第37話 ワーカー業の未来を見据えて

「いやぁ、海斗は筋がいいから教え甲斐があるなぁ。寧々もこんな優良物件を捕まえたんならさっさと連絡くれりゃいいものを」


「彼女も上を目指すのに一生懸命でしたからね。今ではAクラスと聞きます。Fクラスでご一緒できたのが奇跡ですよ」


 ワーカーの仕事を受けて三日が経った頃、俺は親父さんに大層懐かれた。なんだったら娘をやるから稼業を継いでくれないかと気の早いことを言い出す始末。

 俺は返事を先延ばしにしながら、休憩中にあれこれとこれからについて話した。


「ところで社長、以前提案した件、考えてくれたでしょうか?」


「例の武技/魔法技能回数回復ドリンクの受け渡しについてか?」


「ええ、レシピそのものはこちらにお渡ししますので、ワーカー達に持たせる感じです。ただし持たせたワーカーには限定素材を持ち帰っていただきたく……」


「いい話だとは思うんだがなぁ、しかし誰でも作れるとなると上からの圧力が怖い」


「難しいですか?」


「相手に効果を伝えず、無料のドリンクとして渡すんなら平気だ。中身は市販のスポドリだろ? 知ってる奴だけが得をする。サービスってのはそういうモンだ。旨味を知った奴が真似ても損益を出さないのが鉄則だな」


「勉強になります」


 成る程、それを持ち味として売り込むにも他社との競合を避ける必要があるのか。

 売りにするとそれこそダンジョンから発掘した武技/魔法回復ポーションが売れ残る。ダンジョン協会からしたら迷惑千万。

 圧力をかけられたら家族経営のギルドなんて風が吹かなくても吹き飛ぶだろう。

 探索者より立場の弱いワーカーは目立たずに功績を上げるのが定石、と。


 メモをしながらこの業界の闇を垣間見た。

 ダンジョン協会も探索者も真っ黒。

 ワーカーなんてやることがなくて手を出す仕事だ。

 俺以外の全員の目が濁っていた。


 その中で寧々のお父さんだけ燃えている感じ。

 腐らずやってるだけでも尊敬出来る。

 そりゃこんな父親が首になって嘆いていたら一言いいたくもなるよな。

 凛華は一切関係ないのでとばっちりだが。


 そこで俺は違う形でなんとか業務に加えられないかプレゼンを試みた。これだけは絶対覚えてもらいたい仕事だった。


「なら従業員に販売する形にしてはどうでしょうか?」


「利益を出そうってのか?」


「勿論、使ってる側がただのスポドリだと思い込んでる限りは永遠に広まりません。口コミって大切ですよ。あまりにも態度が悪いギルドとは自ずと縁も切れます。確かにワーカー業は給料が安いですが、ワーカーとて立派な仕事。探索者だって雑務を任せる相手がいなくなれば困ります。お得意様に高級品を仕入れるくらいの心の余裕は必要だと思いませんか?」


「確かに数を用意するのも手間だ。バイト代が出るなら下の娘達も協力的になるかもなぁ。でも素材はどうする? 高級品は持ち帰れねぇぜ? Fランクモンスターのドロップなんてピンキリだが、せこい奴は何処までもせこいもんだ」


「ならば次からはこちらも態度を変えればいいのです。ワーカーだって仕事相手くらい選びたいですよね?」


「成る程な、自分を懇意にしてくれる所と冷遇するところでこっちも態度を変えるのか? しかしそんな態度を見せたらそれこそ余計なやっかみを産むぞ? ワーカーなんて数をこなしてなんぼだ」


「そこで俺から提案があります」


「提案?」


 俺はマジックバッグの肥やしになってる踏破報酬を持ち出した。

 物によっては数百万にもなる価値を持つ指輪。

 それの貸し出しをする。

 

