第78話 出会い、そして

 ダンジョンの探索はなんのイレギュラーもなく終わった。


 奥に潜んでいたボスが吸血鬼であったのは笑ってしまったが、アーケイドに比べて残念感が拭えないほどの格下。


 特にモンスター系列が討伐しても食えないやつばかりなので俺の暴食も空振りに終わった。


 食費だけ無駄にかかった遠征だったが、俺の食事バフによって助けられた面が多いと皆が口々に褒め称えた。


 どこか緊張していた場面もあったが、蓋を開けたらそこまで強敵じゃなかったらしい。


 ちなみにこのダンジョンの踏破は初めてで、今まで深層に赴くことがあっても、戦力の消耗を鑑みて撤退していたそうだ。


 ウロボロスと違って人数が多いだけの集団ではなく、ギルド全体が家族として回っている。一人の犠牲者も出さずに全員が無事に帰還というのはギルドならず探索者なら誰もが求めるものだった。


「今回の探索が上手くいったのは何をおいてもロンギヌスの懐刀のおかげである。皆、感謝する様に!」


 探索を終えた後、稚内にあるすり鉢状の湖から抜け出した俺たちは、ギルド本部に帰ってから祝勝会を始めていた。


 正直もっと手間取ると思っていた今回の遠征だったが、肩透かしかと思うほどあっけなく終わったのだ。


 防臭スプレーによって吐き気を催さず、ストレスも溜めずに食事ができたこと、薄暗い穴の中、死者たちが跋扈する環境で意識を強く保てたのは他ならぬギルド長の励ましもあったからだと思うが、自分のことはどうでもいいと今回の遠征のMVPを、ただ着いてっただけの俺に与えた。


