第111話 ハードモード【六王塾】②
「お兄! それ以上はダメー!」
スライムのヌルヌル攻撃になす術もなく陥落する鏡堂美影の窮地を救ったのは、他でもない妹の明海だった。
背後から瞬間移動のごとく擦り寄り、俺の両目を塞ぐ。
抜け出す事は容易いが、それをやったら数日は口を聞いてくれないことはその声色からもよくわかる。
どうやら俺は素人さんにやりすぎてしまったらしい。
自信満々で来たから、これくらいは耐えてくれると思ったんだが……凛華基準で考えすぎていた様だ。
「仕方ない。これで授業はおしまいだ。鏡堂さん、妹に助けられたな」
「………うぅ」
ぬるぬるまみれで服を半分以上溶かされた、意外と着痩せするタイプの鏡堂美影は羞恥に頬を染めながら苦悶の表情で俺を見上げた。
戦闘前、どこか余裕に満ちていた瞳は、負けたのが相当ショックなのか今は影が差している。
大人向けゲームの負けイベシーンか何かかな?
それくらいのエッチさと苦悶の表情でなんとも言えない気分にさせられた。この場で男は俺一人。厳密にはもう一人いるが、肉体が女なので同意は得られまい。
「お兄? 悔い改めた方がいいよ?」
マジトーンの妹からの威圧。
どうやら俺は引き返せないところまで来てしまった様だ。
いや、生徒さんにこんな屈辱与えたらそうなるか。
それも初回で。すっかりマジになってしまったと反省する。
だってハードモードでさえ余裕で超えてくるポテンシャル。
先を見たくなってしまうのは教育者あるあるだと思う。
え、だからってスライム責めにして良い理由にはならない?
いや、しかしな。雑魚を雑魚と断じていてはそこを突かれた瞬間にたちまち瓦解する最強は当てにできないし。
だったらこれは彼女を最強の一角にする為の試練。
試練だと思えばちょうど良い塩梅だろ。
だというのに明海ときたら、見た目が少しセンシティブだからと兄ちゃんばかり責めるのは如何なものかと思うぞ?
「ま、待て明海! 兄ちゃんは別にエッチなお仕置きをしようだなんてこれっぽっちも思ってないぞ! これは雑魚と見下した相手からでも、戦略次第で痛い目を見ると言うのを身をもってだな!」
「本当かなぁ?」
疑う様な声。仕方ない、これ以上の追撃はやめるかと降参のポーズをとった。
「今日はここまで。初日からスパルタすぎたと我ながら反省している。だからその、鏡堂さんも泣くのをやめてくれないか? そんな反応されるとちょっと困る」
「ごめんね、シャドウ。助けるの遅れた!」
「ふぐっ……ふぅう!」
「あれ?」
窮地を救ったはずなのに、返ってきたのは感情を押し殺した悔し涙。
ここは嬉し涙を流しながら抱きつくところだろう。
明海の良かれと思っての行動はまるっきり裏目に出て俺を見上げてくる。確かに俺も悪かったが、もうちっと状況を見極めようぜ?
羞恥はあるが、それ以上に絶対の自信を持つ自分が一方的にやられたと言う事実が悔しいのだろう。
慢心からくる油断。そして雑魚と見下した相手からの敗北。
それが絶対強者として君臨した彼女のプライドを完膚なきまでに砕いてしまった。
とはいえ学生レベル。まだまだ伸び代はある。
「お兄、全裸に剥くまで追い詰めるから……」
でも妹は違う解釈で捉えた。
お前、そこまでして兄ちゃんを犯罪者に仕立て上げたいのか!
いや、流石にスライム責めは悪かったと思ってる。
でもゴブリンをけしかけたらそれはそれで勘違いするのはお前だろ!?
