第34話 ダンジョンチルドレン計画

 その日、五味総司ごみそうじは病院に謝礼金を貰いに来ていた。

 毎月5日。例のの妹の研究材料としての見返りを貰いに病院に通っていた。

 ほんのお小遣い程度のものだが、貰うのが当たり前になりすぎて、それがなくなると都合が悪くなる前提で予定を組んでいるのが常だ。

 しかし病院に着くなり担当医から困ったような言葉を返された。


「例の研究は先月で打ち切りです。患者は普通病棟に入ったあと治験を拒否し、普通に治療をした後退院されましたよ。お話は聞いてませんでしたか?」


「あ? 誰が治療費を支払った? 一億だぞ!?」


 そんなもの、あの貧乏兄妹が支払えるわけがない。

 親切心でポンと支払える額じゃないんだぞ!?


「そう申されてもお兄さんがきちっと耳を揃えてお支払い下さりました。妹さんを相当大切にされていたそうですね」


「そいつらは何処に行った?」


「さぁ、そこまでは? ただ、そうですね。お兄さんは周王学園の制服を着ていました。きっと余程有能な才能でも取得したのでしょう」


「はぁ? あの無能が探索者にだって!?」


 総司にとって六濃兄妹は弱者という認識しかない。

 探索者がどれ程のものか自らその体に教えてやった事もある。


「そいつに才能がねぇ……」


 総司にとってそれは朗報だった。

 もし稼いでいるならそれこそ都合がいい。

 病院側に催促したところで謝礼金はせいぜい数万。

 その矛先がかつていじめていた相手なら……もっと搾り取れる。

 想像してほくそ笑む。


 病院を後にした総司は早速都内にある周王学園に卒業生として当時世話になったと言うのを建前に聞き込み調査を開始した。

 しかし教員から帰ってきたのは非難の声。

 どうも例の探し人はとっくに自主退学したそうだ。

 Fクラスから上がれず自主退学。

 そうなってくると総司の予想から大きく外れてくる。

 が、それ以上に不審な点は教員達が必死に捜索してる点に合った。


「五味君、あの学生さんの知り合い?」


「知り合いといえばガキの頃から付き合いはありますが……」


 教師はひたすらに安堵し、今の総司の連絡先を聞いてくる。

 もし身元確認ができたのなら「学園はいつでも再編入をする姿勢でいる。自主退学は許可してないから戻ってきて欲しいと」メッセンジャーボーイを頼まれてしまった。

 知り合いと言ったって、流石に今どこにいるかまでは知らない。

 親父が連れてきたいけすかないガキは甚振って金をむしるだけむしったらあとは児童保護施設に入れて、連絡手段なんて知る由もないのだ。


 そもそも連絡先なんて学園側が把握していなきゃいけないところだろ? それをたまたまやってきたOBに聞いてくんな!

 総司の怒りは尤もだ。

 そんな折、前方から凍てつくオーラを纏った生徒が現れる。

 そうだよ、先に生徒に聞けばよかったんだ。

 所詮学園で成績が良くたってプロと比べたらひよっこ。

 総司はBランク探索者の一人、学生一人脅すのは分けなかった。


「少しいいか?」


「どちら様でしょう?」


 嫌な顔を隠そうともしねぇ、ムカつくガキ。

 それが総司の第一印象。

 横面を叩きたい衝動に駆られるが、そこをグッと堪えて訪ねた。


「ここに六濃海斗って奴が通っていたと聞いた。俺はあいつの親戚でな。行方知らずになってて、病院からここに通っていると連絡を受けたんだ。行方を探してる。知らないか?」


