第59話 初デートは妹を添えて
俺は31日一杯、仕事を受けずに凛華と過ごすと決めた。
妹もおまけでついてくるが、明海と過ごすのも久しぶりなのでたくさん堪能するぞ!
端末の通知もオフにして、本日は恋人のワガママをたくさん聞く所存である。
先日のやらかしの分を取り戻すのだ。
「海斗さん!」
「お兄!」
「お待たせしちゃった?」
「ううん、今来たところ」
「えー、凛華お姉ちゃん待ち合わせの一時間前に行くってあたしを連れ出したじゃん? おかげですっごい寒かったんだよ?」
道理で30分も前に来たのに居るわけだよ。
凛華、俺以上に浮かれてたか?
「ごめん、ここ最近仕事が時間通りにに進むもんだからこれからは一時間前に来るように心がけるよ」
「ううん、待ってるのも楽しかったよ?」
耳元まで真っ赤にして可愛いやつめ。
というか、学園内では君付けだったのに、いつのまにかさん付けになってるな。俺を呼び合う
寧々のは契約に近いし、久遠はまぁまぁ懐かれてる感じはした。
それを言ったら凛華との子の関係も当初は契約だったな。
俺はどっちでもいいけど。
「お兄、ここ寒いよ。あったかいところ行こ?」
「そうだな。行くか、凛華」
手を差し伸べると、指先をチョンと握り返す感触。
明海はそれを茶化すことなく反対側の腕に引っ付いた。
おいおい、勘弁してくれよ。
俺はお前のことを妹としか見てないんだぜ?
それでもこういった生活すらできなかったからな。
あの当時はお互いに生きるのに必死だった。
でも今は、なんでも買ってやれる。俺は稼ぐことなら誰にも負けない財力がある。ロンギヌスの御堂勝也に進呈されたブラックカードで豪遊出来るぜ!
「明海は何か買いたいものあるか? 兄ちゃんたくさん稼いできたからたくさん買ってやれるぞ?」
「さっすがお兄! でも今日のメインは凛華お姉ちゃんだから。あたしはおまけでいいよ?」
そう言いながらも嬉しそうに腕にくっついてるのは何でだろうな?
周囲からは舌打ちの音がいくつも聞こえてきた。
凛華は単独で強いけど、今戦闘に巻き込まれたら使い物になるかわからない。まるで盲目状態。
俺が二人を守ってやらなきゃいけないんだ。
普通ならここらでイベントの一つや二つ出てくるはずなのに、なぜか誰も絡んでこない。
俺はか弱い人間のままのはずなのに、シャスラに噛まれて以降弱者に見られないんだよな?
まるで蛇に睨まれた蛙のようにチンピラやゴロツキが避けて通るのだ。
「凛華は欲しいものとかあるか?」
「もう少しこのままでいさせてください」
この子、こんなに可愛いところがあったんだ?
いや、見た目は最初から可憐だったけど。そういうんじゃなくて、当初は誰にも心を開いてない人形のような感じだった。
それを言ったら俺も他人がどうなろうと知ったこっちゃない感じなのでお互い様か。
寧々も助けなかったらきっとここまで仲良くなることもなかったぐらい険悪なスタートだったし。人生何が起こるかわからんもんだぜ。
「このままじゃ動きづらいからお店入ろう。二人はお腹空いてないか?」
「私は胸が一杯で……」
「じゃああたしが代わりに食べようかな? お兄は凛華お姉ちゃんの介抱をしてあげて」
「朝から飛ばしすぎるなよ?」
「心得てますって!」
見ていて不安だから言うのだが、俺の妹はそこまで馬鹿じゃないかと近くの喫茶に入ったら……
「お兄! 見てみて、これすっごい大きいやつ! あたし初めてみた!」
大興奮で五段タワーになってるパフェを見て指を差す。
どうやら食べたいようだ。
凛華との生活はなにかと淑女の嗜みがつきまとうので、生活こそ豪華だが、食事のグレードは低く、甘味などもってのほかだったらしい。
だからと言ってこれは無いだろうに。
「海斗さん、私も手伝いますから、許してあげてもいいんじゃないでしょうか?」
凛華は凛華でナイスよ、とジェスチャーを送り合っている。
裏で綿密な計画でも立ててたかのように凛華の思惑通りに進んでいるようだ。
つまり妹の無茶振りに応え、手伝う事で兄妹の絆を築けて恋人の関係もより一層深まるとかそう言う深層心理のようだ。
いや、意味わからんが。凛華がそれでいいのなら俺も付き合うとしよう。
しっかし店側も店側だ。こんな真冬にパフェなんぞ特盛にしなくたって良いだろうに。ホットドリンクをお供に頑張って攻略した。
──1時間後。
「ついにここまで攻略できたが……」
五段中、三段。アイスクリームとパンケーキ、フルーツコーナーを制覇した俺たちは新たな強敵を前に息を呑む。
「これは予想外でした。うっぷ」
凛華は早くも限界がきている。普段からあまり物量を食べないのだろう、攻略した相手は少ないが、それでも充分健闘している。
「お兄、あたしここで負けるのは悔しいよ……」
涙ぐんでテーブルに突っ伏す明海。
おい、頼んだのお前だろ? お前の始めた戦いだろ?
