第58話 【暴食】の継承者
「ぬっふっふ、これで貴様も妾の配下じゃな? さっきはよくもやってくれたな? 貴様さえ無力化すれば妾は無敵じゃ!」
俺の首に引っ付いてフガフガ喋る少女。
しかしくすぐったいだけで意識が乗っ取られるとかそういうのはない。
こいつがAランクだからか、俺の状態異常耐性がAランクまで無効だからか、全然下僕化しない俺に対してどんどん威勢が悪くなっていく。
「なんでじゃ! なんで貴様は眷属化出来ん! しかもこれ、妾の方が眷属化されてないか!?」
「あ、ほんとだ。テイム出来る、テイム!」
「ぎょわーー!」
全く、最後までうるさい奴だったぜ。
こうして銀髪ロリを従えた俺は、そっくりそのままダンジョンの踏破を果たすのだった。
あまりにあっけない結末に『奉天撃』一同は自分達の目標が俺に横から掻っ攫われた怒りよりも、事態の収束の意外性に対する呆れの方が大きいだなんて顔をする。
つーか俺もなんだこの顛末って思うもん。
すると頭の中に聞きなれない声が響いた。
<序列が更新されました>
ダンジョンランキング序列十位 ヒューム・カイト
<王の資格が与えられました>
序列戦に挑むことができます。
<シャスラから王の権能・暴食を継承しました>
効果1:モンスターの肉体の一部を捕食した際、スキルを一時的に獲得。消化後には消える為食事のしすぎには注意。
効果2:モンスターのドロップを用いて食事を作った際、食事をした者に任意バフ。バフ効果は使用したモンスターによって変わる。
効果3:鋼鉄の胃袋。バフ効果を得られるなら無機物でも捕食可能。
効果4:状態異常耐性<S>
なるほどな、理解した。
効果3は相当食事に困らない限りお世話になることはない様だな。
それにしても全部パッシブ系か。
俺らしいっちゃ俺らしいが、少しは攻撃系の能力も欲しいな。
<現在Aランクダンジョンの支配者が居ません。テイムしますか?>
テイム? 明らかにさっきのやつがボスって感じだが。
俺がテイムしたからテイム権を獲得したのか?
よくわからんがイエス以外の選択肢はないな。
次にいつ来れるかわからんし、もらえるのはもらっとく主義だしな。
<Aランクダンジョン踏破報酬>
・Aランクモンスター以下を支配可能!
・全てのモンスターを支配可能になった事により【六王】の称号が与えられます。
【六王】
効果:ダンジョンテイマーのコンプリート報酬が全解放!
Fランク:忍耐<F>
Eランク:魔法攻撃耐性<E>
Dランク:自然治癒<D>
Cランク:状態異常耐性<C>
Bランク:精神攻撃耐性<B>
Aランク:未来予知<A>
いや、よもやコンプリート報酬が一挙に増えるとは。
こいつはありがたい。
それはさておき、この小生意気な銀髪ロリには聞いておきたいことがあったんだ。
俺はさっきこいつに噛まれたよな?
普通であれば俺はこいつの眷属にされていてもおかしくない。
そこんところどうなの?
「おいチビッコ」
「妾にはシャスラという名前があるのじゃが?」
「アーなんちゃらって方は?」
「そっちは種族名じゃ。序列入りした我らは種族名と真名で呼び合うのじゃよ」
つまり俺はずっとヒューム・カイトで通すわけか?
「……嫌なしきたりだな」
「それが王の、序列で戦う者のルールじゃからな。力無きものは力持ちし者に抗えぬのは道理じゃて」
どこか遠くを見据えてシャスラは語る。
見た目チビッコだが、その口調からはそれなりの年月を生きて来た様に思える。気のせいかもしれないが。
「それよりも、俺はお前に血を吸われたわけだが種族名は変わったりしてないのか?」
ほら、吸血鬼って吸われたら吸血鬼になるって噂があるじゃん。そういうのになったら嫌だなと思って念のための確認をな?
