第112話 ポンコツ四人組、異世界へ

 学舎へと帰る明海達。夜が闇に溶けていく時間帯に、闇よりも濃い暗黒が学園中を覆っていることに気付けないでいた。


「なんか、妙に静かじゃない?」


 左近時紗江が、普通なら虫の鳴き声が聞こえてきてもおかしくないと周囲に対して警戒を配る。


「は、気のせいだろ? なんか来ても俺がぶっ飛ばしてやんよ」


 シュッシュとシャドーボクシングのポーズをとり、五味初理が吠えた。今はもう制服姿で魔法少女モードではない。先の戦闘で嫉妬パワーを消耗し切ってしまったためだ。


「その姿でどうやって……待って、明海! こっちへ来てくれる?」


「なに、どったの紗江ちゃん?」


 紗江は前を歩く六濃明海と鏡堂美影へと声をかけ、体育館に通じる通路に闇の渦が広がっているのを感じ取った。


「あそこ、何か歪んでない?」


「んー? どこ?」


 明海は夜目が利かないので、目を薄めても深夜に溶け込む闇には気づけない。

 紗江の不安はますます広がる一方で、そしてそれは的中した。


 バンッ

 耳元で風船が割れたような甲高い音。

 視界が切り替わり、そこは一面の麦畑だった。

 先ほどまでの夜ではなく、陽光が照りつけるお昼時である。


「なに、これ! なんなの!?」


 明海は突然のことに叫び出す。

 不可思議なことには慣れてるつもりだった。

 兄海斗に頼ればすぐに助けに来てくれる。

 でも、つい先ほどその兄とは喧嘩してしまっている。

 友達にえっちなお仕置きをしていたのだ。

 それを許せるほど明海は大人にはなれなかった。


「安心めされよライトニング、向こうへ建物が見える。まずはそこで事情聴取をするのが得策だと思うが?」


 明海のお下がりの服、特に胸部をキツそうに着こなしながら周囲へと警戒を張り巡らす美影は、共の不安を拭うべく提案を出す。


「ま、出てくるのが味方って可能性も低いわな」


「初理殿、またそうやって不安を煽るような真似を」


 美影のぼやきに初理はどこ吹く風だ。

 可能性の話をしてるだけ。そう話す初理の言い分も尤もだった。


「と、こちらが赴く前に誰か出てくるわ。身を潜めましょう?」


 紗江が我先にと身を潜めれば、それに倣うように三人は麦畑に頭を隠す。生憎と全員の背が低いのもあり、麦畑にすっぽりと隠れてしまった。


「なにを話してるんだろうね?」


 明海の言葉に反応を示すものはいない。

 ただわかることは、言語体系が日本のものとは違うこと。

 そしてこの家に住む者は人形のような出立ちしていることだった。


『☆★★★☆☆☆★★★★!』


『☆☆★、☆★☆!』


 鈴を転がしたような綺麗な音色。

 けど何を言ってるかがわからない。

 そんな時、キィインと何かが共鳴するように響いた。


「嫉妬ストーンが共鳴してる?」


 困惑の表情をする紗江に、初理が呼びかけた。


「パイセン、もしかしてこの場所って……?」


 初理がそこまで言いかけた時、向こう側からこちらへやってくる足音が響いた。

 同時に戦闘態勢に入る明海達。


『☆☆☆★★? 何故ここに人間の子供が?』


「しゃべった!?」


 突然日本語を喋る人形のおじさんは困ったように明海達を見まわした。


『迷子? いや、誰かに誘われたか。でなければこの聖域に人間の身で来れるわけがないからね』


「あたし達、突然この場所に呼ばれて……どうして良いかわからずにいるんです」


『ふぅむ、ちと厄介だな。しかしそっちの個体は事情を知っていそうだ』


 促されたのは初理と紗江。

 嫉妬ストーンを持ち、この空間との共鳴に嫌な予感を覚えていたが、どうやらそれは的中したようだ。


 ここはかつて人間と共にくらいしていた妖精だけが住まう世界。

 過去の大戦以来別離し、人類と共に歩むのをやめた妖精が暮らす世界だ。多くの妖精はいまだに人間を憎んでおり、見つけ次第殺そうとしてくるらしい。


『私は争うことに意味はないと思っている。俗にいう穏健派だが、我々はとにかく同族を尊ぶ。君たちだって他の種族から一方的に搾取、殺戮をされたら非常に強い殺意を抱くと思うがそれは理解していただけるかね? 穏健派と言ったって相手に対してまだ一緒に歩むという気概を見せるのではなく、極力関わりあわないようにしたいというスタンスだ。だから今こうして出会って頭を抱えているよ』


