第51話 関西の狂犬

「おう、ここが東京もんのアジトか! 随分と派手なビルやなぁ!」


「どこのチンピラかと思ったら亜紀か、学園の演習以来か?」


「おう! ATMやんけ! 俺の舎弟が世話んなったなぁ!」


 どこの鉄砲玉かと思えば、恭弥さんの知り合いらしい。

 ワーカー業の仕事を終えて帰ってきたら、エントランスで見慣れない女性が気合の入った特攻服に身を包んで叫んでいた。

 知り合いなら俺は関係ないだろうとTPを受け取り、部屋に戻ろうとした際に声をかけられる。


「海斗! お前にご指名だ」


 マジかよ。こんな知り合い居ないぞ?


「失礼ですが俺の知り合いとは思えないのですが?」


「通常のじゃねぇ、ゲームのだ」


「ああ、この前来た荒牧さんみたいな?」


「そんな感じそんな感じ。いっちょ揉んでやってくれ」


 あとは頼むぞ、と丸投げされてしまう。


「お前が例のMNOか? なんや、随分しけた面してんな。本当の本当にMNOか?」


「それはここで問答したところで解決しないでしょう」


「まぁな! 俺を前に逃げないことだけは褒めてやる。俺は犬飼亜紀! 関西のCランクギルド『ハウンドドッグ』の犬飼ちゅーたら俺ん事だぜ!」


 どこまでも豪快な人だな。

 そして関西弁。この前乗り込んできた犬飼さんのご親戚の方だろうか? 苗字も一緒だし多分そうなのだろう。


「もう一人の方は付き添いですか?」


「朱乃か? こいつは東京もんに妹を取られたーって文句言いにきたんや。知ってるか? この間の事件。ここら辺のダンジョンで子供が傷だらけで発見されたっちゅう」


「ああ、お世話しましたね。どこも何もうちの勝也さんが救出した件ですよね?」


「そこのワーカーちゅうのに唆されたらしいんや」


 あれ、それ俺のことか?

 唆したとか言われる筋合いないんだが。

 相手は小学校から上りたての子だぞ?

 世話はしたが、恋心を抱かれるようなイベントなんか起きちゃいない。病弱の子相手にそんな気すらも起きないし。

 とんだ言いがかりだ。


「俺もワーカーですけど知りませんね」


「ほんまか?」


「そもそも入院中の女性の室内に入り浸りする方がおかしいでしょう。俺はお茶持ってったり、りんご切って渡したり、濡れタオル渡したりしたくらいですよ? 唆すなんてとんでもない」


「なんか気のせいらしいぞ朱乃? ホンマに唆されたんか? お前の妄想ちゃうんか?」


「いーや、アレは恋する乙女の顔やった。私が見定めちゃる!」


「との事だ。わざわざ本人を確認しにくらいのガッツだけは認めてやってくれんか?」


「よくわかりませんが分かりました。今日は真希さんは来られてないので?」


「俺の妹を知っとるんか?」


「ええ、俺が学園に在学中に殴り込みに来たので」


「あー、俺がランクに落ちた敵討ちしてくるっちゅーって行った件な」


 どれだけアグレッシブな一族なんだ。

 前向きなんてもんじゃねーぞ?


「それで、今日はご一緒ではない?」


「いや、あいつは学園に用があるっちゅーて居残ったで。俺らは先にこっち来たんだ」


「じゃあ宿泊先はお決まりではない?」


 東京から関西で高速バスでも6時間かかるのに来た足でゲームしてすぐ帰るのか?

 本当にパワフルな人だな。恭弥さんにも見習ってほしいぜ。


「どうせ車で来とる。夜目のスキルもあるから気にせんでええで?」


「一応、宿舎は部屋空いてるんで勝也さんに連絡して泊まって行けばいいんじゃないです?」


「お前、俺の心配してんのか?」


「そりゃするでしょう。奇抜な格好をしてるとはいえ女性です。男より強くたって、それとこれは別でしょう? 睡眠不足は余計な油断を生みますよ? 亜紀さんはこれから対戦する相手です。フェアな試合をする上でそれくらいの配慮はするでしょ?」


