第107話 対立関係

 表の世界での成功とはまた別に、今宵も猛者どもを鍛える試練の場が用意された。


 表の素人向けは、本当に探索者以外の一般人でもダンジョンで安全に動ける様にするものだ。

 回を重ねていくごとにFランク、Eランクモンスターの対応策を教え込むつもりでいる。

 教えたところで流石にDまでだろう。

 そこから上に行くのなら是非探索者として頑張っていただきたい。

 一度世話したからと最後まで面倒見るつもりもないのだ。


 ただ、お金の都合で夢を諦めた人や、学園のやり方に納得できない人へのフォローはするつもりでいる。

 才能を得たにしろ、それが当たりでない可能性だってあるからな。


 当たりの才能を得ても自信がない人、ハズレを引いて自信をなくす人だっている。

 そんな人でもダンジョンに関われる紹介状を書くことができるのが俺の強みだ。

 魔境と呼ばれる北海道でも、サポートメンバー募集の声もある。

 アロンダイトやバルザイの偃月刀だ。

 特にアロンダイトは飯が作れるだけで持て囃されるからな。

 疾風団でも何人か研修に行って良い思いをしてきた人が居たそうだ。

 あそこのメンバー、俺に料理教え込むくらいにガチ勢だからな。

 過去に御堂グループ預かりギルドだっただけある。


 と、話が逸れたな。

 校門前に屯する妹達へと声をかける。


「お待たせ」


「お兄、遅い!」


「時間ちょうどのつもりだったが?」


 時刻は20:58

 遅いと言われるほど待たせてないはずだが、妹はまだ寒い季節だから風邪を引くと大仰に騒いでいる


「丁度にござる。コードネーム:ライトニングが早く行こうと急かした為にに少し寒い思いをしたのだ。貴殿に落ち度はなかろうよ」


 なるほど、濃い。

 一目見てその出立から醸し出す一般人とは隔絶したオーラ。

 21時という時間帯であるからこそ闇に溶け込んで朧げながらにしか掴めないがそこに確かに居る存在感。

 あと何で黒装束なんだ? みんな制服なのに異様に浮いてる。

 そこについても詳しく聞きたい。


「ところで明海、ライトニングってなんだ?」


「あたしあたし。明海あかりから灯りをイメージしてライト。そして雷のように激しいことからライトニングなんだよ!」


「草」


「あー、あー! お兄が言っちゃいけないことを口にしたー!」


「いや、お前の動き見て激しい動きとか全く想像できなくて。そんな拗ねんなよ、あー殴るなって、痛い痛い」


 まるで痛くもないが、痛くなさそうにしてても止まらないので痛いふりをする。


「まるで効いておらぬな。流石王の素質を持つ者。ライトニング殿を持ってしても赤子の手を捻る如きか。ゾクゾクしてきたわ!」


 武者震いと言うやつかな?

 隠されてない方の瞳が紅く爛々と輝き出す。

 変な子と友達になってるなー、明海の奴。

 でも見方によっては同類? 

 仲良くしてくれてるなら俺の方でも配慮してやるか。


「で、そっちの黄色い子」


「人を変質者みたいに言うのやめてくれない? 六王先輩」


「いや、クリスマスでもないのにピカピカ光って目に優しくないなと。もっと光量を落とす努力をしてほしい」


「死ね!」


 ノーモーションから繰り出されるミョルニルの打突攻撃。

 俺はそれを軽く地を蹴って回避した。

 くらっても大したダメージではないが……防御行動する際に発動するパッシブがなぁ。


「躱わすな! 当たったってどうせ大したダメージになんないでしょ!」


「俺が防御すると【暴食】が発動するけどいいのか? あんたのお気に入り、せっかく買い直したのだろう?」


「本当に嫌な奴!」


 左近時さんは大事そうにハンマーを抱えた。

 そうそう、もっと大事にしないとね?

 俺みたいな悪い王に騙されちゃうから。


「あとは君か、初理ちゃん」


「名前を呼ぶ許可をまだ出してないんですけど?」


「おっと失礼、五味さんだったか。何故ここにいる? ここから先は人間の領域を超えた猛者達の領域。スライムやゴブリン相手にあの体たらくじゃとても生き残れない。君はさっさと帰ったほうがいい。俺も後輩を怪我させたくない」


