第64話 寧々の提案

「なるほど、そんな理由があったのね。急に赤ちゃん連れてるからびっくりしたじゃない。どこで作ったのか聞き出すまであったわよ?」


「伝えるのが遅れてわるかった。それと新しい能力もあるんだが、それを試すかどうかも悩んでる」


 ワーカーに休みはあんまりない。

 食うのがやっとのワーカーは、稼げる探索者に比べて分配されるTPが圧倒的に少ないので数をこなす必要があるのだ。

 寧々も学園が休みだからと実家の仕事に大忙し。

 俺がシャスラを背負って仕事をするたびにすごい顔をしていたのにきがついていたが、お互いが忙しく今まで顔を合わせる機会がなかったのだ。

 そこで偶然同じタイミングで休みが取れたので、こうして説明できたのである。


 クリスマスパーティーの後、Aランクダンジョンに潜った事。

 そこの深層ボスがシャスラだった事。

 テイムしたら俺にくっついてきた事。

 暴食なるスキルが手に入って腹が減る代わりになんでも噛み砕ける牙と強靭な胃袋を手に入れた事。

 シャスラの食費と器物破損が激しいので赤ちゃんになってもらってる事。

 これらを淡々と述べた。

 寧々は暫く唸った後、こう言った。


「子供の扱いならお母さん役が必要よね?」


 寧々曰く、お嬢様でなんでもやってくれる兄の妹に甘んじていた凛華や、一人っ子の久遠と違い自分なら小さな妹を育てた実績があると。そう自分を売り出してきたのだ。


「こいつは厳密には人間でもないし子供でもないが?」


「う、うううううるさいわね! 赤ちゃんには絶対にお母さん役が必要よ! 私なら海斗の……ううんシャスラのお母さんになってあげられると思うの。どう?」


 今一瞬俺のって言おうとした?

 流石にもう母親に甘える年齢じゃないぞ。

 そう言いかけたが、妹はまだまだ子供だ。

 顔を真っ赤にしてまでそう提案してきた寧々に、俺は頭を下げた。


「だったら頼む。実際にこいつはどんどん前までの意識を手放していってる。念話も効きにくくなってるし普通に幼児化してるんだ。だから実績のあるという寧々に頼ってもいい。というか俺も大助かりだ。でも本当にいいのか? せっかくの休日を返上してしまうことになるが」


「これくらい実家では日常動作よ。それに、休みだからと一人だけじっとしてるのは性に合わないのよ。それよりこの子好き嫌いは? そこを知ってると知らないでは手間が省けるわ」


 慣れた手つきでシャスラを抱っこする。

 位置を調整しつつ、シャスラの顔を覗き込みながら笑いかける。

 彼女になら任せても安心だ。そう思わせる何かを感じた。


「割となんでも食うからあげ過ぎないでくれよ? スプーンを渡すとスプーンごと行くから」


「そのレベルなのね……特に好きなのは?」


「俺の血かな?」


「血!?」


「一応こいつ、見た目はロシア系人種だけど中身は吸血鬼だから。今は俺がテイムしてるから弱体化してるけど、野に放てば色んな人に迷惑かけると思う。そういった意味でも赤ちゃんになってもらった方が都合が良くてさ」


「そ、そうだったのね。で、これが?」


「グズった時用の血だ。体温ぐらいに温めてあると食いつきがいいのでこのストローで飲ませてくれ」


 輸血用パックを渡すと、おずおずと寧々はそれを受け取った。

 両手で抱えるほどの量を抜き取ったからな。

 10ℓはあるんじゃないか? 

 普通人間からその量の血液を抜くと死ぬが、俺は死ななかった。

 なんなら食事するだけでガンガン血が増えるまである。


 血の気が引く感じはするが、気を失うことはない。

 もしかしてだけど、俺は胃袋どころか心臓まで鋼になったのかもな。他の器官ももしかしたら?

 あまり深く考えるのはやめよう。俺は人間だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「後な、俺の血を飲むと、俺と念話。つまり心の中で1対1で会話できるらしい。これはシャスラから聞いた話だが」


「!?」


 寧々が突然輸血用パックをガン見した。

 いや、一度抜いた血じゃ意味がないんだ。

 俺に流れてる血を直接吸う必要がある。


「興味あるのか?」


「それってどれだけ通話しても、月々のお支払いがないんでしょ? 興味ありまくりに決まってるじゃない!」


 寧々の理由は至極もっともなものだったが、今の稼ぎなら余裕で支払えるだろうに。根が貧乏性なのだろうな。

 そういう事で仮契約することになった。

 仕事道具の針を指に一差し。

 ぷくりと血が玉のように浮き出る。


「はい」


「これを吸うの? ちょっと勇気が要るわね」


「人の目が気になるか? じゃあこうやって俺が背中で隠しておくから」


 思わず壁ドンの形。

 寧々は若干挙動不審気味に目を泳がせ、それでも興味が勝るのか、俺の指から流れる血をちゅぱちゅぱぺろぺろとしゃぶるように吸った。最初は落ち着かなかった寧々も血を吸って落ち着いたようだ。

