第90話 確かな手応えと成長限界
あの日、佐江さんらチームと別れ、俺はあてがわれた個室で体を休めた。サービスで出張シャワー室を出した時はみんな驚いてたっけ。
Bランクダンジョンは日差しがそれほどでも無いが、モンスターを掻い潜っての行軍だ。
汗はかくものだし、匂いだって気にしない訳ではない。
普段だったら女性同士だから弱音なんて吐いてられなかったのかも知れないが、だからこそ濡れタオルや消臭スプレー、出張シャワー室が喜ばれた。
メニューも女性が喜ぶヘルシーで活力の漲るものを中心に献立を考えたのも良かっただろう。
全くオフ会を堪能できなかったのはこの際置いといて、六王塾の第一歩としては順調な滑り出しだ。
と、そんな時。久遠から念話がくる。
『ムックン、ちょっと今平気?』
もしかして出張シャワー室での事だろうかと考えを巡らせる。
久遠には合鍵渡してるから、しょっちゅう遊びに来るもんな。
俺もオフだし、年上のお姉さんを引き連れてシャワーを借りにきたら何か言い分があるかもしれない。
勿論仕事モードだって分かっていても、なにかしらしこりは残るものだ。どうやって言い訳を講じようか思案しつつ、聞き返す。
『ああ、どうした?』
『実は、明海の事なんだけど』
妹の? 年上のお姉さん10人がシャワーを浴びにきたことには問題なし? 内心ホッとしながら理由を促す。
『あいつが無理難題でも言い出したか?』
『ううん、うちの事。変に気に入られてて、ムックンとの馴れ初めを聞きたがってくるの。どうやって断ろうか、でも変に断って嫌われるのも嫌だし。ムックン、うちはどうすべきだと思う?』
あいつめ。久遠にまでちょっかいかけてるのか。
そこら辺は凛華で決着つけたろうに。
変にほじくり返しやがって。
『そうだなぁ、ありのままを話せば良いんじゃないか? 俺と久遠の関係って利害の一致以外ないし、俺も人助けできて自信がついたし……って久遠?』
急に向こうが黙り込んだのを察して呼びかけると、
『うーー……直接伝えるのは少し恥ずかしいよぉ』
なにやら妄想を膨らませすぎていたらしい。
『何処か恥ずかしがる要点あったっけ?』
『……うちの主観が入ると突然恥ずかしくなるの!』
怒られてしまった。そう言うもんか。
『あんまり気負わなくたっていいんだぞ? アレは無利子での借金だし、タダじゃないんだ。一部大きく価値の下がったアイテム類はタダでもいいが』
“命の雫”の事だ。
借金は気の向いた時にでも返してくれればいい。
変に負債額を上げるつもりはないだけで、彼女にとってはそれが俺との唯一のつながりだ。
30億TP。
時価は当時よりかなり下回るので今や借金額1億5000万TP。
少なくなったとはいえ、学生のうちに返済できる額じゃないもんな。
彼女の場合は純粋な踏破力。俺のような裏技は使ってないのだ。
だからクリアすればするほど報酬は安くなる。
学園ダンジョンの罠だよな。あまり稼がせるつもりはないらしい。
『うちは気にするよー。ムックンみたいな人、ウチの周りにはいなかったもん。同級生も、血のつながった家族でさえ、お金の大きさにびっくりしてうちを捨てたもん。だから助けてくれるってだけでも神様なのに、ムックンはそれを得意がらないから、ずっとどうやって恩返しすればいいか迷ってるんだよぉ』
