第33話 理想と現実(北谷久遠)
あは、ははは。
それはあまりにも荒唐無稽で、そして手のひらに乗り切らないほどのレアアイテムの数々。
単価が3000万だと聞いた時は目が飛び出るのと同時に、自分の稼ぎはトータルしてこれが三個程度でしかないのかと言う絶望に身が震えた。
ムックン、ううん。六濃海斗君。
うちは実はとんでもない人に頼ってしまったのではないか?
頼ってたったの二日で借金の倍額。その上でおまけとばかりに10数個ほどの“命の雫”を持たせてくれた。
もし、向こうが現物を求めてきた際に出してやれば良いだなんてすごい悪い顔で言うの。
そうしてくるって見越して持たせてくれる。
まるでうちがお荷物みたいな、そんな感覚。
島にいたときでは考えられない。
周囲からひそひそと声が聞こえ、振り向けば散っていく人々。
“魔石病”と言う未知の病気に罹ったのを皮切りに家族からも距離を置かれ、頭を下げてお金を借りた先はヤクザ屋さんの息のかかった悪徳金貸しだった。
日に日に膨らむ利息。
元金は払えても、利息の分が間に合わず、さらに膨らんだ。
そして実家に帰る日、頼った先のギルドマスター御堂勝也こと勝也とお話しした。本人から呼び捨てにしていいという許可は得ている。
「久遠君、海斗の奴は役に立ったか?」
「これ以上ないくらいに世話になったよー」
うちの笑顔を見て訝しむ勝也。
「あいつ、やっぱりまだ力を隠してたか」
「隠す? どうして?」
強大な力は支配者の証。それを恐れてる?
でも、弱いと何もさせてもらえない。
うちは弱かったからよくわかる。強くなるために学園に入った。
力は手に入れた。あとはそれを生かすための環境が必要だ。
「あいつは自分の力がとんでもないと知っててセーブしてるんだ。特に稼げる事に目をつける奴が多いしな。恭弥も言ってたが、あいつが本気を出すのはいつだって助けたい誰かのためだ。困ってない俺たちが頼んでもその力を奮ってくれる事はないだろう」
「じゃあうちは?」
「幸運に幸運が重なった状態だ。俺に頼った事、丁度海斗が退学しててうちで預かってた事。この二つの幸運が重なりあってできた縁だ。海斗と接点がない内に来られても俺は何もしてやれなかっただろうな」
「そうかー」
今がその時で良かったな、と笑う。
確かにそうだ。過去に世話になったからと借金の肩代わりをしてくれる程のお人好しなんてそうそういない。
海斗だけがうちに優しかったのは偏に病名が妹さんと同じだったから。彼は妹さんと同じ目線でうちを見ているって気づいてた。
だからうちに脈がないってのはわかってる。
だって周りにあんな綺麗な子が居るんだもん。
こんなチンチクリンに興味なんて湧くはずがないよ。
うち、そこまで自惚れてないもん。
「で、あいつはどうだった? 沖縄の超新星相手に遜った態度でも取ったか?」
「ううん、普通の女の子として扱ってくれたよー」
それが本当に意外だった。
学園生の落ちこぼれっていう割に全然普通で。
ううん、どっちかといえば見定められてたのかな?
「そうか。一億稼ぐ生徒に対してそんな態度取れるのは実際あいつくらいなもんだよ。なんせその10倍稼いだ男だ」
「10倍?」
「あいつさ、Fクラスに居ながら5000万稼いだんだ。Aクラスから見たら地獄みたいな補正値。石を投げても当たらず、当たってもカスダメ。その上稼ぎの9割以上を学園側に持っていかれる。まさに地獄。それでもあいつは家族を助けるためにその環境で5000万稼いだ。才能がある奴でも、その環境でそんだけ稼ぐことは並大抵の苦労じゃない」
「聞いたよー。でもピンと来なかった。AとF、そんなに違う?」
「Aが万全の状態だとしたら、Fは常に頭痛、腹痛、下痢に毎秒悩まされるようなもんだ」
「例えがひどいよー」
最悪だ。こう見えてうちも女の子よ?
デリカシーくらい持って欲しいよ。
「いや、実際そうだぞ? 何せモンスターからのダメージを受けたら即死だからな。ただでさえあいつの才能は特殊だ。その環境下でソロ踏破。お前の才能と天と地ほど道のりが違う」
「そうなんだ。全然そんなそぶり見せなかったよ」
「お前と一緒で恥ずかしがり屋なのさ。なかなか本心を見せない奴だ。でも、誰かのために努力できる奴でもある」
「それは痛いほど痛感してるよ」
「じゃあ、お前さ、全て終わらせたらこっちこいよ。どうせ島にいたって居心地悪いだろ? 借金返したんならお前は晴れて自由の身。身の振り方を考えたって良いんじゃないか?」
「でも、島には家族がいるよ」
「お前を捨てた家族だ。お前を借金漬けにして自分たちだけ楽をした家族に何をするんだ?」
「別れを行ってから出るよ。一応、産んでくれた恩義はあるから」
「そうか。帰りのチケットの手配はしてある。くれぐれも無理はするなよ? お前の才能は暴走すると怖い。流石に犯罪者になったら引き取るのは無理だからな?」
「あははー、肝に銘じるよ」
うちの覚醒した才能は『ルーンブレイカー』
魔を穿つもの。肉体を超活性させて相手の魔力根源を刺激しあらゆるダメージを与える才能。
暴走しやすく、暴走中は記憶が抜け落ちることからうちは周囲から嫌われている。
その暴力の向かう先がモンスターならば怒られる事はない。
だからうちがダンジョンに潜る時はいつも一人きり。
才能を使えば使うほど、暴走はしやすくなる。
本当はこんな力なんて使いたくない。
でも、使わないと借金は返せないから無理してでも使った。
貯めたお金は利子の一割にも満たなかった。
こんなんじゃいつ返済できるかもわからない。
できるだけ明るく振る舞っても、近寄ってくる人間なんていないのだから。
空港から降りると既に夕暮れ。
迎えた人はない。
うちは誰かに迎えられる様な人間ではないからだ。
「夕日が目に染みるよー」
空港から家までは20Km。
交通機関を使うよりも走った方が早い。
あまりこの力は使いたくないけど、仕方ない。
早く借金を返済するためだ。
◇
すっかり夜になってしまった。
明日にするか?
