第56話 有能ワーカーのいる風景
小休止を終えた奉天撃のメンバーは肌をツヤツヤさせながらモンスターを駆逐する。
勿論俺も援護をしながらテイム枠を解放だ。
「いやー、海斗君は才能以上にワーカーとしても優秀すぎるな。実際引く手数多なんじゃない?」
「どうですかね? サービス過剰とはよく言われます。お陰で仕事するたびに赤字ですよ」
「中には才能の優劣でしか物事を判断しない輩も居るか。そこが今の現状でもあるが──よいせっと!」
会話をしながら抱えた身長以上もある槍を片手で奮ってサンダードレイクの首を切り落とす。
Aランク以上ともなると再生能力を備えた個体が数多く、首ひとつ切った程度じゃ致命傷にならない。
でも素材として持ち帰れるので回収しながらついていく。
Aランクモンスターは龍に連なるドラゴン系統が豊富だ。
お陰様で五枠あった使役枠をドラゴン種で埋め尽くせたのは大きな戦力増強だと思う。
死んでもユグドラシル効果で即復活するのでゾンビアタックが可能。同種族同士だから強化個体も作れてウハウハ。
討伐したら即テイムできる強みがこれほどダンジョン攻略に活かせる才能は見たこともないと絶賛を受けるが、実際にはもっと大変だったのよ、実際。
今でこそこうだからとなんの補正も受けずにダンジョン入るのは命を賭ける以外の選択肢はないわけで。
それをいったら麒麟字さんに怒られるので言わない。
命をかけた程度で踏破できたら苦労はないのだと、そう言われたばかりである。
「ハイドラ、絶対零度ブレスで援護+足元確保! 皆さんは足元にご注意を!」
「オッケー」
「助かる」
「了解した」
「うわー、私の仕事がー」
一人だけ自分の仕事がとられたと嘆く貝塚さん。
幻術師の真骨頂は幻術を具現化させて足場を自在に操ることらしい。物理的にブレスで足場を作られたら彼女は仕事を失うと言うが、余力ができたと考えてもらいたい限りだ。
「メソメソしないの信乃。他の場所で頑張りなさい」
「はーい」
すぐに立ち直れるのがこのパーティーの強みか。
その中心にいるのはいつでも麒麟字さん。
【鬼神】だなんておっかない二つ名を持ってるのでどんだけ怖い人なんだと思ってたら拍子抜けしたのを覚えている。
Aランクダンジョンは全部で30階層。
一層一層がバカデカくて広大なフィールド構造。
次の階層に降りるたびに階層ボスを仕留める必要があり、階層ボスは軒並みグレードが高い。
それすら瞬殺するなんて奉天撃の地力は目を見張るものがある。
俺のサポートなくても余裕で踏破が可能ではないかと思ったが、初日で中層(十五層)に至れたのは後にも先にもなく間違いなく俺のおかげだと言う。
「なんと言っても回数を気にせずじゃんじゃん武技を使えるのが大きい!」
忍者である甲賀さんは回数制限のある武技をやりくりしてきてストレスで禿げそうだと悩みを告白してくれた。実際十円ハゲで悩んでるらしい。頭巾を被ることで頭部は見えないが、見えないところで苦労があるのだそうだ。
「シャワー室完備の専用個室なんて一度利用したら病みつきです!」
仕事を奪われたと嘆いていた貝塚さんも、実際シャワー室を出したら上機嫌で俺のやらかしを不問にしてくれた。
美味い飯よりこの手のサービスの方が女性は喜ぶらしい。
匂いを気にするのは男に限った話ではないのだ。
「匂いを気にせず精力増強できるのがでかい。タンクやってるとやっぱガッツが出るもの食いたい衝動に駆られるもんな」
「然り」
タンクの桂木さんにシューターのディムさんが同意する。
動き回る体力勝負の才能ほどガッツリ飯の方が嬉しいようだ。
「お陰でウチのテイムモンスターの活躍の機会が損なわれてるよ。いや、無駄な怪我はしなくて全然良いんだけどさ」
狩野さんだけ一人しょぼくれているが、戦力温存という意味で貢献してるんだからいいじゃん。
食事にはいの一番で飛んでくるあたり、彼女は食い意地の張ったキャラなのだろう。
出会った当初のお姉さん風はどこかに行ってしまったようだ。
「やっぱり海斗君が居るだけで全然攻略速度が変わってくるなぁ。本当はもっとここに至るまで苦労の連続なんだよ?」
