第75話 探索者への道④

 空港を降りると見慣れた顔があった。

 掲げたプラカードには東京からお越しの六濃さん、こちらですみたいなコメントが寄せられてる。

 海外ならいざ知らず、国内ではいささか恥ずかしい。

 こっちを覗き込むような視線を独り占めした。

 嫉妬に混じって殺意染みたのも放たれる。

 流石修羅の国。九州地方も厳しい環境だと聞くが、北海道も負けてないようだ。


「お久しぶりです、荒牧さん。夏ぶりですか?」


「恭弥さんから連絡をもらってね。ならばワシが案内役を買おうと手を挙げたんじゃ。ワシはこれでも道内で顔が効く。なんでも任せてくれて構わないぞ?」


「お手柔らかにお願いします。と、その腕章は?」


「やはり気づくか。これはワシの所属するアロンダイトの腕章じゃ。北海道随一のギルドでの。まぁ、わざわざ東京からここに来る奴は大概頭のネジが外れた奴が多い。ワシは護衛も兼ねとるんじゃ。六濃君には必要なさそうだがの?」


 ねっとりした視線で身体中を弄られる。

 筋肉を触ってるのかと思いきや、尻を触る手つきがいやらしい。

 これさえなければいい人なんだけど、たった数ヶ月離れてる間の状況をつけた筋肉量で見抜く観察眼は凄まじいの一言だ。


「さて、北海道は割と治安が悪い。こうやって仲睦まじいアピールをしておくのは周囲を和ませる為なのもあるんだ」


 本当かなぁ? 尻を触る時の視線がねっとりしてた理由は別にありそうだけど。

 確かにそれでこちらを見ていた視線が消えたのも確か。


 その後荒牧さんと昼食を頂いてゲームセンターで腕前を披露してもらうことになった。

 荒牧さんがプレイ中、後方から声をかけられる。


「あなた、ここじゃ見かけない顔ね」


 どこか寧々と初めて会った時のような印象を持つ目つき。

 心を開いてない感じから、余り関わり合いになるのはやめておこうと無視を決め込む。

 荒牧さんの言うとおり、治安の悪さはゲームセンターという場でも問題なく起こるらしい。


「なんじゃ、姉さん問題でも?」


 女の子の質問を無視してると、見上げるほどの巨体を誇る男が現れる。どうやって敷地内に入ったのか尋ねたくなるほどの図体。

 転移でもしてきたのか?

 狭苦しそうに周囲に威圧を放っている。


「そこの男が、大吾さんのプレイを特等席で閲覧してるので注意してたの」


「なんじゃと? 誰もがその華麗なプレイイングに息を呑む我らの期待の星のプレイイングを特等席で見るなんて羨まけしからん!」


 なんか変なのが湧いたと思ったら、荒牧さんの知り合いか。

 なら無視し続けるのは失礼だな。

 俺は振り返って名刺を渡す。


「失礼、プレイを夢中で追っていたもので。俺は六王海斗。彼、荒牧大吾さんとは東京で知り合って以降仲良くさせてもらってます。どうぞ、よろしくお願いします」


 差し出した名刺を拾い上げ、訝しむ人達。


「六王? 聞かないわね。って、所属がロンギヌス!? 有名どころじゃない!」


「ロンギヌスをご存知ですか?」


「知ってるも何も、うちら世代で知らなかったら潜りよ? 御堂勝也様と秋津恭弥様のお二人が立ち上げた新進気鋭のギルドでしょ? 憧れの存在じゃない!」


 女の子がまるで想い人を思い浮かべるように乙女の顔になる。

 大男も続いて吠えた。

 そんな彼らの相手をしていると、ゲームを終えた荒牧さんが声をかけてくる。


「どうじゃ、ワシも腕をあげたじゃろ? あれから練習したんじゃぞ?」


 やべ、途中から見てなかった。


「大吾さん、こいつを知ってるんですか?」


 女の子が問うと、荒牧さんはキョトンとした後後頭部をボリボリとかいた。


「そういや言っておらんかったのう。六濃君はMNOその人じゃ。こう見えて掲示板でも彼の専用板が建てられてるくらいの有名人なのだぞ?」


「え、あの有名人の?」


「もっとこう、とんでもない大男かと思っとった。東京もんは細いのう」


 二人の反応はそれぞれ違う。

 名前と顔が売れたら少しは変わるだろうか?