「親戚の方ですか? でしたら職員室から先生にお尋ねください」


「俺はあんたに聞いてるんだぜ? お嬢様」


「生憎と、聞いたことがありませんので。それとも私の親が誰かも知らずに話しかけているのでしょうか? あなた、お父様の子飼いの探索者でしょ?」


「あん? お前の親父なんか……」


 知らない。そう言いかけた時、その顔を思い出す。


「御堂、総帥の……?」


「依然、パーティーでお会いしましたね。本日はなんの御用でしょうか? 私の観察? それとも──」


 御堂の実験動物如きが偉そうに。

 だが被験体という意味ではこちらが手を出せば計画に支障が出る。

 損害を考えたらそれこそ億単位で金が動く。

 弁償できるか催促されたら破滅確定だ


「そうツンケンすんな。たまたま通りがかっただけだよ。例の計画の被験体が逃げ出した」


「それが? 私のの行方が不明だから私に連絡を入れに?」


 被験体同士をとなぞるか。

 言い得て妙だが、同じ運命共同体。

 ゆくゆくは親父さんの愛玩人形として飼われる存在だ。

 そう思っていても仕方あるまい。

 総司はそう結論付ける。


「それより調子の程は?」


「お陰様で好調ですわ。私について来れるのは沖縄のあの子くらいかしら? ダンジョンチルドレン外にも面白い方はおりますが、それ以上でもそれ以下でもありませんわね」


「TPはどれほど稼いだ? 端数切り上げで」


「6000万程」


 6000万!?

 信じられねぇ、3年居たって1000万に届かねぇ生徒がごまんと居るんだぜ?

 なのにそれをゆうに超えて行きやがる。

 ダンジョンチルドレンて言うのは生粋の化け物か!?

 これが御堂総数の手がける計画!

 末恐ろしいもんだぜ、と総司は心から驚愕する。


「要件は以上ですか?」


「ああ、俺は今回別件で足を運んだんだが、いい土産話が出来た。たまには親父さんにも声を聞かせてやんな」


「定期報告はさせていただいております。そこから先についてあなた方に何かを言われる謂れはありません」


 まるで人を有象無象みたいに切り捨てやがる冷たい目。

 そんなとこだけ親にそっくりだ。

 人形使いの人形姫っていうのもあながち間違いじゃねぇな。

 総司はそう思いながら学園を後にした。


 金儲けの話が途端にきな臭くなってきやがった。

 自分達がその総帥から回された仕事は、被験体が逃げないように監視(ついでに謝礼金を貰って)16歳になったら引き渡す。

 それまで到底支払えない借金で雁字搦めにする。

 それだけだ。


 世話になってるギルドに戻ると例のゴシップで摘発された下っ端達が苛立ちを壁にぶつけていた。いまだに犯人は見つからないらしい。

 お陰ですっかり明るい時間に外を出歩けなくなってしまったとギルドのホールに恨みつらみをぶつける始末だ。


「くそ、あのガキぜってぇにゆるせねぇ!!」


「今度見かけたらぎったんぎったんにぶちのめしてやる」


 憤る下っ端たち。どうやら格上ギルドに喧嘩を打って返り討ちになったようだ。馬鹿な真似する奴らだぜ。

 煽った朱音も朱音だが、もうちっと上手く立ち回れないもんかと考える。


「親父、帰ったぜ」


 俺の親父は探索者にして投資家。

 そして今はDランクギルド『ウロボロス』の顧問として雇われていた。メンバーの殆どをボンボンの二世で構成し、人数だけ居るくせに無能揃いと探索者の底辺をかき集めた数だけでのしあがったギルドだ。


「最近謝礼金の額が落ちてるが、また減ってたのか?」


 浮かない顔を見透かされたか、総司は肩をすくめた。


「あのガキ、退院しやがった」


「なんだと? どこからそんな金が! もしや兄の方が才能に覚醒したのか?」


「いや、Fだし退したとよ」


「では誰が支払ったと言うのだ? 無能に支払える額ではないぞ?」


「その件だが、兄の行方を学園側も探しているようだ。なんか怪しくないか? あの無能には唾を吐きかけて当然と見下す学園が取り戻そうと必死になってる様は傍から見ていて笑えたぜ」