「俺も知らないモンスターの情報がたくさん獲得できて有難いです。例えばこの層に現れるフロストドラグーンなんかは腹部からの強打に弱い。フロストだなんて名前だからてっきり炎に弱いかと思いきや、弱点は物理です」
「そこ! そう言うところ! 普通対峙したモンスターの情報って攻撃しながらようやく掴むもんなの! それこそギルド内の秘匿情報だよ? それをポンポン教えすぎ!」
「俺は運用する際のデメリットを伝えてるだけです。俺ならそのデメリットを見越してこう戦うのにな、と能力に対して知識の低いモンスターに呆れてるところですよ?」
「君、実はバカでしょ? 頭のいいバカ!」
失礼な。さりげなく戦闘時の注意点を掲げて効率をあげようとしているのに。それをバカ扱いとは参るね。
実際無能を装いすぎて自分でもこんな話信じないだろうと思う節はあった。
それでもなんとか騙せてきたから疑わないでいたが、ここではそれで通すのは無理があるらしい。
「どう取ってもらっても構いませんが俺は俺の仕事をこなすだけです。モンスターのテイムは趣味みたいなもんですよ。本業はこっちですからね」
マジックバッグから取り出したのは匂い立つ熱々のカレー。
万能消臭作用を持つスプレーがあるからこその裏技だ。
「君は本当に期待を裏切らないな。マジックバッグと言えど時間停止機能はないと聞くよ?」
「そこは魔道具で再現可能です。実際にダンジョンに魔道具を持ち込むワーカーは多いですし、俺のはその派生くらいに考えてもらえれば。辛さは甘口、中辛、激辛の三種。付け合わせにトンカツ、唐揚げ、惣菜各種。例のドレッシングもありますよ。ガッと行きましょう、ガッと」
実際にこれらをダンジョンで食そうと思ったら赤字どころではない。しかし今回俺が大盤振る舞いなのには訳がある。
それが稼ぎを制限されてない事だ。
これらの食事の先行投資に実に二億。
学園で量産した命の雫の値が崩れる前にTP換算したのでギリギリ三十億の資産があるうちからの二億である。
こまめに使ったが、これらの使い道は上位探索者との交流のみ。
早速その機会がやってきたのでさらに稼ぐ為に奮発したのだ。
なんだったら一戸建てのマンション一部屋を転移の魔道具で繋げて活用している。
転移の魔道具は設置型で一方通行でしか扱えないデメリットがあるが、もう一方を俺が持つ事で機能している。
シャワー、トイレ完備のトリックはこんな所だ。
休憩や休息、就寝はベッドで寝てもらい、時間になったら起こしに行って交代。
俺自身はここで雑魚寝してもなんら危険がないのでその方向で寝袋持参だ。
魔道具はセットでトータルで二十億したが、アルバイトで増やした泡銭。失ったところでなんら痛くない。むしろ先行投資としての期待度の方がでかいので言う事はないときた。
ブラックカード様々だな。
持ってるだけで店側がAランク探索者扱いしてくれるもん。
「いやぁ、満足満足。今日本当にAランクダンジョンに来てるんだっけって気持ちだよ。君がいるだけでまるで別世界だ」
「それ。本来は窮地に追い詰められて隠れながらこっそり先に進むスニークミッションなんだぜ?」
「当然持ち帰り品も雀の涙。でも今日の持ち帰り品はどうよ?」
俺の仕事に感嘆どころか呆れを通り越して驚きを隠せないみたいに頷き合う一同。
いや、俺は仕事をしてるだけですよ? 討伐部位は解体スペースが無いので納品前に解体する様に切断部位がまるまる入っている。
「海斗君様々なんだよねぇ」
「ほんとほんと」
今まで苗字で頑なに呼んでた人たちもいつの間にか親しげに名前呼びする始末である。
一回美味い思いした人ってすぐ手のひら返すよな。それを狙ったサービスでもあるから悪い気はしないが。
「それでしたら今後ともご贔屓にお願いします」
「彼の予約、その内年待ちになると予測するよ。私は詳しいんだ」
麒麟字さんがしたり顔で言った。
頷く一同。いやいや、そんなわけないでしょ。
世間一般のワーカーが探索者からどう思われてるか知らないわけじゃないでしょうに。
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