第20話 約束(御堂凛華)

 六濃君の妹さんを預かって二週間。

 普段は佐咲さんと共に六濃君から如何にスキルに頼らずダンジョンモンスターを捌くかのレクチャーをいただくのですが。

 今日は初めて六濃君と二人きりでダンジョンに向かうことになりました。


 いつもなら佐咲さんがついてくれるんですけど、今日は自分達の力を試したい私を置いて五層に向かわれてしまいました。

 私は五層までは来たことがありますが、途中で何度も撤退しています。なんと言ってもそのフィールドの広大さでしょう。

 目的地に着くまでに息切れしてしまうのです。


 なので六濃君からアドバイスを頂きながら通っていたのですが、今日は今までの訓練の総仕上げとばかりに彼はスパルタで行くと言っていました。

 今までならたった一人でも苦もなく進めていたのですが、学園のダンジョンは特別製らしく、一度クリアした事のあるCランクダンジョンより広大で、階層ボスも強力。


 そこを何度もクリアしたと言う六濃君。

 彼の才能はあまり聞いた事のないものでした。

 ダンジョンテイマー。

 私も詳しくはないのですが、この才能はダンジョン内でしか効力を発揮せず、学園内では生徒手帳に能力が記載されないという不遇な才能らしいです。

 学園でFクラスに居続けた理由もそれが原因との事で。

 なんとかしてあげたいと思いつつも、学校側のシステムに介入するコネもなく、私はなんにも出来ない自分を責めていました。


「御堂さん、明海は迷惑かけてない?」


「え? ええ。いい子にしてくれてますよ。来年は明海さんも探索者の適齢期になります。本人も六濃君の後を追って探索者になるのだとお話されていて」


「そっか。病院では他になんの楽しみもなかったからな。あの子がそんなことを言い出したのはきっと御堂さんに憧れてだと思うんだ。でも僕は、叶うことなら妹に危険な目にあってほしくはないかな?」


 せっかく一緒になりましたのに、話題はいつも妹さんのことばかり。私はただの友達ですから仕方ありませんが、佐咲さんと一緒にいる時以上にやきもきしてしまいますね?

 

 と、六濃君のことばかり責めるのもお門違いですね。

 私も話題とくれば兄様の事ばかり。

 どっちもどっちと言うやつですか。なんだか自信をなくしてしまいます。


 六濃君からすれば妹さんは私に憧れてると言いますけど、それは絶対にない……とは言い切れませんか。


 実際には違うけど、私と佐咲さんで結託して提供した1億。

 それを見ず知らずの子供にポンと出せる恩は生半可な感情では返しきれないでしょう。

 それこそ探索者になって恩を返すぐらいはする。

 私だって同じ立場ならきっと同じことをするに違いありません。

 

「ですが、私は明海さんの気持ちを大切にしたいと思いますわ。もしも私が同じ立場でしたら、きっと同じ選択をしていた事でしょう」


「それは御堂さんのお兄さんも同じ様に思ってそうだね?」


「どうでしょうか? 兄様は私を大切に思ってくれますから」


「学園に通うのに反対は?」


「いい顔はしませんでしたが」


「だろうね」


「ですが──」


 並んで歩いているところから一歩前に出て振り返る。


「兄様は私のやりたい事を応援してくれましたわ」


「僕もそうしろと?」


「どうするかは六濃君次第です。けど、妹だからと護られてばかりは嫌だと思います」


「御堂さんもそうだったから?」


「ええ」



 四階層を通り過ぎ、のんびりとした足取りで五階層へと足を踏み入れる。ここからは未踏の領域。

 こちらを伺う様に息を潜めたモンスターがウヨウヨ居ます。

 緊張に息を呑む私の横で、六濃君はどこか余裕な表情。

 通い慣れた庭だと仰ってましたもの。

 緊張で震える私と違って余裕綽々。

 こうして乗り越えた環境の差がこうも実力に現れるものなのですね?