勝手に降参するなよ。
いや、ふわふわのパンケーキに甘いフルーツ。
冬には厳しいがアイスクリームはホットドリンクのお供にならいいアクセントになりえた。
しかしここから先は和の支配領域。
あんこ! 白玉! 寒天! のハイカロリー三姉妹。
撃沈するのが目に見えてる采配。
俺たちはどうやら実力に見合わないダンジョンに赴いてしまったようだ。
「店員さん、これお持ち帰りは」
「水物なんでねぇ、基本的に店内で食べてもらう前提で配膳してますから。それにパフェグラスは特注です。お持ち帰りいただくならそれ相応の金額を支払っていただきますが……」
意味深なセリフを並べる店員。ここは本当に恋人を応援するつもりがあるのか? 待ち合わせの近くの喫茶店はもちろん偶然入ったのではなく、入念なリサーチの末導き出した解答。
もちろんカップルへのサービス精神溢れる店を重点的にピックアップしたつもりだ。
「つまり中身さえ消えれば問題は無いと?」
「そうなりますね。ですが一度持ち帰って後日返品というのは受け付けておりません」
まるでドラゴンを前に引き返していいですかと質問したら情け容赦なくブレスで追い払われた、そんなやり取り。
取りつく島もないというのはこういうことだ。
店側はカップルの応援をしてようが、店員まではそのメンバーではないらしい事を俺は痛感した。現に俺たちを睥睨し舌打ちをする始末。
仲睦まじいカップルがよほど憎いらしい。
こうなったらやむを得ん。助っ人を呼ぼう。
「二人には紹介しよう。新しく俺の眷属になった人形モンスターのシャスラだ。地上ではほとんどの能力が封印されているが、デメリットも消えている。せいぜい扱き使ってくれ」
「なんじゃ、突然妾をペット扱いしおってからに。妾と汝は一つ屋根の下で暮らす同胞であろ? しかし摘めるものの提供とはわかっておるではないか。やっぱり無しは聞かぬぞ?」
よく見ればシャスラの口元には何かの食べかすがついていた。
こいつ、また俺の食糧庫を漁ったな?
家に帰ったらキツく灸を据えてやらんと。
「お兄、いつの間にこんなに大きな子供を!?」
突然現れたシャスラを前に、明海が凍りついたように衝撃発言をぶっ込む。
いやいや待て! 誰が俺の子供だ。変な誤解を生む様なことを言うんじゃない!
「ひどいです海斗さん。私の純情を弄んでいたんですね!?」
それに釣られて凛華がポンコツと化した。
もう勘弁してくれ。
「こいつは見た目通りの年齢じゃない、モンスターだ。俺がテイムしてるからこそおとなしいが、普段なら人に平気で襲い掛かる危険な奴なんだぞ?」
そこまでいってようやく誤解が解ける。
本当に解けたか怪しい限りだが、モンスターを連れ歩いてるヤバい奴扱いされたりしないか、それ?
「なーんだ。だって、凛華お姉ちゃん? お兄、別に不貞を働いてたわけじゃないみたい」
「ふふ、せっかちですね明海さんは。私は最初から海斗さんを信じていましたよ?」
何度も咳払いをした後、凛華がしたり顔で答える。
瞬きの回数もすごいし、額から汗も垂れてるぞ?
「なあ、ところでこの二人はなんじゃ? 王の側女か?」
側女とは、随分古めかしい言葉だ。意味は側室とかそういう意味合いだったか。 って誰がセフレだ!
一方はどうみたって血の繋がりがあるだろうが!
「そういうんじゃない。一人はお付き合いしてるが、もう一人は妹だよ。それ食ったら帰れよ?」
「ほうほう、王女殿であったか。妾はシャスラ。王に忠誠を誓うアーケイドの姫である」
「お姫様? モンスターじゃなくて?」
「人は上位種族をそんな不敬に言葉で語りたがるがの、妾達は知性を有しておるぞ? この知性あるまなこを見よ」
「と、まぁ口だけは達者でな。こいつは見た目通りの年齢じゃないがよろしく頼むよ」
ポンポンと頭を撫でると「気安く触るでない」とお冠になった。
そして帰還するシャスラだったが、目の前にあったはずのパフェの器もどこかに消えていた。
妹曰く、グラス毎食べていたらしい。
おう……まさか継承した暴食の権能、あいつ自体にもまだ残ってたパターンか?
これは先が思いやられるな。
そして案の定、彼女の食欲は俺の室内の食器に向かった。
なんでも口に入れるのは幼児特有の無知さからだが、さらになんでも噛み砕く鋼の牙に、なんでも消化する鋼の胃袋。
こいつが合わさるだけで予想外の費用が飛ぶことを思い浮かべ、俺はとんでもない拾い物をしちまったなと思い至るのだった。
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