第18話 ひとまずの解決策(佐咲寧々)

 ──side佐咲寧々


「で、貴方は彼に言われてすごすご帰ってきたってわけね?」


「ええ……」


 御堂さんがお話があるというから耳を傾けてみれば、何やら六濃君と仲違いをしてしまった様子。

 どうしてそうなったのかと経緯を聞けば納得する。

 この子は自分より劣る相手を無意識下に見下しているのだ。

 私にも似たような視線を向けることがあるし、割と自己完結型。

 秘密主義は結構だけど、その事情に他人を巻き込もうとしてる自覚はないと来ている。

 

 大きなため息をつき、彼女が彼に何をしたいのかを促す。

 私にとっても六濃君は恩人。今はまだFクラス生だとしても、彼を脅かすなら私も黙っていられないわ。


「それは早まった真似をしたわね。彼、ああ見えて頑張り屋よ?」


「それは分かっています。ですが、どうしてFクラス生のままなのでしょう?」


「きっと表に出せない事情があるのでしょうね」


「事情……」


 私がAクラス生の御堂さんに並々ならぬ執着があったように、彼にもきっと同じように執着する存在がある。

 それが何かはわからない。だって彼はそれをひた隠しにするんだもの。


 でもそれが御堂さん達の行いで明らかにされた。

 妹さんの治療費。それも一億という目が飛び出るほどの額。

 そりゃ私たちにかまってられないはずだわ。

 彼だけは本気でダンジョンに希望を見出していた。

 残された寿命が二年と迫ってる中で、彼だけが諦めずに前を向いた。それに引っ張られて私達は今ここにいる。


 恩を返したい。

 でもどうやって?

 私にできることは何?

 彼の知らない情報の提示? それとも……


「ところで御堂さん」


「はい、何ですか?」


「どうして六濃君に近づいたの? 貴方、実力の劣る無能はお嫌いでしょ?」


「ええ、そうですね。あまり関わり合いになりたいともありません。ですがAランク探索者の兄様からとある噂を聞いたのです」


「噂?」


 外部からの情報なら学園内で起きた事情とは異なるか。

 彼が学園の措置で何をしてたかなんて距離を置く私にもわかる訳ないし。その噂はなんなのかしら?


「佐咲さんはダンジョンエクスプローラーというゲームはご存知ですか?」


「いえ、知らないわ」


「そうですか。私も存じ上げませんでしたが、兄様からそこでハイスコアに名前を乗せた人がいる。それは上位探索者達がハイスコアに名を連ねる頂。そこに乗った人が、ここ周王学園の学園生であるという噂が流れてきたのです」


「それが六濃君だったと?」


「確証は持てませんが、消去法で」


「それで、彼を見てどう思ったの?」


「パッとしない方だなと」


「そうでしょうね」


 彼の凄さは一緒に行動してようやく理解する。

 一見して派手さはないが緻密で先の先まで見通す目。

 そして大胆な行動力。モンスターの生態まで見通す観察眼

 これらが彼の持ち味。

 才能があるかどうかでしか物差しを測れない学園内のイレギュラー。それが私の知る六濃海斗という人物だった。


「ですがそれは私の思い違いでした。妹想いの兄に悪い人はおりません。身をもって体験している私が言うのですから間違いありません」


 ふんす、と鼻息を荒くする彼女。

 この子、お兄様のお話をするときだけ表情が豊かになるのよね。

 それだけ特別ってことかしら?

 それとも、まだ秘匿してる情報がある?

 あまり首を突っ込みすぎてもいけないわね。

 私と彼女では見てる景色も立ってる場所も違うのだから。


 それと兄妹だからってどこも同じと思わない方がいいわよ?

 あんたんところは特別でしょうが!

 六濃君のところもかなり限定された状況ではあるのよね。

 私はこの脳内お花畑のお嬢様に社会の厳しさって奴をとことん教え込むことにした。


「ねぇ、御堂さん?」


「はい、なんですか?」


「御堂さんは六濃君のお話を聞いてどう思ったの?」


「助けてあげたいな、と」


「そう。でもどうやって? 私も彼の力になりたいと思っているけど現状、私とあなたのTPを足しても治療費の規定額に届かないわ。貴女はどうやって妹さんの治療費を稼ぐのかしら?」