「そうではない、ライトニング。我の完敗だ。雑魚と見下した相手にこうも一方的にやられるなど、鏡堂家の名折れ。このままおめおめと帰ってはオババになんと言われるか。教官! どうか私を一から鍛え直してくれないか! 頼む、この通りだ!」
「その意気や良し! と言いたいが、先にシャワーを浴びてきちゃいなさい。明海、案内してやって。着替えは……」
「あたしのよそ行きのでいいんじゃない?」
「その、入るか? 色々と」
「お兄、こんどその口開いたら縫い付けるからね? ベーっだ」
どうやら俺は妹のタブーに触れてしまった様だ。
確かに妹は栄養不足で成長がやや遅れてしまっている。
ずっと健康に育ってきた娘さんとは色々違って仕方ないだろうに。
それを寧々に行ったら同じくらいの殺気をぶつけられるなと自己解決。どうも俺は妹を子供だから仕方ないと無理矢理枠に押し込んで考えてしまう様だ。
俺とたった一つしか違わないのに、その見た目からずっと年下の様に捉えていたのだろうな。反省し、自嘲する。
二人を俺の家まで瞬間移動で送り、念話のやり取りでこっちへ帰還の旨を促す。
女の子なので色々準備がある様だ。
ちなみに、戦闘終了と聞きつけてもう一人のパープルからのツインテ女子(TS魔法少女)もドロドロのクタクタになっていた。
しかしその紫色の瞳にはモンスターには屈しない強い意志が宿っている。元男の意地が優ったのだろう。
ドロドロのクタクタになろうとも、その果てに勝利を経て誇らしい顔立ちをしていた。見た目はともかく。
「あんだよ?」
じっと見ていたのが気付かれた。
「五味さんは鏡堂さんと違ってタフだなって思って」
「今更ガキみたいにキャーキャーさわげっかってーの。気合いが違うんだよ、気合いが」
その割には結構悲鳴が出てたと思うが?
「んだよその目は。色々慣れねー体なんだ。お前も味わえばわかるぞ。ほら、このくっさいドロドロを味わいやがれ。ウリウリ」
徐に立ち上がると、そのドロドロを押し付けようと接近してくる。
まるで絡んでくるヤンキーのごとく肩を抱かれて粘つく白い体液を押し付けてきた。
「おえっ! 臭ッ! やめろ!」
「へっへー、俺に舐めた態度とったバチが当たったんだかんな? お前はすぐに調子にのっからよ。これは罰だ」
カラカラと豪快に笑う従兄弟の総司(TS魔法少女)、もとい初理は、俺に絡むなり吐き気を催す汚臭をなすりつけてくる。
流石元男と言いたいが、問題はその容姿での行動だ。
「あんたら、いつの間にそんな仲良くなったのよ」
イエローカラー魔法少女こと左近時紗江から距離を取られてしまう。勿論えんがちょという意味で。
ローパーのドロドロは汚泥のごとく腐った汚臭を漂わせ、粘っこくシャワーでもなかなか洗い落とせないのだ!
だから距離をとってしまうのは間違っていない。
間違ってないが、問題はそのバグった距離感にある。
一度は敵対行動をとっていた相手に、こうまで馴れ馴れしくできるのは女子ではあり得ないと疑いの視線を掲げている。
左近時さんも、こいつの中身が年齢と逸脱した21歳で元男だとは気づいてないからこその誤解だ。
男同士のじゃれ合い、チンピラの如きカツアゲを女の子が同様にやっただけで好意を持たれてると勘違いされるのは非常にまずい。
左近時さんは隣家とも面識がある。
違う場所で年下女子と仲良くしてたわよなんて言われたら凛華になんて言って謝れば良いかすぐには出てこないぞ?
本当の事を言えばそれこそ殺意マシマシで対処するだろうし、かと言って庇えばそれこそ浮気を疑いかねない。
だから俺たちは意気投合して否定から始めることにした。
初理の方も、さっきまで敵意を抱いてた相手と仲良しになってると勘違いされるのはマズイと勘づいたのだろう。
言わば状況一致の共闘に他ならない。
俺たちは同じタイミングで否定の言葉を口にした。
「は!? 仲良くなんてねーし!」
「そうですよ、この珍獣と仲良くなったって俺に一ミリの得もありません」
「あん? テメェ上等だこら! 誰が珍獣だ。痛い目見せなきゃわかんねぇ様だなぁ、クソ海斗」
「ほう、やりますか。今度は俺が使役した超強化ローパー君で完膚なきまでに敗北を味合わせてあげますよ、五味初理さん?」
それぞれが息ぴったりで戦闘態勢に入る。
それを見た左近時さんは「やっぱり息ぴったりじゃないの」と呆れた様にため息をついた。
なお、散々わからせてやったら変にしおらしく救難信号を出されたので手心を加えてやった。
なお、全然懲りてない様なので今度はどんなふうに懲らしめてやるかと画策してると、妹から準備オッケーという軽い返答が返ってくる。
シャワーを浴びて着替えるまでにかれこれ45分強。
お湯でも入ってきたのか? というくらいの長さだ。
女子は時間がかかると聞いたが、なんでそんなに時間がかかるのかさっぱりわからん。
俺とかは特にカラスの行水だからな。
そして帰ってくるなりぬるぬるのネトネトになってるもう一人を見て、駆け寄る妹。
中身が従兄弟の五味総司だって知らないから親身になってやれるのだが、これが裏目に出たか?