「〜〜〜〜!」


 すごくイライラとした様子。

 言葉が出ないのか、俺を睨みつける事で精一杯なようだ。


「そのことについては問題ないわ。彼女【嫉妬】の新入りだから」


「冗談でしょ?」


「あぁん? 俺じゃ実力不足って言いてぇのかテメェ!」


 ずっとダンマリだった五味さんが、ようやく言葉を紡いだかと思えば喧嘩腰だった。


「正直な事を申し上げれば君ではここから先の戦いについてこれない。これは善意での申し出だ。新しい【嫉妬】の陣営だから仕方なく連れて行くけど、早々に音を上げるのは目に見えている」


「お兄、そこまで言わなくても!」


 妹はせっかくできた友達に強く当たる俺にどう接していいものか、あたふたとしている。こういう時に寧々や凛華がいたのならすぐに頼っていただろう。しかしここには明海とその同級生しかいないのだ。


「これは彼女のためだよ。ここから先は裏の道。表で華々しい人生を歩む彼女には茨の道が過ぎる」


「でも、だからってそうやって放っぽりだすのがお兄のやり方なの!? もっと本人の主張を聞いて合うか合わないかを決めさせてあげてよ! 初理ちゃんだって事情があるんだよ。そうやって頭ごなしに否定されたら誰だって嫌だよ! あたし、そんなお兄は嫌い!」


 妹の必死な形相を初めて見た。

 まだ幼い子供だと思っていたが、一つ下なんだ。

 もうこれくらいの判断は出来るか。


「そうか。なら俺はもう何も言わない。彼女がここに来たのが自分の意思というなら連れて行くが、足手纏いだと判断したらその時説得するのは明海、お前だぞ?」


「勿論! やらずに決めるなんて絶対ダメだもん。初理ちゃんはあたしが守ってあげるからね!」


「別に守ってくれって言ってねーし」


「またまた〜照れちゃって!」


「こら、気安く触んな!」


 五味は要注意対象だって言うのにすっかり気を許して。

 情報だけ聞いて判断した俺と違い、妹は実際に見ての判断だ。

 全部を妹に任せるには危険だが、凛華の方でも探らせておこう。

 何事もなければいいが。


「ならば訓練場に急ぐぞ」


 パチンと指を鳴らす。

 すると俺の指定した相手と共に視界が揺らいで学園のダンジョン最奥へと到着した。

 俺の9個目の眷属、転移の魔道具だ。

 召喚時に結構いっぱい血を持ってかれたが、飯を食いながらの召喚で何とか事なきを得た。

 29000/30000の消費は流石に頭おかしいって。

 貧血しながら召喚したのを思い出して苦笑いする。


「え、あれ? ここ!」


「暴食の王、あんたまた何かを食ったわね?」


「喰うのが仕事だからな。それを制限されるとちとキツい」


「言うようになったじゃない。でも厄介ね、回避に使われたらそれこそ打つ手なしよ」


「使うたびに血が減るから状況によってだな」


 本当の情報に嘘を交える。

 眷属に設定してなければ使うたびに血を減らす。

 が、枠の限りで眷属に収めていれば血は減らないのだ。

 さっきはわかりやすく指パッチンを用いたが、当然用いずに使用することも可能だ。


「その情報、こちらに漏らしても平気なの?」


 左近時さんが訝しげに問う。

 一応俺たちは対立関係だ。手札を晒す事は危機に陥ることになりえないか? そんなありがたい申し出だ。


「別に不利にならんだろ。俺は平和主義者だぜ? そっちがその気ならとっくに滅ぼしてる。左近時さんには世話になったからな。今はまだ仲良くしてるだけだ」


「フン、すぐに私より偉くなった癖に」


「でもきっかけ作りには貢献してくれた。俺はそこらへん義理堅い男ですよ?」


「言ってなさい!」


 子供モードの時は随分と情緒が安定しないのか。

 やたらと喧嘩っ早い。メスガキ特有のツンツンとした気配が周囲に癇癪を想起させるが、俺と対立すればやばい事は肌で感じ取っているのか一触即発の空気にならずにいてくれている。


 しかしそれを敵対行動だと、裏切りだと指摘する者がいた。


「おいおいおいおい、パイセン! さっきから聞いてりゃ何だよ! まるで暴食の大悪魔と手を組んでるみたいな言い分じゃねーか!」


 まだまだ新入りの少女、ある意味ピュアな五味さんが【暴食】の王と仲良しな姿を後輩に見せつけてイチャモンをつけられていた。

 後輩からのイチャモンに、左近時さんは目を半眼にして面倒くさそうに向き直る。


「それが何か?」


「何かじゃねぇんだよ。あのクソ猫は言ってた。ウチらと【強欲】【暴食】は対立関係にあるって。だと言うのに仲良しってのは裏切りじゃねーのか?」


「藪から棒に何を言うかと思えば、あんたはまだ周りの状況がしっかり見えてないからそんなことが言えんのよ。【強欲】と【暴食】が敵? 敵なもんですか。本当の敵は私たちの方よ? エンヴィは私達地球の現地人を騙してその気にさせてるだけよ」


「その考え、すっかり【暴食】に染められちまってるな! 俺たちが悪だぁ? 俺たちは正義だ! 変ッ身ッ!」


 年相応の女の子の変身シーンはワクワクするな、と思っていたら妹に背後から両目を塞がれてしまう。なんて事だ!


