第109話 ハードモード【六王塾】
問題児の素性が割れて、ひとまずは協力態勢を取ってくれたので本格的に【六王塾】を開始する。
まずは何につけても俺の実力を見せるのが課題の一つだったので、最初に理不尽を味合わせたわけだが、食事を振る舞った後の妹の友人( )達は少しだけ俺を見る目を変えてくれた。
表の顔と裏の顔。それ以上にワーカーのフォロー具合が尋常ではないこと。その上で【王】としての顔も覗かせる。
「さて、諸君。顔合わせの挨拶はこの程度でいいだろう。俺は表向き初心者にも教えを与えているが、あれは言うなれば地位向上以外の何者でもない。これから行うのは個人向けの訓練だと思ってくれていい。これから自分が苦手な分野のモンスターを俺が生み出す。各自はそれを確固撃破する事でスキルアップを図る算段だ」
「質問があります、六王教官!」
鋭く挙手をしたのは全身黒尽くめの鏡堂美影。
妹の一番のお気に入りの子で、静香さんからしたら姪っ子、勝也さんの従兄弟に当たる少女だ。
今回参加したメンバーの中では一番の実力者。
当然俺の訓練に対し何処か白い目で見ていた彼女が、今は躾けられた犬みたいに尻尾を振ってる姿さえ幻視するほどに懐いてくれている。
何が起きた? はもちろん俺の台詞だ。
「なんだ、鏡堂さん」
「私のことはどうぞ美影とお呼びください、教官」
「シャドウ、いつもの口調が崩れてるよ!?」
すぐ横で今にも叫び出しそうなほど困惑してる妹を押し退けて、鏡堂美影は俺への質問を続けた。
きっと彼女にとってこの世は自分に土をつける存在など皆無で、特に同年代にそれほど期待してなかったのだろう。
故に距離を置くために『我』や『忍びの者』『捻じ曲がった厨二スタイル』で武装していたんだろうな。
で、俺が現れてそれがぽろんと外れてしまった。
まるで流水で洗い流した茹で卵の体の如くである。
「教官! 教官は誰からの教えを乞うてそこまでの実力を身につけたのですか? 私、気になります!」
「我流だ。俺に師匠は居ない。俺の強さはまず己の弱さに向き合うことから始まった。そこからは日々研鑽。楽して強くなれる道はない、この【六王塾】ハードモードは表の塾では満足できない達人に新たな道を示すものだ。言うなれば一般探索者を超えたい人向けだな。探索者でそれなりに稼ぎたい人は表の授業でも十分だと考えている。他に質問はあるか?」
「俺もちょっと良いか?」
「五味さんか、どうぞ」
「お前の言い分はわかった。だがこっちが表とは違い探索者を超える人向けってーのが引っかかる。一体何を想定しての訓練だ?」
「そんなもの、自分の身を守るために決まってんだろうが。上位探索者は常にソロ、なんてそうそうない。どこかで誰かが足を引っ張る。そんな時の対処法、自分ならどう動く? を常に考えられる地頭と動きを直接体に叩き込む訓練だ。貴女にも覚えがあるだろう? 自分の考えは間違ってないのに、周囲の反応が自分よりも劣っていたから負う損益がいくつか……」
貴女、と言いつつ俺は五味初理ではなく五味総司へと語りかけていた。つい最近逮捕された時の仲間とのうまく取れてなかった連携、そして己にもっと力があれば変えられていたかもしれない未来。
そこへ訴えかける。
「嫌味かよ、クソが。まぁ正論だ。探索者に憧れる以上、チームを引っ張るリーダーシップが求められる。そん時の実力を身につけるための訓練ってこったな?」
初めの感想は五味総司として。しかし周囲からの視線を受けて五味初理のものとリンクさせた。
まるで探索者をやってきたような口ぶりから、これから探索者を目指す上での心がけと皆に表明するような形で決着をつけたのだ。
「あたしは知ってたよ? 一番最初にお兄から手解きを受けてたからね!?」
ここで一番の姉弟子アピールをしてマウントをとりたがる明海。
俺は無防備に晒したおでこにデコピンを喰らわせてやった。
痛くもないだろうに、その場で転がり回る。
そんな兄妹のやり取りなのに、周囲の目は少しだけ違っていた。
「あんた、いくら自分の妹をトラブルに巻き込まれないようにするためとはいえやり過ぎよ?」
「これくらいは余裕で対処してくれないと、俺なしで行動させらんないだろう?」
「わかっちゃいたけどあんたの過保護具合は異常なのよね。むしろ児童虐待を疑うレベルよ? 護身術の領域を軽く飛び越えちゃってるわ!」
左近時さんが金髪ポニーテールを揺らしながら抗議の声をあげる。
全くもって正論だ。総務秘書をやってると相手を正論で追い詰める術を覚えるのだろうか?