 周囲から嫉妬の視線はない。

 本当に心からの感謝と拍手によって迎えられ、俺は賞状とMVPと記された腕章をいただく。

 この腕章を授与されたものはギルド員全員から羨まれるのだそうだ。それくらいMVPに任命される人材は希少らしい。


 今回の俺の立ち回りは、ある意味でアロンダイトに革命を与えたと物語っている。


 探索者に雑務をやらせたって真剣みが足りずに、どこかで手を抜くことが多かったのだそう。

 勿論荒牧さんを筆頭に手を抜いてはいないが、それが本当に必要なことなのか自信がなかった様なのだ。


 そこで俺が立ち回ることで、どの様に戦術に影響を与えたかを知らしめる意味でのMVP。


 ギルドメンバーの誰もが次は俺がその地位をいただくぞ、と炎を燃やしていた。

 最初は暑苦しいと思っていたけどそれは杞憂だった。

 さ

たまには良いな、こういう付き合いも。


 だからと言ってこっちに鞍替えすることは無い。

 俺自体はロンギヌスのメンバーなのだ。

 起業するといっても、そっちはワーカー業とは別の職業。


 ワーカーである時はロンギヌスの六王海斗であり、疾風団所属であることに変わりはないのである。

 ただもう一つ肩書きが増えるだけ。


 そんな提案を祝勝会の場で披露した。

 流石に唐突すぎたが、非難の声は上がらない。

 探索者がどの様な事業をするかは勝手なのだ。


 だが、それに与するかどうかは為人ひととなりが優先される。

 俺もプレゼンの手応えは掴めていたが、やはり人員を動員する場合の懸念点も見えてきた。

 その場合の対処を、アロンダイトの皆さんから教えてもらいながら企画を詰めていく。


 俺はまだ若いからいくらでもやり直しが利くだろう。

 それでもアロンダイトのみんなは家族の様に接してくれた。

 これが仕事に対する正当な見返りだとしたら、今日は無理してでもついて行った甲斐があると言うものである。


 そして貝塚さんをまた荒牧さんの部屋に来る様お誘いする。

 寧々と引き合わせる為だ。


 転移の魔道具そのものは知っているが、実際に見たのは初めてだと荒牧さんは言う。


 中から出てきた寧々に「六濃君のこれか?」と小指を突き立てながら聞かれるが、首を横に振った。

 凛華に聞かれたら俺は失望されてしまうだろう。

 できたばかりの恋人を悲しませるわけにはいかないのだ。


 そして事情があるんですと貝塚さんと寧々を二人にさせた。

 『俺たちはゲームセンターで時間を潰しに行くから、好きに話してくれと』念話で送ると『ありがとう』と帰ってくる。


 荒牧さんにしつこく寧々との関係を勘ぐられたが、俺は知らぬ存ぜぬで通した。



 ◇◆◇◆



 『準備ができたぞ』


 海斗からの連絡により、意を決してその場所へと身を委ねる。

 転移の魔道具を使うのは何度かあるが、これが本当に北海道につながっているかは海斗しか知り得ない。

 でも実際にもう一方は三重のダンジョンに繋がっているのだ。


「気をつけてー」


 仲介役を頼んだ久遠に見送られて、私は過去との決着をつけに北海道へと飛んだ。


「NE-02か? 懐かしいの」


 そこにあるのは知らない顔。

 けれど声だけは優しく、あの当時別れた姉のものだった。

 被験体MA-04。

 当時隔離施設で育てられた私たちは真っ白な部屋で出会い、名前とも呼べない番号でお互いを呼び合っていた。


「そう言う姉さんこそ、上手く逃げ延びたのね?」


「養ってくれた親父が厳しかったからの。口調も変われば人相も変わった。六王君はNE-02のこれか?」


 小指を突き立てて関係を尋ねられるも、私は苦笑するしかなかった。


「そうだと良かったのだけど、私には彼の琴線に触れる魅力が備わってなかった様だわ」


 自嘲しながら返す言葉に、姉さんは「お互いに苦労するの」と労いの言葉を奏でた。

 相変わらず他人へ気を配りすぎである。

 当時の研究施設にいたときも、姉は変わり者だった。


「KA-40の行方は?」


「ワシは聞かんな。こっちにきておればワシの耳に入るはずじゃ。それよりもじゃ、六王君はワシらの事はどこまで知っておる?」


「まだ彼には何も話してないわ。話せば私達は出生を疑われる」


「それでもこうして出合わせた。多少は知られてるんじゃないのか?」


「あの人、とんでもないおせっかい焼きなのよ。同じ境遇の子の借金すら肩代わりしちゃう様な人なのよ?」


「くくく、過ぎたる力を持って慢心しておるのか?」


 姉の指摘に、私は首を横に振った。

 慢心なんて、あの人からは一番遠い言葉だわ。

 でも、彼をどう喩えたものか分からない。

 私はことここに至って彼の表面しか見てこなかったのだと悟った。


 私も秘密が多いが、彼もまた私たちに隠してることがありそうだ。

 誰だって秘密の一つや二つ持っている。

 学校の友達に全て明かす子なんて居やしないのに、それがどこか憂鬱で。いつの間にか彼の全部を知りたくなってしまう私が居た。


 これが恋心というやつかしら?

 今更よ、彼には彼女がいるんだから……今更想ったところで迷惑かけちゃうわ。全く、こんなに女々しいなんて私らしくもない。


「姉さんがどこまで彼のことを知っているかはわからないけど彼、ああ見えて学園を自主退学してるの」


「は? 意味がわからんぞ」


 あれほど動けるワーカー。サポーターとしても超優秀。

 無能と一切結びつかないのが海斗という人の本質を表している。

 姉さんもそう想ったのだろう、自主退学というのはそれほど無能という意味を持つ。


「あの人ね、覚醒した才能がダンジョン限定だったの」


「そんな才能が存在しているのか!? それは……確かに今のルールじゃ少し分が悪い」


「分が悪いなんてものじゃないわよ! あの人はね、在学中ずっとFクラスで過ごしてたの。Fクラスっていうのはね、ただ才能が覚醒してない生徒を指すわけではないの。殆どイジメと言っても差し支えない横暴さが罷り通っているわ。あの人は、そんな環境で5000万ものTPを稼いだわ。それがどれだけ異常なことか分かる?」