 それと筋肉なら出そうと思えば出せるぞ?

 人を見た目で判断しないで貰おうか。


 俺は続いてダンジョンエクスプローラーをプレイして、ゲームセンター中の驚愕を掻っ攫う。

 残したスコアは麒麟児さんに迫る1900万だった。

 麒麟児さんは2100万とどこでスコアを稼いだのか謎な動きをしているようだ。流石本場のプロだけあって隠す技も多いらしい。


「ワシのスコアが霞むようじゃ。ここで遊んだのは間違えたか?」


「MNO、これが本物の動き? 途中で何をしてるか全然わからなかったわ。あれは何を?」


 道中のスライムコアや月光花の蜜の用途を探ろうと人垣が出来上がりつつある。

 この注目は予測していたモノなので、全員に連絡先を回して、都度回答する場を用意した。

 俺の目論みの一つ、興味を持ってもらうの一つは早速クリア出来ていた。


 名刺に載せたアドレスは専用のサイトへのアクセス権。

 招待制にしてるので悪意ある攻撃は全てカットする仕組み。

 ハッカーに狙われたらお手上げだが、それなりにお金を積んで用意させたのでセキュリティはそれなりに高い方だ。


 お悩みの質問に対して回答する場所と、それ以外の技術の提供の場を画像を使って簡単に説明するなどの手段も交える。


 無論、これらは実践でも通用するモノだ。

 ゲーム知識がダンジョン内でも通用することを上位ランク探索者が身をもって知らせているのもこのゲームがただの遊ぶ為のものじゃないことを示している。

 アクセス数は鰻登り。

 幸先は良さそうだ。


 ゲームセンターを出ると、黒塗りのワゴンが緊急停止。

 開かれたドアからは黒ずくめの隊服に身を纏った屈強な男たち。

 その男たちは俺たちに向けて列を作り、そして最後に降りてきたのは、ヤクザの若頭と思しき画風から違いそうなコワモテの男だった。

 ビシッと決めたスーツに、剣を地面に突き刺した紋章。

 あれは確か荒牧さんがしていたものと同じ?


 そう思っていると、荒牧さんが肩の位置に足を広げ、両手を後ろに組んだ。


「荒牧! この騒ぎはなんだ!」


「ハッ! 東京からの客を案内していたところであります!」


「住民が不審がっている! もう少し上手くやれ!」


「以後気をつけます!」


 まるで軍隊の様な問答。

 数分とも数時間とも思える無言のプレッシャーの中、許しを得たのかギルドのは踵を返した。


「ご苦労! この一件は我々アロンダイトが持ち帰る。緊急性はない! 解散!」


 声がいちいちうるさい。

 まるで拡声器を使って近距離で叫びあってるかの様な応酬は終わりを迎えた。


「六王、と言ったか? 話は聞いている。若いもんが面倒かけると思うが、うちの連中はギルドへの忠誠が高い。少し窮屈に思うが、そこは水に流せ」


 先ほどまでの問答とは違い、優しい口調。

 顔だけが怖すぎるので、俺の返答も少し吃りがちになってしまう。

 恐怖耐性を持ってるのに、不思議と首筋に真剣を当てられてる様なプレッシャーが無言の視線に込められていた。

 まるで重力に押しつぶされてるみたいだ。

 

 ハイヒュームになったからと油断していた。

 ヒュームにもこれだけすごい人が居るんだ。


「勉強させてもらいます」


「そうか、では撤収する。A班、B班はこのまま市内を巡回。我々は基地へと一度戻る」


「ハッ」


 来る時は嵐の如く。帰りもまるで痕跡を残さず消えていく。

 変に存在感だけあった人だった。

 それにしても荒牧さんも人が悪い。

 ギルド長が来てるんなら教えてくれてもいいのに。


「荒牧さん、アロンダイトのギルドマスターが来るのを知ってたなら教えてくれてもよかったじゃないですか」


 俺は振り返って会話を振ると、そこには汗びっしょりの荒牧さんが居た。これは……もしかして本当に知らなかったのか?