ううん、せっかくうちの為に頑張ってくれたんだ。
夜遅いからと二の足を踏んでいられる立場ではない。
「夜分遅くに失礼するよー」
「なんだ、アンタか。利子は積もり積もってるよ。一体いつになったら耳揃えて払ってくれるのかねぇ?」
「今日はその支払いに来たよ」
「ふぅん? まぁ、あがんな。利子も丁度大台に乗ったとこさ。前回見せた時は4ヶ月前だったか?」
「30億」
「そんな古い情報を盲信されたら困るね。こっちだって商売だ。50億、きっちり払ってもらうよ!」
「TPで良いか?」
「驚いた、本当にそんな額貯めたんだね。でもね、これは利子だ。元本の一億。今は1億5千万だったか? それを払えない限り借金は終わらないよ!」
「それも払っておく。TPで良いか?」
「おいおいおい、こっちは現物じゃないと困るよ。なんてったって希少な“命の雫”だ。きっちり五本、揃えておくれよ。じゃなきゃ借用書は渡さないからね!」
金貸しのその態度はもう分かりきっていた。
だってあの人の想定通りに事が運んだんだもの。
テーブルの上に5つアイテムを置くと、その瞳が驚愕に開かれた。
「これで良いか?」
「これは! 偽物じゃないよな?」
「一本飲んでみると良いよ。偽物ならなんの効果もないはずさー」
「ならば、おぉ! 長年悩んでいた髪が随分と若々しく! 確かに本物だ!」
「じゃあ借金は帳消しでいいね?」
「いいや! 一本足りないな。これじゃあ借用書は渡せないね」
「そんな! 話が違うよ。さっき自分で飲んだのも払うの?」
もう一本払うのも馬鹿らしくなるほどの太々しさ。
これは後から後から難癖をつけてくるパターンだ。
何があってもうちに借金の返済させられたくないみたい。
「そうくると思ったぜ、業突く張り。今までのやりとりは全てこの映像に撮らせてもらった。報道に回せばいい値段で買ってくれるかもな?」
「誰だお前は!」
「勝也! どうしてここへ?」
そこに現れたのは勝也。
いつ、どうやってここに?
そう言えば、勝也の才能はシャドウナイト。
影から影へと乗り込んで無賃乗車できる才能といってたっけ。
空港を出てから見ないと思ったら、一緒に着いてきてくれてたんだ。こうなるって分かりきってたから。
うち、こんなに思ってくれる人が居るのに、仲間なんていないってずっと塞ぎ込んでたよ。
「お前が心配だった。じゃ、ダメか?」
「ううん、嬉しいよ!」
「ええい、誰か来い! 泥棒だ! 借用書を盗まれた! いててて!」
「俺がここに来てる時点で外の警備員は全員おねんねしてるよ。Aランク探索者をあまり舐めないでくれるか? お前ら金貸しにとってこの子は金のなる木だったんだろうが、欲張りすぎだ。50億で終いにしようや。こっちはアンタの命を奪ったっていいんだぜ、なぁ?」
「ひぃ、ひぃいい。命だけは勘弁してください。借用書はお渡しします! もう俺らは関係ないので!」
「次この子の周りをうろちょろしてたら容赦なくその命を刈り取るからな?」
勝也の影が鎌のように鋭く尖る。
夜は影の支配領域。日が落ちれば落ちるほど威力を増す勝也の才能。ダンジョンの光源があまり無いのでその脅威度は計り知れない。
それでも多くの弱点を持つと本人は語る。
「ひぃいいいい、おたすけーー!」
借金取りの男はどこか遠くに走っていった。
これでおしまい?
自由?
全然実感が湧かず、なんだかどっと疲れがやってきた。
「ひとまずお疲れさん。家族には俺が挨拶しとく。アンタらの娘さんはうちで預かるってな。お前を前にしたら何を言い出すかわからんし」
「にふぇーでーびるよ、勝也」
「どういたしましてって奴だ。お前はまだ子供なんだからよ、もっと大人を頼ってくれてもいいんだぜ?」
「……うん」
「今は眠れ。俺の腕の中で悪いが」
「ぬくぬくよー」
「うちの妹もこれくらい素直でいてくれたらいいんだが」
眠りに落ちる前に聞いたのは、兄から妹に対するちょっとした愚痴だった。
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