妹にとっても非常にやりずらい相手だ。
しかし俺から言わせて貰えば、児童虐待のレベルが低すぎる。
五味初理を横目に見ながら俺は否定の言葉を口にした。
「んだよ?」
「いや、このレベルで児童虐待を疑われるって思ってなくて」
「まぁ、お前は相当追い込まれた過去があるって話だもんな」
他でもないあんたにな! 口には出さないが目で訴えておく。
五味初理は居心地悪そうに視線を逸らした。
しかしここで妹がドヤ顔で立ちはだかる。
なんて太々しい顔なんだ。誰かにマウントをとりたくて仕方のないっていう顔だぞ!
「分かってないね、紗江ちゃん。お兄の訓練は対人間じゃなくて対モンスターを想定しているんだよ。正直才能を有したらダンジョンに赴くのは一般的思考。でもね、お兄ならではの見解というか、ダンジョンって結構なトラブルに覆われる時があるの! お分かり?」
ちちち、と人差し指を左右に振って周囲に“あたしはわかってますよポーズ”を取る妹。
俺が教えたことをまんまオウム返しである。
覚えてるだけ成長したと捉えて良いのか、自分の答えを口にできないのを咎めるべきか非常に悩むところだ。
「例えば?」
「例えば!? えーっと、お兄パス! 可愛い妹を助けると思って!」
しかしすぐにボロが出る。覚えてる範疇を超えて焦って俺にそのまま回してきた。左近時さんも妹の“分かってますよアピール”がいつ崩れ落ちるのか試していたのだろう、早速剥がれ落ちて慌て出す妹を見て意地悪く笑っていた。
あんまり子供を揶揄うなよ、見た目通りの年齢で他人とあんまりスキンシップとって来なかった子だぞ?
「あんまり虐めてくれるな。うちの妹は距離感がバグってるだけで基本引っ込み思案な子なんだ。この訓練を課したのは少しでも自信をつけさせるためと言うのもある。少しどころか過剰に自信をつけ過ぎてしまったのは、俺の不徳の致すところだがな?」
「どちらにせよ、過保護なのよ。本人が嫌がってないのを良いことに、あんたはなんどでも度を越える。これは年上からの忠告よ、早々に切り上げないと世間から白い目で見られるのはあんたじゃなくて妹の方かもしれないわ」
「肝に銘じておくよ」
「あれ? 紗江ちゃん同い年だよね? お兄の年下だよね。あれ?」
一人混乱する妹を横目に、それぞれの訓練を開始した。
◇
妹は巨大で遠距離攻撃が得意、素早く動く相手に苦手意識がある。今日も今日とてランクBのグレーターワームに追いかけ回されていた。攻略法は一つ、自身を短距離転移させて『ぶちかまし』や『ボディプレス』を避けつつ、遠距離攻撃の『消化液』や『ロックバレット』を吸収して解き放つ攻略に勤しんでいる。
グレーターワームの支配はオートだ。動きを覚えさせて繰り返す単純作業でも良い訓練になるんだ。図体がでかいってだけで通常攻撃が全体攻撃になるからな。余計な命令を下す手間が省けて良い。
「ライトニングはいつもこのような秘密訓練を?」
「そりゃ涼しい顔してこっちの攻撃を捌くわけだよな。あんなのが相手か! 敵うわけねーよ」
「何言ってんだ? 今から諸君らもあれらと戦うんだぞ?」
「「「え?」」」
高みの見物を決め込んでいた三人の表情がこわばる。
良い顔だな、これからもっと歪むのが容易に想像できる。
「無論、段階は踏む。まずは自分の苦手意識を克服することから始めよう。いくつかモンスターを出すので、自分がやりにくいと思う相手を選択してくれ。楽して倒せるモンスターは選ぶなよ? それはなんの自己鍛錬にもならないからな!」
「初っ端からなんつーえぐい相手を選ばせるんだテメェ」
「心を折るときは徹底的に、俺はある人からそう教わりました」
「チッ、因果応報ってやつかよ。やってやらぁ!」
五味総司、改め五味初理は威勢の良い掛け声で触手モンスターの『ローパー』を選択する。
男だったときはなんともなかったが、女になった今ぬるぬるにされるのはちょっと嫌という苦手意識を克服する選択の様だ。
