第102話【強欲】と【暴食】②

 人形にように大人しくなった勝也さんのお母さんを引き連れ、俺達は三重のAランクダンジョン最下層に来ていた。


「あら、この商品ウチのよ? 毎度ご贔屓にしてもらってます」


「え、あぁそうだったんですね。俺も便利でよく使わせてもらってます。でもちょっと不思議な事なんですけど、俺以外の人が使うとどうも禍々しい気配を出すみたいなんですけど、刹那さんはご存知ありませんか?」


「まぁ、不良品を掴ませちゃったかしら。貸してくださる?」


 白々しいな。これはきっと笑顔で乗り切るタイプだ。

 男は女の笑顔に弱いから。俺も凛華の笑顔に将来騙される日が来るのだろうか? いや、雰囲気に呑まれるな。


「どうも俺以外の人が触るとバチッとなってしまうようです」


「特に何ともありませんが?」


 俺の手から持って行き、その場で振ってみせた。

 アレ? おかしいな。契約者には発動しないのか?

 確実に向こうの策略だと思ってたが、気のせいか。

 いや、あえてしらばっくれた可能性もあるか。


「どうも気のせいだったようです。お手をかけさせてすみません」


「良いんですよ、ハイ、どうぞ」


「ありがとうございます」


 刹那さんから返してもらった三角系の石を俺はそのまま口に入れて食べた。

 なぜ食べたのか? これは今まで向こうにとってのGPSのような役割だった。しかし今日から協力関係になるのだ。

 もう必要ない、だから食べた。それだけである。


「あらあら、そんなにお腹が空いてたの?」


「緊張で小腹が空いてしまっていたみたいです。【暴食】になってから特に燃費が悪くって。意外と美味しいですよ? 無機物でも食えちゃうのが【暴食】の良いところですね、空腹に困っても長生きできる」


 刹那さんの心配そうな声に、俺は若気の至りを発動した。


「フン、白々しい。君はそれを初めから食べる気でいたな?」


 御堂さんの鋭い指摘。俺はバレたか、と舌を出しておどけて見せる。お互いに隠し事ばかりでは協力関係も築けやしないからな。


「流石【強欲】の王ですね。お察しの通りです。食うことで効果を取り込む性質に目をつけた時からこれを口にするのを待ち望んでました」


「ではなぜ今日まで取っておいた?」


「先ほど申しました通り、俺以外の誰も知らない便利すぎるアイテムという条件が引っかかっていました。それも他人が触れたら拒否反応を起こすおまけつき。ああ、これは俺の居場所を特定するためのアイテムなのだなと、それを相手に了承もなく食べたら交渉の場が消える可能性があった。だから今日まで取っておいたんです」


「【暴食】の癖に随分と我慢強いではないか?」


「お陰様で親戚から育児放棄をされて生きてきましたので。おかげで好物は最後まで取っておく癖がついてしまいました」


「そうか、アレがどんな手段で追い詰めたのかは知らないが。それが君の成長を促したのなら良い仕事をしたものだ。六濃海斗、君を知性ある王として認めよう。晶正のように冷静さを欠かずにこの場で出会えた幸運を私は喜ばねばならん」


