第103話 学園生活(六濃明海)

 今、あたしは初めての学園生活に胸を躍らせている。

 10年前、5歳だった私に突如降りかかった不治の病“魔石病”。

 治療するには莫大なお金が必要で、当然私とお兄にそんなお金もなく、病院のベッドを永続的に貸す代わりに治験と称したモルモット扱いを受けていた。要はこの病気にどんな薬が効くのかと言う薬物実験だ。


 お兄は自分がまだ子供である事を悔しがってた。

 あたしも、お兄に苦労ばかりさせてる自身が消えてなくなれば、と何度も思うようになった。


 それでも苦節10年。我慢した甲斐があった。

 お兄が探索者学園に通って、お金を稼いでくれたおかげで今までのベッド代と食費をいっぺんに払ってくれた。

 あの人達に内緒だったのは少し心配だったけど、もう大丈夫だからと笑って見せるお兄の横顔は忘れない。


 それからしばらくして、私の治療が始まった。

 お兄は親切な人たちがお金を寄付してくれたってその時は言ってたけど、あたし分かってるよ?

 そのお金の出所は全部お兄が用意したものだって。

 凛華お姉ちゃんや寧々お姉ちゃんがどこか作った笑みだったのはそう言うことなんだよね?


 お兄はあたしのことをいつまでも子供扱いするけど、これでも一端のレディなんですからね? そこんところを今一度聞かせる必要があるみたい。

 でも……お兄の背中にずっと背負われてきたのも事実だから、顔を合わせたらうまく言葉にできないんだ。


 そうして漕ぎつけた入学式。

 私は一般生徒としてAクラスに配属された。既に覚醒させた才能がSSRという点もあるし、お兄との特訓で三階層までなら散歩感覚で歩けるからだ。

 凛華お姉ちゃんは一学期で四階層のボスを単独撃破、お兄に至ってはソロで踏破すること十数回と言うのだからレベルが違うんだよね。


 だからあたしがAクラスの次席を張って良いのか少し心配だった。

 首席じゃないのかって?

 首席にはもっと凄い子が着いてるよ。

 

 なんというか生きてきた世界が違うっていうの?

 主張がすごいんだよね、見た目の。

 今時高校生にもなって漆黒の指貫グローブに眼帯つけてる女の子なんて居る?

 その癖妙に格式ばった口調で自身のことをわれって言うし。


 アニメに影響受けてるのかなって少し気になってる。

 その子の名前は鏡堂美影きょうどうみかげちゃん。

 お友達になりたい子第一位だ。


 そしてもう一人、アニメから出てきたような独特なカラーリングの髪色をした子が居る。三席に座る左近時紗江ちゃんだ。

 名前から察せるように、生まれも育ちも日本なのだけど、ご両親が海外に出張することが多く、日本よりも海外に多く住んでたことから髪を染めてるんだそうだ。

 イメージはメスガキっていうのかな?

 すごく生意気そうな雰囲気と態度なんだけど妙に冷静な部分も併せ持ってる。

 油断してたらすぐに席順を塗り替えられちゃいそうだ。

 この席は何が何でも死守して見せる! それが凛華お姉ちゃんとの約束だもんね!


 あとは、席順発表の頃から何かとあたしを睨みつけてる子。

 五味初理ごみはつりちゃん。

 本人曰く生理不順らしくて、その週は何もかも最悪になるのだそうだ。


 あたしにも同じ体験があるよと伝えれば「お互い苦労するな」だなんて意気投合したものだ。

 だから分かった、あれは睨んでたんじゃなくて表情がこわばってしまっただけ。

 私よりも背が小さい子ってあんまり居ないから妙にお姉さん風を吹かせてしまったけど、もしかしたらこの子もダンジョンチルドレン? だったらお兄に伝えないと!

 それとも先に凛華お姉ちゃんに伝えるべき?


 って、決めてかかっちゃダメだよね。

 ただ小さい子も意外と居るから。

 何でもかんでも自分に当てはめるのは悪い癖だ。

 初理ちゃんとは効果的な生理グッズで語り合った。

 向こうはまるで初めてその世界に飛び込んだみたいで戸惑ってたけど、使い慣れたらすぐだよって言って聞かせた。


 そういうあたしも凛華お姉ちゃんに散々迷惑かけてきたからね。

 その分の知識をひけらかしてるだけにすぎない。


 ホームルームが終わると座学のお勉強。

 お兄から教わった知識に比べたら穴だらけで欠伸が出ちゃう。

 でも周囲のクラスメイトは真剣に向き合ってる。


 きっと塾通いの子ってこういう感覚なんだろうな。

 知識の差が周りと違うっていうのかな?

 悪気はないんだけど、それだけクラスメイトと自分の教育の差を肌で感じ取っている。


「随分と余裕だな、六濃殿。だがあまり慢心した姿勢を周囲に見せるものではない。教師からの査定に響くぞ?」


 それは心配しての声掛けだったのだろう。

 妙に古臭い口調に、少しだけ笑いそうになった。

 でも言われてみたら確かにそうだ。分かっていても真剣に取り組む姿勢を見せる事で教師からの覚えも良くなる。

 学生をしていたら自ずと身につく知識も、あたしは身につけずにここに居る。

 それを考えたら美影ちゃんの言ってることも一理あった。


 ◇


 そして学食を食べたら午後から一年生全員によるクラス対抗戦。

 AクラスはBクラス以下と戦ってはならないという明確なルールがあるので、戦う相手は隣の席同士。自ずと美影ちゃんとなった。

 

「未だこの身は道半ば、しかし鏡堂の名において、他者に地を付けられる事など以っての他。されど相手は陽の者。全力を出すまでもなかろう。5%の力で相手をしてやる、かかってこられよ」


 美影ちゃんは随分リラックスした姿勢で構えをとる。

 その場で軽くジャンプしながら、いつでも動けるって感じだね?