「5000万……!? プロでもそうそう稼げぬ額だぞ、それを学園に滞在してたった半年で?」


「実際のところは違うのだけど……」


「そうじゃよな、流石に盛り過ぎじゃわ! ワッハッハ、お主はそういうところ変わっとらんの! すっかり騙されたわ!」


 姉さんはホッとしたように安堵する。

 そう、誰もがどう思う。

 彼の異常性はFクラスという檻に閉じ込められたおかげでここまで過小評価されるのだ。


「実はね、彼が稼いだ額は5000万どころじゃないのよ」


「またまた、ワシを騙そうとしてもそうは問屋が下さぬぞ? 言うてみぃ、一億か? 二億か?」


「10億よ。あの学園、Fクラス生のTP換算レートを95%OFFしてたの。知った時は私もびっくりしたわ。そこまでしてFクラス生を生贄にしたいのかって。正気を疑ったわ」


「じゅう億ぅうう!!? じゃあ学園は9億5000万もの着服金を得たのか?」


 着服金か、ほぼ横領と言っても差し支えない資金流用。

 その上で収めたアイテムの横流しまでしてたっぽいのよね。


「そうね。まぁ彼の凄さは稼ぎだけでは言い表せないのだけど」


「一体どれほどの才能に恵まれたんじゃ?」


 そうよね、これだけ稼げるならそう受け取るわよね。


「逆よ。彼、正直言って私でも持て余す才能を授かったの。姉さんはダンジョンテイマーという才能は知ってる?」


「聞かんな。ワシは拾われてから5年、ここで暮らすが才能の資料には目を通しておる。しかしそんな才能は見たことも聞いたこともない。モンスターテイマーとは違うのか?」


「ほぼ一緒よ。でも彼の才能は自力討伐したモンスターしか使役できないの。それ以外は一般人と変わらぬ数値。姉さんはこんな境遇で上に行こうと思える?」


「難しいの。ワシは音波系の才能を授かった。扱いはピーキーじゃったが、肺活量の関係上耐性はよう上がったもんじゃ。しかしなんら一才上らぬ状態でモンスターを使役したところでどうなる? 彼のあの強さの根源はなんじゃ?」


 それは私にも分からない。

 モンスターの使役以外の何かがあるのは確かだわ。

 彼はあまりにも自分の能力を大したことないように扱うけど、実際にその異質さには空いた口が塞がらないでいる私達。

 凛華ですら、海斗の能力を把握しきれていなかった。

 凄い以上の感想が出てこないのだ。


「分からないわ。でも彼、その才能だけでソロで学園ダンジョンを踏破してるのよね」


「冗談……ではないようじゃな。それなら確かに5000万稼ぐのも頷ける。しかし可能なのか?」


「私だったら無理よ。でも彼の着眼点は目を見張るものがある。あの人ね、才能が全く覚醒しなかった私たち一般人を連れてゴブリンの討伐を成功させてるの」


「! あの初心者殺しで有名なゴブリンを一般人がか? じゃがその才能なら……」


「私もそう思うわ。けどね、恐慌状態に陥った無能の一般人5人を連れての成功よ。彼がどれだけ凄まじいかは姉さんにも分かるわよね?」


「それは無理じゃな。如何に才能があっても、勝手に動く初心者を連れての討伐はワシにも難しい。ワシらのギルドは才能隔てなく門徒を募るが、それでもやる気のない人間には資格なしのレッテルを貼る。それくらいダンジョンは厳しい環境じゃ。特に北海道は厳しさが頭一つ飛び抜けておる……」


「そうよね。実際に目を見張る彼の凄さは授かった才能でもなく、勤勉さでもなく、どんな劣悪な環境でも絶対に諦めない強靭な精神力だと思うの。私達は何度も彼に励まされて、一人をのぞいて全員クラスアップしたわ。彼ともう一人、ダンジョン内で死んだ生徒を除いてね」


「そうか……単純に努力しただけではない、才能に頼り切ってもない。使えるものは全て使う、なりふり構わなさ。そして強靭な精神力が彼の強みか。だが彼は表の人間だろう? ワシ達の事情に入り込ませるわけには……」