「ああ! 何をするんだよ明海!」


「お兄を犯罪者にしないための判断です。お兄には凛華お姉ちゃんが居るでしょ? 他の子に現を抜かすのはダメなんだよ」


「彼女の怒りのぶつけ先は俺みたいだし、相手に先手を取られるのは不味いんだが?」


「お兄なら無事に生き残るって信じてる!」


 そう言って妹は俺の背後からスッと消えた。

 五味さんは紫を基調とした白の制服を纏い、そして身の丈程もある大鎌を構えて宣戦布告をする。


「俺の前に立つ邪魔者は、相手が誰でもぶった斬る! パープルディザスター見ッ参ッッ!」


 いちいち台詞口上と口調が男らしい。

 見た目の可愛らしさとのギャップが凄まじいな。

 けど……


「動きに無駄が多すぎるよ、五味さん」


「こっちの俺はパープルディザスター、だ!」


 力任せの攻撃で俺を倒せると考える思い上がりも若さゆえの過ちだろうか?

 軽く鳩尾に一発ボディブローを決めれば意識を失って昏倒する。


「まるで暴れ馬のようだね【嫉妬】陣営はそこまで切羽詰まってるの?」


「私も詳しくは知らないのよ。急にエンヴィが来たと思ったら新入りを紹介するって連れてきて、それきり」


「王が自分達の目的を語らず、相変わらず嫉妬パワーの催促を急がせてると?」


「そうね、そこは昔からずっと変わらないわ」


「お兄、【嫉妬】の王って?」


「俺の【暴食】や凛華のお父さんの【強欲】と同じ立場にいる相手だ。こちらに対して敵対意識を持っており、会話の場に姿を現す事はない。左近時さん曰く、黒猫の姿をしているようだ」


「女児向けアニメのマスコット的な?」


「お前そっちのアニメに明るかったっけ?」


「病院て暇でさー、端末の電波状況最悪だし、テレビ見るくらいしか暇つぶしできないんだよねー」


「それで詳しくなったと」


「凛華お姉ちゃんに我儘言ってDVDボックス買ってもらいました!」


 てへぺろ、と笑う妹。

 凛華もそれを一緒に見たのだろうかと想像すると微笑ましくなるな。

 そして残されたメンツにはこれから行う訓練に対して軽く説明し、ハードモードの訓練が始まる。


 一時間後にまだ余裕を残していたのは、魔法少女化した左近時さんだけだった。

 妹も、それより強いと言われてた勝也さんの親戚も、仲間呼びの制限を取っ払ったリザードマン軍団の進撃に轢かれて撃沈した。


「あんた、向こうの試練より軽いって聞いてたけど、こっちも十分異質よ? あっちの訓練受けてたからまだ多少受けきれたけど、なかったら私も危なかったわ」


 言って、左近時さんは吐息をはく。


「凛華達なら余裕で捌くんですが。だから一般の子を受け入れるのは早いって言ったんですよ」


「妹さんと、そっちの黒い子はいいの?」


「妹は俺の契約者ですし、そっちの黒いのは【強欲】の契約者でしょう。タフネスさを一般人と比較したらダメですよ」


「そこで伸びてるのと、私も一応【嫉妬】の契約者なんですけど?」


 左近時さんが腹パンもらって気絶中の魔法少女化した五味さんを横目に自身の立場を答える。


「俺はまだ【嫉妬】がどんな奴か分かりませんから。ですがこれだけは言っておきます。俺は攻撃手段こそ豊富に持ちませんがパッシブによる耐性に関しては負けませんよ? その耐性の数の多さと豊富さは随一だと自負しています。そして契約者は俺のパッシブを引き継ぐ。これの意味するところはわかりますか?」


「手を出せば痛い目を見るだけじゃ済みそうもないわね。でも私の話を聞いてくれる奴がウチの陣営に何人いるか……」


「一枚岩じゃない陣営とか大丈夫なんですか?」


「そこはうちの王の采配次第ね。人望の方については知らないわ」


 ダメじゃんか。

 二人で他の気絶者が復帰するまで軽い雑談をした。

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