「要は逃げたんだな? 腰抜けが」


 初理が挑発するように威圧した。


『……下等種族が偉そうに』


 それに対して今まで温和だった妖精の声色が温度を下げていく。

 氷点下まで下がり切った音程で、初理を威圧し返した。


「下等種族とは言ってくれるな? 精神生命体? そんなもん俺のスキルで……」


『ほざくな、まだ我々と対等で居られると思い上がるか、人間!』


「な!? ……ぐべ!」


 まるで初理の周囲だけ重力が倍加したような現象。

 華奢な肉体が床へと押し付けられ、潰れたカエルのように苦悶の表情をもたらす。

 こうまで敵対意思を持たれたら敵わない。

 三名は頷き合い、なんとか宥める作戦を決行する。


『人間というのは非常に勝手だ。かつて我々と同じ世界にいた時、我々の暮らしに興味があると近づき、仲間の命を使って兵器の開発に着手した。それからは人間とどちらが滅びるまで争いの日は耐えることはなかった!』


「こうまで話が通じなくなるなんて、選択を間違えたようね」


『今更気づいても遅い! 我々妖精は下等種族と違って神々に認められた存在だ! その高く伸び切った鼻っ柱、今ここで叩き折ってくれるわ!』


「だからこそ、つけいる隙がある。初理、嫉妬パワー吸収のチャンスよ?」


「あ、そうか。俺自家発電しかしてなかったわ。なるほどな、すっかり忘れてた」


 シビビビビビー!

 二人は嫉妬ストーンを翳して、妖精の男から人間に対する増大させた嫉妬を吸い取った。すると……


『☆★★☆、★☆★☆。あれ? どうしてここに人間が?』


 振り出しに戻った。

 紗江は獲得できた嫉妬パワーの量に驚きを隠せない。

 たかだか十数年しか生きてない人間と違い数百年、数千年単位で人間を蛇蝎の如く排除してきた妖精からのパワーは優に人間の10倍〜100倍に至る。

 

「やべーな、一気にパワー貯まったぞ?」


「穏健派と呼ばれる人でもこれよ? 過激派からはどれだけ奪えるか。あんた、こまめにパワー支払って上限値あげときなさい? 初期値じゃすぐにパンクしちゃうわ?」


「お、さすがパイセン。初めて見直したわ」


「茶化さないの。それで少しお尋ねします。ここは一体何処でしょうか? 私どもは気づいたらこの場所にたどり着いていて……帰るにもどうして良いものか……」


『まいったな、私は人間とあまり関わり合いになりたくなかったんだが。しかし君たちはあの悪魔とは違うようだ。来なさい、少しの間くらいは匿ってやろう。街に住むわからずやと違い、少しは人間に理解ある私が言うのだ。安心して良い』


 これ、どう見る?

 初理が全員にアイコンタクトを取るも、全員一致で話に乗ることにした。

 場所が何処にあるかも把握してないし、街がどんな場所で、どんな妖精が住んでいるかもわからない。

 ただ、妖精至上主義のお国柄、ほどほどに嫉妬パワーを吸収しないと不味そうだ。


「それでは少しご厄介になります」


『ああ、ついてきなさい。ただ悪いけど、我々の暮らしは人間が暮らせるような作りはしてない。あまり文句を言ってくれるな?』


「それは仕方ないよ。急に押しかけちゃったのはあたし達だもん。おじさんも迷惑だったのに、引き受けてくれた。だからあたし達は本来文句言う立場にないんだよ。数日の間ですがお世話になります!」


 ここで親戚に迫害され続けてきた明海の強メンタルが発揮される。

 五味家からはそれこそ迫害と言って良いほどの差別を受け、今までは兄がそれを庇ってくれていた。

 しかしここにその頼れる兄はいない。

 決別して、謝る間もなくここに連れてこられてしまった。


 だからこそ、明海は今度は自分が兄のように導くのだとやる気を見せている。口調こそはタメ口だが、気遣いはこのメンツの中では誰よりもあった。

 それが妖精の男の気分を少しだけ浄化させていた。


『そこの個体は我々の事をわかっているようだ。今日は少し気分がいい、久しぶりに掃除でもするか。ああ、好きな場所を使いなさい』


「なんだ? 急に態度が変わったぞ?」


「どうやら地雷だらけの解答で唯一の正解をひいたようね。明海、あなたの思いやりの精神が妖精の気持ちを軽くしたみたいだわ」


「あたしの……?」


 紗江から促されて、自分のとった行動でここまで周囲が変わるとは思っても見なかった明海。


「我ではあのように他者を慮ることはできぬからな。だからこれはライトニング、貴殿の功績である」


「良かったじゃんよ、役に立てる場所があって」


 キシシ、と笑う初理に、戦闘以外ではまるで役に立たないと少しだけ悔しがる美影。そんな二名から励まし(?)の声を頂いてちょっとだけ明海は自信を持った。


「……うん」

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