第23話 愚者の末路

 長津学長が例の決闘場所に駆けつけたときには、首席と次席を除くAクラス生が一丸となって勝鬨を上げる姿だった。


 勝利をしたのは間違いないが、まだ退学は決まってない。

 それらの采配は学園側が決めるのだから、まだこの不祥事を揉み消せるはずだ。

 長津は思わず前髪をかきむしり、そして掻きむしった手元に大量の抜け毛だあるのを気にせず振るう。


 これからなんだ。これから成り上がるところなんだ。

 それをこんなことでつまづいてたまるか!


「これは一体なんの騒ぎかな?」


「学長だ!」


「やってやりましたよ、学長! 俺たちが目障りなFクラス生を追い出してやりました! これでこの学園は安泰ですね!」


「そうです! 我々Aクラス生に特別ボーナスがあっても良いくらいです。ねぇ?」


 なにを勝手なことを。

 苛立ちを隠しきれずに長津は表情をこわばらせつつ、学長として生徒を諭す。

 そもそも実力主義の学園に、特別ボーナスなんて措置はない。

 

「貴方たちの言い分は分かりました。しかし退学させるとなると学園側の処理が必要だ。例の生徒はどこにいるのかね?」


 長津はまだ出て行ってないのならいくらでも丸め込めると確信していた。

 そんな長津に最後通告を告げるのは一人の少女、佐咲寧々だった。


「学長、六濃君からは此方を預かっています」


 手渡されたのは自主退学を示す手紙と生徒手帳、制服一式だった。

 綺麗に畳まれており、すでに学生寮も出払った後だと告げられた。


 自主退学なら学園側の処理は必要ない。

 それは理事長の決めた公約だった。

 そして生徒手帳の返却。残りのポイントはまるまる学園のもの。

 奨学金の返済も完済済み。学園寮の維持費すら余裕で賄える額。

 これでは追いかけて戻ってきてくれと言っても絶対に帰ってきてはくれないだろう。

 何せ自主的に退学してるのだ。


「そんな……私の輝かしい未来が……」


 今まで学長に至るまでの努力が水の泡だと言わんばかりに取らぬ狸の皮算用を始めた長津学長が、逃した魚の大きさに愕然として足元から崩れ落ちた。


「あれ、学長なんかショック受けてない?」


 そこへ遅れて駆けつける足柄山教頭。


「こらーー! お前達! あれだけFクラス生には手を出すなと言っただろう!? この責任はお前らにとってもらうからな!?」


 Aクラス生はなにを言われているかわからず、キョトンとする。


「あーあ、だから辞めなさいと言ったのに。私は止めたのよ? それを貴方達が強硬した。違うとは言わせないから」


「才能の有無でしか物事の判断ができない人たちです。仕方ありませんわ」


「アンタもそのうちの一人だったけどね?」


 寧々が凛華を見据えて言う。


「まぁ佐咲さんたらいつのお話をされているの? 人は成長するのです。私は六濃君と出会って変わりました。世の中にはあんな人も居るのですね」


「とはいえ、これからよ? 学園は彼の退学で荒れるわ。教員達の無茶振りは私達に降りかかってくる。貴方はそれに応えられる?」


「努力はいたします」


「そ。私の足は引っ張らないでちょうだい?」


「そちらこそ。いつになったら私に追いつくのですか?」


「言ってなさい!」


 六濃海斗がいなくなったことでよりライバル心を燃え上がらせる二名の女子生徒。

 そしてそれ以外のAクラス生は、


「そんな、俺たちがFクラスに編入だなんて冗談ですよね?」


 12名全員がFクラスからやり直しとなった。

 今までの稼ぎをFクラスからやり直しさせることで補填させる予定だが、一丸となったところでかつて在籍していた六濃海斗に追いつける訳もない。

 完全に鬱憤をぶつけた結果である。


 そもそも、Aクラスに在籍しながら獲得TPが一人頭50万。

 12名分まとめれば500万相当だが、Fクラス換算では中抜きして25万相当にしかならない。全員合わせてこれだ。

 如何に海斗が頭のおかしい稼ぎをしていたのか理解するのに十分だろう。


 一学期でどの程度稼いだかは今更知る由もない。

 だが反省させるという意味ではこれ以上の厳罰はなかった。


「君たちにはFクラス換算で全員合わせて5000万稼ぐまで上位クラスへの編入を封じさせてもらう」

 

「5000万!? そんな額! 首席クラスじゃないですか!」


「学園側では守秘義務があるが君たちには教えておこう。実は一学期に発表したあの成績表は改竄されている。あれは理事長の独断だが、本来なら首席に立つのはあの生徒、六濃海斗君だったんだ」


「えっ」


「だが彼は才能の覚醒をしていないFクラス生。そんな彼でさえFクラス換算で出せたんだよ? 君たちは優れた才能を持っていると自負しているよね? 死ぬ気になればすぐに追いつくさ」