「裏があるってことか。Fなりに稼ぐ秘密を持ってて、学園側が目をつけた?」


「俺はそう思ってる。だが、探りを入れようとした矢先、御堂の末娘に釘を刺された。あの学園は実験場だから手出し無用と」


 総司の返答に父竹相たけぞうは訝しむ。


「俺の耳には入ってないが?」


「お嬢様自らがそう言い出したよ。例の計画は進んでいる。ダンジョンチルドレン計画。第一号のお嬢様の成績はそこいらの雑魚を抜きん出ているそうだ」


「ふぅん。200万、300万じゃお話にならんぞ?」


「6000万だと。一年も経たずにそれだ。末恐ろしくて震えてくらぁ。一体どれだけの数をソロで踏破すればそんな額が稼げる? 頭のネジが二、三本外れてるんじゃねぇか?」


「ほう? それはなかなかに心躍るな。総帥の見込みは予想の数倍上の効果があったらしい。投資額を回収する勢いか」


「それと沖縄の被験体は一億を取ったらしい」


「それは借金を払い終えるのではないか? 金利の方はどうなっている?」


「その50倍と聞く。そうそう返済はされんだろう。その為にわざわざドライアドを絶滅危惧種にしたんだからな。苦労したんだぜー?」


 5年前。まだ学生時代だった時にメンタルを最弱にまで引き下げた。これこそが総司の才能『エレメンタルブレイカー』。

 肉体を持たない精霊種にも攻撃が届くスキル群の数々。

 通い詰めてようやくメンタル値を下限まで削り切り、討伐前にストレスで自害するマンボウの如き惰弱性でそのドロップ品をレア以上に高めた。


「その辺にしておけ。どこに組織の耳があるかわからん。それにここのギルドも後々引き払う予定だ」


「あん? 顧問料の受け取りはもう良いのかよ?」


「件のスキャンダルで親と縁を切られた馬鹿どもが増えすぎて満足に金が集まらん。下で息巻いていた奴らを見ただろう?」


「ああ……」


 いたなぁ、そんな奴ら。


「そう言うわけでお前も準備をしておけ」


「芥は?」


「またダンジョンエクスプローラーなるゲームで遊んでいる頃だろう。適当に拾って集金をしてこい。移動するにも金が必要だ」


「チッ、いい気なもんだ。人に集金に行かせて自分はゲーム三昧とはな」


 行き場のない怒りの矛先にゲームに向かう弟を回収しに行く。


「だークソ!! 店舗内ランキングまた抜かれた! 誰だよMNOってよぉ!! どこのプロだよ、ぶちのめしてやる!!」


「オラ、クズ。帰んぞ?」


「痛てーって、兄ちゃんピアス引っ張んなって! 耳ちぎれる!」


「んなスコアランキングに夢中になってるより仕事だぞ。例の借金してるDC計画の被験体の集金だ。お前も連れてけってよ」


「は? 集金は兄ちゃんの仕事だろ。俺はここでゲームしてっから。今日中にMNOとTRSって奴抜いてやっから! 見とけよ!」


 全く、これだから成人してもゲームしてる野郎はガキで困るな。

 自分達の仕事がいかに大金に直結してるか考えてもみやしない。

 使うことばっかり立派になりやがって。


「お、見知った奴はっけーん」


 そこで顔を合わせたのは、昔っからなにかと総司のやる事にケチをつけていた自称正義の味方の恭弥だった。

 相棒があの総帥の息子だからって幅を聞かせてる嫌な奴だ。

 総司にとってはそういう認識。


「テメェか。何の用だよ?」


「ゲーセンにきてまでお前に用はねぇよ。今日はゲームの記録更新しに来たんだよ、って席埋まってんじゃねーか!」


 どいつもこいつもゲーム、ゲームと。おめでたい事だ。

 いまだに恭弥の探索者ランキングが自分より上にいる事に納得がいってない総司。

 総司のランクはBで止まっていた。

 事業締結で手を組んだ獅童朱音や秋津恭弥とは同級生である。


「だー、くそ! 勝てねぇ!」


「お前じゃ勝てねぇよ、替われ!」


「は? 横入りすんなよ恭弥。俺が予約してんだぞ?」


「んなルールねぇよ。自分ルールが通用すんのは学園だけだぜ?」


 総司の弟芥とは双子。

 当然恭弥とも面識があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る