第62話 こんにちは赤ちゃん
凛華と契約してからは、色々と念話を通じて会話をしあう。
基本的には向こうからの質問に俺が答える感じだが、これは俺のいい息抜きになった。
念話は仮契約時から出来るが、久遠の方は一切してこない。
シャスラは相変わらず食いしん坊なので俺もレパートリーが増えていく。
前回の王だった影響か、無機物でも口に入れようとするのだけは勘弁願いたい。
おかげで食器類が全滅である。
食う意地が張ってるのか、味の染みついた皿までバリバリ食うからな。鋼の胃袋ってレベルじゃねーんだわ。
「俺の料理をうまいと言ってくれるのは嬉しいが、お前はもう少し人間界のルールを知るべきだ」
「むぅ? 妾は王族じゃぞ? 倣うのは其方達であろ?」
まるで聞く気のないクソガキに、どうにか出来ないか大人に相談に乗ってもらう。
◇
「お前、正月早々他人に無理難題ふっかけるのはどういう事よ? こっちは新年からウロボロスに警戒してるっていうのによ」
恭弥さんは合うなり嫌そうな顔をした。
消火器に齧り付くシャスラを見て嫌な予感がしたのだろう。
大当たりだ。
この何でもかんでも食いつく子供をどうやって躾けるかをご教授願いたいと頭を下げた。
「まぁそう言わずに、後輩を助けると思って」
「こういう時だけ後輩面しやがって。で、何が知りたい?」
「そうですね、モンスターに人間のルールを教える方法とか?」
「それはモンスターテイマーのお前の方が詳しいんじゃないか?」
「こいつ、テイムしてるのに全然言うこと聞かないんですよ」
「いや、この子は普通の……」
消化器のホースをバリバリ貪ってる様子を見て、恭弥さんは続く言葉を飲み込んだ。
見た目は子供でも、その様子から常識さが見えず一瞬にしてモンスターであると理解したのだろう。
「俺が悪かった。で、この子は普通の料理は食えるのか? 無機物に興味があるとかではなく?」
「こいつの種族はこっちでは聞いたことのない種族で、似た様なものだと吸血鬼が該当しますね」
「俺の知ってる吸血鬼と大きく異なるんだが? しかもこんな真っ昼間っから行動可能」
「これは話せば長くなるんですが……」
「お前がその前振りをする時点で碌な話じゃない気がしてきたぞ?」
「聞いてくださいよ。聞くも涙、語るも涙のお話なんですから」
俺はシャスラとの馴れ初めを話した。
恭弥さんが聞きたくなかったと両手で顔を覆った。
この人、自分で問題ごと丸投げしてくる癖に、丸投げすると途端に態度変わるよな。
「つまりお前アレか。Aランクダンジョンについていったのみならず、才能の真の能力でダンジョンごとテイムしたと? そのボスがそいつで、テイムしたのはいいが持て余していると?」
「いやぁ、お話が早くて助かる」
「そんなの俺に持ってこられても困る。まぁ上司に連絡しようって言うのはわかるが。まずはそうだな、教育よりも前にその見た目をなんとかしてやれ」
「ぬ?」
消火栓まで食べ尽くしたシャスラが、自分の姿を指摘されてようやく意識をこちらに向けた。
「え、どこか変です?」
「薄着すぎる。身内ってことにするなら児童虐待を疑われるぞ?」
「これは妾の正装じゃぞ? それとゴテゴテと着飾るのは好かん」
「だ、そうです」
「本人がそうでも、周囲の目は自分の都合のいい様に考えるんだよ! 特に他人はゴシップが大好きだ。写真でも撮られてみろ。有る事無い事書かれるぞ?」
ああ、その点は気にしてなかった。
だめだな、妹のことなら思い至れるのに、俺の中でシャスラはペット枠。どうしても同等に考えられない。
「ありがとうございます。俺だけではそこに至れませんでした。恭弥さんのお陰で少しはコイツとの接し方がわかった様な気がします」
「おう、参考になったら何より。全く、あんまり余計なことに首突っ込むなよ? ただでさえ俺たちは敵が多いんだ」