「御堂さん、囲まれてるのはわかる?」


「おおよそは。私の探知スキルにも反応があります」


 足を肩の位置に開き、剣を抜刀。

 兄様からいただいた宝刀フラウ。炎の精霊が閉じ込められたもので、振るうだけで魔力を代価に魔法の真似事ができるもの。

 私の能力では日に15振りが限界。

 その他にも武技や魔法もありますが、今日のお題はそれらをセーブしての攻略だった。


 学園側の姿勢と真っ向から対立する姿勢。

 しかしそれが出来れば?

 佐咲さんが熱を入れるわけである。

 その結果は勿論、プロになっても生きてくる。

 それのノウハウを横にいるFクラス生の六濃君から教わったと嬉々として話していたことを思い出す。


「サポートはする。やれるだけやってみよう。コカトリスの攻略法は?」


「頭に叩き込んでおります」


「なら、戦闘開始だ」


 六濃君の放った石礫がコカトリスの鶏の頭部にクリーンヒット。

 目を回したところにフラウを打ち込んだ。

 簡単に首が飛ぶ。

 

「凄い。こうも簡単に屠れるとは!」


 宝刀フラウの力は扱い慣れていた。

 しかしモンスターとてランクに応じて補正に拮抗する能力がある。AとCなら1.5倍のダメージ。

 しかし学園側の防御判定まで同じというわけには行かない。

 そもそもこの階層はソロでの攻略は推奨されてないのだ。


 防御力がこちらを上回る相手の場合、ダメージによっては倒しきれないこともままある。

 しかし六濃君がコカトリスの意識を数秒奪う事でクリティカルヒットに不意打ちが加算されて一撃で屠れる火力へと至れた。

 これを自分の実力と思ってはいけない。

 彼がいてこその功績。


「次、来るよ。一体はサポートするけど二匹目は任せても?」


「お任せください!」


 甘えてばかりはいられません。この方の横に並ぶにはここくらい簡単に歩けるくらいにならなくては。

 すぐ先では佐咲さんパーティが苦戦を強いられてる景色が映った。

 助けに行くべきかと迷っているところで六濃君の声がかかる。


「他人が気になる?」


「他人ではありません、今はクラスメイトです」


 他人と言い切られて少しムッとしてしまったかしら?

 でもそんな言葉は彼の口から聞きたくなかった。


「それでも、今日僕らは彼らとパーティを組んでない。こちらが助けるつもりでも、向こうからしたら横殴りされたと思われたっておかしくない。助けに行くのならこちらに余裕があり、且つ向こうから救援要請があった場合のみ。今の御堂さんに余裕があるようには見えないけど?」


 今は他人を気にかけてる余裕はないでしょ、と釘を刺された。

 全くもってその通り。

 それに佐咲さんも自分達だけで乗り越えてようやく自信がつくと言っていた。

 彼女の頑張りを自分が邪魔してどうするのだ。

 首席だからと次席を下に見るのか?

 違うだろう、それでは他のクラスメイトと代わりない。

 ならばどうするか?

 自分を信じるように彼女達を信じる。

 目を瞑り、再び開くときには迷いは消え失せていた。


「迷いは消えたね? では次の二体は御堂さんに任せるよ。こうやって自分が何体同時に抱えられるか、何体以上は厳しいかを身をもって覚えていくと良い。五層は特にヘイトがチェインする。攻撃力の高い飛び道具を複数持つ御堂さんの場合、一度に十数匹釣りかねない。僕が教えるのは如何に才能に頼らずに自分が対応できる数を釣れるかのレクチャーだよ。これを覚えるだけで随分と無駄がなくなる。投石だって立派な武器だ」


「はい!」


 結局終始モンスターの返り血を浴び続ける闘争の連続。

 色気付いた話ひとつできなかった。

 せっかく二人きりだと言うのに。

 そもそもそんな不純な動機でやってきてないのに、私ったらダメね。どうしてしまったのかしら?

 ここ数日ずっと六濃君の事ばかり気になって仕方ない。

 今までは兄様がずっと心の中を占めていたのに、今ではそこに六濃君が入ってきてしまった。

 今までこんな事なかったのに。


「御堂さん」


「……なんでしょう?」


 と、うっかり考え込んでしまったわ。

 悪い癖ね。


「もし妹が探索者になりたいと言ってきたら背中を押してもらってもいいかな?」


 戦闘開始前までは渋っていた彼がどのような心変わりを?

