第63話 久遠の女子力アップ大作戦

「ムックン、これ作りすぎちゃったから食べて欲しいよー」


 シャスラをなんとか寝かしつけると、社宅に部屋を借りてる久遠が早朝から押しかけてきた。


「どうした久遠。普段は俺に集りにくるのに料理なんて」


「うちがお料理するのはそんなにおかしい?」


「いや、そんな事ないよ。ありがとうな? 実は最近子供を預かってて全然そっちの作業が出来なくてさ」


「子供って、シャスラちゃんの事?」


「そういや久遠は知ってたな。実はあいつには今赤ちゃんになって貰ってるんだ」


「……なんで赤ちゃん?」


 久遠の瞳が急激にジトっとした。

 よからぬ想像に至ったのか若干頬が赤い。

 これは俺も言葉が足りなかったなと諸事情を語った。


「あいつ、起きてるとなんでも口にする上、噛み砕いて消化する能力が逞しすぎて器物破損が激しいんだ。元々が王族というのもあってチヤホヤされて当たり前。そこで俺は赤ちゃんになればチヤホヤされるぞって言ってなって貰ってる」


「あー、高貴なる血筋みたいに言ってたけど。結局はただの甘えん坊だった感じね」


「そんな感じだ」


 わかってもらえて何よりだ。

 まさか俺がシャスラに赤ちゃんになって貰ってるのは凛華のためとも言いづらいし、そういう事にしておいた。


「それより久遠はもう飯食ったのか? 流石にこの量は俺でもキツい」


 ここ数日やたら腹は減るが、久遠が持ち込んだのは寸胴。

 よくラーメンのスープを作る縦に長いあの寸胴だ。

 作りすぎたで済まされるレベルではなかった。

 男子高校生だから食べられるでしょ? で済まされるレベルではないのである。


「ううん、ちょうどこれ作ってて、作りすぎたのを悟って応援要請に来たのよぉ。お口に合えばいいんだけど」


「お、じゃあ一緒に食うか?」


「うん! おかず作りに夢中になりすぎてお米買うの忘れてたのにさっき気づいたから助かるよ!」


 俺は久遠と一緒に飯を食うことになった。

 持ってきたおかずは沖縄の方の郷土料理。

 ゴーヤを使ったチャンプルーとラフテー。

 チャンプルーはゴーヤをどう攻略するかが鍵だったが、ラフテーの方は豚肉を甘辛く煮込んだ角煮のような料理。

 どちらもご飯によく合うので美味しくいただいた。


 基本的に一人暮らしだったため、あまり料理に打ち込んでこなかったが、やはりこのままじゃダメだと気がついて着手したようだ。

 俺も自分だけだったらどんどんズボラになっていくのを実感したのでそっちに興味をしましたと話したらしばらくはその話題で盛り上がった。


 食事を終えて一息したら、久遠はソワソワしながらウチの室内見て、赤ちゃんベッドで寝入るシャスラを見つけていた。

 瞳をキラキラさせて興味津々と言った感じ。

 かわいい感じのものには興味なさげだったが、自分より小さくてかわいいものは別腹のようだ。


「うわぁ、本当に赤ちゃんになってるよ」


「あんまり構うなよ? ちょうどさっき寝てくれたところなんだから」


 寝ついたシャスラを覗き込む久遠。

 母性がくすぐられたのか、ぷにぷにのほっぺを触りたそうにしている。両手をわきわきさせながら、その手が行き場所を求めて空中を彷徨った。

 

「これって中身も赤ちゃんになってるの?」


「少しづつな。彼女も王様として色々責任を押し付けられてきたから甘え方を知らないみたいなんだ。俺はコイツをテイムした時、ただのわがまま幼女だと思ったけど、そうじゃないんだって最近気がついた。すごい不器用な奴なんだよ」


「ムックン、今凄くパパの顔になってるよ?」


「む? そうか。自分では自覚なかったが」


 ペタペタと自分の顔を触る。

 自分からお願いしての赤ん坊状態。

 世話をするのは俺の義務だとここ数日パパ気分を体験してるから、ついついシャスラに情が移ってしまったかもしれない。


「うち、お茶沸かしてくる。ムックンはそこでじっとしてて」


 気を遣ってくれたのか、久遠はまるで新妻のように張り切る。

 俺は凛華と付き合ってるのに、エプロンをつけてキッチンに立つ久遠に少し胸がときめく。

 これも浮気になるのだろうか?