「お兄! 酷いよ、初理ちゃんにまで!」
「本人が望んだ事だぞ?」
「それでも、女の子なんだよ!?」
男なんだよなぁ、メンタルは。側が女ってだけで。
「うぅ、明海ぃ〜俺、嫌だって言ってんのにこいつに無理矢理……汚されちまったよぉ」
妹にバレてないのを良いことに、五味初理はまるで俺が悪いかの様にネガティブキャンペーンを開始した。
真に受けた明海は、「お兄のスケベ! もう話しかけないで!」の強威力メンタルアタックを展開し、初理はと言えば明海に見えない場所でべッと舌を出して俺を嘲笑った。
今時の悪役でももう少し演技するぞ?
怒りに震える手を振り上げることもなく、俺は五味初理に惨敗を喫した。妹は俺と口を聞くのも嫌だとばかりに距離を取られ、その場に左近時さんと二人残された。
「あんたさぁ、もう少し相手の見た目がどうなるかとか気にした方がいいんじゃないの?」
「これ、俺が悪いんすか?」
「パープルディザスターとは随分と仲良かったけど、知り合いなの?」
「あいつ、俺の親戚なんですよ。というか元男です」
「へ?」
俺の言ってる言葉の一割も理解してない様な声で、左近時さんは気の抜けた声をこぼした。
少し間を置いて、ようやく意味を理解した左近時さんがケタケタ笑いながら俺の肩を叩く。
「あっはははは、それマジ? だとしたら超面白いんですけど」
「マジよりのマジです。というか、左近時さんも面識ありますよ」
「え、誰? 私の知ってる人?」
「五味総司。俺に過去散々暴力を振るって追い込んだ害悪存在のあの人です。ほら、つい最近表の顔で色々世話してもらった」
「え、あのチンピラ!? あいつがパープルディザスターなの!? あっはははは、冗談は辞めなさいって。まるで面影ないじゃないの。お姉さんを揶揄わないでちょうだい」
「これがマジなんですよ。だから俺の中で【嫉妬パワー】の警戒度が上がってて。【嫉妬】の王は相手がどんな存在でも回収の見込みさえあれば“魔法少女”に出来る。そう考えたらちょっと怖くないですか?」
「本当に、本当なのね。そうか、元男だから異性に対してあそこまで距離感がバグってて、あなたに対してやたら敵意を持ってたのね。そしてうちの王様もそれなりに実力者。隠している爪は今もなお研ぎ澄まされているということ?」
「俺の中では、ですけど。本当に危険なのは何も知らされずに使役されてる貴女方だ。俺に出来るのはそれを教えることだけ。対処法がまるで浮かばずにどうしたものかと」
「仕方ないわ、陣営の違いなんてそんなものよ。でもそうね、私はその情報だけで少し発破を掛けてやれる。そういうツテを持ってるから。あなたには一つ借りが出来たわね」
「こんなのただの俺の妄想だし雑談では?」
「あなたと私では考え方が違うのよ。そしてエンヴィに警戒するものも私たちの中にもいるの。そこを突いてみるわ。それとパープルの情報を教えてくれてありがとう。これで少しとっかかりができたわ」
「何かの役に立つなら良かったです。次もこっち来ますか?」
「遠慮しておくわ、少しやることができたし。でももう一つの方は出るつもりよ。妹さんには私から弁明しておくから」
「何から何まですいません」
「性別が変われば見方は変わるもの。貴方はもう少し賢くなりなさいな。これはお姉さんからの忠告よ?」
「肝に銘じておきます」
左近時さんとはその場で別れ、俺は瞬間移動で社宅へと辿り着く。
だから気付くのが遅れた。
周王学園全体を覆う結界が、俺の存在が外に出てから完成してしまうのを、気づけずに布団に入ってしまうのだった。
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