第38話 【強欲】は苛立つ
「何、次々と被験体が借金を返済していると? 何が、どうなっているのだ。治療に使う命の雫は希少な上、入手がごく僅か。そう言う話ではなかったのか?」
ここ数日で順風満帆だった計画が次々と破綻している。
しかしそれ以外では取るに足らないミスがあるくらいだ。
何か異常事態の前触れか?
それとも私の計画に逆らう者が現れたかのどちらかか。
「しかし、どういう事か関東の周王学園を中心に出回っている様でして」
あの親の後ろでしか威張れないボンボンが我がグループに意趣返しすると?
一体誰の入れ知恵か。
詳しく話を聞いてやらねばならぬか。
「理事の白鳥を呼べ。電話越しではない、逃げられない様に本人を直接連れて来い。その口から直々に聞いてやる!」
「はっ、すぐに連れて来させます」
まったく、バカ息子の件だけでも頭が痛いというのに。
下々はこの計画がどれほど世界に影響を与えるかわかっておらんのだ。
「旦那様、そのように血管を張り詰めていてはお体に触りますよ?」
二番目の妻であり、秘書の静香が妖艶な笑みを湛えてお茶を配膳した。この女にも娘を産ませたが魔石との相性は悪かった。
きっと才能も持たずに生まれた落ちこぼれだろう。
私の遺伝子を引き継いでいながらなんとも腹立たしい。
「お前の娘が適合者だったらよかったのだが……」
「生憎と、魔石そのものと相性が合いませんでしたもので」
話をすると、目を細めて怒気を強める。
その話には触れるなと暗に言われた。
触れたくないのはこちらも同じだ。
それくらいに魔石病患者は希少な人材。
本当は病気でもなんでもない。ダンジョン以外では肉体の構築がうまく行かずに適度に命の雫を摂取しなければ生きるのも辛い。
ただそれだけの事だった。
しかしその事実を知らせずに束縛するのは訳がある。
いくらグループが大企業といえど、この計画は人非道的過ぎると仲間内から避難を受け、計画は頓挫した。
仕方なく秘密裏に行っているため、表沙汰にできなかった。
しかし次のダンジョン活性前にこちらも手勢を揃えておきたかった。
一度は勝ち取った平和。
仮初の平和に人々は堕落した。たったの二十年で、人々はダンジョンを受け入れた。
あれだけの犠牲者を出しておきながら、沈静化したダンジョンなど取るに足らないと傲慢に振る舞っている。
正直今のAランクになんの期待もできなかった。
息子もAランクと名乗っているが、私の時代に比べて新人に毛が生えた程度。とても次の活性を乗り越えられる者ではない。
だから魔石適合者の確保は何よりも優先だった。
が、世間は『かつての英雄はとうとう頭がおかしくなった』と白い目を向けてくる。
そんな言葉を受け流しながら次の厄災を乗り越えようなど自分以外に誰が居るのか?
否、誰もいないから私がやらねばならんのだ。
その為被験体が逃げ出せないように借金で首枷をした。
勿論金貸業には相手が払えない不積をいくらでも積んで良いと言ってある。
期日まで押しとどめるように。そう言う契約だ。
受け取り後、向こうの希望額で買い取る予定だった。
「そもそも何故今まで払われなかった額がなぜこうも出回り始めた?」
「それを例の男から聞き出すのでしょう? 堂々巡りされていますわ、旦那様」
「ふん、お前はそうやって私の元で悠々として居ればいいので気が楽だものな?」
「一体誰が結んだ契約だったかしら?」
「若気の至りという奴だ。私も当時はケツの青いガキだった。そういう事だよ」
私は30年前に起こったダンジョンブレイクを思い起こしていた。
偶然手にした才能で英雄的活躍を見せ、モンスターを撃退!