 視線の先で彼女は手慣れた手つきでヤカンに湯を入れて火にかけていた。茶葉を求めて右往左往するが、見つけてからはルンルン気分で支度をする。その姿が妙に様になってて、妙な気分を覚えた。


『ムックン、今うちに見惚れてたでしょ?』


 不意打ちで念話が飛んでくる。久遠からの初めての念話に内心を見透かされてドキッとした。


『どうしてそう思った?』


『視線って、結構わかるものよ? 背中にビシビシムックンの熱視線を感じるよー。なんだか凄く恥ずかしいよぉ」


『そりゃ悪かった』


 久遠はシャスラを起こしては悪いと内緒話を念話で送ってきてくれた。

 内容はちょっと不貞を感じさせるものだけど、俺は凛華一筋だと返せば残念そうにしていたっけ。


「お茶葉、そこにあったの勝手に使わせて貰ったよ? 熱いからよく冷ましてね?」


「90度?」


「正解。お茶が美味しく淹れられる温度。もう少し茶葉を蒸らした方が味が広まるけど、ムックンは味にこだわらないかなーって」


「失礼な」


 茶葉の減りでバレたのか、図星をつかれて俺はお茶を喉に流し込み、盛大に咽せた。


「ゲッホゲッホ!」


「うえぇえんえんえん!」


「ムックン! タオル持ってきたよー」


 シャスラがそれで起きて不機嫌そうに泣く。

 久遠は慌ててタオルを持ってきた。

 熱いと注意した側からの事である。


「いや、酷い目にあった。ありがとうな、久遠」


「シャスラちゃん、うち抱っこするよー?」


 シャスラをあやすが、なかなか泣き止まない。

 それを見かねて久遠が手を差し伸べたので手渡すと、ぴたりと泣き止んだ。


「ふふ、かわいい!」


 赤子を抱き寄せる久遠は笑顔になる。

 凛華もそうだったな。

 自分の子供じゃなくても、関係ないのかもしれない。

 男親ですらない俺が抱くのとは少しばかり気の使い方が違うようだ。

 特に久遠は力の暴走を非常に恐れている。

 制御のできなさで苦労してきた久遠は、今母親の顔をしているのに気づいて居るだろうか?


「見てみて、ムックン。すっかり寝入ったみたい」


 抱き止める久遠の横顔は学園生とは別の魅力をのぞかせている。


「そうだな。あまり冷やしてもあれだろう、布団に寝かせてやろう」


「首は座ってるの?」


「そこら辺の調整はお手のものだそうだ。シャスラは他人に甘えたいだけだからな」


「そういえばそうだった。つい最近までのシャスラちゃんとイメージが違いすぎて思い出せなかったよ」


「久遠を騙せたなら大したものだよ。俺の知り合いで一番直感が鋭いのは久遠だからな」


「そ、そんな事ないよ?」


 何を勘違いしたのか久遠は顔を赤くしてそっぽを向いた。

 今日の久遠は随分と表情が忙しない。


「じゃあ、うち、これで帰るね? 寸胴は預けておくから後で洗って返してねー。バイバイ、ムックン」


 この場から急いで帰らなければならない用事ができたのか、久遠は脱兎の如く家を後にした。


 俺、何か勘違いさせること言ったか?

 野生的感が鋭いって意味だったんだが。

 うーむ、女子の心は未だ計り知れん。

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