「そ、それは……」


 御堂さんは何処か気持ちだけで言葉を口にする傾向がある。

 お兄さんに守られてるからか、いつのまにか思考が他力本願になっているのだ。

 そしてなんとかしたいと言いつつも、自らにその力がない。

 けど、この方法なら彼の妹さんを救えるかもしれない。


「ねぇ、いい話があるのだけど? 私と貴女にしかできない六濃君救出作戦よ」


「私に出来ること、ですか?」


「ええ、上手くいけば全て丸く収まるわ」


 私は御堂さんを唆し、彼女の同意を得てから六濃君の元に向かった。


 ◇


「で、僕のところに提案に来たと?」


「ええ、実は六濃君、とっくに治療費の規定額に到達してるのよ」


「佐咲さん、僕は下手な冗談は嫌いなんだ。もっと詳しく教えてくれる?」


「分かったわ」


 私はこの学園内で行われてるクラス毎のバフ、そしてTP換算値の中抜きについて詳しく説明した。

 そして彼の表の噂が御堂さんに伝わって、関西からも襲撃されたこと、六濃君に会いに行ったことも含めて伝えた。


「……そんな事が。この学園に黒い噂が付き纏っていたのは当然理解していたけど、そっか僕はとっくに妹を救えていたんだな。明海、兄ちゃんやったぞ!


 六濃君は妹さんを思って涙を流していた。

 TP換算値についてもっと怒りをあらわにすると思っていた。

 なんて言っても中抜き95%だ。

 1000万稼いでも50万しか懐に入って来ない。

 そんな状況で3000万稼いだ彼はもっと怒っていい。


 でも彼は怒らない。そんな事より妹さんが救えた事実が嬉しいようだ。それくらい彼にとっての一番は妹さんなのだ。

 

「事情は理解した。二人ともありがとう。でも僕はFクラス生である限り搾取され続ける定めにある。知ったところでどうしようもないんじゃないか? 学園側の態勢が変わらない限り、僕にはどうしようもないだろ、これ」


「そこで提案があるのだけど、換金するアイテムの一部を私たちで受け持つっていうのはどうかしら?」


 私の提案の横で御堂さんが頷く。

 この子、一体なんのためについてきたのかしら?

 本人不在で話を進めるよりはマシではあるが。


「言ってる意味が分からないな。それでは僕の儲けが減り、君達の取り分ばかりが増える事になる。僕に利益が何もないんじゃ公正な取引にはならないよ」


「ええ、そうでしょうね。だからこれは取引なの。六濃君は探索者における一度の譲渡額の上限をご存じ?」


「いや、知らないけど」


「5000万よ。私と御堂さんで5000万づつ請け負って、貴方の妹さんの治療費に全額ベットする」


「クラウドファンディングでもやるつもり?」


「もっと良いものよ。これは探索者協会の規約書の47ページに記載されてる要項なのだけど。ほら、ここ。個人への寄付・譲渡の上限額は5000万まで可能。個人へのTPでの支払いの場合、受け取った相手に税金の負担はないとされるの。ただこれは探索者同士の場合。今の私達は仮とはいえ探索者と同じ立場だわ。だからこそこれが通ると思うの。勿論譲渡の場合、成績に一切影響しないわ。私達は身に余るTPを得ることになるけど、これくらいはいずれ通る道だわ。貴方はそれを受け取って妹さんを救える。それでWin-Winとならない?」


「そんな美味い話が……僕のトレジャーを君たちの換算レートでTP化して、僕に譲渡するんだよね? 途中で裏切ったりは?」


「今ここで契約書を書いたって良いわよ。もし受取人が被害を被ったときは私達がそれぞれ負担すると。御堂さんもそれで良いかしら?」


「ええ、それで病気の妹さんが助かるのなら、妹代表として私は名乗りをあげたいと思います」


 御堂さんが謎のセリフを吐きながら後押しする。

 六濃君は探索者協会の規約書を熟読しながら、ぶつぶつと漏らす。

 美味い話に裏があるって顔だ。これがでっちあげた捏造記事じゃないか念入りに調べた結果、本当だと分かってこちらを見上げた。


「本当に、僕の為に力を貸してくれるの?」


「その代わり、一つ約束して欲しいのよ」


「約束?」


「ええ、貴方の能力はこの学園内では希少よ。私や秋庭君、木下君に関谷さん、紅林さんなんかは貴方がいたからこそ上位クラスに編入できた。でもまだまだ発展途上よ。だから今後も力を貸してちょうだい。それを守ってくれるなら、5000万くらい背負ってやるわ」


 これはまごう事なき本心だ。

 御堂さんは背負う額にたじろいでいたが、学園の首席なんだからもっと堂々としなさいよね。


「それくらいでよければ、いくらでも構わない。妹をよろしく頼む!」


 私は彼がここまで必死な姿を初めてみた。

 ちょっとだけそれくらい思われてる妹さんが羨ましいなだなんて思ったりもしたけど。

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