第76話 探索者への道⑤
少しお話ししたところ、貝塚さんの本名は真琴である事が判明した。非常に女性らしい名前だが、どうにも家事などは絶望的でそっちの技術に明るい俺に折り入って頼みがあるらしい。
「なんでしょうか? お付き合いしてくれって話でしたら彼女がいるのでちょっと……」
「はわわわ、ち、違うよ! ボクは好きな人居るもん。じゃなくて、ちょっとお料理とか教わりたくて、それで今日やってきました。どうか家事全般のできないボクに憐れみを〜」
床におでこをくっつけ、土下座の姿勢を取られる。
これがあのギルド長の姿か?
いや、今のこの姿をあのギルド長と同一視する事は誰だって無理だろう。
「ギルド長にとってはそれくらいの価値があるという事じゃな。六濃君、ワシからも頼む。どうかギルド長を助けてやってくれんか?」
揃って頭を下げられ、仕方ないかと居住いを正す。
どちらにせよ、俺の能力は表向きワーカーに適しすぎている。
疾風団の未来の為にもこっちで恩を売っておくに越した事はない。
流石に北海道に直接派遣できる人材は俺以外皆無だが、縁を繋いでおいて損はないだろう。
「分かりました。俺でよければ協力しますよ。まずは何から始めましょう?」
「じゃ、じゃあ──」
真琴さんはどうしても力を入れる系で失敗を重ねてるらしい。
りんごの皮を剥いてみてくださいと言えば片手で握りつぶし。
大根の皮をピーラーで削ってくださいと言えば片手で粉砕した。
ちなみにカボチャさえも粉砕した。
あんたもう料理辞めちまえ!
久遠だってもう少しマシだったぞ。
「ギルド長、あなたに料理は無理です」
俺はキッパリと言った。
筋肉強化系を売りにしてるなら、これぐらいの操作はモノにしてもらわないと困る。
なんて言うか、この段階で失敗をする様じゃ次のステップに進めないからな。
「見捨てないでおくれよぉ〜」
涙ぐんですがり寄られた。本来なら嬉しいシチュエーション。
しかし俺としては凛華が居るので嬉しくもなんともない。
もっとこう、できないならできないなりに諦めるとかしてくれたら大変ありがたいのだけど、彼女にそれを期待するのはあまりにも酷だった。
なんせ彼女は恋のパワーで自らを変えようとしている真っ最中なのだから。
応援する分には楽でいいが、彼女の場合はあまりにも不器用過ぎた。
「なんとかならんか?」
困った様に荒牧さんからも頼られる。
「こればかりは適正ですから。では俺が一通り作ってみせますので、それを真似てみてください」
「頑張るよ!」
──そして一時間後。
「焼き魚はこんな感じですね。荒牧さん、換気扇をかけても室内が少し匂ってしまいましたが大丈夫でしたか?」
「構わん構わん。こっちは魚介が豊富だしの。このくらいで迷惑に感じる奴はおらん」
「ただ焼いてるだけとは違うんだねぇ」
「そりゃそうですよ。皮がいい感じに焼けてくるのを見て覚えてください。スキルは使ったらダメですよ? タイミングを見てひっくり返すんです。これは見て覚えるタイプなので導入としては入りやすいでしょう」
「頑張るよ!」
返事だけは立派なのだが……
なぜか「うぉおおおおお!」と大声をあげて焼き網と格闘するギルド長。
あーあー、そんなにすぐひっくり返しちゃダメですって。
ほら、網にくっついた皮が破れて生焼けのモツが溢れ出る。
俺をチラチラ見てくるので、仕方なく作業を中止して焼き魚の作業に付き合った。
「次はお味噌汁です。お湯を沸かして、それをお椀に注ぐだけ。誰にもできるインスタントですよ」
「そういう手抜きは、ボク好きじゃないな〜」
どの口がそれを言うのか。
「そういうのは焼き魚をマスターしてから言ってください」
「ぐっ。流石に返す言葉がないよ。荒牧、どうしよう?」
「ギルド長、まずはそれが余裕であることを見せつけないと六濃君は認めないでしょう。ワシも一緒にやります。インスタントぐらい余裕だと見せつけてやりましょう」
「お、おぅ!」
そしてインスタントの袋を破く時に勢いよく引きちぎりすぎて味噌が明後日の方向に飛んだ。
否、袋が内側から弾けたのだ。
何をどうすればどうなるのかわからない。
インスタントすらダメとか俺にはお手上げだった。
凛華だってインスタントぐらいは作れるぞ?
作れるはず……いや、作ってるの見た事ないけど。
「荒牧ぃ〜」
「ギルド長、もう少し落ち着きましょうや」
なんというかこの二人、意外と距離感が近いがそういうことなのか? 事あるごとに荒牧さんに頼ってる気がするし。
気づいてないのは本人だけか?
「だってぇ、力入れる系は加減が効かないんだよぉ〜」
「もういっそお嫁さんになるのは諦めて、主夫をもらったほうが早くないですか? あなたに家事は無理だ」
シャスラだって家事は無理だった。
そもそもスキルに振り回されるって、ダンジョンチルドレン特有の現象じゃないのか?
「うぐぅえぇええ、荒牧〜、六王君がいじめるよぉ」
子供か。
あんた俺より年上でしょ?