「本来なら妾がお主を支配下に置いて吸血鬼となるはずじゃった。しかし結果はお主が妾をテイムした。妾の吸血に抵抗する人間は久方ぶりじゃ」
過去に誰かいたみたいな口振りだな。
「つまり俺は人間のままで吸血鬼であるお前を下したので吸血鬼にはならないと?」
「左様」
テイムしたからか、あるいは俺の手に権能が渡ったからか。
シャスラはすっかりと意気消沈しておとなしくなった。
おとなしくなったはずなのにどこかうざいのは産まれからくるのかね?
因みに彼女は俺がテイム中にかぎり、人間と同じスペックでならダンジョンの外でも活動できるようだ。
吸血鬼のデメリットが解消されて全く強くもなくなったが、俺がテイムした中で唯一外に持ち出せるモンスターとなった訳だ。
しかし、こんな世間も知らないガキンチョを連れ歩こうものなら職務質問待ったなし!
ただでさえ髪色も違うし、容姿も違う。
一体どこから連れ出したのかと聞かれたらはぐらかす自信がないのだ。
「なのでお前は俺の借りてる部屋で過ごしてくれ。出番があるなら呼ぶから」
「む、妾を外に出してくれるのか?」
「俺の室内に限る、がな。その代わり勝手に外に出たら俺が困るから出るなよ?」
「仕方ないのう。王の願いじゃ。聞き届けてやるかの。ウッシッシ」
何か良からぬことを思いついた笑いをするシャスラ。
変なことだけはするなよ、と思いつつ、Aランクダンジョンの深層と俺の部屋をくっつけた。
これでいつでも俺の部屋からAランクダンジョンに迎えるぞ!
嫌がらせとしか思えないデメリットマシマシの権能を使って凛華達の練習相手を増やしまくろうと企む俺。
そしてある程度予定を立てたら未だに放心してる麒麟字さん達へ呼びかけた。
「俺の方の用事は全て終わらせました。なにやら俺の才能が大幅アップデートされた様です。今後はAランクモンスターでも問答無用でテイムできるようになりましたので、道中も安全ですよ?」
「君は、どんどん私たちの手に追えない存在になっていくね?」
うんうんと頷く一同。
正直俺の能力はテイムありきだからな。
ちょっと強くなったとしても、俺自身はまるで変わらないんだな、これが。
「一度上に戻りましょう。ここにきて随分と経ってしまいましたし、予定より随分と長い期間潜りましたしね?」
「ほぼ海斗君の所為というか、お陰というか」
「それはさておき、俺たちの捜索隊が出されているかもしれないな」
「捜索隊ですか?」
Aランクダンジョンともなると上位探索者ですら捜索隊が出されるほどの魔境らしい。
そりゃAランクをソロで歩けるならそれより上のランクを設けなきゃいけなくなるもんな。
ゲームや小説ならSランクとかになるのか?
入院字に読み耽っていた妹からの情報に、何故にAの上がSになるのか頭をちんぷんかんぷんにしながら思う。スペシャルとかそう言う意味がありそうだ。じゃあF〜Aはどう言う意味があるんだと聞いたらはぐらかされた。そこに意味を求めてはいけない様だ。
「私達はAランクといえど、まだここの環境に適応しきれてないのも事実だからね。予定より長くかかったらダンジョン協会も捜索隊くらい出すさ」
「それもそっか」
「お前が規格外すぎるんだよ、海斗君」
「流石晶正さんのご子息だ」
「俺も父さんの様になれますかね?」
「それは私達が保証するよ」
「正直、晶正さんすら越えてる気がしなくも……」
「それは流石に大袈裟ですよ。それに、父さんは俺にすら全ての実力を明かしませんでした。多分本気を出せば俺なんかよりもっと強い筈です。俺はそれに追いつくように努力しますよ。この能力は、表に出れば消えてしまいます。それがなくても胸を張れる人物になるつもりでいます」
「流石晶正さんのお子さんだね、と言い方は失礼だね。六濃海斗君、君は我々探索者になくてはならない希望になると私が周囲に言いふらしておくよ。大船に乗った気でいたまえ」