「いいや、あの人達は街の巡回を進んでやることで抑止力たり得ているんだ。今回も六濃君がゲームの腕を披露したことでゲームセンター内が少し騒がしくなっただろう? それで異変があったと近所の人たちが通報して駆けつけてくれたんだ」


 通報って、一般人がか?

 ゲームセンターが騒がしいくらいで通報とかおっかないな、北海道は。


「そうだったんですか。そう考えるとご足労をかけてしまった感じですか?」


「いや、そうでもない。あの人もMNOに興味があるからな。実は隠れてこっそりダンジョンエクスプローラーを遊んでるところを目撃してしまった事がある。今回はギルドメンバーの手前、あまり興味ある素振りは見せなかったが、この事実を知ってるのはギルドメンバーの中ではワシくらいじゃ。わしに任せるということは、後でわしの部屋に来るということでもある。六濃君も安心してくれ。彼の方は他人の前と気のおける存在の前では態度が180°変わるんだ。その代わり、この事はあまり他言してくれるな?」


 ランカーなのに素性を明かしてなかったのか。

 普段から軟弱者の遊びくらいに行ってるのだろうか?

 なんかそういう勝手なイメージばかりが先行した。


 そして夜9時を回った頃、現れたのは本当に態度を180°変えた貝塚さんの登場だった。


「いや〜、憧れのMNOさんに会えるだなんてボク感激だなぁ〜! ずるいぞ、荒牧っちだけ独占してて。ボクにも遊ばせなさーい」


 誰、この人?

 お昼に会った時と体格からして違いすぎる。

 本当に同一人物か?


「驚くのも無理はない。うちのギルド長は肉体強化系の第一人者で、普段はムキムキしてるんだが、オフの時はこれくらい筋肉量が落ちるんだ」


 いや、落ちすぎでしょ。

 人相も劇画タッチだったのに、今は少女漫画風でまつ毛まで長くなってる。妙にナヨナヨしてる感じだし、確かにこの状態でアロンダイトのギルド長ですって言っても誰も信じてはくれないか。

 お昼に会った時と別人すぎるもん。


「ちなみにギルド長は女性だ。今年22歳のぴちぴち女子大生だぞ?」


「え、騙されませんよ?」


 あの貫禄で女子大生は無理でしょ。

 どう考えたって人を三桁は殺してきたプレッシャーを放っていた。

 スタイルだって女性らしい起伏はない。

 全身が武器みたいな鋼の肉体がスーツの下からその存在感を放っていた。

 だというのに、今はブカブカの洋服に振り回されてる。

 俺は目の前の状況を飲み込めずに居た。


「うちの家族は引き継ぎ制だからねー。本当は弟が継ぐはずだったんだけど、ボクの方が適性高くて。たはは〜、おかげで年だけ食っておひとり様です」


 ショボーンとする貝塚さんだが、表であんな威嚇したらそりゃ誰もお付き合いしようなんて思わないでしょ。

 でもある意味、恭弥さんと意見が合いそうな気もする。


 問題はどっちの時の姿で出会ってるか、だが。

 女性だと紹介して話聞いてくれるかが問題だな。


 そんな話を寧々や久遠に振ると、念話でそれぞれの感想を述べてくれた。

 寧々は人は見た目より中身よ、と語気を強くして主張。

 久遠も見た目より気持ちが大事だと言っていた。

 貝塚さんへのアドバイスというより、俺に向けて言ってる気すらするが、そこは聞かないことにした。

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