 いや、指に全神経を研ぎ澄ませているのか、集中力がやばかった。


<佐咲寧々と仮契約が完了しました>


『もういいぞ』


「わ、急に話しかけないでよ! って頭に直接?」


『今のが念話だ。月々の支払いから解放されるし、ダンジョン内でも通じる』


『頭の中で考えるだけでいいの?』


 やっぱり彼女は飲み込みが早い。

 凛華や久遠もそうだが、対応力がずば抜けてるな。


『考えるだけじゃダメだ。頭で俺の事を考えながら念じてくれなきゃ通じない。流石にプライベートな思考までは入ってこないから安心してくれ』


『そ、そうしてもらえると助かるわ。じゃ、じゃあお仕事頑張ってね? 海斗なら余裕だと思うけど、シャスラの事を度々聞くと思うから』


「じゃあ、仕事中は頼むな?」


「分かったからあんまり顔を近づけないでよ」


 ああ、壁ドンのポーズのままだったか。

 俺の顔を見たって何もないだろうに。変な寧々だな。

 おんぶ紐ごと寧々に預けて仕事にかかる。

 シャスラからの吸血がなかったおかげでその日の仕事はいつも以上に捗った。


 俺一人で十分やれると思ったが、やはりもう一人いると便利だな。

 こんなチャンスがあるのは寧々が学園に戻るまでだ。

 いまのうちに暴食の研究も進めておこうと部位を大きめに切り分けたモンスター肉をTPで売ってもらってそれを食す事で付くバフと、味の調整を考えた。


「いやぁ、今日は随分と調子が良かった。食事のおかげかな?」


「有り合わせのものですよ? むしろ今までは本調子じゃなかったのでは?」


「いや、自分の実力は自分が一番分かってるよ」


 今日ワーカーとして出向いたのはCランクの探索者。

 たった二人で行動している為、向かった先がDランクダンジョンだった。

 ここは半分俺の庭だったのでドロップ品の管理と有り合わせ食材の料理を提供したら大層喜ばれた。


「いや、でもダンジョン内でこれほど暖かい料理にありつけるのって滅多にないんだぜ?」


「そうなんです? 俺たち疾風団では通常メニューですよ?」


「マジかよ、濡れタオルの支給もありがたいってのに、あったかい飯もついてくるのか。なんで今まで知らなかったんだ?」


「あまり知名度がないのは宣伝に回せる経費がないのと、活動圏が関東に限られてたからですね」


「今は違うと?」


「俺は疾風団と契約してますが、所属ギルドはロンギヌスですから」


「ああ、新進気鋭のギルドだな。噂は聞いてるぜ? 害悪ギルドのウロボロスとバチバチにやり合っているって」


「そんな噂があるんですか? 俺たちギルドメンバーは普通に探索者とそのお手伝いをしてますが」


「知らぬはメンバーばかりなりってことか。でもこうして東北側にも足を伸ばしてもらえるのはありがたい。こっちにもワーカーはいるが、所詮は一般人だ。最低でもDランクからなので、どうにも及び腰でな」


「じゃあ、名刺を渡していくんで。ご用命の際には疾風団の六濃、いえ六王海斗をよろしくお願いします」


 俺は過去を捨てる為、六濃改め六王と名乗っていた。


 名前の響きは一緒だが、称号の六王からとって六王。

 まんまと言ってくれるな。Aランクダンジョンまでならダメージが一切通らない無敵モードなので名乗れる名前だ。


 こうして俺は単独で出張ワーカー業をこなし、疾風団の名を地方に売ることに成功していた。


 かつてはグリードポッドに在籍していた疾風団。

 しかし仕事を干されてから関東で仕事の斡旋先を回してもらえず自滅一歩手前まで追い詰められていた。

 実力はあるのだ。しかし仕事を回してもらえず、仕方なく底辺の行儀の悪い探索者からも仕事を受けるなどして生き繋いできた。


 が、その結果がワーカーたちの失業に拍車をかける。

 その質の悪い探索者こそ、ウロボロス。

 日本全国に拠点を置き、それこそ各地で悪行を重ねている。


 それらは御堂の親父さんの担うダンジョンチルドレン計画と裏で繋がっていた。

 俺は、それに気づいてから関東で仕事をしてるだけじゃダメだとこうやって地方遠征の先駆けとして動いている。

 寧々には逐一連絡を入れて、どの仕事が喜ばれたかを伝えていく。

 こう言う時、念話は便利だな。


 最初お母さん役をやりたいって言ってきた時はどうなることかと思ったが、今では彼女と仮契約しといて良かったと、そう思うことにした。

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