 もし私の行動が彼の心に改善の余地を与えたなら少しくらいは我儘を聞いてもらってもいいですかね?

 でも、その前にケジメはつけさせて貰いましょう。同じ妹側の立場から。


「それは、六濃君が直接言ってあげたらいいのではないですか?」


「そうしたいんだけどね、僕は学園の連中に嫌われてるじゃない?」


 どこか遠い目をしている六濃君。

 その理由は他ならぬ私と佐咲さんが一緒に連れ歩いているからだろう。私達は同級生としての関係を築いているが、周囲はそう思わない。それを気にしているようですね。


「出て行かれるのですか?」


 彼がこの学園で済ますべき用事は済んでいる。

 今は佐咲さんの願いで居残ってレクチャーを教えているだけだ。

 なので彼からすればここに居座る理由の方が少ないのでしょう。


「出て行かなければならなくなったとき、僕は自らの足でここを発つよ。勿論出て行かなくていいに越したことはないけどね?」


「そうですか。佐咲さんはきっと悲しむでしょうね」


「どうだろう? 彼女たちも僕に甘えてばかりはいられないと奮起してるよ。今日の事はそれを察しての行動だと思うんだ。ずっと一緒にやっていくのも無理だと思うし、そこで御堂さんにお願いがある」


 神妙な顔つき。ここだ!


「タダでは引き受けませんわ。一つ私のお願いを聞き受けてくれたのならお応えしましょう」


「内容にもよるかな?」


「でしたら私の事は二人きりの時ファーストネームでお呼びください」


 六濃君は突然の事に困ったようなポーズを取る。


「では、凛華さん?」


「さんは他人行儀ですわ。妹さんを安心させるためにも、私達は恋人役を演じる必要があります」


「……妹がまたご迷惑をおかけしたようで」


「良いのです。私も末っ子でしたので妹が欲しかったのですから。その妹からの頼みを果たすまでです」


「あいつ鋭いんで演技とかすぐバレるよ?」


「それでも、彼女の信頼を勝ち取るためですから」


「じゃあ……凛華」


「はい!」


「もしその時が来たら妹を頼むよ」


「お任せください、海斗。明海さんは私が教育して立派なレディに育てて見せますわ!」


「お願いするよ」


「ええ」


 その日以降、明海さんを通じて六濃君とお話しするようになりました。

 お陰で私に近寄りたいAクラス生は嫉妬の炎に焼かれてしまっています。

 佐咲さんにも多少は向けられていた好意を彼が根こそぎ持っていきましたからね。


 いい顔はされないでしょう。それも軽蔑すべきFクラス生です。

 クラス対抗戦でも余裕綽々で対応してますしストレスの向け場がないと非難轟々。

 確かに彼はこの学園内に居づらいでしょう。

 それでも両手に花なのは結果論です。

 私も佐咲さんも、貴方を選んだ事に後悔はしておりませんよ?


 勿論、同じ探索者としての好意、尊敬。

 プロポーズとは異なりますが、佐咲さんよりも一歩踏み込んだ関係になれた事で良しとしましょう。


 私の気持ちにケジメはつきました。

 きっと私、彼に恋をしてるというよりは彼の力に憧れを抱いてるだけなのかもしれません。


 底知れぬ力を制御し、操る才能の持ち主。

 そこに兄様を重ねて見ているのです。

 だけどこんなにも胸が高鳴るのはなぜでしょう?

 私には佐咲さんのような彼を神のように崇拝する気持ちはありません。


 でも、彼女にだけは負けたくないって。

 それだけの為にいろんな勇気を振り絞ってしまいました。

 兄様が聞いたらなんと思うでしょうか?

 でも、兄様ならきっとわかってくれると思います。


 だって私も兄様も、己に芯を持つ方はお好きですもの。



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ここまでお読みいただきありがとうございます。

一章はこれにて完結です。

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