そういうことか。
『俺としたら妹が同じ病名だったから妙に親近感が湧いてしまってな。今や似たような病名の子ばかりが俺の周りに集まってしまったが、気負ってはないよ。俺は正しいことをしてると思ってるし、正式にお話するための準備も進めてる。久遠が思い詰める必要なんてなにもないさ。全部俺が好きで首を突っ込んだことだからな』
『ムックン、同級生とは思えない存在の大きさだよぉ。やっぱり神様?』
『何でそうなるかな? ただ、同年代より潜ってきた修羅場の数が違うだけの16歳さ』
『うふふ、じゃあそう思っておくことにするよ。明海との事も踏ん切りがついた。こんな事で相談してごめんね、ムックン』
『ああ、あいつが後輩になったらしっかり見張っててくれよ? あいつ親しい奴以外とはとことん距離取るから』
『心得てるよ。うちも当時そうだったから』
『なら、久遠が適任だな。寧々や凛華はそう言うのとは無縁だっただろうから』
『うふふ。うち、ムックンに頼られてる?』
『ああ、大いに頼りにしてるぞ?』
そのあと他愛もない会話で念話を終えた。
寝る前に翌日分の仕込みをしておいて、増血もしておく。
不思議なことに一度増血に使ったレシピは二度と利用できないと言う不便さがあるが、常に同じレシピに頼るなよと言う戒めもあるのかもしれない。
毎日基礎血液の半分を増やして、ついには【30000/30000】の大台に。しかし同時に厄介な情報も出てきた。
<増血限界に達しています。上限を上げるにはソウルグレードを上昇させる必要があります>
と言うものだ。
やっぱりこれ、人間のまま使うものじゃ無いんじゃねーの?
まだ眷属ストックを増やすのは時期尚早だなと今一度考えを改めるのだった。
◇
翌朝、オフ会で出せなかった本気をダンジョンエクスプローラーで出す。
「貴方の実力はこの域なのね、瀬尾さんが太鼓判を押すわけだわ」
ランキングに新しいネームを刻み終えて筐体から出ると、そこで昨日ご一緒した佐伯さんがランキングを見て唸っていた。
彼女も朝のトレーニングにダンジョンエクスプローラーを選択して軽い汗をかいたようだ。
ダンジョンに潜らずに勘を鈍らせないトレーニングアイテムとしてここのギルドでは重要視してるらしい。
筐体に向かうギルドメンバーは皆真剣そのものだ。
「お陰で度胸だけはつきましたよ」
「生半可な度胸でできる事じゃないでしょうに。あのメモ帳、相当な修羅場潜ってなきゃ書けるものじゃないわよ?」
「そこは、あまり突っ込まないで頂けるとありがたいです」
「そうね、無粋だったわ」
佐伯さんと和気藹々してると、別のチームだろう、リーダー格の女性が話しかけてくる。
「佐伯さん、聞いたわ。昨日の獲得TPは大したモノだったそうじゃない?」
「石塚さん、それは全て彼のおかげよ」
「この子? ウチの子ではないわよね?」
紹介された方は石塚さんと言うそうだ。
ゆるくウェーブのかかった髪を後ろに流し、女性特有のボディラインを前面に突き出して、目のやり場に困る人だった。
凛華も整っている方だが、彼女はダイナマイトボディという言葉がよく似合う。
それでいてそれぞれが引き締まっていてだらしなく見えないのだから恐ろしくバランスが取れている。
隙の無さから身体能力強化系かな?