「身を守る術になるかはわかりませんが、ここのギルドに依頼を出す相手はせいぜい学園を卒業したばかりのG〜Dランク程度でしょう?」


「Dでも強い奴は強いぜ?」


「ですからこれをお渡しします」


「指輪? 結構なアーティファクトじゃねぇのか?」


「これは友人からの借り物です。身の危険が迫ったときにつけるといいと借りました。僕は新しく加護のついた腕輪を入手しましたので、代わりにそちらをお貸しします」


「借り物を貸すなよ……貸してくれた相手如何によっちゃキレ散らかすぞ?」


「効果はCランク以下の人間、モンスターからのダメージ無効」


「は!?!?!?」


 そのあまりの効果に親父さんが数秒硬直した。

 俺のアイテム群の中ではハズレに近いが、やっぱり才能を持たない人達にはありがたい物だったらしい。


 俺は踏破報酬とモンスターコンプリート報酬でそこら辺は軒並みAに上げている。

 なので俺から見たらその効果がついた装飾品はハズレ扱いだった。


 今なら多少は価値がつくが、売るよりもこの人たちに活かしてもらいたいというのが心情だ。

 ここのギルドが活気づけば、俺も動きやすくなるからな。


「お前、それ、お前!」


 親父さんが指を差しながら興奮し、鼻息を荒くしている。


「落ち着いてください」


「これが落ち着いていられるかってんだ! そんなもん、探索者だって欲しがるぞ!? ワーカーなんかが身につけていいもんじゃねぇや!」


「だからこそ、身を守れる。生憎とその知り合いは世話焼きで、僕に4つも貸してくれたんです。僕はもう不要なんで貸しますよ」


 大量にダブったので大盤振る舞いである。

 ちなみにF、E、Dランクバージョンも揃えておいた。

 知り合いを誰かとは含めずに言ったが、無能が過ぎて自主退学した俺が自力で取得した物だとは思うまい。

 Aランクに知り合いが複数いて助かったぜ。


「いや、本当に大したもんだなぁ。やっぱり寧々を貰ってくれないか?」


「それ、彼女が聞いたら憤慨しますよ?」


 寧々にだって選ぶ立場はあるだろう。

 彼女は上昇志向が強いから、俺なんかじゃ絶対釣り合わないと思うけどなぁ?

 一般人の俺とは違ってもっと上を見てると思うんだ。


「じゃあ娘二人もつけるから! 頼む!」


 寧々が一番上で真ん中が中学生、下が小学生と聞いた娘さん。

 そこまでして俺を引き入れたいのか?


「そこまでしなくたってこの仕事は偉大だってことをご家族に見せびらかしましょうよ。そもそも俺、ここに研修に来てるんですけど?」


「そうだったか? すっかり俺の方が教えられる側になってたから忘れてたぜ!」


「しっかりしてくださいよ、社長」


「ワハハ、婿殿には敵わんなぁ」


 俺、まだここに籍置くって言ってませんよ?

 勝手に婿にしないでほしいもんだ。

 寧々からもこの勘違いの激しい家族を説得して欲しいものだ。


 ◇


 研修を受けてから二週間後。

 ワーカー業の従業員の顔色が何時もより明るいことに気がついた。

 スポドリのグレード交渉も良好で、効果によっては期待以上だとお褒めの言葉を預かったそうだ。

 そして陰険なイジメをしてくるギルドからの依頼も、リングの貸し出しで事なきを得ている。

 俺が散々借りていると言ったのを親父さんが真に受けたのか、リングそのものに契約を課していた。


 貸出料5000TP〜

 帰還後返却しない場合20000TPの罰金。

 効果を実証したら仲間内に口コミで伝えること、としていた。


 契約の巻物はダンジョンから出土したアーティファクトの一つで、契約を破った者になんらかの天罰を与えるとされている。

 今回は持ち逃げした場合、勝手に警察に足を運んで自首する様に言わせたりする設定にした様だ。


 高価な品を安価で貸し出すメリットとデメリットをしっかり踏まえて契約を結んでくれた様である。

 あげてもよかったんだが、貰い物だと途端にありがたみがなくなるからな。

 有って当たり前だと使用者の口も軽くなるしワーカー業も腐敗する。それだけは食い止めたかった。


 しかも俺の計画の脇の甘さをカバーする形での契約。

 貰うだけじゃなく活かす方に軌道修正する手腕は見事と言うほかない。

 接してみただけではわからない隙のない計算高さは、流石寧々の親父さんだなというのを理解させられた。


 口では敵わない、と思った相手は父さんに続いて二人目だった。

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