「アッハッハ、聞いたか、朱乃? こいつとんだタラシだぜ? 俺を口説いてやがる!」


「とんでもねー奴ですよ姉貴。探索者なら姉貴の噂の一つくらい聞くはずなのに!」


 生憎と探索者に詳しくないんだよなぁ、俺。

 ちょっと心配したら逆に頭の中身を心配された。

 どうやら見た目以上にパワフルな人らしい。


「じゃあ、どっちから先やります? 俺も本気を出す以上、長時間のプレイングを覚悟しなくちゃいけません。亜紀さん達はお食事は済ませてきました?」


「軽くだが食ってきた。お前は?」


「ダンジョンで軽食を貰ってきました。少し小腹は空いてますが、ドリンク有りならなんとか」


「じゃあドリンクを買ってこい。それくらい待ってやらなきゃフェアじゃない。だろ?」


「ありがとうございます」


 ゲームセンターで二人を待たせて、コンビニで軽く買い物をして戻ってくると人垣ができていた。

 人垣の中心には亜紀さん。

 チンピラに囲まれてたから、うっかりそう言う系のイベントかと思ったら、不良達が一斉に拝み始めたことで周囲の空気が一変した。

 どうやら彼女は関西では暴走族のトップだったらしく、その噂は関東にも轟いているらしい。

 不良にも探索者になろうって輩がいることに驚きだ。

 治安が悪いのもそういう輩が多いからと妙に納得する。


「お待たせしました」


「おう、待ってねぇよ。先はお前に譲るつもりだったが、こうも俺のファンが集まってくれた手前、先にやらせてもらっていいか?」


 意外と律儀な性格なようだ。

 不良達が当然譲るよな? と威圧をかけてくるのでどうぞ、どうぞと譲れば。亜紀さんは早速ダンジョンエクスプローラーを開始する。

 不良達は憧れの存在のプレイが見れて大満足で応援してる。

 中には生の亜紀さんをみれて感涙するもの達まで居た。


「普通はこういう反応するんだぞ?」


「それを俺に答えろって言われても困る」


 プレイムービーを見ながら食事をしておく。

 おにぎりやサンドイッチ。集中力向上にエナジードリンク。

 そしてプレイイングを見ればやっぱり上手だ。

 あの上位ランカーで締めるトップ10に食い込むというだけある。

 現役探索者だからかモンスターの扱いにも無駄がない。


「流石だな。自分とは違う才能をこうも自分のもののように扱えるとは。荒牧さんより手強い」


「荒牧っちゅーんは北海道の荒牧大吾か?」


「その荒牧さんですね。彼も俺目当てでわざわざ上京して来たんですよ」


「MNOって、お前ってそんなに凄いんか?」


「さぁ? 実際に見てくれとしか言いようがありません。俺はプレイを見せるだけ。そこから何かを得るか、文句を言うかはそちらにお任せします」


「自慢はしないんか? DEランカーって言ったら探索者協会でブイブイ言わせられるらしいで?」


「俺、ワーカーだから探索者の話はあまりよく知らないんだよ」


「なんでこっちでランカー取れるのに探索者にならないんや?」


「そればかりは俺に才能がないからだとしかいえないな。ただでさえ才能の有無で差別があるだろ? 才能もないのに生意気だってやり取りに疲れてるんだよ。もう放っておいてくれってのが本音さ。ゲームで高得点が取れたって実際に戦えるわけじゃないからな」


「それでも拾い上げられたんやろ?」


「勝也さんには感謝してるよ。ゲームが上手だからって理由で拾ってもらってさ」


「ふぅん」


 葛西さんは何やら探るような目で納得いかないように相槌を打った。

 しばらくして亜紀さんのプレイ時間が終わる。

 レアアイテムの獲得の度にプレイタイムの延長が入るこのゲーム。

 場所を覚えておけばある程度のタイムは稼げる。

 しかしタイムを稼ぐのに夢中になりすぎてモンスターを討伐し損ねると体力ゲージを大きく損ねる。

 モンスター討伐もTPに加算されるので、ドロップの選別以前にモンスターがどのタイミングで襲ってくるのかも見極めも必要だった。


「いやぁ、しくじった。いつもならあそこのタイマーアイテムは取れてるんだぜ?」


「そんな日もありますよ。俺だって毎回スコア更新できるわけでもないですし」


「さーてお手並み拝見といきますか」


 すぐに切り替えられる性格なのか、今度は俺のプレイを舐めるように見ながら粗探しをしだす。

 外から聞こえてくる声がスロースタートの俺を煽るものだったりしたが、序盤に集めたコアの使い方、無駄かと思われた取得物の意外な活用法。

 同士討ちからの漁夫の利で体力を無駄にせずに立ち回る姿に最終的には応援や声援に変わっていく。


 終わった頃には粗探ししようと目を皿にしていた不良達から絶賛の声が上がった。

 生憎とハイスコアの更新はできずに居たが、それでもTPに換算する以外の活用法に舌を巻いたようだ。


「降参だ、MNO。正直お前を見くびってた。俺の負けだ!」


「何か俺のプレイが参考になったら幸いです。直接の実践や組み手は出来ませんが、DEでならいつでも挑戦を受け付けてますよ」


「言ったな! 次こそは勝ーつ!」


 結局その日、真希さんと合流するまで遊び倒した亜紀さんは、勝也さんに頼んで部屋を借りて一泊した。

 凛華や寧々と何を話してきたのかは知らないが、妙に近い距離感でくっついてくる真希さん。


「あの? 近いです」


「なんや、照れてるんかー? 初心やなー」


「真希さん、ちょっ、別れてから変ですよ? 前まで男に靡いたら負けだって騒いでた真希さんはどこいったんスか!?」


 そのお陰で葛西さんから妙に睨まれるし。

 亜紀さんは酒癖悪いしで妙な知り合いばかり増えていく。

 その殆どが癖の強い女子ばかりだと言うのだから今から妹に何を言われるか心配でならない。

 なんと言うか、波乱の一年だったなと夜空からチラチラ舞う雪を見上げながらそんなことを思った。


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