第57話 Aランクダンジョンの階層主

 そんな感じでサクサクと最下層に挑む俺たち。

 因みに麒麟字さん曰く、最下層到達は初めての事らしい。


「え、てっきり踏破済みなのかと」


「普通はこんな速度で安全かつ心身健全に降りられない物だよ? 表向きはAランクギルドの最強パーティだなんて謳っちゃいるが、実際はAランクダンジョンすら踏破出来ずにいるんだ。もし今日踏破しよう物なら世界は荒れるよ?」


「へー」


 他人事のように空返事を送ると、未だに実感も湧かない俺におっかない事を語る麒麟字さん。


「君の名前も新聞に載るかもね?」


「ワーカーなのに載るんです?」


「言っちゃあなんだけどここまでくるだけで快挙だからね?」


 全員が頷いて見せる。マジかー。

 全然実感湧かないや。


「俺としては少しはワーカー業が見直されてくれたら嬉しいですね」


「君レベルのワーカーが来てくれるんなら引く手数多さ」


「流石に今回は大盤振る舞いしすぎました。経費込みで22億使ってますから」


 全員が俺の言葉にポカンと間抜け面を晒した。

 一人だけ復帰した麒麟字さんが恐る恐る訪ねてくる。


「……その金額は一体どこから?」


「あ、学園でちょいとばかり稼ぎまして。それと勝也さんのカードを借りてチョチョイとTPに」


「その額を短時間で稼げるのも君の資質か。正直その額をポンと投資できる君に我々も若干引いてるよ?」


「やだなぁ、サービスですよ、サービス」


「サービスが手広すぎる……因みに普段はどんなサービスなのか参考に聞いても?」


 あまりにも俺の突飛なサービス内容に呆れ返る『奉天撃』の一同。

 俺は普段はドリンクと軽食の提供、濡れタオル、消臭スプレーなど細かなアイテム、他にはドロップ品の管理と解体作業などの雑務をしてると答えた。普通、モンスターを倒すとドロップ品を残す。

 しかし解体が必要なモンスターは部位を切り落としても死なない再生持ち。その素材は消えないので解体作業が必須技能だった。

 ワーカーギルド疾風団では、こう言ったゴミになりそうなものからでも金にするコツがあるそうで、俺はその作業を頑張って覚えてる最中である。そんな事をみんなに話せば、逆にワーカーの仕事の手広さに驚かされたと驚いていた。


「普段からそれなんだ?」


「流石にマンション借りてそっちでトイレしろとかシャワーしろは言いませんよ。安全地帯作らなきゃいけないほど危険でもないですし」


「あー……でもテントとかは普通にある系?」


「ありますねぇ。食事も普通に出しますし、カロリー計算もしてます。歯磨きしたい人はそっちも優先しますし、シャワーは流石にご用意しません。場所によっては経費で落とせないところもあるので、そのサービスはBランクダンジョン辺りからでしょうか? 行った事はないので危険度の程はわかりませんが」


「君が希望するなら予約するよ?」


「本当ですか!? やったー」


 年相応の喜びを見せる俺に、周囲から微笑ましい笑みをいただいた。いや、東京の方はマジで魔境なんだもんよ。

 モンスターよりも人間がえげつねーの。

 情報統制に次ぐ情報統制。中には人海戦術まで敷いてダンジョンを独占してるんだぜー?

 普通に出入りできることのなんと有難いことか。


「その前にこの階層をクリアしてからだけどね」


 見据えるのは鬱蒼としたジャングル。

 マグマの海の付近にこんなに根強く育つ木々が普通であるわけがない。これってもしかして……


「海斗君、ユグドラシルがいた場合、片っ端から使役化に置いてくれる?」


「勿論です。ただ数が多いと同時使役枠は増えないので使役後に瓶で回収させて貰いますが」


「十分よ。自分達で使っておいてその利便性がわかると是が非でも相手に使わせたくないものね」


 麒麟字さんは得物の奉天撃を担いで忌々しげに景色に溶け込むユグドラシルを見据えた。


 いるよいるよ、めっちゃ居る。

 ここがユグドラシルの発生の地かって程わんさか居るよ。

 そりゃこんな場所に生えてりゃ熱に耐性があるわけだ。

 燃えたところで他のユグドラシルが居るだけで復活可能。

 そりゃジリ貧もいいところだ。


 しかし階層主はダンジョンモンスターではなく、薄く輝く少女だった。歳の頃は小学校から上がったばかり。

 銀色に輝く頭髪を背中まで伸ばし、血のように赤い瞳、口から伸びた犬歯が特徴的なのじゃロリだ。


「よく来た、人類。さて試練を始めようか? 始まりのダンジョンにして序列十位の妾、アーケイド・シャスラが再び人類の進化を促してやる。世間ではそれをダンジョンブレイクと言ったかの? 才能を手にするのに試練が必要じゃというのに、こんな場所に妾を閉じ込めおって。甚だ不快じゃ。存分に覚悟しろ」


 ぐにゃりと視界が歪む。

 熱気による視界の変化ではない。

 まるで相手に心臓を鷲掴みにされたような感覚。

 何が起きた?