 実際、こうして面を合わせる機会をくれた時点である程度察しているのよね。

 そして私の事も、察している。

 疾風団で秋津さんに振られた話題が引っかかっていたのか、または事前にどこかで聞かされていたのか、私のことを気にかけてくれたようだ。


 自分の事だけで精一杯な癖に。


「実は彼の妹さん私たちと同じ被験体、ダンジョンチルドレンらしいわ。私の同級生にもう二人ほどダンジョンチルドレン関連の仲間がいるの。正直、彼はこちらの件にどっぷり首元まで浸かってるのよ?」


「そうか……しかしワシは、ここで守るべき家族を作ってしまった」


 家族、私にも新しい家族がいる。

 姉さんにも同じような家族がいるのは当たり前か。

 今更私達の過去を暴いて吹聴するのは憚れる、そう姉さんの瞳は物語っている。

 このまま狸寝入りできないか?

 秘密を共有したまま墓場まで持って行けたのなら……そう願わずにはいられない。


「私にだっているわよ。見ず知らずの私なんかを匿って、仕事を干されてしまった父さん、母さん。そしてまだ小さい妹達。私はその家族を守るために戦っているわ! だから姉さんも……」


「ワシは見ての通り、姿も性別も偽っておる。じゃから素性を明かせば失望されるかもしれん。親父を失って久しい。ようやく団結してきたんじゃ。ここでまた統率者を失ったら、ワシらの家族『アロンダイト』はまた途方に暮れてしまうじゃろう」


「分かったわ、じゃあ東京の本部から出動要請があった時は、せめて応じないで欲しいの」


「そのつもりじゃが、NE-02は赴くのじゃろう?」


「ええ、それが私の戦いよ。それと今は佐咲寧々という名前があるのよ、そっちで呼んでくれると嬉しいわ」


「寧々か。NE-02からとっておるのか? 意外としっくりくる名じゃ。ワシは貝塚真琴の名を頂いた。今は男として生きておる」


「真琴姉さんね、男でも女でも通じる名前じゃない、実は女だってバレてたんじゃない?」


「そうかも……親父殿はワシを坊主、坊主と呼んでおったからの。最初はショックを受けたもんじゃが、言われ慣れる頃には気にしなくなっておった。それでも一緒に暮らして居れば気づかれるか」


「そうよ、実際ギルドメンバーにもバレてたんじゃない?」


「そうなのかのう? 分からんが……ワシが本当の姿を明かさん限りは今はまだ胸の内に秘めておきたい。まだ、色々と心の準備ができておらんのだ」


「そういうのはゆっくりで良いわ。気になる人は居ないの?」


「一人だけ、居るが。向こうはワシにその気があるとは思っとらん。ワシが普段男の姿をしとるから、そうは思われておらんことはわかっておるんじゃが、一緒にいて凄いリラックスできるんじゃ」


「その人には本当の姿を見せてないの?」


「見せたんじゃが、ワシもそこから先をどうして良いものかわからんでな」


「まぁ、普段から姉さんは奥手だし、ゆっくり育んでいくしかないんじゃない?」


「うるさい! そう言うNE……寧々はどうなんじゃ!」


 ポカポカと軽く握った拳が肩に当たる。

 ちょっとだけ痛い。

 私のステータスが抜かれるのなんて久しぶりだからびっくりしたけど、彼女はプロの探索者。それもAランクなのだから貫通されて当たり前だ。


「痛いのよ! この!」


 少し軽めにやり返した。

 向こうは防御力がないのかオーバーなくらいにひっくり返って……気がついたら取っ組み合いの喧嘩になっていた。

 髪を掴む、爪で引っ掻くなどのキャットファイト。


 そんな場面を……


「ただいまー」


 運悪く海斗達に見られてしまう。


「すいません、間違えました」


 すぐに閉じられる扉。

 私と姉さんは秒で居住いを正し、室内の片付けをして念話で海斗に入ってきてOKのサインを出す。


 全くもう、本当にタイミング悪いんだから!

 私、あの人に嫌な場面ばかり見せてる気がするわ


 だからかしら? 全く振り向かれないのは。


 海斗は何事もなかったように入ってきて、いつも通りに接してくれる。やっぱり彼の精神力って異常だわ。そんな風に思う一時だった。

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