第104話 クソみたいな人生(五味総司)

 俺、五味総司は損な役回りながらも人生の勝ち組だった。

 当たり枠のスキルを手に入れて、周王学園をAクラスで卒業。


 卒業後、親父の元で職を預かる。

 苦労はせず、脅し、暴力で奪う。まさに探索者にのみ許された権利で労働などせず暮らしていけた。

 親父もそうだが、俺も弟も真面目に働くなんてことができない人種なのだ。


 親父が預かった親戚のガキなんかは特にカッコウのおもちゃだった。兄貴にコンプレックスを抱いてた親父は、その息子と娘をとにかく追い込んだ。逆らえないように徹底的に。

 時には俺のスキルまで用いて「逆らったら死ぬ」そう体に覚え込ませた。


 散々遊びまくった結果、壊れた兄海斗。

 妹の方はまだ利用価値があるからと、病院に縛り付ける。

 クズの見本ていうのは親父のことを言うんだろうな。

 兄貴が憎いからって遺産を全部吸って、関係のないガキまで金に換える錬金術師。それが俺の親父五味竹相という男だ。


 ここまでやる、ということを何度も見てきたのもあって、俺達兄弟は親父にだけは逆らうのをやめようとこっそり誓い合うほどだった。


 そんな順風満帆な人生。

 生まれてこの方苦労なんざ知らない21年。

 22年目もずっとこんな生活が続いていくと思っていた年始。


 俺は託児所から失踪した親戚のガキ、六濃海斗が女連れで買い物なんかしてる場所に遭遇した。

 最初はちょっと挨拶程度のものだった。

 ちょうど近くにいた仲間を呼んで甚振るつもりだった。


 夏頃からクリスマスにかけてケチがつき始めてた運を取り返そうと必死だったんだと思う。

 けどあいつは生意気にも俺の攻撃に耐えた。

 なんなら俺のスキルさえ意に介さず払いのけて見せる。


 こいつは本当に俺の知ってる従兄弟のガキか?

 もっと別の恐ろしいものなんじゃないかと、病院から黙って退院したあいつの妹を人質にした。


 あとはもう殴る蹴るを繰り返した。

 きっと周りが見えなくなってたんだ。

 いつのまにか俺達を囲っていたウロボロスの連中が伸されてた。

 そして俺が海斗を暴行する姿をスマホで撮影する一般市民達。

 駆けつけるパトカー、だからって探索者が警察に怯える道理はねぇ!


 俺は抗った! 親父に頼めば揉み消してくれる。

 ここさえ凌ぎ切れば数日臭い飯を食うことになるが釈放される。

 そう思っていたのに、何故かパトカーに探索者ランク一位の女、麒麟字芳佳が乗り込んでいた。


 圧倒的絶望の中、それでも俺の未来のビジョンは明るかった。

 何も変わらない。捕まっても数日捕まるだけで出所できる。

 親父は警視総監とも顔が利く。だからすぐに解決する。

 自由になったら探索者の権限を存分に使って海斗の奴をさらに追い込んでやろうと思っていた。


 が、どういう訳か探索者協会のお偉いさんが出てきて俺の身分を剥奪しやがった。

 ライセンスの抹消と、二度と探索者として活動できない御触れを全国の協会へ連絡を入れてからお縄についた。


 流石にこれはおかしい。

 あまりにも話ができすぎている。

 パトカーに引き摺られる中で偶然目撃した事。

 それが海斗の奴と麒麟字プロ、左近時秘書は最初からつながっていたという事実だった。


 才能も持たない無能の一般人が、一体どんな手を使って取り入った? ムショから出たらそこら辺を聞き出そうと思っていた。すぐに親父に連絡を入れたが、釈放はできないと聞かされた。

 意味がわからない。御堂の権力をちらつかせればすぐに釈放できるだろ? 今までだってそうしてきたじゃないか!

 縋り付く俺に、親父の言葉は引き離すような物言いだった。


「お前のおかげでワシは御堂から干されたよ。六濃海斗は御堂にとって既にそれなりの立場を獲立していた。ワシよりも上にだ。憎たらしいガキだ。どこまでも兄貴に似てやがる! おかげで紙切れ一枚で今までやってきた事全てを白紙にされた。残念だがコネを使ってお前を釈放するだけの力はもうない。ワシのコネは全て御堂があって成立するものだったからな。それを失った今、ワシらは今までのように活動できん。時を待て、総司」


 それだけ言って親父は電話を切った。

 俺は見捨てられたんだ。あれだけ黒い仕事を手伝ってきた俺が、たかが一般人のガキを弄んだだけでこの始末。


 今まで通りに釈放はされず、そして言い渡された年数を務所で暮らさなくちゃいけない事を意味した。


 ふざけんな!


 務所の壁を力一杯殴った。対探索者用ゲージは俺の全力でも傷一つつかない。

 一体どんなゴリラを想定して作り上げたのかわからないが、傷一つ付かない壁が猛烈に海斗の余裕面を思い出させた。


 ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!

 なんで俺が、勝ち組の俺が! こんなみっともねぇ目に遭う?