世界は平和を取り戻した。
そこまではよくある話だ。
が、同時に失ったものもある。理性がその最たるものか。
超常的な力を持った者による勘違い、あるいは手違い。
自分をいじめていた相手を勢い余って殺してしまう者が急増した。
世界はモンスターよりも才能覚醒者を恐れ始めた。
英雄から一転、犯罪者のように取り上げられる。
弱者の被害妄想が探索者の立場を弱めた。
このままではいけない。
私は才能覚醒者を集めて国を作った。
世界に生まれた脅威によって覚醒した者達が、まるでモンスターのように取り上げられるのに耐えられなかった。
命を賭けてモンスターの脅威を打ち破った者に与えられる報酬が弱者からの迫害だなんてそんなの間違っている。
私はダンジョンボスを討伐して手に入れた『王の権能・強欲』の力を使って血の契約を結ばさせ、意識を操った。
総理大臣、テレビアナウンサー、評論家。ありとあらゆる日本国内に影響力を持つ人物に近寄り、契約を結んで力を行使する。
代償に寿命を持っていかれたが、人々からの探索者への非難は次第に薄まった。
しかし同時に戻れない道を歩む事になる。
記憶の改竄、意識誘導。
強欲の権能はそれらを自分の望むままに操る。
ただ、一つ難点があるとすれば……強欲の権能が仮契約者、契約者共にその人物の持つ欲望を強めすぎてしまう傾向にある。
今回の仮契約者の学長も、それに従いすぎたようだ。
精神の強靭な元探索者の血筋ならと思ったが、やはり修羅場を体験してない腑抜けと契約するべきではなかったか。
私のうちに眠る強欲は年々肥大化していく。
もう私でも止められない。
でも、やるしかなかった。
ダンジョン攻略の中核にいるのは探索者に他ならないからだ。
探索者を守るために施した契約も、今では腐敗を生むばかり。
それでも私は探索者を守った。
子供達から信頼を勝ち取れずとも、次のダンジョンブレイクが起こるまでには精鋭を育てる必要があったからだ。
今の沈静化したダンジョンなら、一般人でも対応することが出来るだろうが、活性化したダンジョンは別物だ。
それこそ才能の覚醒が必要不可欠。
だから寿命を削ってまで探索者を守ったというのに、その結果が探索者の腐敗だと!?
守るべき一般市民を迫害して、追いやる。
そんな現実に私は頭がどうにかなりそうだった。
もう、このまま潰えてしまってもいい。
もう疲れた、もう眠りたい。
そんな弱りそうになった時にいつだって言葉をかけてくれる存在がいた。
『明、お前はいつも頑張ってるよ。いや、頑張りすぎてるくらいだ。少しは誰かに頼ってもいいんだぜ? 俺とかさ』
六王晶正。私と同様にダンジョンボスを倒して『王の権能・色欲』を継承し、以前までの苗字を捨てたたった一人の友人だ。
御堂グループの落ちこぼれであった私の唯一の理解者。
優秀な父や兄達はダンジョンブレイク時のモンスターに殺されて、私にその権力が転がり込んできた。
病気で寝たきりだった私が担がれたのも今はもう懐かしい。
彼は私の通う高校の同級生になるのかな?
ずっと欠席してばかりの私に唯一見舞いに来てくれた友人だった。
御堂グループの子息というだけでいろんな思惑を持って接してくる知り合いは多いが、私個人に興味を持って接してきたのは後にも先にも彼だけだった。
かくいう彼も、家では居場所がなかったらしい。
すぐに打ち解けて、病気も回復に向かい、復学の手続きをしているところでダンジョンが現れた。
ダンジョンから溢れたモンスターが人々を襲い始めた。
まだ才能なんかもない一般人の私たちは逃げを選ぶ。
しかし袋小路に追い詰められ、腰の抜けた私の前に立ったのは晶正だった。
彼はあの日から、いや見舞いに来てくれた時からいつだって私のヒーローだった。
モンスターをなんとか鉄パイプや地形効果で倒した時、晶正は呆然と立ち尽くす。それが才能の覚醒だった事は幸か不幸か、彼を戦いの道へと誘った。
『すげーぞ、明! これってゲームみたいにレベルあがんのかな?』
いつになく大興奮している晶正。
私と同様に社会や家族に不満を持っていた彼は、どこかでストレスを発散する相手を求めていた。それがちょうど現れたくらいに思っているのだろう、興奮を隠しきれない顔だった。
『絶対やばい力だよ、それ。デメリットがあるって』
私も止めたが、彼は止まらなかった。
まだネットワークが生きていたのもあって、SNSでの拡散。
それが世界中に広がり、多くに被害を生み出した各国で才能覚醒者が平穏を取り戻す。
そしてダンジョンからモンスターを送り出してる異形のボスを討伐して、世に平和が戻った。
私達は表と裏で探索者を支える事業に就いた。
御堂グループの統括者の私は探索者協会、ダンジョン協会を作り統括。一般人からの拾い上げも見越して学園も作った。
当時の学園もクリーンな校風で、才能覚醒者も一般人の格差もないピュアな若者達の憩い場だったのに……
どうして、どうしてこうなる?
