第108話 事実確認
全員が伸びたのを確認して、飯の支度をしてると、起き出した紫髪の跳ねっ返りがじっとこちらの手元を見ていた。
腹でも空いてるのか、口端から涎を垂らしている。
「お、起きたか寝坊助め」
「ウルセェぞ。海斗の癖に」
「ん? 俺の癖にとは随分な言いがかりだなぁ」
なんとなく、そんな言葉をどこかで聞いたような気がした。
──無能の癖に、俺様に楯突くなんて烏滸がましい!
あれは確か従兄弟の五味総司の言葉だ。
もし兄妹だとしたら、口調が似通っていても仕方ないが……どうにも引っかかる。
「随分と手際が良いじゃねーか。どこで覚えたんだ?」
口は悪いが、俺の素性が気になるのかグイグイとくる。
俺を敵だ、と言っておきながらどこか実力を認めてくれたのだろうか?
まぁあれだけ叩きのめせば少しは反省したかな?
「ん? どうしてそんなことを聞くんだ?」
「別に、俺が飯に興味持つのはおかしいかよ? 金がねーから食い扶持を少しでも増やしたいんだ。悪ぃか」
「いやいや、結構なことだ。俺も貧乏で稼いでもすぐに売り上げを持ってかれちまったからな。君と同じ五味という苗字の人達に……」
「あ……」
「俺はさ、君をその一族の一員じゃないのかと勘繰っている。やたらと俺たち兄妹に突っかかってくる性根。さっきの態度もそうだ。俺は君に何かしたのか? 不躾な質問で悪いが教えてくれないだろうか?」
黙りこくった彼女に、俺は質問を重ねた。
彼女は言葉を紡げずに苦悶の表情を浮かべていた。
言えないのか、または言いたくないのかは定かではない。
が、こうも黙られちゃ平行線の水掛け論。
何かクッションでもあれば良いなというところへ明海が空腹によって起き出した。
「あたし、復活! あ、お兄何作ってんの? あたしの分は?」
「先に手洗いして来い。そこに簡易給水所を建てた。トイレとかシャワーとか浴びたければご自由に」
「わっ! 至れり尽くせりだ!」
「着替えの準備まではしてないから尽くしてはいないな」
「ちぇー、汗臭いお洋服で続行かー」
「においが気になるなら消臭スプレーがあるぞ?」
「お兄大好き!」
「ったく、現金なやつめ」
ダンジョンに入ったら普通この手のサービスは存在しない。
一部疾風団では通常運転だが、あれはあそこの徹底ぶりがおかしいのだ。俺はそこで得たノウハウをさらに過剰にして提供してるだけに過ぎない。
「良い具合に焼けたが、食うか?」
「俺には手洗いしろって言わねーのかよ?」
紫色の瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。嫌われてるね、どうも。
「なんかこういうの慣れてそうだったから。うちの妹は逆に初めての学園生活だ。俺の前でだけ元気でも、やっぱり心配なんだよ。兄貴としては」
「過保護だな」
五味初理はそう吐き捨てながら串焼きを一口。
すぐに両目を見開いて、自分の手元にある串と俺を見比べた。
「口にあったかな?」
「なんだこの肉!? うめぇえええ! 高級和牛だってこんな旨味発揮しねぇぞ? ただの肉を串に刺したってぜってぇこうはならねぇ! 教えろ、この肉はなんの肉なんだ!?」
「ホーンバイソン」
「はぁ? あのキモいクソ牛がこんな美味いなんて知ってたらもっと絶滅危惧種に追い詰められても仕方ねーだろ。つぅか、そもそもダンジョンモンスターは肉をドロップしねーぞ? ガキでも騙されねー嘘で俺をハメようったってそうは行かねーぞ?」
やはり、年齢の割にはダンジョンを熟知してるような口振りだ。
実は探索者だったり?
でも探索者にしては異様に練度が低いのが気になる。
まるで本来の自分の肉体とは違う体に押し込められたような歪さだ。
だがそんな事、あり得るのか?
左近時さんは魔法少女モードの時と別の肉体を持つのに、彼女はそのままだ。だから本当にこの歳で魔法少女に抜擢されたのだと思うのだ。
しかし違うとしたら?