と、いつまでも見てたら失礼だよな。慌てて居住まいを正して自己紹介をする。
「俺は六王海斗。今回はこちらのDEのオフ会の来賓として招待されてきました。そして瀬尾プロから直々に数日ここのサポート班の講習を引き受けることになりまして。彼女とはそのツテで」
「ああ、聞いてるわ。何でも凄腕の子が来るから失礼のないようにと。貴方がMNOなのね? って、瀬尾さんのスコアが抜かされてるじゃない!」
瀬尾さんのスコアネームを知らないので何とも言えないが、今日は本気を出しました。とだけ答えておく。
「彼は年齢で侮ると痛い目を見る手本のような子よ」
「そうなのね、同じ班で共に戦える日を楽しみにしてるわ」
「その時は是非、よろしくお願いします」
握手を差し出されたのでその手を受け取ると、一瞬にして浮き上がった筋肉が俺の手を握りつぶさんと万力の如く締め上げられる。
しかし俺は涼しい顔してそれを受け流した。
「佐伯さんの言うとおりね、私との握手を涼しい顔して受け流したのは瀬尾さんか、アロンダイトのマスターくらい。なのに君も耐えるんだ?」
「あらゆる状況に対応出来るようにと努力してます」
お互いにニコニコしながら、握手を終えると彼女はこの場を立ち去った。
「彼女は肉体操作系でしたか。お強いでしょう?」
「石塚さんはウチのギルドの実質No.2なのよ。それにしても彼女の洗礼をああも涼しい顔して受け流すなんて。基礎体力も高い水準にあるのね?」
「どうでしょうか。あまりそこは詮索してくれない方が助かります」
「ごめんなさい、知れば知るほど貴方のことがわからなくなるのよ。実は年上ってことはないのよね?」
どうやら俺を知りすぎて疑心暗鬼に陥らせてしまったようだ。
「年齢は見た目通り16歳ですよ。今年17になりますが」
「ますます謎だわ」
どうやら彼女の捜査は迷宮入りしてしまったらしい。
彼女ともそこで別れて、朝からトップテンの1〜6位をMNOで埋めてからロビー戻ると、そこでは帰り支度をしている荒牧さんと、その見送りをしている月代さんが居た。
あんまりお二人の邪魔をするのもアレだし、スルーしようと他人のふりをして歩き出すと……
「おーい、六濃君!」
呼び止められたので仕方なく踵を返す。
その横では月代さんが般若の顔でこちらを覗いている。
よし、話は手短く終わらせよう。
女子の嫉妬ほど拗らせるていいものはないものな。
「昨日は悪かったの。せっかくのオフ会なのにろくに案内もせずに」
「俺も別れた先で新しい出会いがあったのでお気になさらず。荒牧さんはアロンダイトにおかえりで?」
「おう、あまり長いもできんでな。月代君とも時間が持てた。あの時六濃君が気を利かしてくれたからじゃ」
言いつつ、月代さんから手渡されたジャケットを受け取って羽織る。その距離感は熟練の夫婦の域に達していた。
案外これくらいきちっとしてる人の方が荒牧さんに合うのかもな。
「いえいえ。貝塚さんにもよろしくお伝えください。俺は数日こちらで世話になってから帰還します」
「うむ、楽しんでいってくれよ? 北海道の食はまだまだ食い尽くしとらんじゃろ。それにダンジョンエクスプローラーでいつでも競い合える、君はワシの目標なんじゃ。では月代君行こうか?」
「はい」
荒牧さんもこっちに気を使ったのか、それともライオンを野放ししていくつもりもないのか、手綱をしっかり握ってエントランスから出て行った。
俺はさっさとその場を立ち去って、触らぬ神に祟りなしと我関せずを決め込んだ。
◇
それから数日。俺は確かな手応えを感じて北海道を発つ事にした。
その前日、実力も見せずにさるのかと言うから一緒の班に入ったら「聞いていた話と違う!」と随分と騒がれたものだ。
俺はサポートとしての応答だったのに、彼女側からしたら肩を並べてダンジョンを行くものだと思っていたようだ。
もちろん、実力も見せた上で誤解も解いた。
おかげで彼女からやたらアプローチかけられてきて困っている。
月代さんからはバルザイの偃月刀をかき乱す悪い奴認識されたし、良くも悪くも散々な日々。
でも、二つのギルドから『探索者』になるための後押しを貰えたのは大きい。後はどこから貰うかだが、そこは恭弥さん任せになるかな?
帰りの飛行機に揺られ、俺はそんなことを考えていた。
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今年の投稿はこれにておしまいとなります。
来年も投稿していきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
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