第89話 獅子身中の虫(瀬尾真緒)
私の名は瀬尾真緒。Aランク探索者でギルド『バルザイの偃月刀』のマスターをしている……というのは表の姿。
その裏では大悪魔の侵略から、人々を守る為の正義の代行者──魔法少女をしているの。
と、言ってもとっくに少女とは呼べない年齢よ。
同年代の子なんか小学生のお母さんをしてると聞いて卒倒したもの。それくらいの時間を、私は戦いに打ち込んでいる。
でもフォームチェンジは恥ずかしいから同じ魔法少女の前以外ではしたくないわ。
だっていい歳したおばさんがポーズをとって口上を述べるのよ?
端的に言って黒歴史だわ。思い出したくもない。
今でこそギルドの看板を背負って立つ私だけど、若い時はそれなりに無謀な橋を渡っていたわ。
でもね、嫉妬パワーが切れない限り変身中の私と今の私の姿は一致しない。それくらい別人になるの。
それこそ17年前の全盛期の姿よ。
今と見分けがつかないくらいの可愛さ。
軽く嫉妬しちゃうくらいのね。
だからかしら、私がこの力をいつまでも手放せないのは。
歳を重ねる度に全盛期の若さを思い出す。
あの頃に戻りたい、その為に……私の行動は空回りする。
口では正義の為と言いながら、心の中では言い訳ばかり。
本当はもうとっくにわかってる。
エンヴィは、正義の味方でもなんでもないって。
でも私は、彼の力を手放せない哀れな子羊。
そんな子羊の願いを成就するために、悪の存在は必要不可欠。
私は私と同じ境遇の子を救う為に、魔法少女ネットワークにリンクを繋いだ。
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魔法少女ネット#306【聞いて、大変なの】グリーンパニッシュ
レッドオーガ:貴女から連絡が来るなんて久しぶりね、どうしたの?
グリーンパニッシュ:大変よ! 御堂の他に新しい大悪魔が現れちゃった!
ブルーオーシャン:なんの話よー、まーだあんな黒猫に振り回されてるの?
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ブルーオーシャン、我那覇英美里は沖縄のギルド連盟の会長補佐を務めるエリートだ。
誰よりも大人になるのに憧れて、そしてある年齢に至った時から子供の頃が一番幸せだったと嘆く少女。
私と同じ、青春時代を戦闘で明け暮れた哀れな犠牲者。
表面上はエンヴィを悪く言うけど、いまだにここに顔を出す以上、私と同様に敵を求めている。
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イエローヴァイオレンス:つーかさ、要点を言ってよ。こっちも暇じゃないんだから。
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イエローヴァイオレンス、左近寺美奈は当時虫も殺せなかったほど気弱な少女だった。
本の虫で、正義とかそんなものに興味をまるで示さなかった。
でもそれは同級生のスポーツ少年との邂逅で変化した。
片思いをした相手が「もっと明るい子がいい」そう言った。
その日から自分なりに明るくなろうと頑張っていた。けどその相手は、美奈と一緒にいる友人に告白した。
その日から自分以外を信じきれなくなった。
友達だった少女と、片思いの少年を同時に失い、本に再び逃げ込む美奈。そんな時に忍び寄ったのがエンヴィだ。
お陰で彼女は変わった。
否、嫉妬に狂ったと言った方が正しいか。
ここに集う相手は誰もが皆心に傷を抱えている。
エンヴィはそんな少女に忍び寄って契約を結ぶのだ。
正義の味方という方便を使って、私達に【嫉妬】パワーを集めさせている。その力を魔法少女としてのパワーに変換させて、私達は便宜上悪を挫いている。
誰もが己を保つ為に。
ここにいるメンバーは、皆同じ穴の狢だった。
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レッドオーガ:落ち着いて、イエロー。まずは向こうの狙いを紐解いてからでしょ。相手の名前は確認できてる? 話はそこからよ
イエローバイオレンス:チッ、トップ探索者様はお高く止まっていけねぇや
ブルーオーシャン:なんや、うちらもギスギスしてきたわ。グリーンちゃん、はよ話したほうがええよ?
グリーンパニッシュ:ええ、そうよね。彼はまだ子供の見た目をしてるからみんな最初は油断すると思うわ
レッドオーガ:子供? 悪魔の契約対象は欲深い大人がお約束ではないの?