「父さんはやはり権能に飲まれて?」


「おや、そこから先はタブーではなかったのかね?」


「そうでした。では立ち話もなんですし、才能のお披露目に移りたいと思います」


 俺は懐から10本の魔封じの瓶を取り出し、一本ずつ開封してモンスターを顕現させた。

 どれもがAランク。中には合成でしか見たことのないモンスターもいる。


「なるほど、確かに10匹。こちらに襲い掛からず直立不動だ。支配は完了してるのかね?」


「間違いなく。お手でも伏せでも命令をしてみてください。俺が指示を出してそうさせますので」


「この錚々たる顔ぶれのモンスターを操るか! はは、心が躍るな。どぅれ!」


 御堂総帥は命令ではなく攻撃をした。

 【強欲】の力なのか、まるで意図のわからない血の海がそこに広がった。

 ランクA9のアルテマビーストが息絶えてその場で寝転がった。

 しかし、いつまで経っても消滅はしない。

 ただ、俺の使役枠が【10/10】から【9/10】へと減っていた。要するに目の前で奪われたのだ。


「酷いじゃないですか御堂さん、俺から直接奪うなんて」


「君だって刹那の魔道具を直接奪っただろう? これはほんの意趣返しだ。それとも返して欲しいかな?」


「いえ、差し上げます。合成レシピはありますしいつでも作れるんで」


「強気だな、王の胆力は合格点をくれてやっても良いか」


 流石この世界を支配する王。一筋縄では行かないか。

 俺はここでもう一手仕掛ける。もちろん揺さぶるのは精神攻撃の方だ。


『そうですよ旦那様』


『旦那様、素敵です。抱いて!』


『たまにはゆっくり過ごしても良いんですよ、旦那様?』


「む、これはなんだ!? 刹那が複数居る。静香のドッペルゲンガーは封じているはずなのに、何故だ?」


「おやおや、モテモテで羨ましい限りです。年を重ねても尚お若いことで」


「君の仕業か、【暴食】の」


「失礼、従者の心の内を知りたいのではないかと思いまして、少しだけ余計な世話を焼きました」


「本当に、余計な世話だよ。つかぬ事を聞くが、これはモンスターか?」


「はい。ランクA5、名をジェネティックスライム。性能もさることながら、接触した相手の身体、スキル、心までを再現して身内に潜みます。これでうちの従者はメンタルがやられましたね」


「君もなかなかエゲツナイな」


「初めて扱うモンスターだった物で、どれだけ相手に寄せられるか熱を入れすぎました。おかげで従者の1人がやたらボディタッチを繰り返すハメに。用法用量にはご注意を」


「そうか、ソレも頂いても?」


 相手の才能は傀儡師。

 同時使役枠は分からないが、指定した対象を乗っ取ることができるダンジョンテイマーと似たようなスペックを誇る。

 なんだったら上位互換ではないかと身構えるほどだが……


「勿論ですよ、こいつのレシピは比較的低グレードから生み出せますので。誰か呼び出したい方でも居ましたか?」


「それ以上詮索しないでくれると助かる。が、君への評価は一気に上がったよ、【暴食】の」


 なんだ? どこに評価のポイントがあった?

 アルテマビーストではなく、ジェネティックスライムの獲得で相手の疑心の雰囲気が変わった気がする。


「そう言っていただけたらありがたい限りです」


「モンスターを同時に10体使役出来るのは確認した。では最後に合成の方を確認させてもらおうか?」


 流石にこれで終わりではないか。

 向こうの気持ち一つで契約が白紙になるかもしれないのだ。

 俺は手持ちの八体をランダム召喚で新たな一体を作り出した。


 と、同時空間が白一色に染まる。

 あまりの眩しさに目をあけられずに居た。


『おやおや? おやおやおやおや。ここは何処だろう? 私は天空で昼寝をしていたと言うのに。気づけば知らぬ場所に呼び出されている。そこな少年、君の仕業かな?』


 脳に直接呼びかけてくる。それも大音量で。

 

「ああ、俺が喚んだ。喚んだと言うか合成させた結果あんたが来た」


『ふむ? ふむふむふむふむ。よくわからないが私は帰る手段を無くしてしまったようだ。ああ、愛しき天界。と、自己紹介がまだだったな。我が名はカマエル。大天使が一柱である。コンゴトモヨロシク』


 大天使!? そんなものがモンスター合成で出てきてしまって良いのか? ランクは確実にA以上ある。だと言うのに俺の使役下に置かれていると言うのだから驚きだ。

 いや、現にランク外の吸血鬼、シャスラも使役下に置いたことがあるので今更か。

 でも大天使かー、急に世界感がぶっ飛んだな。


 が、御堂さんだけは信じられないとばかりに震えている。

 いや、違う。怒りに拳を振るわせているんだ。


「大天使!? 大天使まで従えるか【暴食】の! 私がこれの下級存在にどれほど煮湯を飲まされたか知る由もないだろう! そうか、これがダンジョンテイマーの真の力! 異界の上位種族すら合成して仲間に引き入れるか! いったいどれだけ懐が深いのだ!?」


『そこな者はどうかしてしまったようだ、我が主』


「ナイーブな問題なのであまり突っ込まないでやってくれ。それよりお前」


『私にはカマエルという名があります、主』


「ではカマエル、眩しいので少し光を弱めてくれるか?」


『なんと!? それは我に裸を晒せというのですか?』


 俺たちの目を潰してる理由はそれなのかよ。

 天使という上位存在なのに恥ずかしがり屋とか……もうちょっとシャスラを見習えよお前。あいつは逆にこっちが恥ずかしくなるくらい堂々としてたぞ?


「服なら用意してやるから」


『一番上等な羽衣を所望します!』


 んなもんねーよ!