 見やれば麒麟字さんでさえ、不遜なのじゃロリの前に膝を屈している。


「ふぅむ、才能は持っていてもまだその力を十全には扱えていないようじゃの? じゃがそこのお前。お前は合格じゃ」


「俺?」


「そう、そこの童。貴様、妾と同じダンジョンテイマーじゃろ? 使役できるダンジョンはDと低いが、磨けば光る原石じゃ。お主は妾が飼ってやる。人類には味わえない甘美な閨を過ごそうぞ?」


 なんだその魅惑的なお誘いは!

 じゃなくって、生憎と俺は彼女持ち。

 彼女ができる前だったらワンチャンあったかもしれないが、生憎と胸は大きい方が嬉しいんだ!

 上から目線のロリは妹だけでお腹いっぱいだってーの!


「ほう、妾より人類側に着くと申したか。貴様、ただでは殺さん」


「やってみろ序列十位! 人類のダンジョンテイマーの力を見せてやる。ほら、仕事ですよ麒麟字さん、起きてください!」


 命の雫を投擲後、全員が謎の状態異常から回復する。


「ハッ!? 私は……」


「どうやら敵の状態異常攻撃にかかっていたようですね、手強いですよ?」


「問題はそれをどうやって解除したかって事なんだが?」


「これです」


「これは!」


 俺は全員に命の雫を持たせて銀髪のじゃロリの状態異常から身を守るように口頭で伝えた。


「ふん、妾のテンプテーションを逃れたところで貴様らには何もできぬ! 我が配下は最強の布陣じゃからな!」


「ヒュドラ、灼熱ブレスだ!」


「あっあっ待って! 火には弱いからぁー!」


 こののじゃロリ、どこまでが演技だ?

 テンプテーションとやらが切れてからやたら弱腰だ。

 よし、ユグドラシルの消滅を確認!

 即座に復活するから無敵のように感じるだけで、実際はダメージ負ってるんだよなぁ。

 特にヒュドラ、ハイドラのブレスは肉体と精神体に特効。

 ユグドラシルの弱点なんて手に取るようにわかるぜ!


「フハハハ! 誰が待つかボケ! Dランクしか支配してないからと勝手に格下扱いしたのが運の尽き! Aランクの席、開けてもらうぞ! 強化ヒュドラ、灼熱ブレスで焼き払え!」


「のわーーーー、こんな筈じゃ! 妾の布陣は絶対無敵のはずじゃのにーーー」


 確かにユグドラシルは強いよ。最強のサポーターだ。

 だがな、どうしたってモンスターである以上弱点はある。

 精神体であっても炎属性に弱いという事。

 自分が燃えてる時、能力が発動できない事。

 俺のユグドラシルが特別製なのは、ユグドラシルが担い手のパッシブを引き継ぐことにある特殊モンスターだったからだ。

 そして目の前の相手はその弱点をそのままに、テンプテーションで地べたに這いつくばった俺たちをオモチャにして遊ぶことしか考えてない奴だった。


「敗因は無敵ゆえに努力を怠ったお前の怠慢による物だ! 分かったか!」


「ふぇーーーん」


 なんだこいつ、勝負に負けたら急に泣き始めたぞ?

 試練とやらを教えてくれるんじゃなかったのか?


「ちょっと海斗君? こんな小さい子に本気出さなくたって良いじゃない」


 麒麟字さんが見てられないと俺を嗜めてますけど、あなたさっき彼女に何されたか忘れてしまったんですか?


「いや、だってこいつこんな弱そうですし」


 そんな時だ、彼女の目が一瞬光ったのは。


「隙あり!」


 ガブリと俺の首筋が噛まれ、ちゅうちゅうと血が吸われていった。

 銀髪、赤眼でどうして思いつかなかったのか。

 弱者のふりしてこいつはれっきとした怪物、バンパイアだ。


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    ┃本日は19:10にも二話目が投稿されます。┃

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