第77話 探索者への道⑥

 何度も通い慣れているのだろう、ギルドメンバー達の動きは迅速で、且つ洗練されていた。

 後に続く俺や荒牧さんの新人荷物持ちも、その掃討速度に舌を巻く。


 なんと言っても動きに無駄がないのだ。

 それらを可能とするのがギルド長の発するどこでも届く声。

 近くで聞けば、拡声器を使ってると思うほどの音量だが、ダンジョン内ではこうも違ってくるのだ。


 安心感が段違いである。

 あの人についていけば、安全だ。そんな共通の意識が連帯感を生むのだろうなと感じていた。


「荒牧さん、ギルド長の才能は音の系譜でしょうか?」


「流石にわかるか。うちのギルド『アロンダイト』は前ギルド長の得物であったが、跡を継いだ現ギルド長にも継承されている。しかしそれとは全く別にこのどこまでも響く声が何よりも結束力を高めているんじゃ。ワシも統率の系譜である才能を持つが、ここほど研ぎ澄まされた動きはさせられんよ。それこそ世界の広さを知ったわ」


 周王学園・北海道支部の首席は自らを井の中の蛙と自重した。

 久遠や犬飼さんも同様に、学園と現職のプロでは大きな隔たりがある。その隔たりをどうにかしない限り、この差が埋まることはないだろう。

 早くも俺のプレゼンが実を結ぶ形になるな、と内心でほくそ笑む。


 アロンダイトは規模で言えばウロボロスと同等の人員を誇る大クランだ。しかし烏合の衆ではなく、一人一人に役割が与えられており、それらを全員が交代してやる事でスペシャリストを育成する形となっていた。

 失敗しても班長の教え方が悪かったとし、罰則は与えない。

 しかし数年後には自分がその立場になり変わる為、甘えてばかりもいられない。

 どこがダメだったのか教えを乞う形で技術をものにするのだ。

 そんな職人の仕事が世代ごとに受け継がれていた。


 ギルドメンバー、と一言でいっても所属するチームによって役割が違うから、ここでは班と班長呼ぶ。

 その為ギルドマスターもギルド長。

 ちょっと聞き慣れない言葉が多いのは慣れるしかないな。

 斥候班、討伐班・近接、討伐班・弓、討伐班・盾、調査班、回収班。

 俺たちはこのうち回収班に配属された。

 主な役割はドロップ品の回収、荷物持ち、食料の給仕。

 要はワーカーの仕事をギルド内では探索者にやらせているのである。俺仕事なくないか? と思ったが、食事はからっきしだと言うことで一応出番はある様だった。


 稚内ダンジョンに存在するモンスターはゾンビ系が多い。

 腐臭の原因はモンスターによるモノだったのだ。

 スケルトンなどの骨のみのモンスターはおらず、生者憎しと探索者に牙を向くモンスター達。

 なんと言うか、奥にドラキュラでもいるのかと勘繰ってしまいそうなほど死者ばかりが蔓延している。


「よもやこんな場所で防臭スプレーが役に立つとは思いませんでした。みなさん、お疲れでしょう? 今温かい料理をお持ちしますのでしばしお休みください。足場が悪いのでシートを敷いておきますね? これ、濡れタオルです。よかったら使ってください」


 休憩の時間、ギルドメンバー達を労いながら声をかけて動いた。

 自分がただの客として振るわず、仕事を全うする事で顔を広める狙いだ。


「六濃君、君はいつもこんなことをしとるのか?」


「ワーカーにとっては当たり前のことですよ。雇われだからって手をぬけば雇用主は面白くありません。対価は仕事に応じて支払われるんですから仕事はしますよ。それでも無碍に扱われたなら、こっちだって二度と仕事を取らないぞって突っぱねればいいんです。なのでお互いに気持ちよく仕事ができる様に調整するのは当たり前の事ですよ。雑用がいるからこそ探索者は力が発揮できる。俺はそう考えています」


「実に合理的だな。君がうちの学園にいたなら重宝したんだが」


「たらればの話をしていたらキリがありませんよ。さてお食事の支度をしてしまいましょう。食材は俺の方で下処理してあります。荒牧さんは人数分の皿の用意と配膳する班にどの量のご飯が欲しいか聞いておいてください」