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レッドオーガはこの中で一番理性的だ。
しかしここに顔を出す以上【嫉妬】の力を手放せないのも事実だろう。彼女もまた大切な存在を奪われたと語っていた。
その相手こそが御堂。
彼女の場合、悪の存在がイコールで繋がっているから私達の正義の味方ごっこに協力的だった。
本人は変身なんかしなくたって十分強い癖に、それでも切り札としてその力に縋っている。まるで御堂の真の姿を知っているかのように。
この中にいながら、全く別の所を見ているのだ。
そのスカした態度をなん度も気に入らないと妬んでいたのは内緒だ。
私達は味方内にも【嫉妬】の対象者が存在している。
仲間を信じ合う絆ではなく、信じきれない嫉妬によって繋がった一枚岩ではない集まりなのである。
そんな場所に現れた【暴食】。
エンヴィはいつも以上に慌てふためいた。
まるで自分の能力との相性の悪さを示すように、手を出すな、早まるなと釘を刺した。
敵を欲している私達に、手を出すなと言ったのだ。
その真意を測りかねた私は……いっそ公開する事によって相手に手を出させる計画に移った。
我ながら性格が悪い。
いつも通り被害者を装って、正義を焚き付ける。
そうするだけで勝手に正義の力を自己解釈した仲間が、勝手に事を大きくするから。
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グリーンパニッシュ:六王海斗、ギルド『ロンギヌス』に所属するワーカーの六王海斗よ。みんな気をつけて!
レッドオーガ:そんな、彼が大悪魔!?
ブルーオーシャン:お、レッドちん知り合い?
イエローバイオレンス:おっしゃ東京の『ロンギヌス』だな? 『グリードポッド』毎まとめてぶっ潰してやらぁ!
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思惑通りイエローバイオレンスが釣れた。
彼女さえ釣れればこちらは待機するのみ。
ブルーオーシャンも、都合のいい相手ぐらいに思うでしょ。
それにしても意外だったのはレッドオーガの方だ。
まさか彼とすでに面識を持っていたとは。
私は追及されるのを避けるようにリンクを切った。
しかし逃さないとばかりに端末のコール音が鳴り響く。
着信相手は『レッドオーガ』こと麒麟字芳佳。
相変わらず嗅覚だけは鋭い女だ。
「お久しぶりね、瀬尾さん」
「ええ、随分と久しぶり。今日はどのような案件で?」
ギルド内の通話は防犯上録音されている。
だから念話でついさっき会話した事を察知されないように、表向きのやりとりでワンクッション挟んだのだ。
要件は【暴食】の大悪魔の契約者、六王海斗の事だろう。
「ダンジョンエクスプローラーの【MNO】の事よ。私の方にも案内が来たのに行けなくてごめんなさいね? せっかくのオフ会だと言うのに」
上手い。確かに彼女にも今回の招待状を送っていた。
言い出しっぺは『ロンギヌス』の秋津君だが、参加条件はダンジョンエクスプローラーのランキング30位圏内のプレイヤーのみ。
もちろん時期的に来れない人も多いのでほとんどの席が欠席になってしまっている。
実質【MNO】のために用意された催しだ。
秋津君にとってお膳立てされた催しが今回のオフ会の全貌だった。
それをうまく使って彼の情報を聞き出すつもりだろう。
「仕方ないよ。君はそっちの事実上トップだろう? 私も自身のギルド内で催すのならと言う条件で飲んだんだ。手が空かないのは私も同じさ」
「そう、それよりも彼はまたスコアを伸ばしていたのかしら?」
「彼とは面識が?」
先ほども聞いたが、魔法少女ネットワークで知った内容をこっちで共有するのは危険だ。
グリーンパニッシュは知っていても、瀬尾真央が知っているのはおかしいのだ。
何せ瀬尾真緒とグリーンパニッシュは別人でなければならないから。
「あるわ。Aランクダンジョンに参加してもらったの。その時のワーカーが彼よ」
そう言えば以前秋津君からそう聞いていたな。
てっきり話を盛る為の嘘の類だと思ったが、よもや本当だとは。
「てっきり秋津君の方便かと」
「あら、あの子の実力は本物よ? 私が保証するわ」
「【鬼神】からのお墨付きとは、彼への評価を少し上げるべきかな?」
「あら、貴女の彼への評価は低めなのね。意外だわ」
「才能はないと聞いていたからね」
実際に噂を真に受けるほど危険なことはない。
探索者の実績は、書類でわかるようになっている。
しかし彼の肩書きは自称。
低く見積もるのが当たり前だろう?
「君らしくない。よもや彼のそんな方便を信じたの?」
その言い方だと、彼には才能がある?
ではなぜ実力を隠して?
そうか……【暴食】の契約者であると隠す為!
でも暴食の力はそこまででもないと聞いている。
エンヴィはあれから何も言ってくれない。
私はレッドオーガからの回答に答えあぐねていた。
「麒麟字プロ、貴女の見解が是非聞きたいな」
なので率直に尋ねてみる。
魔法少女グリーンパニッシュからレッドオーガにではなく、Aランク探索者瀬尾真緒から麒麟字芳佳へ。
「そうだね、彼の力は一緒に行動することでようやく見えてくる。紙切れ一枚から読み取れる情報だけで彼を推し量るのはやめた方がいいとだけ。君も敵の多い境遇だ。私も人のことは言えないがね、彼を甘くみるのだけはやめた方がいいよ」
「ご忠告、感謝するよ。それはそうと最近どうだい?」
聞きたい情報のすり合わせは終わった。
あとは他愛のない会話を続けてから通話を切った。
ギルド上で連絡をやりとりするとそれなりに気を使うのだ。
「さて、彼はそろそろ授業を終えたかな?」
そう思って抜け出して会議室に赴くと、そこはもぬけの殻になっていた。ホワイトボードに目を向ければ、退出したのは二時間も前。
ではいったいどこに行ったのだろうか?
