第19話 兄妹(御堂凛華)

 佐咲さんとの共同投資で六濃君の妹さんの投薬治療が行われた。

 六濃君は付きっきりで声をかけたり祈るようなポーズで待合室でうろついたりと忙しない。

 何せずっと寝たきりだったのだそうだ。

 

 私も同じ。幼少から病弱で投薬治療を経て復帰した。

 父様は必要な措置だったと前置きを入れたが、兄様だけが私を心配してくれた。

 兄様はいつだって私のヒーロー。

 私が父様から厳しい訓練を施された日も、やりすぎだと抗議してくれた。それで止まらぬ父様だと知っているのに。

 でも私はそれが嬉しくて。


「御堂さん、六濃君の妹さんは?」


 そこへ用事を済ませてから到着する佐咲さん。

 血相を変えて、間に合ったのかと息を切らしています。


「彼女ならちょうどあそこに」


 窓の向こう、治療室で目を覚ました妹さんと、六濃君が抱き合ってる感動のシーンが映っていた。

 まだ安静にしないといけないとの事で、私は感動の対面を邪魔しちゃいけないと席を外していた。


「貴女も気が利くのね?」


「佐咲さんは私をなんだと思っているのですか?」


「重度のブラコンのポンコツお嬢様ぐらいに思ってるけど?」


「酷いです! 撤回してください!」


 なんて事! 私の積み上げたイメージが瓦解していきます。

 その後妹さんと面会して、彼とは学園内で出会って研鑽を積み合う仲だと伝えた。

 妹さんはどっちとお付き合いしてるのかと疑いの目を向けていたが、お付き合いという言葉を聞いて私も佐咲さんも顔を赤くしながら否定した。


 まだであったばかりの六濃君。

 佐咲さん程想いを寄せていませんから。


 しかし直後に打ち明けられる事実。


「え、妹さんは住む場所もないんですか?」


「妹はずっと入院してたし、僕は学園寮に入居してしまっている。前まで住んでいた場所は引き払ってしまったんだ。新しく入居するにも退院したばかりの妹一人では心配だ。でも僕はFクラスだし、どうしたものか。Aクラス生なら自由に出入りできるんだろうけどなー」


 なにやら棒読みでチラチラ見てきます。

 もしかして私に養えというのでしょうか?

 流石にそれは……


「もし御堂さんが妹を養ってくれるなら、君のお兄さんのギルドへの加入の件、真面目に考えても良いと思っている!」


「妹さんの事は私にお任せください!」


 これ以上ないチャンスについ勢いで乗ってしまったけど、年頃の女性の一人暮らしは確かに兄としては心配でしょう。

 兄様も私が一人暮らしすると言った時は過剰に心配したものでした。

 六濃君が妹さんを心配するのもわかりますとも。


「えー、あたし。おにぃと一緒に住めないの?」


「悪いな、明海あかり。兄ちゃんにも都合があるんだ。御堂さんは兄ちゃんの学年の首席だし、良い部屋に住んでるぞ? 入院していた時よりは良い思いができる筈だ」


「え、じゃあ贅沢できる?」


「んー、そこは明海次第かな。お前が良い子にしてればさせて貰えるかもしれないぞ?」


「分かった!」


 ちょちょちょ、なにを勝手な事を言ってるんでしょう、この人は!

 妹さんも妹さんです。何でそんなに頼りきりなんですか!


「御堂さん、僕の渡したアイテム、1000万TPほど余ってたよね? 佐咲さんから聞いたよ? 一つ2000万で売れたって。それで頼まれてくれないかな? 妹の住む場所」


 確かに私が受け取ったアイテムは三つ。

 一つ2000万だった為、手持ちは6000万TPを超えています。

 そして投資に使用した金額は5000万。

 言葉通り1000万TP残っていますが……それを今持ち出してくるなんて卑怯ですよ!


「御堂さん、私からもお願いするわ。実家が良いの私だとこの金額が動いたことがバレたらそれこそ一悶着起きかねない。何だったら多少の融資はするわ。ここは引き受けてくれないかしら?」

 

「よろしくお願いします、凛華お姉ちゃん!」


 はう! お姉ちゃん!?

 なんといい響きでしょう。

 私は末っ子でしたので妹がずっと欲しかったのです。


 これ、実はとてもいい条件なのでは無いですか?

 六濃君に恩が売れる、妹さんを養う事でさらに兄様のギルドへの約束もできる。

 しかし、この状況、周囲から誤解されてしまうのではないでしょうか?


「あれ? 凛華お姉ちゃんはおにぃの彼女さんじゃないの? てっきりそうだと思ってたんだけど。違ったかー」


 先程違うと断りましたのに彼女はそんなことでは諦めないぞと必死に私達をくっつけようとしてきます。

 それにしたってどうして私なんでしょう?