「作って渡すだけではないのか?」


 荒牧さんがそこまでするのかと疑わしげに俺を見る。


「本日の行軍から察するに、ここであまり時間を消費するのはギルド長にとって不本意かもしれません。今までは携帯食料を配っていただけでしょう? それを踏まえての時間経過の計算でしたら、食事に時間をかけるのは得策ではありません。温かい食事という都合上、スープはつけますが、肉料理を期待されてたら困ります。無論、可能な限り栄養がある料理は出しますが」


「なるほど作り手側にも都合があるわけか。口利きは任せておけ。少食の場合のレパートリーは?」


「口で言ってもわからんでしょうから写真付きのメニュー表をご用意してます。班の数分はありませんので、班長さんに順番で回してもらいましょう。その都度こっちに連絡くれたら対応します」


「相分かった。本当に至れり尽くせりだな」


「それが仕事ですので。俺としてもこの規模に同行するのは初めてですから、多少拙いところは出てしまいますが、そこは勘弁してください」


「十分助かっとるよ」


 伝達はうまくいったのか、はたまたメニューの物が実際に食べれるのか注文は殺到した。

 事前にいくつか作ってマジックバッグに仕舞っておいたのをそのまま出しても怒られまい。

 それくらい一人でやるのには無理がある。


 なんせ今日は100人規模で探索に来てるからな。

 この人数が一度に行動できるのは国内において二箇所。

 一つは北海道・稚内。もう一つは九州の桜島ダンジョンだ。

 あっちの方にもアロンダイトと双璧をなすギルドが存在しているんだとか。

 ギルドランクの上位にいないからって決して侮って良いわけではなさそうだ。


「なんと言うか、美味いのはともかく活力がみなぎる気がするのう」


 荒牧さんは俺の食事にその様な評価をくれた。

 もちろんギルドメンバーの全員が嬉しそうに食事している。

 割と浅瀬の方なので街に帰ればこれと似た様なものはいつでも食えると言うのに、男所帯というのはその過程を面倒くさがるからこんな出来合いのものでも涙を流して喜んでくれる。

 というか、一番喜んでたのはこの中の紅一点である貝塚さんだったのは気にしないことにした。


 休憩は終わり、各班員からすっかり名前を覚えられた俺。

 そんなに飯がうまかったか、次も頼むな? と早速次の休憩のことを頼まれた時は苦笑してしまった。


「各員、傾聴!」


 食事が終わり、ギルド長のありがたいお言葉に続き調査班長の行軍指揮が行われる。要は先に出てからの班員の配置や各班の動き、戦略を口頭で述べるのだ。

 班員が聞き取れなくても班長が全てを把握し、班員に教え込むことでうまく回る仕組みだ。


 そして次の階層ではリッチが現れた。

 ゴーストタイプの上位種族。

 一切の物理攻撃が効かないために、ここから先は法術系統の魔法スキル持ちが先頭に組み込まれる。

 その班長はまさかの貝塚さんだった。


 曰く、「ワシの声なら奴らにも効く」との事。

 ますます訳がわからないよ。


 憑依系攻撃も気合いで押し流すし、プレッシャー強めのメンチからの気合いの咆哮で本当にゴーストを退治して見せた時は乾いた笑いが出たものだ。


 そして同時に、この人が先頭に立つからこそ、周囲がイキイキとしているのだと実感した。

 彼女あっての『アロンダイト』。

 その結束力は疑うべくもないが、それゆえに彼女を失ったときの脆さは目に見えていた。


 凛華に貝塚真琴というネームに心当たりがあるかと聞いたが、反応はない。一体どれだけの被験体が出ているのか把握しているわけではないのだろう。

 しかしそれでもクリスマスの襲撃事件の時に尖兵が探しに来ている。そして寧々の過去。

 その時はアリバイを持ち出したが、彼女自身はその話に触れてほしくなさそうだった。


 でも、当時逃げ出したうちの一人だった場合、彼女と同様に配下に加える可能性もあった。


 そして案内は凛華の他に寧々、久遠にも通達する。

 寧々は思い詰めた表情で、こう返してきた。


『海斗、その人に私を合わせて欲しいの』


 どうしたものかな。生憎と手持ちに転移の魔道具は一つしか持ち合わせていない。

 一つは三重のAランクダンジョンの深層と俺の部屋を繋ぐゲート。

 そしてもう一つは今俺が持ってる魔道具と部屋を繋ぐゲートだ。

 俺は今のダンジョンアタックを抜けてから再度連絡することを伝えて、念話を切った。


 さてさて、この話はどこに転がっていくのやら。

 ダンジョンチルドレン関係は俺の思いもよらないところで密接に繋がりがある様だった。

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