 憎い! 海斗が憎い。今すぐにくびり殺してやりたい!

 今頃妹や彼女と幸せそうに暮らしてるあいつを想像の中でぐちゃぐちゃにしてやることしかできない己の無力さが憎い!

 そんな時、厳戒態勢の刑務所に現れた一匹の黒猫。

 そいつが俺に呼びかける。


『力が欲しい?』


 直接頭に語りかけてくる声に、俺は縋った。

 望みは叶えられ、俺の肉体は

 そして、過去一番最悪な人生を送ることになった。



 ◇◆◇



初理はつり、今日からいよいよ学園デビューね? みなさまに迷惑をかけない様にきちんと振る舞うのよ?」


「はーうっせ、知らねー」


「全くこの子ったら託児所うちに預けられても全然変わらないんだから」


「んな事よりよ、探索者になったらここに帰ってこなくていいって話、信じていいんだろうな?」


「また、そんなこと言って! 貴女は住所不定でご両親も存在しないみなしごなのよ? 一人で生きていけるなんて思い上がりは辞めなさい? 貴女は女の子なのよ? 都合のいい話を持ってくる大人は全員敵と思いなさい」


「んなこと知ってるよ。こんなでけー脂肪つけてりゃ嫌でも理解するっつーの」


「全くもう、こんなことで学園でも上手くやっていけるのかしら? 他のご家庭の子に迷惑かけたらダメよ?」


「んなガキじゃねぇっつーの、ババアはガキどもの世話でもしてろ! 行ってきます!」



 ◇



 俺、五味総司は黒猫のエンヴィと出会い、肉体を15歳の女児に変えられた。

 全くの別人ならともかく、性別の変更だ。

 こんな屈辱今まで味わったこともない!


 だが、一生を刑務所で暮らすこともなくなり、家出少女として託児所預かりになって現在に至る。

 名前は初理と名付けられた。

 総司じゃ男の名前だし、頑なに口を閉ざしてたら勝手にババアがつけてくれた。


 15歳という多感な時期と言うのと、性別と見た目が変わったことによる戸籍の抹消。

 ライセンスも剥奪され、銀行口座も使えやしない。

 そんな俺にとって託児所は地獄で出会った仏だ。


 ババアは口うるさいし、年下のガキ共は生意気だしで正直居心地は悪かったが雨風は凌げて飯は食えた。

 服とかもお下がりが貰えたが、女としての生活には苦労させられた。

 月に一度訪れる痛み。あればかりは今になっても慣れない。

 「全人類今すぐ同じ痛みを味わって苦しみにのたうちまわれ!」

 そんなフレーズを吐き捨て、世界を呪いながら乗り越えたものだ。


 しかしババアは俺の苦しみなど露知らず、お祝いとして赤飯を振る舞った。

 母親になるための準備と言われたが、俺は真っ平ごめんだった。

 なんで俺が男に対して屈しなきゃいけねぇんだ。

 ひれ伏すのはお前らだろ?

 生理中はそんな事ばかり考えていた。


 男だった時が恋しい。こんな痛みすら感じずのうのうと生きていられたから。

 同時に男に対する嫉妬心が湧き上がる。

 男だった俺が女である今、苦しんでるのに。

 のうのうと生きてる男どもが憎くて仕方がない!

 今すぐ替われ、そしてお前も苦しめ!

 そんな風に俺は日に日に病んでいった。

 末期と言って良い。俺は世界も憎けりゃこんな姿に変えたクソ猫も憎い。何よりもそんな甘い言葉に縋った男の時の俺が憎くて仕方なかった。


 女になってから一週間後、あのクソ猫が再び現れた。


『仲間を紹介するからついてきて』


 こっちの言葉を受け入れもせず、俺はとある空間に転移させられた。

 上下左右があべこべで、立っているのか寝ているのかもわからない空間。

 そこに現れるカラフルな髪の女児達。

 仲間っていうのはこいつらか?

 どいつもこいつもひねくれた顔をしてやがる。

 もしかしたらこの中の何人か、俺と同じ境遇のやつもいるかも知れねぇ。そう思うと少しだけ気が楽になった。 


『紹介するよ、彼女が君たちと目的を同じくする仲間だ』


「へぇ、生意気そうな顔ね。嫉妬パワーは強そうだけど力を振り回してるだけじゃ敵は倒せないわよ?」


「敵なんて知らねーな。向かってくるやつは薙ぎ倒せばいいんだろ?」


「あながち間違ってないわ。でも油断しないことね、敵は大悪魔【強欲】と契約してる御堂明よ。彼の表の顔は知ってるでしょ? 探索者協会ともダンジョン協会にも彼は息をかけている。実質この世界を牛耳るラスボスよ。勿論その手練れも一筋縄では行かないわ」