おっかなびっくり戦って、時々あげる悲鳴が可愛らしいのがギャップがすごくてついつい笑ってしまう。
その奥から「笑うんじゃねぇ!!」という声も掛かるがすぐに悲鳴で塗り替えられた。まぁ、強く生きてほしい。
左近時さんはやはり物理無効の相手が苦手な様だ。
アルテマビーストを用意するとものすごく嫌な顔をされた。
「ちょっと、私だけ難易度おかしくない?」
「一人だけ高みの見物しようとしてたので、スパルタモードの続きでもさせようかなって」
「これ! 私一人じゃ倒せてないんだけど!」
「それを克服するのがこの塾での基本内容となります。まずは動きを見て隙の有無をチェックすることから始めても良いかもしれませんね。あ、倒す必要はないです。時間いっぱい逃げ切るか、自分の中で攻略法さえつかみ取れれば十分と考えてます」
「鬼! 悪魔! ろくでなしーーー!」
「はいはい、口よりもまずは手を動かす!」
「いやーーーーー!!」
最後に一人おめめをキラキラさせてぶんぶん尻尾を振る鏡堂美影。
先酷対処できずに伸びた原因を加味してから問いかける。
「君は、多対一に苦手分野があるのだろうか?」
「そんな事はないと思うんですが、教官の操るリザードマンは実際のリザードマンとは大きく異なっていたのでやりづらく……」
ふむ。それはつまり既存のモンスターであるなら余裕で対処できるという現れでもあるな。
じゃあ彼女には特別メニューを課しても良いだろう。
「スライム、ですか?」
帰ってきたのは明らかな落胆の声。その声を今から絶望の色に染めてやるのが楽しみで仕方ない。
と、俺のS気質が目覚めてしまいそうになる。
「ただのスライムじゃない。俺の操るスライムだ。君はどうやら一般通過モンスターなら目を瞑ってでも攻撃を避け、難なく討伐することが可能なのだろう?」
「全てのモンスターを網羅まではしてはいませんが、恐らく。しかし流石に下位モンスター相手に遅れをとる私では……」
「その油断が隙を生む。どうした? 攻撃が通らないからとノーマークで良かったのか? お前の肉体にダメージは通らずとも衣装の方には攻撃が通るんだぞ? お気に入りの眼帯はすっかり宙ぶらりんだ。次は忍び装束が溶かされるのが先か? それともスライムが倒されるのが先か? すぐに答えを出して見せろ」
「く! スタートの声かけもなしにいきなりですか!?」
「訓練だからと油断したな、間抜けめ! ここが戦場ならお前は3回は死んでる。スライムを格下と侮ってやられるのが目に見えるようだ。そこで面白い成果を教えてやろう。俺はスライムを操り、倒してみせたモンスターはFランクどころかCランクにまで至る。グレード最下位からCランク上位。その間に立ちはだかる壁はあまりにも大きい。が、俺が操るならその限りではない」
「なんて、なんて荒唐無稽な! これが【六王塾】の裏メニューなのですね!」
「そうだ。スライムが最弱? それは個体の性能を出しきれていないからだ。俺が熟知し、弱点を見極め、可能性を広げたスライムは弱くないぞ、鏡堂美影! うまくこれを乗り越えて見せろ!」
「ふふふふふ、感謝します教官! 私の本気、受け止めきれますか?」
「余裕で凌いで圧倒してやろう。お前の全てを曝け出せ、その上で弱点を洗いざらい吐き出させてやろう!」
なんかやたらハイテンションで食いついてきたので、この子の対応は少し突き放すくらいでちょうど良いのだと思う。
そう考えると妹以外には突き放してる感じがするな。
なんて言うか年上に対して、大人でしょ、と言ってる感じを彼女にも当てはめてる様な?
妹と同じ歳のはずなのにおかしいなと疑問に思いつつ、俺は鏡堂美影をスライムでぬるぬるにしてやった。
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