「姉さん、流石にそれは」
「あまり言いふらして予約殺到になったら困るのは俺たちですよ?」
「ふふふ♪ それはそれでいいじゃないか。無力のポーターが世界に名を轟かせる。きっとくるよ、そんな時代が」
麒麟字さんが微笑む。
奉天撃のみんなも微笑んだ。
道中もモンスターは襲いかかってくるも、数を絞って討伐していく。テイムの手応えも変わらず、種族の垣根を越えての合成にも成功した。
凄いな、この力は。
デメリットばかり目立つ権能だが、この成功率の高さは嬉しい。
ユグドラシル頼りのガチャではなく、五回に一回の成功というリアルな偏りがまた良い。
「研究熱心なのもいいけど、帰り道は急がないとね?」
巨木の様な首を寸断しながら麒麟字さんが上に上がる階段を促した。
「そうでした。ついつい夢中になっちゃって」
そうして30階層から12階層までほぼ全部を最短ルートで駆け登っていく。
「やはり捜索隊が出されていたね。流石にマグマの海までは渡れなかったか。由乃、道を」
俺がヒュドラにブレスを吐かせようとしたが、そこは俺の能力が明るみに出るのを恐れての配慮。
改造ドラゴンのヒュドラはそこらへんに野放しにした。
Aランクを超えない限り、いつでもどこでもテイムできるからな。
「奉天撃のみなさん! よくご無事で!」
「悪いね、夢中になりすぎて奥に入り込みすぎてしまったよ。今回のサポーターが優秀でね。まだ余力は残ってる。君達の他に何名できた?」
「15名です。各階層で拠点を作っていつでも退去できる様にしています。こっちはただ捜索しにきたというのに死にかけてますよ」
「お疲れ様です、濡れタオルいかがです? 温かいお茶もご用意してます」
俺のサポートに、捜索隊の人が不思議そうな瞳を浮かべている。
「ふふふ、面白いだろう? 彼、私達ですら弱音を吐くこの環境で最深部までついてきた鋼のメンタルを持つ凄腕のワーカーなんだ」
「最下層!? 人類未到の地じゃないっすか! まさか踏破したとか?」
「そのまさかだよ。記者達にも面白いお話ができると思う。そうだ、海斗君、記者会見が始まる前に先にクエスト達成のサインをしておこう。帰りは……君に任せるよ。普通に帰ってもいいし、裏道を使ってもいい」
地上に向かう途中、やおら饒舌に語る麒麟字さん。
もう既にでっちあげた口裏合わせが完成している様だ。
その上で俺への気遣いまで完璧だとか。弱点ないんじゃないのか?
「特に向こうに用事は無いので」
「それならば好きにしなさい。おっと、外はもうこんな時間か」
ダンジョンの外は夕暮れ時。
沈みゆく夕日と、待ち構えていた新聞記者に会見を開くべく歩み出す麒麟字さん率いる奉天撃のメンバー達。
俺はバスに乗り込み、とんでもない通知を叩き出すメールに目を落としてギョッとする。
12月30日の午後16時。
あともう少し長居していたら年が変わりかねない時間ダンジョンで過ごすところだったのだ。
メールの相手はもちろん凛華。
恋人になったのはいいものの、その後の予定とか打ち合わせをしたいのに全く既読がつかずにそれはもうお怒りのご様子。
俺はその場で誤り倒して、裏ルートで帰宅した。
三重から東京まで片道7時間。
駅に行くまでここからどれくらいかかるとか考える時間も無駄。
ダンジョンならもう庭だし、俺は認識阻害のリングを嵌めて、ダッシュで帰宅。
「この赤いの、うまいのう? 妾はこれが気に入ったぞ?」
ようやく辿り着いた深層から自室に辿り着くと、部屋中が荒らされた形跡があり、その中央にはシャスラがトマトケチャップを直に吸い出す奇行を目撃して目を点にする。
それはさておき、室内に用意しておいた備蓄があらかた食い尽くされてる事態に頭が痛くなる俺だった。
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