 緑髪の女が聞いてもないのによく喋る。


「ま、最初はそれくらいの意気込みでいいんじゃない? 負け続けて負け癖がつくのだけはやめてちょうだい。足手纏いは要らないの」


 黄髪の女が知った風な口を聞く。


「どうでもいいわ、新入りなんて鍛える暇もありゃしない。こっちとは年季が違うのよ、年季が」


 青い髪の女が俺のことなんざどうでもいいとぶった斬る。


「みんな、それまでだ。彼女もあまりの不歓迎なムードに萎縮してるだろう? せめてコードネームくらいは名乗らせるべきだ」


 チームリーダーなのだろう、灼熱の様に燃える赤い髪を揺らす女が俺の心を知ったかの様に話し始める。

 そして紫の髪をツインテールにした俺が名乗りをあげる。


の名前はパープルディザスター。立ちはだかる敵をこの大鎌でぶった斬るからよろしくたのんますわ、先輩方」


『これで自己紹介は済んだね。じゃあ新しく現れた大悪魔【暴食】について語ろうか』


 そこで俺は憎くて仕方のない六濃海斗の現在の姿を知った。

 それは【暴食】の王。人の領域を超えた化け物で、御堂明と対をなすほどの存在。

 それを知って肌が総毛立つと同時に口角が上がっていくのがわかる。


 ああ、憎くて仕方ない相手が敵としていてくれる。

 こんなに都合のいいことはない。

 早く敵として現れてくれることが今から楽しみで仕方ない。



 ◇◆◇



 確かに敵との戦いは楽しみになったはずだったんだが……


「どうしてここにいるんすか、パイセン」


 15からやり直して、再び仮ライセンスの取れる周王学園の一年生の教室で、やたら髪色の目立つ知った顔と出会った。


「あん? いつぞやの新入りか。何故ここにいるか? それは私がこの学園に通う新入生だからに決まってるだろう? 何を言ってるんだ、お前」


 黄色い髪はどこからどう見ても仮装してる様にしか見えず、俺と同じツインテールなので存在がモロかぶりだった。

 パイセンのコードネームはイエローヴァイオレンス。

 やたらゴツいハンマーをぶん回す女児である。

 見た目通りのクソガキ感が鼻につくが、こう見えて俺より長くこの部隊に所属してるベテランらしいので、せっかく同じクラスになったのだからと接近した次第だ。


「あんた見た目通りの年齢じゃないんだろ? ここきて平気なのか?」


「シッ、あんたはまだ新人だから気づかないでしょうけど。このクラスに御堂の手のものが居るわ」


「どこ?」


「あそこ」


 指された席は首席だった。

 だがそれ以上に驚いたのがその隣にいる女。

 六濃明海。海斗の影に隠れ、俺が人質にするもいつの間にか逃げ出してたガキだ。

 俺が嫉妬パワーを充填してるのを、首根っこを掴んで抑えるパイセン。あにすんだよ?


「バカ、何注視してんの。存在を気づかれるわよ! あれは御堂の中でも特に暗殺に特化した鏡堂の手の者よ。まだ隠してた駒があったなんて。あんたも正体がバレる前に身を潜めなさい」


 そう言われて興味のないフリをする。

 ただのガキじゃねぇか。

 何をそんなにビビってやがる?


 だがクラス対抗戦で行われた首席と次席の戦いは俺の想像を遥かに絶するものだった。

 今でも瞼の裏に焼きついている。

 あれがこの世の戦いであって言っはずがない。

 それほどまでに圧倒的な存在感と破壊力。

 その両方を携えておきながら、未だウォーミングアップと謳う二人に、己と一体どれほどの力量差があるか、嫉妬を覚えるばかりだった。


「あれはヤバいわ。鏡堂静香の全盛期に勝るとも劣らない」


 鏡堂静香は知っている。親父に付き添った会合で一度だけ顔を合わせたことがある、底の知れない女。

 絶対に手を出すな、そう親父から言われて従った。

 暗殺者の代名詞、その鏡堂静香を超える?

 そりゃ一体なんの冗談だ。


 じゃあそれに張り合えてる六濃明海は一体どんな化け物なんだよ!

 ダンジョンチルドレン計画って一体なんなんだ!?

 俺達は一体なんの実験に付き合わされていた!?


 その片鱗を知り、そして在学中アレを乗り越えない限り俺の天下はないものと知る。


 ったく、いつからこの学園は熱血系少年漫画に成り下がっちまったんだ?

 もっと陰鬱な弱い者いじめが跋扈する最高な環境だっただろうが!

 なんでクラスの全員が熱い戦いに目を奪われてやがる。

 やりにくいったらありゃしねぇ。


「怖気付いたか、後輩? 無理もないアレは異端だ」


「武者震いだよ、バカ。強けりゃ倒し甲斐があんだろ?」


「ふん、その余裕がいつまで持つか見定めてやる」


 弱音を晒せば置いていかれる。それだけは絶対ぇダメだ。

 多少の屈辱すらも嫉妬で燃やし、俺はこのクソみてぇな人生の難度の高さを改めて認識し、頭を抱えた。


 力なんて望まなけりゃ男でいられたし、あんな化け物と付き合わなくたってよかったのに。

 あー、俺の人生海斗に関わってからケチのつきっぱなしだぜ!

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