第106話 素人向け【六王塾】

 完全予約制で始めた塾だったが、第一回の参加者は満員御礼で始まった。やはり世間一般の後ろ盾が大きいと客入りも多いのだろう。

 と言う予想とは別に、半分くらい俺は直々に名刺を渡した御仁で埋まってるのが幸いした。

 北海道からはアロンダイトの荷物係達。同じく北海道からバルザイの偃月刀のサポートチーム。

 東北で一度世話になったランクC探索者の二名がどんな教えをしてるのか興味本位で来てくれた。

 神戸からは犬飼真希さんと、ダンジョンチルドレン関連でお世話したご兄弟。車を回す為にわざわざ亜紀さんまでついてくるのだからすごい。

 この錚々たる顔ぶれに混じって、ネットで噂を聞いた一般人や、疾風団のワーカー仲間が揃って萎縮してるのはなんだか申し訳ない感じだった。

 だがそうも言ってられない。こうして期日を設けて集まってくれたのだ。企業主としてはこれをまとめなければならない。俺はマイクを手に取り司会進行を始めた。

 少し遅れて妹達が友達と思われる子を三名連れて臨時席に座る。

 よし、全員揃ったな。


「忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今日はみなさんに学園時代にあまりにピーキーすぎる才能を授かった為、無能扱いされた時に集めた技術をお渡ししようと思います」


「先生、質問!」


「はい、美和さん」


「出会った当時、すでに十分に強かった先生ですが、弱かった時が想像できません」


 会場内にドッと笑いが起こる。

 若くして有能ワーカー、Aランク探索者。その二枚看板を持つ俺が弱い時代があったと聞かされて、疑問に思うのも無理はないか。


「これを言うのは個人差もありますが、努力の結果としか言いようがありません。まず、俺の手に入れたダンジョンテイマーという才能は、自力で討伐したモンスターしかテイムできないと言う縛りがあります」


「うわ、えぐ……」


 どこかから漏れる声。そうなんだ、めちゃくちゃ大変だったんだぞ?


「もちろん俺はそれ以外の才能もなく、ステータスは一般人でした。あなた達ならどうしますか?」


「諦めると思います。だってダンジョン内のモンスターは才能がないと討伐できないですよね?」


 一般参加の女性が申し訳なさそうに挙手して語る。

 普通ならそうだろう、一般の道が開かれてるなら探索者を諦める道もある。でも俺にはなかった。


「それは誤解です。モンスターは今回教える予備知識を持って挑めば、案外倒せるものですよ? と言うのをご報告したくて俺がこの企画を作りました。これは俺ならでの苦悩で獲得した知識を皆さんに共有することで、今その場で足踏みしている皆さんの背中を押すことを目的としています。中央のモニターをご覧ください」


 意識を中央のモニターに向け、用意した映像を映し出す。

 それは俺が事前にチェックスタしたモンスターの弱点、嫌がる行為、習性、そして好物、夢中になる行為全般が記し尽くされていた。

 だが、たかがスライムだ。

 武器さえ持っていれば誰でも倒せる筆頭である。

 だが、学園の授業ではここまで教えてくれない。なのにこの詳しさ。それが俺の才能と合致し始める。

 テイマーなら実際に使役して、苦手とする部分を明確に映し出すのではないかと言う布石になった。


 続いてスライドが変わる。

 移ったのはゴブリンだ。ここから一気にグレードが上がる。

 ワーカーアント、コボルド、コボルドシャーマン、ナイトアンツ、クイーンアンツと並べていくうちに皆の興味は完全に俺に向けられていた。目をキラキラさせた、縋るような目つきである。


「これを、才能なしで葬ったモンスター群なんですか?」


「はい。学園一階層のスライムとゴブリンに至っては武器すら使わずに倒しています」


「えっ」


 流石に驚くだろう。スライムの体液は強酸。素手で触れば火傷じゃ済まない。


「まず順を追って説明します。俺は貧乏学生だったため、一般入学の道が取れずにFクラスからの参加になりました」


「あっ、なるほど。じゃあ武器を買うほどのTPはないのか。じゃあどうやって?」


「ホームセンターで軍手と殺虫スプレーを買ってきました」


「「「はい?」」」


 全員の顔が面白いくらいに固まった。一部感心したように頷く高位ランク探索者や妹達。


「確かに学園で売ってる武器は買えませんが、これくらいの出資くらいは出せます。誰にでも手が出るお値段だと思いますがどう思います?」


「そんなのでスライムが倒せるのか?」


「倒せませんよ。でも動きは止められます。まず軍手。こいつでやる事は一つ! スライムの好物である毒草を引っこ抜いて周囲に散らす事です。これで自分の望んだ場所に持っていけば、面白いように思い描いた状況になります。ですが必ず一匹だけ連れてきてくださいね? 才能の覚醒は大器晩成型程早い段階で起こりますが、早熟型ほど強敵を倒す必要が出てきますから」