「かの……! そ、そそそ、そんな訳ありません! 私はまだ誰ともお付き合いした事のない清い身ですから?!」


 自分でもなにを言ってるかわかりません。


「えー、お姉ちゃんこんなに綺麗なのに? 世の男どもは見る目のない。お兄、一回くらいデートしてあげなよー。可愛い妹を救ってくれた恩人だよ? これは人助けだよー?」


「おいおい、御堂さんだって都合があるんだ。それと僕なんかじゃ釣り合わないって」


「そんなことないと思うけどなー。私から見てお兄はもうちょっと身だしなみに気をつければイケるとおもうんだよねー」


「余計なお世話だ。それと誰のせいで僕がこんなになるまで苦労したと思ってるんだ?」


「にゃははー、ごめんってば」


 こうやって見ると本当に仲がよろしいのですね。

 仲が良すぎる様に見えるのは気のせいでしょうか?

 年齢が近しいからでしょうね。

 私も兄様と歳が近かったらこれほど仲良くなれたのかしら?


「あんまり我儘を言う様だと御堂さんに追い出されちまうぞ? そうしたら困るのは明海なんだからな?」


「それは困っちゃうね、ごめんね? 凛華お姉ちゃん」


「その、まだ清い身なのであまり周囲に私達の関係を言いふらさなければ大丈夫ですよ。明海さんもレディなのですから、マナーをきちんと身につけましょうね?」


「はーい!」


 ◇


 こうして六濃君の妹さんと一緒に暮らすことになったのですが……

 彼女は入院してたとは思えないくらい元気いっぱいで、そしてお兄さん思いの妹でした。

 私もついつい六濃君と兄様を重ねて考えてしまいます。

 兄様と六濃君では立場から違うのですが、明海さんの気持ちを予測するにはそう捉えるのが一番です。


「凛華お姉ちゃんは、好きな人いないのー?」


「理想の相手ですか? それでしたら兄様でしょうか」


 今の私はきっと得意げです。


「実のお兄さん?」


「はい。私とは5つ離れているんですけど、幼い時から私を守ってくれて、白馬の王子様の様な存在なんです。明海さんのお兄さんもそうなのではないですか?」


「お兄? うーん、まぁ確かに守ってはくれてたね。でも無理ばっかりして、怪我ばかり。守られてる方は傷ついていくお兄を見てるのがいつも辛かったよ」


「怪我を? 同年代の喧嘩ででしょうか?」


「んーん、ウチの両親が小さい時に亡くなったって話はお兄から聞いてる?」


「ええ、触りだけなら」


「実は……」


「そんな事が……」


 明海さんから聞かされた過去は壮絶でした。

 引き取ってくれたご親戚はまさに親の遺産を食い荒らす悪魔の様な存在だったと。

 まだあるだろうと六濃君に暴力を繰り返し、その矛先が明海さんに向うと咄嗟に身を挺して庇ったと。


「遺産を隠していたりなんかは?」


「ないない。あいつらは弱者を痛ぶるのが趣味だっただけだよ。あたしはそんなお兄を見てきたからさ、お兄には幸せになってほしくて。もし凛華お姉ちゃんが彼女さんだったら、嬉しいなーって。そう思ったの」


「そんな、私なんて何の面白味もない女ですよ? 兄様の後ろに隠れてばかりで」


「でも、助けてくれた。見ず知らずの私にポンと5000万出してくれる人なんてそうそう居ないよ? とんだお人好しだって世間は笑うか、自分に寄越せって言うもん」


 そんな事はない、と言いたいけど……それが世間一般の認識なのでしょうね。


 助けたいと思っても、私が実際にその額を稼ぐとなったらそれこそ数年かかるでしょう。

 学生の頃に集められるか?

 いえ、プロになってからでも怪しいでしょう。

 それくらい高い壁。

 でも彼女からしてみれば私はそう見えるのでしょうね。

 本当はそのお金の元になるアイテムを用意してくれたのはお兄さんの方なのよ、とは言えないし」


「お姉ちゃん、どったの?」


「ううん、何でもありませんよ。さ、今日は早く寝ましょう?」


「まだお外は明るいのに?」


「まだ病み上がりなんですから、体に障ったらいけません。私が預かる以上、この部屋のルールは私が決めますからね?」


「はーい」


 ぶー垂れる明海さん。もし実際に年の近しい妹が居たらこんな感じなんでしょうか?

 私、姉として慕われて舞い上がっていませんでしょうか?

 分かりません。私は側にずっと兄様が居てくれましたから。

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