 5%でこれか。

 ならすぐに100%を引き出させちゃうぞ!


「ふぅん? そんなこと言っちゃうんだ? あたしをそこら辺の生徒と一緒にしないでくれる?」


「戯言を。口だけ達者なもの程よく吠える。示すならば言葉よりも態度で示すべきであろう?」


「だね」


 あたしは右手を前に、左手後ろに構える。足は手とは逆方向に開き、ディメンジョンホールを同時展開した。


 ヴオンッ!

 その場の空気が一瞬で凍りつく。空間を掌握した合図だ。


「ほう、口で言うだけはある! これ程とは!」


「今更本気を出すって言っても遅いからね?」


「そうさのう、15%に引き上げてやらんと少し困ったことになりそうじゃ」


「減らず口を!」


「言葉は不要!」


 あたしのディメンジョンパンチが空を切る。

 早い! まるで初めからそこにいなかったかのように手応えがない。本当に強いんだ、この子!

 いつしか未知への恐怖よりも興奮の方が上回る。


「陰陽-火-の術、焔」


 それは空中に突如現れた狐火。

 美影ちゃんの仕業であろうことはわかる。

 未だにその姿がどこにいるのかわかんないけど、空中に現れた火は数を増やしてどんどん、どんどん大きくなる。


「戦闘中に対戦相手を見失うなど愚の骨頂であるぞ?」


 意識が狐火に吸い寄せられている真後ろから、その言葉が響いた。


「鏡堂流伏魔術・表技──光閃レイピア


 美影ちゃんの二本の指に禍々しいまでの魔力が込められた。

 あれを食らったらまずいと直感が警鐘を鳴らす!

 直後に腹部へ鈍い衝動。

 続いて最大限に大きくなった狐火にあたしは包み込まれて大炎上する。


「──滅!」


 クラスからの熱狂的な歓声が上がる。

 あまりに圧倒的すぎたからだ。

 でもだからってこれで倒したと思われたら凛華お姉ちゃんに怒られちゃうからね?


「──戦闘中に対戦相手がなんだっけ?」


 大きく燃え広がった炎があたしの広げた右手に全て飲み込まれる。

 左手は握ったまま。これがディメンジョンゲートを掌握するときに初めに習った基本戦術だ。

 手を開くことでオープン。握る事でクローズ。

 これを体に馴染むまで徹底的にやった。

 だから攻撃の出し入れは自由自在なのだ。


「バカな、無傷だと!?」


 初めて動揺を見せたね? どんなに偉そうにしてたって同年代。


光閃レイピアだっけ? あっちはすごく痛かったんだからね!」


 動揺しながらも懐から取り出した投げナイフ。

 あたしと同様に体に教え込まれてるのだろう。

 毒か何か塗ってあっても困るから、これも吸っておく。


光閃レイピアを食らって正気でいられるタフネス、これは対戦相手の脅威度を見誤っていた我の落ち度か!」


「歯ぁ食いしばれ!」


 歯と言われて咄嗟に顔面をガードする美影ちゃん。

 正直すぎるよ、あたしはガラ空きのボディに左ジャブを喰らわせた。


「ぐっ」


 勢いをつけたのだけど、あたしの筋力じゃ威力はたかが知れてる。

 だからこれには続きがあるんだ。


「こっちはおまけ!」


 先ほど吸収した狐火と、投げナイフの複合攻撃を合わせてお見舞いする。

 これはディメンジョンゲートの解放に位置するが、あたしはそこから拡散の他に収束を身につけていた。


「バンッ!」


 親指を上に、人差し指と中指はまっすぐ、薬指と小指は畳んで拳銃の形にすることで発動する。

 これにする利点は、吸収した時と同じ形にならず、不可視の弾丸になって真っ直ぐに飛び出してくれるから。

 着弾と同時に効果が発生。

 美影ちゃんが今度は炎上する番だった。


 慌てふためくクラスメイト達。

 もはや自分たちが異次元の戦いをしてるなんて気にもしてなかった。

 ただ自分と張り合える相手がいるのが嬉しくて、意地の張り合いをしてしまったんだ。


 業火が燃え尽きたあと、出てきたのは美影ちゃんの制服を被せた丸太だった。発想がいちいち忍者だよ!

 きっと突っ込みたいのはあたしだけじゃないはず!

 でも、その実力の高さからして本当に忍者なのでは、と思わせる戦いぶりだった。


「我にこの姿を取らせるとは、六濃明海、天晴れである」


 バサァ、と真上から羽ばたく音が広がった。

 見やれば上空に鎮座している怪しい影。

 よく見れば真っ黒なピチピチのレオタードを纏った美影ちゃんだった。しかしそんなエッチな姿よりも印象的なのは背中から生えた鴉のような濡羽だろう。

 忍者で鴉天狗とか属性盛りすぎだよ美影ちゃん!


 結局その日の対抗戦は引き分けで終わった。

 けど、口だけじゃないと分かってくれたのか、硬い表情は綻び同士と認めてくれるようになった。

 その日からお互いをコードネームで呼び合う仲になった。

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