私の計画は完璧だった。だが、私の持つ強欲の権能が全てを狂わせる。
これは健全な統治者が手にしてはいけない力だと知ったのは、秘密裏に行っていたとある計画の被験者に友人の娘の名前が乗った時だった。
『明、頼む。うちの娘だけは勘弁してくれないか? ようやくできた第二子なんだ』
彼は裏で才能に恵まれない子供達に一般人でも探索者の真似事ができると技術を教え込む学舎を提供していた。
夫婦が一緒にいられる時間は少なく、奥さんが娘を欲しているのを叶えてやりたいと。そしてようやくできた娘だから勘弁してほしいと願ってきた。
だが、私は首を縦に降らなかった。
次のダンジョンブレイクに備えるダンジョンチルドレン計画の中核にいるのは女児なのだから。
多くの命を犠牲にした実験で、ダンジョンコアから抽出した魔石との適合率の高さは男子に比べて女子が多い。
もちろん他人の子供のみならず自分の子供すら失って得たデータだった。
それにその計画を指示してくれたのは他ならぬ君じゃないか。
確かに非人道的だけど、未来のためだからと背中を押してくれたのは他ならぬ君なのに。
『気持ちはわかるが晶正、私は自分の娘を既に三人も捧げている。親友だからとせっかくの適合者を見逃すつもりはないよ』
『そうか、なら差し違えてもお前をここで倒す!』
なのに君はここで私に立ち向かうというのか?
いつだって私のヒーローだった君が、私に武器を向ける。
意味がわからなかった。
どうしてこうなってしまうんだ。
私はどこで間違えた?
『考え直せ、これも世界平和のためだろう?』
『うぉおおおおお!』
私は、私達は王の権能に振り回されていた。
お互いに命を削ってようやく正気に戻る。
いったい自分たちが何をしでかしてしまっていたのかと。
死に瀕して、ようやく正気に戻った晶正は『一人で先に行く俺を許してくれ』と残して息絶えた。
ずっと心の支えだった半身を失ってから、私の中の強欲がより大きくなったように感じる。
彼はいつだって理性的だった。
なのにどうしてあんな行為に出たのか?
つまりは『王の権能』。彼の持つ色欲は家族を害するものに酷い敵意を覚えるらしい。
自分が家族の一員になれなかったことを嘆くと同時に、ならばこの『強欲』を飼い慣らすには?
全てが遅くなった感情に乾いた笑いが浮き上がる。
もう、全部のことがどうでもいい。
私は生きる事に疲れ切っていた。
彼と共に暮らす時間を守るための努力が、その時に潰えてしまったのだから。
「旦那様、お客さまですわ」
「通せ」
執務室にやってきたのは随分と頭部が若返った小太りの男だ。
クソを量産させるのだけが得意な無能。
無能なりに使い道があると思ったが、無能はどこまで行っても無能であると今回の顛末を聞いてそう思った。
粛清が必要だ。
生贄が。世界が贄を欲している。
私は悪魔になんか魂を売った覚えはないが、今なら悪魔の契約書に軽率にサインしてやりたいぐらいに世界中の無能な人間が憎くて仕方ない。
誰がこの世界を取り戻したのか忘れた愚物どもめ!