【嫉妬】はとんでもない能力を隠していることになる。
俺たちに手札を見せない相手に、少しだけ警戒度を上げるのだった。
それはともかくとして、隙あらばメンチを切って威嚇してくる少女だ。彼女は俺を敵対的に見ているのは明らかだろう。
そのように教育されているか、はたまた全く別の……その直感は俺にあり得ない解答を導き出した。
だって、あり得ない。あの人は鑑別所送りになった筈だ。
ここで呑気に学生どころか魔法少女をやってるなんて。
だが事実確認はしておきたい。
今妹がシャワーを浴びてる隙に、俺は彼女に一つの質問を投げつけた。
「もしかして貴方は、五味総司さんご本人ですか?」
「は、はぁ!? 何をもってそう決めつけやがる!」
驚きの声。同時に焦ったように発汗している。緊張と羞恥で体感温度が上がったせいだろう。目の前に異性がいるのに関わらず、制服を捲ってバサバサとお腹に空気を送っていた。
一般の女子なら男の前でまずやらない行為。相手を異性として見てないならともかく、こうもあからさまに同性感を出されたらまず間違いない。
「実はずっと不思議でした。なぜこの子は初めて会ったはずの俺や妹をやたらと目の敵にしているのだろう、と」
「う゛っ!」
「そして初対面、または数度しか顔を合わせてない間柄にも拘らずまるで旧知の仲のような接し方。俺でなくたって不審に思いますよ」
「うぐ……!」
「極め付けは俺と二人きりなのに、まるで同性かのような振る舞いです。俺の周りには普段から女子が多いので俺の前だと何を我慢するかがよくわかるんです。けど貴方にはそれらの反応が見られない」
「は、はぁ? そりゃそいつらがお前に惚れてるっつー話の問題だろ? 勘違い乙!」
「いや、初対面だからこそ其処まで距離感の近い態度は取りません。好き、嫌い以前の問題です。貴方は最初から俺に馴れ馴れしすぎるんです。まるで幼い時から知ってる従兄弟みたいな距離感でしたよ?」
「クソ! お前にだけはバレたくなかったのに!」
やっぱりこの人総司さんか。
しかし問題はその姿形がまるで別物である点だ。
よもや性別の変更までしてみせるとは【嫉妬パワー】とはもっと恐ろしいものじゃないのではないかと推測を浮かべる。
「まぁ貴方の正体が何者でも構わないんですが」
「何を!」
「これ以上この件に関わらないほうがいいですよ。まぁ、もう後戻りできない場所にまできてしまったみたいですが」
あまりにも相違点のない肉体に押し込められた魂に、憐れみの視線を送ると、もう自分でもどうして良いかわからないように食べ終わって何もついてない串を、苛立ち任せに地面に突き刺した。
「ウルセェ、言われなくたって分かってんだ、んな事は!」
「問題はこの後ですね。俺や妹は貴方とは訣別したいです」
「だろうな、俺だってそんな都合よく仲間に入れろなんて言えねぇよ」
「ですが今の貴方は見た目がもう五味総司ではなくなっている。妹も仲良くしたがってるし、俺としては貴方次第のところではあります」
「俺がまた徒党を組んで襲うかもって思わねぇのか?」
「既に【嫉妬】の王から聞いてるでしょうが、俺は既に【強欲】の王、御堂と手を組んでます。以前まであなた方のバックに御堂が居たように、次も同じ力で襲ってきても俺の権力で揉み消せるんですよ。そんな相手に怖がるだなんて時間の無駄じゃないですか?」
「チッ、嫌味な野郎だ」
「お陰様でメンタルは徹底的に鍛えられましたんで。あの日があったから今の俺がいます。そういう意味では感謝してるんですよ?」
「俺の才能のおかげでお前のような化け物が産まれたってわけか?」
「どうとってもらっても構いませんが、俺を狙うという事はもう容易いことではなくなりました。俺を狙えば俺の契約者が貴方を排除すべく動きます。俺が止めてもきっと止まりません。そういう組織が出来上がりつつあります。妹はその末端に位置します」
「あのクソガキですら末端だと!?」
「まぁ、この訓練を汗一つ書かずに乗り越える子達なんで、今の妹と比べるのは酷というか、月とスッポンというか」
「チッ、通りでテメェに負けるわけだぜ。テメェ、あの時どれくらいの力で俺と戦ってた!? 俺は100%だった」
「俺ですか? 本来の力を活かせるのがダンジョン内なのでまずその時点で50%ダウンですよね」
「は?」
「そこから更に自分の正当性を見て分かるように攻撃も回避も封印したので更に半分の25%」
「マテマテマテマテマテ……」
「更に飛び出しそうな契約者を引き止めたりと思考の半分をそっちに奪われてたので半分の12%」
「おい……それ以上言うなよ、惨めな気持ちになんだろ」
「【暴食】の力は使ったので5%と言ったところでしょうか? いやぁ、殴る蹴るを気持ちいいくらい行ってくれたおかげで、俺は計画通り事が進んで万々歳ですよ」
「初めからお前の手のひらの上だったって事かよ?」
「出会ってすぐに因縁つけて来なければ見逃すつもりでいました」
「なら、俺の行いの結果がアレか……」
「そうなりますね。で、どうします。俺の協力者になってここで修行して行きますか? それとも【嫉妬】の悪魔エンヴィに唆されて俺と御堂さんの邪魔をしますか?」
「んなすぐに決められっかよ」
「すぐに答えを出せ、それを幼い俺に言ったのは貴方でしたよね?」
「どうでも良いことばっか覚えてやがる。ったく、分かったよ。俺もお前の塾とやらに通ってやる。そんで、飯の作り方とかも教えろ。そんくらいは融通してくれんだろ?」
「やる気がある限りは教えますよ。途中で投げ出せばそれきりです」
「乗った」
「じゃあひとまず停戦て事で。あ、一応言っておきますが今の戦力程度でしたらいつでも捻り潰せるくらいは念頭に置いておいて下さいね?」
「クソがよぉ」
「あれあれ? 初理ちゃん、いつからお兄と仲良くなったの?」
そんなやり取りを終えた後、タイミング悪く妹が帰ってくる。
身体中をサッパリさせて、ライムミントの香りを全身から漂わせていた。風呂上がりでもこうはなるまいって位に過剰に。
そして邪推する明海の指摘に総司さんが狼狽える。
「そんなんじゃねーって、ガキはあっち行ってろ」
「あれあれー? あたしがガキなら初理ちゃんもガキってことになるよねー? 同い年だもんねー?」
無意識の煽り。総司さんは怒りの表情で手を上げて、妹はそれを戯れあい程度に受け止めた。
俺譲りの防御力じゃ、そんじょそこらの攻撃は通じないだろう。
向こうが手を抜いてくれたと勘違いした妹は、そのまま抱きついてくすぐり攻撃に移った。
のたうち回る、姿形を変えた従兄弟に俺は合掌しながら起き出してきた他の二人の為にも食事の準備を早めるのだった。
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