適当なギルド員を捕まえて主賓を見なかったかと聞けば……頭の痛いことに外に出たという。
それもうちのメンバーと一緒にダンジョンにだ。
確かにサポートについてレクチャーするように声をかけたが、今日の今日で早速ダンジョンに向かうとは計算外だ。
ワーカーにとってはフットワークの軽さが売りなのだろうが、オフ会の主催者としては主賓が欠席してるだけで色々と台無しだ。
それを言ったら途中で席を外す私も例外ではないが、ギルドは平常運転で運営せねばならないので仕方ないとも言えなくもない。
それはともかくとして!
彼女も彼女だ!
佐伯志帆。Bランク探索者にして、まだリーダーとしての実績の低い彼女は他のリーダーたちに嫉妬しまくっていた。
能力の低い自分と違い、コミュニケーションも万全な他リーダー達。そんな子が、額面上の紹介を真に受けたら絶対に連れてかないだろう素人を引き連れていく。
もしそれで怪我でもさせたら雇用を持ちかけた私の責任問題だ。
嫉妬パワーを集めるのに都合のいい子ではあったが、ここに来て空回るかと頭を掻きむしりたくなった。
六王海斗……君は一体どれだけこっちの事情を把握してかき回しているというの?
やはりエンヴィの言う通りこちらから手を出すべき相手ではなかった?
そんな葛藤に悩まされること4時間。
外出してから実に6時間後に、彼らは一人も怪我人を出すことなく帰還した。
その場にへたり込みそうになるくらいに安堵するが、メンバーの前で弱気は見せられない。
私はこのギルドの顔なんだから。
「ただいま戻りました、マスター」
「おかえり、佐伯君。そして六王君も。オフ会の主賓が外出するなんて前代未聞だよ? 君はもっとこう、常識を学びなさい」
「ごめんなさい。ほんの少しお手伝いするつもりだったんですけど、調子が良かったので最後まで長居してしまって」
「無事ならば良いのよ。貴方はサポート専門なんだから。あまり前に出て他の子達に迷惑かけないでちょうだいね?」
普通ならそれでこの話は終わるはずだった。
でも、当事者たちは顔を見合わせて肩を振るわせて笑いあう。
なんだろう、この疎外感は。
ここは私のホームグラウンドのはずなのに、まるでアウェイの如く蚊帳の外だった。
少しだけ、その反応に苛立ちを覚えた。
今まで彼女を率いてきた私と、今日会ったばかりのあの子。
なのに彼女たちの中では私より、あの子に少しだけ天秤が傾いたのだ。
それが気に食わない、ちょっとだけムッとする。
「聞いているの?」
「勿論、ですが彼は見た目通りでは無いとだけ伝えておきます」
佐伯さんはこのように私にまっすぐ言い返す性格だったかしら?
いつもは誰に対しても羨むような視線を送り、自信なさげに下を向くような子だった。
だと言うのに、今の彼女は私の言葉に耳を傾けない。
違う誰かに教えられた言葉を鵜呑みにしてしまっていた。
それは他ならぬ六王海斗の力なのだ。
これはエンヴィが恐れるわけだ。
私は知らぬうちに虎の尾を踏んでしまっていたことに気がついた。
「どうされました、瀬尾さん?」
あどけない表情からは窺い知れない強者のオーラが滲み出ていた。
少年だから、年下だからと侮っていた自分が馬鹿みたいで。
いつしか私は彼から空恐ろしいものを感じ取っていた。
あっこれは勝てない。本能がそう訴えた。
「なんでもないわ。それよりも佐伯さん、報告書は後で受け取ります。先にシャワーでも浴びてらっしゃい。通しの探索で疲れたでしょう?」
そう話を振るも、彼女たちはダンジョンから帰ってきたにしては妙に小ざっぱりとしていた。
みんながみんな六王君に視線を向けている。
たったの数時間一緒に行動しただけで、まるでエンヴィの術中から逃れてしまったかのように、彼女は本来のイキイキさを取り戻していた。
それを見て、私は自分の判断が誤っていた事を悟った。
エンヴィが嫌がるわけだ。
手を出すな。
大悪魔は一筋縄ではいかない。
これはエンヴィからの告白ではなく、私達魔法少女に対する警告だったのだ。
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この作品内の魔法少女はニチアサ的なのではなく、大きいお友達向けの深夜番組的な変身スタイルです。
一部衣装と言うよりメタリックなアーマー(可変して空も飛べる!水の上も走れる!)を装着し、見た目は奇抜。
カラフルな衣装と相まって、他者から相当奇異な目を向けられる存在となります。
基本装備はトンファー、ナックル、キャノン、ハンマーと魔法少女? と目を疑うものばかり。
変形ギミック付きで、ちょっと煩めのアナウンスも健在です。
(某ライダーベルトと同じアレ)
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