「そんな! 僕たちは一学期でさえ50万が精一杯だったんですよ?」


「……ズルじゃ、無いんですか?」


 生徒達の悲痛な声。

 泣きたいのはこっちだよと足柄山は項垂れる。


「ああ、それを彼は一学期で賄った。たった一人でな。君たちは彼に言ったそうだね? 汚い手を使って首席を脅し、ポイントを獲得したと」


「それは……だって信じられません! 才能のない無能がそんなTPを稼ぐなど」


「だが実際稼げている。なお、Fクラス換算での5000万はAクラス換算での10億だ。せいぜい頑張りたまえ」


「は?」


 全員の思考が固まった。

 驚くのも無理はないだろう。

 実際に何回ダンジョンを踏破したって短期間でそんな額を稼いでくるのはとても優れた才能の持ち主でも不可能。


 それも一年にも満たない在学中にプロの探索者に匹敵する額を稼ぎ切るなんて誰だって信じない。


「そうだ、君たちの言う手段でも使ったらどうだ? もしかしたら上手く行くかもしれないぞ?」


 それだけ言って足柄山はFクラスを後にした。


「ちょっと待てよ! もしかして俺たちとんでもないことしてしまったんじゃないか?」


「俺は知らないぞ! 金里が言い出しっぺだ!」


 一丸となっていた非難の声は、やがて首謀者を選出するように仲間割れを始めた。

 巨悪を退けた後に待っていたのは、仲間割れの末の生贄決定の儀式。


「そんな、俺は良かれと思って! 実際みんなも賛同してくれてたじゃないか!」


「お前に賛同した俺たちが馬鹿だったよ。席順が上位だからっておつむの中身まで有能とは限らないのな」


「金里君、最低。自分で言い出したのに責任を取らないつもり?」


「おい、それより生徒手帳見てみろ! ステータスが軒並み落ち込んでるぞ」


「は? なんだこの環境。Fクラス生ってこんな制約が付いてたのか? 上位生からサンドバッグになるべくして選出された生徒とは聞いてたが、ここまで酷いのかよ?」


 そこに記載されていたのはクラス順に変わる与えるダメージ量から命中補正までありとあらゆる制約だった。


 ダメージ変動、命中補正、状態異常<F>

 →F=100%

 →E=75%

 →D=50%

 →C=30%

 →B=15%

 →A=0%

 これは与える方であり、耐性は別だ。

 それぞれのクラスに割り振られた状態では、Aクラス生がFクラス生に攻撃をするとダメージが二倍になる効果が乗る。

 これはモンスターにも同様だった。

 

 しかし六濃海斗はAクラス生の攻撃を受けてもびくともしない。

 なんだったら魔法も弾くし、状態異常も無効化してみせた。

 その異常性に、自らがFクラスに入ってようやく気づく生徒達。


 勿論ダンジョン内でもAクラスにいた時程の快進撃には至れない。


「クソ、Fランクモンスターがこんなに手強いだなんて!」


「Aクラスにいた時は雑魚だったのに、クラスが変わるだけでこうも違うの?」


 今まで武技や魔法で一撃だったのに、今では二発打ち込んでようやくだった。

 回数制のスキルにおいて、回数の多さはメリットであるが、こうも効率が悪いと悪い点がよく見える。

 その結果、不和の波は着々と一人の生徒へ集中した。


 ただでさえプライドの高いAクラス生。

 生贄制度を推奨したように、その生贄を最底辺として虐げることになんの疑問も抱かない。

 今は足を引っ張り合う時ではないのに、それがわからないほど彼らにとって虐待は日常茶飯事だった。


「金里! お前が盾になれよ! お前が扇動したから俺達がこんな目に合うんだぞ!」


「なに? 俺は魔法タイプだぞ! 防御の高い君が前に出るべきだ」


「うるせえ! 雑魚は黙って俺様の言うことを聞け!」


「ぶへ!」


 最終的には暴力での解決。

 才能があろうとなかろうと、性格面までは金では解決してくれない。プライドの高さで成り上がった成金探索者は傲慢で各方面で問題行動を起こし続けている。


 Fクラスにおいて成績順はあってないようなもの。

 ここでは誰を生贄を捧げるかで日常を過ごしていた彼らだったが、ダンジョンから出た後に本当の恐怖を思い知ることになる。


「本日のクラス対抗戦はDクラス生、Eクラス生が不在の為C、B、Aクラス生との組み合わせとなります」


「は?」


 ダンジョンの攻略でさえ誰かを生贄にしていたFクラス生が、上位クラス生に抗えるわけもなく。

 本気を出してないのに蹂躙されるという拷問に近い日々を過ごすことになる。


「あたしこの学園止めるわ! 退学よ、退学するわ!」


 そんな事を叫ぶ生徒もいるが、生徒に課せられた借金は10億。

 連帯責任で頭数で割っても一人8000万以上の負担金。

 裏口入学の比ではない。


 両親がそれを支払えば退学は許可されるが、それを頷ける事業者、経営者はそう多くない。


 しかも支払って得られるものが我儘な子供がただ一人。

 我が子可愛さで払える親もいるだろうが、そんな親がわざわざ子供を探索者にするはずもない。

 いくら才能があろうと、探索者にするからには見返りを考えた。


 当然、借金を返済し切るまで敷居を跨がせんと縁切り通告をされる始末。日に日に不安に押しつぶられるFクラス生。

 しかし彼らが改心することはなく、ただただ借金苦に追い詰められるだけだった。

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