは?」


 キョロキョロと周囲を見渡すが、それらしいものは何一つ見当たらなかった。


「それも忘れてしまったか。肉片の一つすら残さず食べ尽くしてしまったぞ? それで、それが生まれた」


 貝塚さんが指を差す。

 そこにいたのは血みどろの空間の中で蠢く小さな蛇人間だった。


「こいつは?」


「君の眷属じゃないのかね? ほんの少しだが、つながりが見える」


 契約のスペシャリストのお義父さんが言うんだから本当なんだろう。


「ラミアの因子を食ったから?」


 吸血した覚えはないけど、暴食の力で捕食しても同じことが起こるんだ。そもそも俺、この力のこといまだによくわかってないもんな。


「それが暴食の衝動なのだろうな。衝動は溜め込むといざという時に困るぞ。適度に発散させておくべきだ」


「肝に銘じておきます」


「それと、先ほど捕食したラミアだが、君の糧になったことでステータスに変化は起きてないかね?」


「変化というと?」


「種族、またはソウルグレード。君にとっては増血情報の方が嬉しいんじゃないか?」


「え、あれってソウルグレードの上昇でもしない限り増えないんじゃ?」


「一応確認は怠るべきではないよ。君のスタイル的にも確認はしておくべきだ」


「それもそうですね。まぁ確認だけでも」

 

 覗き見る。

 するとところどころ変わった場所が見受けられた。



 ──────────────────────────────


 六王海斗

 才能:ダンジョンテイマー

 職能:暴食

 序列:十位

 ソウルグレード:2++

 種族:ナーガラージャnew

 ブラッド:30000/50000(+20000)


 <アクティブスキル>

 『吸血(契約)』『暴食(契約)』『石化の魔眼』new


 <パッシブスキル>

 『忍耐A』『魔法攻撃耐性A』『自然治癒A』『状態異常耐性S』『恐怖耐性A』『精神攻撃耐性S』『ダメージ無効A』『未来予知』『暴食(カウンター)』『モンスターテイム』『モンスター同時使役+10』『強化モンスター使役枠+9』『モンスター強化+』『モンスター合成』『モンスターランダム合成』『水中呼吸』new


 <契約者>

 ⭐︎Sグレード1

  『御堂凛華』『北谷久遠』『佐咲寧々』『貝塚真琴』『六濃明海』

 ⭐︎Sグレード2

  『????』new

 ⭐︎Sグレード3

  『シャスラ=アーケイド』『カマエル』


 ──────────────────────────────




「どうだった?」


「種族がナーガラージャになってましたね。ハイヒュームから一足お先に脱却してしまった形で申し訳ありません」


「そこは別に構わんよ。僕も代われるものなら代わってみたいもんだ。機会があれば挑戦してみよう」


 お義父さんは特に問題なしとしてくれた。


「ぱっと見は変わらんけどのう?」


 俺の周りをぐるぐるみてはジロジロ覗く貝塚さんが特に変化はないと申告してくる。


「あ、水の中での呼吸が可能になってます。それとこれが地味に嬉しいかも、ブラッドが20000増えてます」


「プッツンし損じゃなくてよかったね」


「なんと言うかすいません、勝手にキレて皆さんにご迷惑をおかけしました」


「いや、むしろ君は子供なのにらしくないというか、なまじ優秀すぎたせいで大人と同列に扱った我々が悪いんだ」


「そうじゃのう、六王君はまだまだ子供じゃ」


「貝塚さんと三つしか変わりませんよ?」


「それでも、本当なら学校に通ってなきゃいけない年齢であると言うことは変わらん」


 社会に出て、仕事をする。

 それがギルド長智慣れば覚悟も変わってくる。


 自分はまだギルドの設立も経験してない子供であると諭された気分だった。

 しかしそんな貝塚さんの言葉に対して、ギョッとするお義父さん。


「君は、そんな若かったのか?」


「この姿は世を忍ぶ仮の姿っちゅうやつですよ。元の姿とあまりにもギャップがありますんでね」


 そう言って、本来の貝塚真琴となる。

 一気に縮んで、ブカブカの服に埋もれている。


「プハ、これが本当のボクさ!」


「これは興味深いな」


「あんまりここでうだうだしてても仕方ないですし、次行きませんか?」


「それもそうだが……完全に情報は途絶えてしまったぞ?」


「それはそうと、あの子はどうするつもりじゃ?」


「ああ、そうだった」


 貝塚さんに指摘され、俺と繋がりのある蛇の子供(ニョロゾウ)と名付ける。


「お前は今日から俺たちの仲間だ。よろしくな、ニョロゾウ?」


「君、その子は女の子だぞ? その名前はどうかと思うが」


「えっ」


「六王君、君って割と完璧超人だけど、そういう抜けてるところもあるんだね」


 別にいいじゃん、ニョロゾウだって可愛いだろ?

 でも名付けをする機会があったら、俺の独断で決めないで凛華の意見も聞こうと思った。


 そのためには、いち早く彼女たちを解放しないとな!

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