 妹のお下がりで我慢しろ、ちびっ子が。

 カマエルは小学生高学年ぐらいの見た目である。

 流石に体型の伸縮は出来ないようで、赤ちゃんプレイ再びはお預けとなった。


「さて日本の服もそれなりに高性能だろう?」


『羽衣には及ばぬが、なかなか良い。一つ注文をあげるとすれば、翼用の穴が欲しいところでありますな』


 何処か不貞腐れた顔。

 気高き天使が日本のファッションに染まった姿はなんとも敗北感に満ちていた。

 メンタルの弱いやっちゃな。


「さてカマエル。これからお前はうちの家族になるのだが……」


『ふむ、なんでも頼ってくれても良いぞ? こう見えて私は強いのだ!』


 えへんと胸を張る姿は愛らしいのだが、御堂さんの怯えっぷりや気の触れ様から察するにマジもんに強いのだろう。

 だからこそ、暴れないように契約しておく必要があった。


「じゃあ、チクッとしますね〜?」


『にゅぉおおおお!?』


 相手が干からびるまで体液を飲んでやった。

 然るのち目覚めるカマエル。


「私は目覚めた!」


 両手を広げ、手を広げた分だけ足を広げる元気もりもりポーズ。

 さっきまで裸だった事を気にしてたのが気にしなくなった。

 若干久遠みが混じってしまったがそれはそれで構わないだろう。

 爆音の念話も消えたし、日常生活を送るのに支障をきたす事もない……背中で感情を表現するようにわさわさ動く翼さえ気にしなければ。


「【暴食】は大天使でも迷わず手を出すのだな。恐れ多いやらなんとやら」


「こいつが暴れ出さないための措置ですよ。契約しとけばいつでも手元に引っ張って来れますし。使役者としてのマナーのようなもんです。それに相手が格上? 上等ですよ。俺は最底辺から格上を殺して従えてきた。人間じゃないから恐れるって考えは基本無いですね」


「まるですでに他の上位者とも契約してるような口ぶりじゃないか」


「あーー、元々ここに居座ってた吸血鬼覚えてます?」


 三重ダンジョンの深層、そこに封印されていたシャスラ。


「覚えているとも、封印したのは他ならぬ私なのだからな」


「そいつとも契約を結んでいます。そしてそのお兄さんとは盟約済みです」


「上位存在アーケイドと盟約を結んだ!?」


「お陰様で俺の耐性がハイヒューマンではありえない数値になってます。これはアーケイドに気に入られ、血を飲む事を許された証。ソウルグレードを上げずにソウルグレード3の耐性を獲得してます」


「どうりで私の傀儡が効かぬわけだ」


「酷いな、隙を見て支配しようとしてたんですか?」


「また裏切られては敵わんからな。念には念を入れてというやつだよ」


「あはは、凛華さんとおつきあいさせていただいてるのに、裏切れるわけないじゃないですか。俺に親殺しをさせろとでも?」


「それでもだよ【暴食】の王。ダンジョンチルドレンを戦力と見ながら肩入れをする理由を聞きたい。私が彼女たちをどんなふうに扱うかわかっていてこの話に乗ったのだろう?」


「そうですね、何処から話せば良いものか……まずは俺が王になったこと。そして王の力で俺が死ぬまで契約者が不死性を持ったことがきっかけです」


「そうか、寿命を乗り越えたのか」


「あくまで俺が死ぬまでです。復活させたことはないからわからないので、確信は持てません。暴食はアーケイドと非常に相性が良く、血を媒介にしてさまざまなものを呼び出します」


「復活の際も血が必要になる可能性があるのだな?」


「それはありえるでしょう。だから契約者を同時に喪失した時が怖い。ジェネティックスライムでは多少似通わすことができますが、あくまで本人復活までの時間稼ぎにしかなりません。だから、俺は血液の上限を増やすためにソウルグレードを上げたい。そのためには序列戦で勝ち上がり、新たな種族と盟約を結ぶ必要があるんです」


「その為に私に近づいたか?」


「はい、俺は王としてもまだまだ未熟。先輩の王とはなるべく仲良くしたい」


「実の父や、妹と確執ができても?」


「それを食らうことで成長できるのならなんだって飲み込んでやる。忘れちゃいましたか? 俺は【暴食】の王なんですよ?」


「フ、フハハハハ。そうだったな。私の指導は厳しいぞついて来れるか?」


「死に物狂いで食らいついてやりますよ」


 俺と御堂さんは獰猛な笑みを浮かべる。

 互いの欲望をバチバチにぶつけ合い、共闘の握手を交わした。

 清濁飲み込んでの共闘。

 あとは俺が振り落とされないように精一杯しがみついて行くだけだ。

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