「お久しぶりでございます」
「今日はそんな社交辞令を聞くために呼び出したわけではない。命の雫の出どころはお前の管轄だと聞いた。一体どこから湧いて出た?」
あれは例の男を使って希少品にまで上り詰めたアイテム。
出回られては困るのだ。
「それが私共もよくわかっていないのですが……」
「管理者なのに知らないなどと、どの口が言うんだ?」
「イダダダダ! わらくし、わらくしのこの
『傀儡師』の能力【遠隔操作】で口の端を引っ張り上げたら簡単に口を割った。
私を舐めてきた相手は全員殺すことにしている。
その方が後腐れはないからな。
この男も自分の保身に走って重要情報を秘匿する傾向にある。
計画の邪魔をするなら消すか?
「申し訳ございません! それがそのアイテムを持ち込んだのは既に自主退学をしたFクラス生という噂でして!」
「名は?」
「えーと、なにぶんとFクラス生は覚える価値なしと言い渡していまして」
バンッ
テーブルを叩けば目の前の男はビクッと肩を震わせた。
「覚えていない? そう言いたいのか?」
「は、ハィィィィ、その通りでございます!」
「ふざけるなぁ! それが人の上に立つ人間の態度か! 職務怠慢にも程がある!! 仕事を舐めているのか!?」
「も、申し訳ございませーん!」
謝れば済むと思っているのか?
それともこの場を乗り過ごせばなんとでもなると思っているのか?
なんたる腐敗。
この腐敗は誰が招いた?
……私か。
探索者の慢心、それによる上下格差。
それを生み出したのは私が契約を結んだもの達。
彼らはそれぞれの強欲さを肥大化させて現在に至る。
私が契約したばかりに、なんて事をしてしまったのか。
こんな世界を、私は見たかったわけではないというのに。
「ガッ!?」
男の首を締め上げる。
そんな腐敗を許してしまった私からのせめてもの情けだ。
計画遂行のための生贄となってもらう。
これからの平和のために、膿は吐き出す必要があった。
「うご、ゲガッ!? うげぇええええ!!」
宙に浮いた白鳥の肉体が、雑巾搾りのように上半身と下半身を逆回させると、肉体から溢れでる大量の血と臓物。
『強欲の権能』にはこういった力もある。
仮契約者/契約者の命を刈り取る事で相手の寿命を奪う事だ。
見た目はグロテスクで、悪役そのものだが仕方がない。
一体誰がこの国を統治してるのかを周囲に知らしめる必要があった。そして同時に、悪役でもなんでもやってやる。
それで探索者が育つのなら、私は子供達に嫌われたって構わない。
でもせめて、彼女らが次のステージに行くまで持ってくれよ、この身体。
私はこんなところで倒れてはいられないんだ。
「静香、亡骸を片付けておけ。理事には新しい者を当てるように」
「日に日に短慮になって居ますわよ?」
「お前も三途の川を渡りたいか? 今なら特別サービスだ。一人も二人も変わらんぞ?」
「いいえ。すぐに片付けますわ、旦那様」
すぐに従えばいいのだ。
日に日に強欲になる自分が嫌になる。
自分で愛したものにさえこの仕打ち。
一体自分は周囲からどのように見えている?
「静香、替えを頼む」
「ええ、すぐにご用意いたします」
静香の影からもう一人の静香が伸びてちぎれて給湯室に向かう。
彼女の才能『ドッペルゲンガー』は分身を何体も作って別行動させることができるが、作り過ぎると理性を失って人を襲い始めるデメリットがある。
しかし私の契約下なら、その心配もない。
今の能力も私が采配した能力の譲渡。
やはり世界には世界に君臨する人物が必要だ。
もし誰かが代わりにやってくれるのなら、今すぐにでも変わってやりたいが……誰がこんな立場好き好んでなりたがると言うのか。
「旦那様、お茶でございます」
「ふむ、いい味だ。腕を上げたな、静香?」
「もったいないお言葉にございます」
王の権能とその契約者。
一見メリットしか見えない説明も、今思えば罠だらけだったのだと気がつく。
私は妻の一人に申し訳ない気持ちを心の中で吐露すると共に、もう引き返せない道を歩むべく前を見据えた。
『晶正、私は上手くやれているだろうか?』
遺影の中の彼からはなんの返事もなく、ただ時だけが無情に回った。
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