「なるほどなぁ。でもスコップを持ってって、ガツンと上から叩くんじゃダメなのか?」


「それじゃあスコップが食われますよ。俺はクラスメイトが目の前で食われたのを見てますので、やめておいたほうがいいです。一匹倒して余裕を見せて、群れに突っ込んで食われました」


「OH、雑魚は雑魚でも油断するなって事だな?」


「ですね、モンスターは一匹一匹は弱いですが、群れると途端に凶暴さを発揮します。余裕は油断を生みます。と、口で言ったってなかなか理解できないと思うので、次のシアタールームまでお越しください。受付でお渡しした3Dメガネもお忘れずに着用してくださいね?」


 何が始まるんだ? と言う顔。

 全員が着用したのを確認してからスクリーンに映像の投影をした。

 全員の手元には軍手と殺虫スプレーが握られており、いつのまにかダンジョンに一人に孤立されてる状況になっていた。


 俺が全員に一度だけ実績を味合わせる為に用意したレクリエーションだ。

 すでに持ってる才能やステータスは剥奪し、一般人だった時のステータスでやってもらう鬼畜仕様である。


 スライムを無事討伐できた者から青いランプが灯り、油断して死んだ者から赤いランプが灯る仕様だ。


 みんなが協力しようにも、そのゲームは個人向け。

 実際に自分の持ってる能力は使えず、いつもと同じ距離感でやるとスライムにやられると言う笑えない仕様だ。

 が、何も持たないワーカー仲間や一般参加者は俺の言葉を鵜呑みにして成功し続けてる。

 ミスする者ほど本来の自分の能力に頼り切っている証拠である。


「くっそーまた死んだ。とんだクソゲーだなこれ!」


 そう声を上げるのは妹の友人枠、五味初理ちゃん。

 妹の同級生なのだから才能持ちなのだろう、しかし自分以外のクラスメイトが全員合格を出してるのを見て、一人だけ面白くなさそうにしていた。だから大声を出してSOSを出している。そんなところか。


「ゲームと思ってるようじゃダメだよ、スライムだって生きてるんだ。スキルだけに頼らずに攻撃してみて?」


「お前に言われなくたってやるわ!」


 当時の寧々を彷彿させる意固地さだな。

 でもやる気があるだけマシか。頭をポンと叩くと顔を真っ赤にしながら抵抗した。


「テメ、勝手に人の頭触んな!」


「ごめんごめん、妹はこうすると喜ぶからつい」


「俺はお前の妹じゃねぇ!」


 顔を真っ赤にしながら吠えられた。

 多感な時期にからかいすぎてもダメ、と。

 俺は心のメモに書き記して反省した。


 ◇


 一悶着あったが、全員が合格のサインを出したのでスクリーンを落として3Dカメラを取ってもらった。


「如何でした? 全員が初心の頃に戻れたと思います。才能のあるなしで大きく変わるのは討伐速度による効率だけです。しかし倒すと言う行為を諦めてはいけません。次は一般人の鬼門、ゴブリン討伐に進みますよー」


 明るい掛け声に対し、暗い表情を見せる者はいなかった。

 俺の教えに従えば、ホームセンターで買ってきたアイテムだけでも討伐できる。俺はそのレクチャーと練習の場を設けただけだ。

 一度死ぬ事で自分の悪い点がわかる。

 もちろんゲームだからなんでもやり直しができるが、前回死亡した時にシャドウもついてくるので油断はできない。

 相手の動きを理解して、リズムゲームのように頭を働かせれば、一般人枠の参加者でもゴブリンという鬼門を乗り越える人々は出てきた。


 その日の内にコボルドやワーカーアンツまで行った。

 苦労はしたがレクチャー通りにやって成功させる者がいた。

 無論すぐに成功できなくとも、回を追う毎に成功させてくれたら十分だ。


 ここで教えるのはダンジョン内での心構えであり、簡単必勝法ではない。

 経験の蓄積によって割り出した実践さながらのモンスターデータによる訓練なのだ。


 ありがたい事に一度目の塾に参加したものから後日才能覚醒者が出たようだ。

 ここの塾で習った授業が大変参考になったと宣伝までしてくれて。

 第二回も満員で席が空いてない。

 こうも人気が出てくると、教室を少し大きくするべきか迷うな。


 広げるための一工夫を勝也さんに申し出るか。

 なんなら工事費は俺の方で金を払えばいいしな。


 俺は取り急ぎ、アポイントメントを取るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る