じゃあな、と背を向ける恭弥さんに、割と洒落にならない戦いに身を置いた事を伝えるべきか悩んだ上で留めた。
もはや凛華の親父さんを止めるどころじゃなくなってきたのだ。
序列戦。そして王の権能。
これらを有した事で、さらなる敵と戦わなくちゃいけない状況に追い込まれる。
「シャスラ」
「なんじゃ?」
「お前はまず人間の生活を知ることから始めろ。そして腹が減ったんならまず俺に言え」
「ふむ、特に腹が減ってるとかはないのだが。口寂しくての」
「じゃあこれでもしゃぶってろ」
おしゃぶり。
赤ちゃん用だが、シャスラはそれをつけたら少し落ち着いた様だ。
「ふむ! これは良いな。噛みごたえはやわいが、不思議と落ち着く」
「それと、お前は誇り高き王族かもしれないが、今は俺のテイムモンスターだから、今度からこれに着替える様に」
赤ちゃん用の全身着。
ハイハイ用の汚れても平気な奴だ。
「これは高貴な妾には随分と暑苦しくないか?」
「これを着てくれたらおぶる都合上いつでも俺の血を飲み放題になるが?」
「なんと、王の血が飲み放題じゃと! 妾を誘っておるのか?」
「そういうマセたことは本契約してもらってから言うんだな」
「しかしこれほどの好条件もないの。相わかった! その条件、受け入れよう」
よし。これで俺の面目は保たれた。
あとはサイズだな。今のサイズだと大きすぎる。できれば2、3歳くらいのサイズがベストだ。
凛華も赤子を抱いてみたいと言っていたし、契約者が妊娠できるかも怪しい。
俺は人間だが、相手の血を飲んで交わした契約。
やってる事は吸血鬼そのものだった。
だからもし妊娠できなくても、シャスラに赤子役をやってもらえればいいかと言う交渉である。
「そういえばお前、サイズはもっと小さくなれるか。 お振る都合上、この内側に入るサイズがベストだ。小さくなればなるほど俺の首に密着できるぞ?」
「ふむ、よりコストを下げるのか? 妾が自力で動けなくなってしまうが?」
「そこは安心しろ。世話は俺たちがする。お前はいつでも俺の血が飲めて、お世話され放題だ。なんだったら周囲の人間がみんなチヤホヤしてくれるぞ?」
「なんと、最後の王族である妾が何もせずともその地位に帰り着けると?」
「そうだ。こっちとしてはこれ以上ない譲歩だぞ。どうする?」
「やる!」
交渉成立だな!
俺は上手いことシャスラを騙して赤ちゃん役を任命した。
そして……
「こんにちは、お母さんですよー」
「あーうー、だぶー」
赤ちゃんをあやすおもちゃを買って、契約者権限の召喚/送還で凛華を呼び寄せる。
念話で事前に許可を取ってあるので移動はスムーズに行えた。
ガラガラ鳴らすおもちゃを振ると、シャスラは音に反応して笑顔を見せる。
凛華はその笑顔に釣られて表情を綻ばせた。
お付き合いして、契約して。
それでも彼女とは離れ離れの環境で暮らしてる。
まだ学園はお休みなのでこっちで一緒に暮らしてもいいが、彼女曰く「久遠さんと寧々さんにヤキモチを妬かれてしまうので」と言う配慮だった。
凛華を無事自宅に送り終えてから、シャスラに振り向く。
『ナイス演技』
『妾も楽できてありがたい限りじゃ。これからも頼むぞ、王よ?』
赤ちゃんになったシャスラは、念話以外で会話ができなくなった。
念話は仮契約を結んだ同士でしか聞こえないので、こっちがタイミングを見計らって演技を頼めば、シャスラも快く演じてくれた。
流石にオムツの取り替えは恥ずかしがったが、回数を重ねたら気にならなくなったようだ。
お陰でベビー用品の費用が増えたが、器物破損での被害に比べたら全然マシなので良しとした。
後日、シャスラをおぶって仕事してたら疾風団のマスターから「お前……」と言う顔で見られた。
何か変な事をしでかしただろうか?
全く身に覚えがないので、気にせず仕事に集中した。
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