思わずそうぼやきたくなる。
しかしこんな偶然あるか?
俺は身内に似た様な症状で悩む女の子がいることを伝えてみた。
するとさっきまでボロクソだった彼女の表情が一瞬鋭くなる。
顔だけが完全に仕事モードに変わっていた。
言うなれば劇画調タッチだ。
体だけ華奢なので物凄くギャップが凄いが。
「ふむ? ダンジョンチルドレン計画? 荒牧、知ってる?」
「掲示板でKRNさんが言ってた連続失踪事件じゃないですか?12歳前後の女児が行方不明になるっていう」
KRNは麒麟字さんのハンドルネームだ。
確かクリスマス時期に起きた事件にも噛んでたらしいと後で恭弥さんから報告されたっけ。
その時の報酬が俺を引き合わせる事だったらしい。
俺としては縁が出来ただけありがたいが。
「なるほどね。確かにうちの界隈でもそんな事件があったね。どうなったっけ?」
顔が劇画調なのに口調そのままはやめて頂けませんか?
ギャップで笑いを抑えるのが大変だ。
「ギルド長が力技で解決したでしょう。ワシの縄張りで好きな事させん! って怪しい所片っ端から力場を発生させたのを忘れましたか?」
「あぁ、あれか! うむ、なんとなく思い出したぞ? ボクのことを被験体四号と呼ぶ女を返り討ちにしたのを覚えている」
被験体四号?
ではやはり彼女は……しかし勝也さんや恭弥さん、麒麟字さんですら手を焼いた相手を一蹴とか凄いな。
俺もユグドラシルの尊い犠牲(死んでない)の上でようやく追い払ったが、それでも苦労した。それを労力を使わずこうも軽々言えるとは……ギルドランクはA。しかし、ギルド全体のランクは低いらしい。本当ならもっと上に君臨してもおかしくないほどの実力者だろう。
これってもしかして、トレジャーポイントを無視して自警団まがいの事をしてるから稼ぎが少ないんじゃ?
だなんて思ってしまうほどの人員と統率力だった。
「きっと他人の空似でしょう。ギルド長がその誰かに似ていたとかじゃないですか?」
だからこれ以上、俺たちの案件に立ち入らせない様に話を切る。
彼女の居場所はここだ。
ここで好きな人の為に出来もしない料理で頑張るのが彼女の幸せ。
そしてこの地域の人たちも彼女が存在する事を望んでいる。
これ以上関わらせちゃいけない。
「ボクは普段家族にも素を見せないんだが?」
「えっ、じゃあ今は?」
「唯一の憩いの場だな! 家族にも内緒だぞ?」
とても可愛いウィンクを頂いた。劇画調のまま。
ただ、それでときめく相手がここにはいないだけだが。
荒牧さんも脈なしかよ……哀れな。
普段から顔面に全神経を集中させてるので、その癖が抜けない様だ。難儀な人だな。
その日は夕ご飯を一緒に食べて、翌日ギルド主導でダンジョンアタックをご一緒することになった。
恭弥さん主催のDEのオフ会まで数日あるので付き添うことにした。向こうではオフ会に参加するしかクエスト内容になかったが、今回の機会を逃せば次はいつになるかわからない。
渡りに船といった感じでご一緒したのである。
なんでも男所帯なのでまともな料理ができないそうだ。
なぜ女子がいないのか?
こんな体育会系全開のギルドに入りたがる女子がいるだろうか?
もう少し気遣ってくれる配慮があれば別だが、あいにくとこのギルドは仲良しこよしのお遊戯ギルドではない為無理からぬことだった。
いや、ギルド長は女性なのにおかしくない?
今はどう見ても女性に見えないのでそっとしておく事にした。
本日ご飯を食べに来たのは料理の腕前の見学だったそうな。
その割に本気だった様に見えたが。
翌日、ギルド本部に集まって準備中、意外な姿を見て声をかける。
「荒牧さんも荷物持ちなんですね?」
「ワシも新入りじゃからの。新入りは成績に限らず荷物もちから始めるのがここの慣わしじゃ。飯は期待しとるぞ?」
「まぁ、こっちの食材は焼くだけでも美味しいですから」
「生で美味いのに慣れすぎて、調理法を知らん奴ばかりいるからな」
ダメじゃん。よく今まで生きてこれたな。
生食とか一番食中毒被害が出るやつじゃんか。
おトイレ問題とかどうしてるんだろう?
男所帯だから平気?
ギルド長は女性なのに?
どうやら俺の想像以上に彼女の肩書きは重くるしいのかもしれない。
赴いたのは稚内にあるAランクダンジョン。
陥没した地形から海水が入って、その湖の奥に入り口がある。
探索者達は一度寒中水泳しないと辿り着けないわけだが……
「ギルド長!」
「ワシに続けぇ! ウオラァアアアアア!」
ギルド長の声に伴い、ソニックサウンドで湖が縦に割れる!
その穴が開いてる間にギルドメンバー達が迅速にと行動を開始し、ダンジョン内に。全員が突入する時間ぴったりに湖の水は元に戻った。
入り口は膜に覆われていて、海水が入ってくる様はなさそうだ。
これ本当に入って大丈夫なダンジョンなんですか?
階段の内側からは生物の体内の様な生臭い、磯臭さが漂っていた。
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